137 九転還魂丹
「カーマイン! 戻ったか」
「「「ウキー!」」」
空から戻った私に気づいたラグナ卿と残りの四健将たちが反応する。
ベラゴート伯爵家の庭では何やら野営の準備が整えられていた。
いつの間に、どうやって? と思ったけど、見覚えのない人員が増えているわね。
「ラグナ卿、この人たちは」
「ヴォルテールから呼んだ」
「どうやって」
「無論、こいつらに手紙を託してだが」
「ウキッ!」
四健将の一体が仕事を成し遂げたみたいにビシッと姿勢を整える。
確かにラグナ卿の言うことを聞くようには言ったけど。
ミニ・マインのことが着実に広まっているわねぇ。
「よっ!」
筋斗雲を降下させ、ヒョイッと雲の上から地上へ降り立つ。
「フィナさん」
「は、はい」
抱えていたフィナさんを下ろし、ラグナ卿の前に立たせた。
とうとう二人の邂逅よ。
ラグナ・ヴォルテール辺境伯令息。私たちより年上の二十三歳。
逆立った黒いワイルドヘア、炎を思わせる紅の瞳。
筋肉質で体格がいい。貴族らしくやや傲慢さもありつつ、豪快でガサツ、野生的。
兄貴分の気質で、私が見る限り同性に好かれるタイプ。
最も特徴的なのはギフト『聖嬰大王紅孩児』を持つこと。
婚約者はおらず、妹がいるそうで彼が家を継ぐのか継がないのか。
私の乙女ゲー推論では隠しヒーロー枠。ライバルヒロインはエミリア嬢。
そんなラグナ卿と聖女セラフィナが出会う。
ある意味、イベントスチルの再現かもしれない。そんなのあるのか知らないけど。
「ラグナ卿、彼女がセラフィナ・アスティエール子爵令嬢よ。フィナさん、彼はラグナ・ヴォルテール辺境伯令息」
二人を引き合わせ、彼らの目が合う。
「お前が聖女か」
「は、はい」
勝手にドキドキしながら二人の出会いを見守る私。
フィナさん、これからどうなっちゃうのー!?
貴方がラグナルートを開拓したらエミリア嬢はどうなるの? 目が離せないわね!
「話は聞いているか?」
「マイン様から子供たちを救ってほしいと」
「そうか。だが、子供たちの様子を見れば驚くだろうな」
「重い病なのでしょうか」
「いや、異形の姿へ変えられている」
「異形の?」
「見ればわかるが、そういうのは平気か?」
「……見てみないことには」
「それはそうだろうな」
事務連絡かな?
そういうのじゃなくて、出会った瞬間にときめきがパラダイスしないの?
マインちゃん、がっかり。
「「「「ウキー」」」」
四体揃った四健将がミニ筋斗雲に乗って、ゆるやかに私の回りを飛び回る。
さっきまで一緒に行動していた個体がどの子かわからなくなっちゃったわ。
「貴方たちって私が力尽きても独立して動くのよね?」
「「「「ウキー?」」」」
首を傾げられた。自分の仕様はわからないか。
「アイゼンハルトに戻ったらミニ猪八戒もいるからね、会うのが楽しみね」
「「「「ウキ!」」」」
こうも王国のあちこちで事件が起きているとなると、やはり戦力の拡充をしたいところよね。
三蔵法師を先に救出すべきかと思ったけど。
沙悟浄と玉龍、とりわけ沙悟浄を先に見つけだした方がいいかしら?
どうにも、お師匠様案件に軽々しく触れて無事で済む気がしないのよねぇ。
準備を整えて戦力をしっかり揃えてから事に当たった方がいいような。
だって三蔵法師だもの。想定ルート的に孫悟空の方が厄介だとは思うけど。
孫悟空頼りにゴリ押ししようとした場合、緊箍児を相手に発動されてジ・エンドな可能性がある。
それを防ぐためには私以外のメンバーで問題を解決できなければならない。
ヴィルヘルムとラグナ卿、フィナさんの協力は取りつけてから挑みたいわ。
「カーマイン様、お戻りになられましたか」
「エミリア嬢、悪いわね、ここを任せてしまって」
「いえ、ご無事で何よりです」
「そっちはどうだったかしら?」
「それは見ての通りで、ヴォルテール家からの支援が届きまして」
ミニ・マインに伝書を託したラグナ卿が、ヴォルテール家から援軍を呼び寄せ、物資を整えさせたらしい。
とはいえ、ここはまだ危険地帯だ。
目を覚ましたベラゴート兄妹、金角と銀角が暴れる危険がある。
「ですので、支援者たちは屋敷の外で待機されているとのこと。それから」
「他に何か?」
「ベラゴート家から姿を消していた使用人たちですが、半壊した屋敷ではなく、別邸で発見されました。そちらの方はヴォルテール家の人たちが対処してくれています」
「そうなの。無事ならいいのだけれど」
諸々の後処理は本当に多い。
けれど、ひとまず私たちのやるべきことをしよう。
「では、さっそく試すが……いけるのか、聖女」
「はい! やれます!」
聖女呼びなんだぁ。
好感度が上がったらセラフィナって名前で呼び始めるパターンかしら?
「どうした、カーマイン」
「いえ、なんでも。おほほ」
「?」
勝手にカップリング妄想しているのを誤魔化しつつ、捕縛したままの金角・銀角姿の兄妹のところへ向かう。
見張りなのか、ヴォルテール家の人間もいる。
「これは……!?」
巨躯の鬼となった二人を見てフィナさんは言葉を失う。
これまでの旅で似たような症例はなかったのね。
「この子たちに浄化や破魔の力を使ってほしいの」
「……わかりました!」
フィナさんが祈りの姿勢を取る。
私たちはその姿を、息を飲んで見守る。いつもの激しい光ではなく、溢れるような光の粒子が兄妹へ向かっていく。この空間を満たすような光の粒子の奔流だ。
それを見ていた人の口から思わず小さな歓声が漏れる。
光の粒子に押し出されるように金角・銀角の姿が揺れ動く。
元々、墨のような色合いだったのだけれど。黒い液体が押し流されて綺麗になっていくような様子だ。
剥ぎ取られていく金角・銀角の下からベラゴート兄妹の姿が現れる。
ロクサーヌのもとには青白い炎のようなものが視えた。
その炎は聖女の光には押し流されず、ロクサーヌのそばに留まる。
「カーマイン、あれがおそらく」
「アンリエッタさんの魂ね。彼女の体は?」
「すぐに運ばせる」
ラグナ卿が命令し、ヴォルテール家の人たちが担架に乗せて運んできた。
「九転還魂丹」
ギフトで西遊記由来の金丹を出す。
烏鶏国王を助けるため、太上老君より一粒だけ授かったもの。
これならば魂の離れたアンリエッタさんを蘇らせることができるはず。
やがて聖女の浄化が終わり、どうにかベラゴート兄妹を救出することができた。
力を使いすぎたのか、フィナさんがフラリと体を揺らし、倒れそうになる。
「おっと」
そこをラグナ卿が支える構図。まぁ、ヒーローね。
「大丈夫か、聖女」
「は、はい。ありがとうございます、ヴォルテール卿」
「ああ。カーマイン、そちらはどうだ」
「準備はいいわ」
担架に乗せたアンリエッタさんの体。その横にロクサーヌを運ぶ。
兄のクラリオの方は医者のもとへ運び出してもらう。
「アンリエッタさん、今、もとに戻してあげるわね」
彼女の口に還魂丹を含ませ、水で流し込んでいく。
そうするとロクサーヌのそばにあった青白い炎がアンリエッタさんの体内へ口から吸いこまれるようにして入り込んだ。
長く死体のままだったから、還魂丹を飲ませても、すぐに動かないのが原典だ。
動きだすための誘い水として、孫悟空が口移しで精気を吹き込んだという話だけど。
キスすればそれで済むって話でもないでしょう。重要なのは精気を吹き込むこと。
「手から送り込めるかしら……」
人工呼吸というより心臓マッサージでアンリエッタさんの体を再起動させる。
精気の送り方がわからないため、力を込めるより祈るように。
すると、心臓マッサージをする胸元から淡い光が溢れ始めた。
効果ありそう!
「……っかは!」
動いた!
「かは、かほっ……!」
「アンリエッタさん!」
幽霊メイドのアンリエッタさん、息を吹き返す! やった!
「おお……」
「すごい……」
人を蘇生させる様をバッチリ目撃されてしまう私。
これは、ちょっと広まると誤解を生みそう。
「アンリエッタさん、わかる? 無理はしちゃだめよ」
「スウェン様……! 私、私は……!」
「ええ、生き返ったの。でも、もうこれっきりだからね?」
横たわるアンリエッタさんの手を取り、彼女はその感触を確かめるように握り返してくる。
そして、隣に横になっているロクサーヌに視線を向けた。
「ロクサーヌお嬢様は……」
「無事よ。聖女のセラフィナさんが浄化してくれた。きっともうあの姿にはならないわ」
「ああ……」
アンリエッタさんがボロボロと泣き始める。
「ありがとうございます、ありがとうございます……!」
「いいのよ。貴方がこの家のことを報せてくれたから助けられたの。よくやったわね」
「……! ありがとうございます!」
このままヴォルテール家の支援に彼女たちを任せて運んでもらう。
まだまだ片付けるべき問題は多いだろうけど。
それでも被害者である伯爵家の三人はどうにか救出することができたのだ。
あとは追い出されたらしい夫人を見つけて事情を話しておきたいわね。
「……ひとまず終わったな、カーマイン」
「ええ、ラグナ卿。フィナさん、エミリア嬢も。ありがとう。貴方たちが力を貸してくれたおかげで彼らを救うことができたわ」
後処理面倒だけど、とにかくこれで一件落着ね!
ゴゴゴゴゴ。
「ん? 地震?」
珍しいわね、この国で。
「……カーマイン、見ろ」
「はい?」
ラグナ卿に促されるまま視線を向ける。
そこにはフィナさんの浄化によって剥ぎ取られたはずの金角大王、銀角大王が。
「あー……」
私は如意棒を出しながら、フィナさんとエミリア嬢の前に立つ。
「最後まで戦ってトドメを刺してほしいか。こいつらは戦士なのか」
「戦士、ってことはないけれど」
とにかく、あれで終わってはくれないらしい。でも。
「火尖槍」
ここにはラグナ卿がいる。私だけでもどうにかできるかもだけど。
彼と共闘して負けることはあるまい。
「では、最後の一暴れといくか、カーマイン」
「何を嬉しそうにしているんだか……四健将! フィナさんとエミリア嬢を守って!」
「「「「ウキー!」」」」
形を成し、立ち上がる金角大王と銀角大王。
でも、彼らはもう五つの宝を持っていないし、支えとなっていた兄妹もいない。
最後の悪あがきというやつね。
西遊記でもネームバリューは圧倒的上位だろう二人。
「終わらせてあげるわ! いくわよ、ラグナ卿!」
「おう!」
こうして私たちは最後に二人で大立ち回りをして、この事件を終わらせたのだった。




