87 白骨夫人/バンシー
白い衣に長髪の人型がゆらりと立ち上がる。
「ひゃっ!」
「カ……レディ? 大丈夫かい?」
「あ、あれは、ちょっと苦手かもしれませんわ……!」
見るからにジャパニーズホラー系!
アメリカンなゾンビとかならまだ耐えられるけど、ジャパニーズホラータイプは無理!
ええ? アレなに?
白骨夫人の本体とか? 黒水晶にあるのは複製なのよね?
その複製ってところも信じていいのかあやしい情報になってきたけど……。
流石の私も白骨夫人のビジュアルまで把握していない。私の知識は主に文字情報だから。
白骨夫人は文字通り〝骨〟が妖怪に変じたものだ。
ただし、それは元々の骨の持ち主が正体なわけではなく、山中に打ち捨てられた白骨が月日の経過とともに変化したものという説がある。
生前エピソードなどのバックボーン設定はなく、特定の誰かの成れの果てというわけじゃない。
日本人的に言うなら〝付喪神〟に近いだろうか。骨の付喪神だ。
といっても、白骨夫人は成仏できない強い怨念や生への執着などが白骨に集まり妖怪になったタイプで、付喪神とはまた違うものだけど。
「アレは、もしかしてバンシーだろうか」
「バンシー?」
私は、ややヴィルヘルムを盾にしつつ、首を傾げる。
ジャパニーズホラー系は専門外なのだ。普通に怖い。
「人の死を叫び声で予告する幽霊、妖精の類だ。灰色の服を着ていて、長い髪をした女性だという。泣く女とも呼ばれている……もちろん、それは物語の存在だが」
そっちは今世の世界観にあったタイプの妖精ね!
私が西遊記方面で考えすぎなだけかしら?
とにかく女性型のゴーストタイプにしか見えないのは間違いない。
そして私はアレが苦手だ。
孫悟空が苦手とするんじゃない、私が苦手なのである。
『ア……』
ゾワリ、と。その声が聞こえてきて震える。
これはヤバい! 私はすぐに孫悟空の聴覚をオフにして耳を塞いだ。
「ヴィル様! 耳を塞いで!」
「!」
私とヴィルヘルムが耳を塞ぐと同時に、それは鳴き始める。
『アァアア、ァアアアアアアアアアアアアアアア!!!』
ビリビリと空気が震えた。
耳を塞いでも聞こえてくるその声は、音量以上の圧迫感を覚える。
「うぐっ……」
この世のものとは思えない不協和音。
嫌な声、嫌な音、耐え難い何かを感じさせる不吉な悲鳴。
湖の底に眠っていたはずのモンスターを私が起こしてしまったのか。
であれば被害が広がる前に責任を持って倒さなければいけない。
いけないのだけど、ホラー系は普通に怖い!
ただの賊相手だって最初は怯んだ私だ。
そのあと、襲撃をかけた時はどうにかやれたけど、これはどうかしら!
映像の向こう側のホラーじゃなく、さらにフィクションですらない。
リアルに存在するジャパニーズホラーは厳しい! というか、ギフト持ちが相手とは想定していたけど〝中の人〟らしいのが出てくるのは聞いてない!
西遊記の敵は妖怪やら、何々の精やら、天界から落ちた存在やら、多種多様だ。
それがリアル系になったら、こういうのも出てくるのかも!?
「くぅ……!」
不吉な叫び声は長く続いたが、永続的なものではないらしい。
ただ、その影響は騎士団に出ていた。
「平気か、レディ!」
「はい……! ですが」
私とヴィルヘルムは、少し離れた場所に控えていた騎士団に目を向ける。
バンシーの声を聴いてしまった騎士たち。
何人かが眩暈を起こしたようにうずくまり、震えている。
「騎士たちに精神的な影響が出ています……! 直接聴いたら危ない声かも!」
そんな能力は白骨夫人にはない。なら、あれは無関係のエネミーなの?
「ヴィル様は……」
「俺は大丈夫だ。それよりもレディ、あれを」
ヴィルヘルムは片耳を押さえつつ、湖の底を指差す。
「え?」
すると二つに割れた湖の、両サイドの水が壁になっているところから。
中央にいたバンシーと似たような姿をした女性型が、ふわりと幾体も現れたのだ。
「な、な……」
増えた!? 一体じゃないの!?
アレの正体はいったいなんなの!?
「……あんなものが湖に。人を襲う存在なら、いつかまたこの地を襲っていたのか」
一体だけでなく量産型。
前回の魔獣災害における狼の魔獣たちと同じ枠?
「レディ、アレの相手は騎士たちに任せられない」
「……はい」
叫び声だけで相手を行動不能に陥らせるエネミー。
全員ではないけれど、数人がすでに影響を受けて膝をついている。
行動不能にさせられては、アレがどれほどの力を持っているか知らないけど危険だ。
今回は、あの敵だけしか見えないけど。
もし、狼の魔獣と組んで襲って来られたら? その被害は前回の比ではない。
「俺と君でアレを倒す。協力してくれるか」
「……もちろんです。ちょっと怖いですけど」
「……ありがとう、すまない」
「いいえ。この事態を招いてしまったようですから」
「それは俺が同意したことだ」
「……はい」
もし閉水法を使わず、放置していたら。すぐにはアレと戦闘にはならなかった。
でも、あんなものがいたのは間違いなかった。
なら、これは今、最善の形であるはずだ。
「ひとまず、最初に中心にいた個体を倒す」
「わかりましたわ!」
私とヴィルヘルムは共に二手に分かれた湖の底へ乗り出す。
バランスを取りながら滑り降りるように。
これ、足場もよろしくないわね!
でも、背に腹は代えられない。
湖の底に降り、騎士たちの視線が切れたところで、私はうなじの毛を抜き、息を吹きかける。
「身外身法!」
「「「「ウキーッ!」」」」
無数のミニ・カーマインたちが現れる。
「命令! 女性型エネミーと応戦して! ただし……殺してはダメ! 私たちに近付けないよう、それから他の騎士たちに近付けないように牽制して! 相手の叫び声は攻撃だから、その時は耳を塞いで対処して!」
「「「「ウキッ!」」」」
すぐさま小さな筋斗雲で飛んでいくミニたち。
「ヴィル様」
「わかっている。アレへのトドメは俺が刺そう。君はサポートしてくれ、カーマイン嬢」
「はい!」
私は緊箍児の発動理由が不明なため、あのような、見るからにエネミーであっても殺せない。
だから殺す段階はヴィルヘルムに任せる必要がある。
……殺しの協力が許容されるかも不明だけど。
でも、意外に緩い条件の可能性があるのはわかっている。
前回はキメラという三つの頭があるうちの二つを私が殺した。
でも今回の敵の頭は一つ。流石にこれを切るのに、サポートしたことまで判定されまい。
とにかくやってみるしかないのが恐ろしいところだが。
孫悟空の力は強力なものだが、緊箍児がある以上、協力者はいた方がいい。
相手を殺す必要がない戦闘ならばその限りではないが、今回はダメだろう。
たとえ、目の前の敵が哀れな存在だとしても、だ。
「手足を狙うわ!」
致命傷は与えずとも、動きは封じられるように!
そもそも、あの体に攻撃が通るかを確かめる!
「伸びろ、如意棒!」
極力近付きたくないので、如意棒による中距離攻撃!
初めに現れた個体の足を一棒、打ち据える。
『ァアアアアア!』
手応えがない。けど、それは相手が幽霊で通り抜けるからじゃなかった。
驚くほどに脆い。
如意棒に打たれた足が、グシャリと潰れた。
本当に、あっさりと。
「う……」
グロい。いっそのこと体をすり抜けて欲しかった……!
あれ、幽霊系じゃないわ。実体がある!
でも、びっくりするくらいに脆い!
いえ、中距離に伸びた鉄棒のスウィングだから、剛力と遠心力が加わって凄まじい力だったかもしれないけど!
「私が攻撃したら殺してしまうかも!」
「ああ! だが足は潰した!」
ヴィルヘルムは滑りそうな足場に怯まず、素晴らしい身のこなしで駆け抜ける。
ミニたちが相手をする量産型個体の横をすり抜けて、最初の個体の前にあっという間に辿り着く。
身のこなしも技量も、やはり優秀だ。
「はああッ!」
接近してもバンシーは大きな抵抗をするでもなく、横薙ぎの一閃のもと、その首を切断される。
あら、あっさり?
それとも最初に見つけた個体は、特別なものではなく量産型の一つにすぎないのだろうか。
となると湖の底に溢れたバンシーたちを全滅させる必要がある?
あるいは。
「火眼金睛!」
私は孫悟空の眼を発動し、周囲を確認する。
概ね見えているままだが……。
無数のバンシーたちには、どうにも違和感を覚える。
隠していたものを見抜く時、キラキラと光って見えるギフトの眼だけど。
今回のこれは私に異常事態を伝えてくるようだ。
「……もしかして『解死法』?」
白骨夫人は偽の死体を生み出す。
その死体はきちんとその場に残るのだ。
本体である白骨夫人を殺して初めて死体は骨に戻る。
あのバンシーたちは、その偽物の死体が動いている状態?
量産された偽の死体を、また別の技術か何かで動かしている?
だとしたら。
「命令! 私の合図と同時に、すべてのバンシーの頭を全力で潰して!」
「「「「ウキーッ!!」」」
「ヴィル様! 金の輪が発動したら、私の術は解けます! 備えてください!」
「わかった!」
閉水法が解けたら、二手に分かれた湖が元に戻ってしまう。
それはいい。元々、この戦場は私たちに有利とは言えない。
ただ両側から押し寄せる水に、身動きが取れなくなる私と、状況は悪くなる。
ヴィル様は駆けてくる間にも、すれ違い様に剣でバンシーたちの首を切り落としていく。
その分、自由になったミニたちが他の個体のもとへ動ける。
ミニたちの数は充分だろう。
オマケでさらに追加してもいいが……その必要はなさそう。
「筋斗雲!」
私は足元に筋斗雲を用意すると、駆け寄ってきたヴィルヘルムに手を伸ばした。
「ヴィル様、手を! 手だけで支えますからね!」
「ああ!」
筋斗雲には普通の人間は乗せられない。
これは西遊記のお約束でもある。
三蔵法師を筋斗雲に乗せたり、雲に乗れる弟子たちで運んだりする行為はご法度だ。
でも、この状況でヴィルヘルムを湖の底から救い上げるのがアウトなんてことはない。
ヴィルヘルムの手を掴み、彼がグッと力を入れるのを確認してから筋斗雲を浮かび上がらせ、湖の畔へ舞い戻る。
「カーマイン嬢、さっきの命令では君が」
「あれはおそらく死体ですわ、ヴィル様」
「死体?」
「はい。私のこの眼が、あのバンシーたちを偽物だと判断している……と思います」
ちょっと、これは感覚的な話なんだけどね!
とにかく、あれらは動いているだけで、すでに死んでいる。
いや、そもそも元から生命ではない。生み出された死体、人形のようなものだ。
「命令! 今よ! バンシーたちを!」
「「「「ウキーッ!!!」」」」
最初に警戒したほど強くはなさそうな相手だ。
ミニたちに任せても充分だと判断し、任せる。
それぞれが手に持った如意棒を打ち据えて、無数のバンシーたちの頭をミニたちが潰す。
なお、グロい。普通に。エゲつない。
「うぅ」
「大丈夫かい、カーマイン嬢」
「はい……。ちょっと耐性ないことが続いて」
グロとジャパニーズホラーはNGでお願いします!
あと、虫系もノーセンキューで!
割れた湖の底に現れたバンシーたちはどうにかすべて片付いたようだ。
「終わりかしら……?」
こんなにあっさりだったら、最初からミニたちに任せてもよかった?
いえ、一応は緊箍児発動を警戒して……。
ゴゴゴゴゴ!
「きゃっ!」
「カーマイン!」
激しく揺れた地面に驚き、立っていられなくなる私をヴィルヘルムが支えてくれる。
「あ、ありがとうございます」
「いや、いい。だが、なんだ?」
この揺れは如何にも、まだ終わりではないことを告げるかのようだ。
いったい何が……。
ボボボボッ!
奇妙な音と共に、湖の底から霧が吹き出し始める。
すると、それは見る間に湖の水面を覆うレベルの大きさとなり……。
やがて巨大な白骨の姿へと変わった。
「な……、これは」
巨大な、人型の骨。いや、それは。
「……それは話が違うんじゃないの?」
身長、十メートルは超えるかという巨大な骨の姿。
一人、二人の骨の量ではなく、数百、数千という骨が組み合わさった姿。
日本人にとっては、あまりに有名な妖怪の姿。
巨大な骸骨の妖怪。
「がしゃどくろ」
そうとしか表現できない個体が、私たちの目の前に現れた。




