135 二人の聖女
「マイン様、空を飛んでます!」
「ええ、しっかり掴まっていてね!」
「はい……!」
「ウキ……!」
フィナさんを抱えながら筋斗雲で空を飛ぶ。念のため、ミニ・マインたちを彼女のそばに控えさせて落ちた時のフォローをさせる。
領地戦の戦場となっている場所は、彼女が捕まっていた場所からそう離れていない。
長く空の旅を楽しんでもらう余裕もなく、あっという間に戦場の真上まで着いた。
元凶は浄化したはずなのに、相変わらず黒水河のままだ。
黒が薄れてすらいないあたり、何か地に残る呪いのようなものだろうか。
「争いが……マイン様、どうすれば」
「あら?」
どうすれば。その疑問が彼女から出たことに少し驚いてしまう。
ちょっと『聖女なヒロインちゃんにあとは全部お任せ!』のつもりだった。
そうよね。正解なんてわからないわよね。
こんな場所に連れてこられてどうしろと? という話。
別に彼女にはこの争いを止める義務などないのだ。
「そうね……」
眼下では領地戦が続いている。川の中央辺りでジークヴァルトが無双中。
殺している、のではなく、動きを止めるように戦っている。
命を守るために戦っているあたり、ああしていればちゃんとヒーローね。
「争いの原因はあの黒い川のせいよね?」
「はい、そう聞いています」
「貴方ならあの川を浄化できる。でも一時的にしか無理だった」
「はい……」
完全浄化する希望はあるけれど、その希望はすでに示されたあとだ。
今、実際に戦い始めてしまった人々の気を静めるのに、一時的な浄化ではインパクトが薄い。
「…………」
「マイン様……?」
乙女ゲー推論は私が勝手に組み立てているだけよ。
この世界の命運をフィナさん一人だけが背負わなければならない正当な理由はない。
確かにいずれはそうなるかもしれない。
実際に黒水晶に対してギフトの効果があった。彼女を失うわけにはいかない。
でも。
彼女にすべてを丸投げして、私は一抜けしていいのかしら。
正直に言って、この力をバラしたくはない。
露見すれば、これから私に様々な難が降りかかるだろう。
だけど、それはフィナさんも一緒なんじゃない?
今、この国は黒水晶一派が暗躍している。
狐理精の女が仄めかしていたように何やら黒幕らしき人物もいそうだ。
転生者の私は状況から先読みして、いくつかの難を退けてきたけれど。
この先はきっと彼女のギフト『聖女』を中心にして事態の収束へ向けて動く。
きっと、それこそが正しい運命の流れだと思っている。
ただ、その正しい運命の先に待ち受けるのは、私の破滅フラグじゃないかと懸念している。
現実に猪八戒のギフトは彼らに封印されていた。
それって『本来のギフテッド』が殺されているってことだと思う。
彼らが用のあるのはギフトだけなのだ。今、孫悟空の力を宿している私じゃない。
「……元々、あってないような運命。どう転んだところで一緒よね」
「マイン様……」
私は大して悩みもせず、決断する。
そもそも、すでにアイゼンハルトの戦いで盛大に名乗りをあげている。
殿下がいる場所でというのは大いに今後の影響が大きいだろうが……。
「二人の聖女として、堂々とデビューしましょうか、フィナさん」
フィナさんはいい子だ。
ヒドイン系の性悪転生者じゃないし、他人のために動ける人。
いつか重責を背負う立場になるかもしれないけれど。
その時、最強の悪役令嬢がそばにいる展開も悪くないでしょう?
「二人の、聖女……」
「私、こう見えて『曇りの聖女』って呼ばれているのよ」
「ああ、教会で言われていましたね」
聞いたことあるんだ。ま、前回は自称までしたので責めまい。
じゃあ、曇りの聖女の本領発揮ね!
「ミニたち! フィナさんをいい感じに支えて浮かせておいて!」
「「「「ウキーッ!」」」」
「え、きゃっ!」
出している身外身法、全投入してフィナさんを預ける。
すぐに拾えるように私も見ていたけど、意外と安定して支えられそうだ。
この状態で緊箍児が発動したら彼女ごと危険なので慎重にしないと。
「身外身法、七十二変化……三面六臂!」
孫悟空は敵の妖怪が洞に篭っている時に、挑発するように音楽を奏でる。
その姿は三つの顔に六本の腕となり、銅鑼や太鼓を打ち鳴らすという。
神々しい姿という触れ込みもあるが、流石にその姿そのままになれば異形感が強い。
二人分の等身大分身を出し、銅鑼と太鼓を構えて音を打ち鳴らし始めた。
中央の私は如意棒を構えつつ、剣指を結んだ指を眼下に差し向けた。
「定身法!」
金縛り、個人の時間を止める秘法。
ただし、キメラ戦の時みたいに相手が猛るほどの勢いを持っていると持続するのは難しい。
油断している相手や、ただの民ならば長時間の拘束も可能だと思うけど。
定身法で戦闘中の両軍を一時停止させていく。一時でいいのだ。
「伸びろ、如意棒!」
筋斗雲から黒水河に向けて如意棒を伸ばし、川底を叩く。
これだけで人によっては空に浮かぶ私たちの姿を見つけるだろう。
「閉水法!」
水を割る法術! アイゼンハルトの湖を二つに割った秘法だ。
騎士たちの足元を流れていた川の流れが断ち切られていく。
激しい流れじゃないおかげで一時的にせよ黒い水の存在感が薄まった。
「フィナさん、ここで聖女ビーム!」
「びーむ?」
「聖女光線よ! ピカピカ光って! 断続的に!」
「は、はい! 光線……?」
「「「「ウキ!」」」」
ミニ・マインたちに支えられながら不安定な状態でフィナさんが祈る姿勢を取る。
ピカッ! と聖女の光が眼下に届く。
定身法で少し動きを止められた人々は事態の変化に意識を向ける。
私はさらに空を見上げ、続ける。
「呼風喚雨!」
曇りの聖女の面目躍如! 雨雲を呼び寄せ、一帯を曇らせる。
曇り空に聖女の光がよく映える。
さらに銅鑼と太鼓を打ち鳴らして音がいったい何事なのかと注意を引きつける。
「ついでよ! ミニ二体! フィナさんの体を支えつつ、彼女の背中で翼になって!」
「「ウキー!」」
ミニ・マイン二体による変化でフィナさんの背には大きな翼が現れる。
ここは見栄え重視と普段は隠している緊箍児を露わにした。
こうして二人の聖女のお披露目だ。片方はなぜか三人分だけど。
「なんだ……?」
「これはいったい」
「あれは聖女様と……誰だ? いや、なんだ?」
三面六臂の私、もとい三人分の私が雲に乗って銅鑼と太鼓を叩く姿に唖然とする。
さらに天使の羽を背中から生やし、神々しい光を発するフィナさんの姿だ。
これでもまだ動きを止めない人には狙って定身法をかけ、強制的に動きを止めていく。
私たちの姿と光と音につられて強制的に争いが止められた。
さて、ここからが大仕事ね。
「戻れ、如意棒!」
伸ばしていた如意棒を手元に引き戻して、さらに。
「七十二変化、メガホン!」
髪の毛の一本をメガホンへと変化させる。
現代利器を使わせてもらおう。銅鑼と太鼓の私をミニ・マインに戻してメガホンを構えさせる。
フィナさんと並んでいてもいいけれど、ここは飛び回らせていただくわ!
「やぁやぁやぁ! 我は〝曇りの聖女〟なり! 聖女セラフィナとともに、この地に振りかかった災いを払う者である!」
メガホンで大きな声を響かせながら、筋斗雲で飛び回って注意を引く。
「この地に災いをもたらしていた真なる敵はすでに我が討った! 騎士たちよ、刮目せよ! これより、この『黒水河の難』を、二人の聖女が永久に浄化してみせようぞッ!」
空を飛び回る金冠を被った聖女……聖女? が一人。
神々しい光を放ち、天使の羽を生やした聖女が一人。
二人の聖女が人々の目を奪う。
閉水法で押し留めていた黒水河の勢いが溢れ、再び彼らの足元を流れ始める。
「フィナさん!」
「はい! マイン様!」
真摯に祈る姿勢を取り、目を閉じるフィナさん。
光はさらに神々しく輝き、黒水河を浄化していく。
けど、これだけなら以前もできていたらしい。問題はすぐに戻ってしまうことだとか。
こればかりは、すでに元凶を倒し、黒水晶を浄化したことが影響するのを期待するしかない。
私の仕事はどうにかこの状況を利用して、口八丁で場を収めることよ。
筋斗雲で空を飛び回る私を、騎士たちはつい目で追ってしまう。
脳の処理をいっぱいにしてあげるわ!
「川が浄化されて終わりではない! この争いは仕組まれたものだ! 互いの伯爵家に罪過なし! 騎士たちよ、戦う相手を間違えるな! この災いはこの地だけのものではない! 今、グラムザルト王国では各地で災いが起きている! それは悪意によってもたらされた、王国の敵によるものだ! 騎士たちよ、踊らされるな! 敵ではない者たちに剣を向けるな! 二人の聖女がこの地に安寧をもたらし、お前たちの道を清め、その目の曇りを晴らせよう!」
私の言葉を聞く気があるか、ないか。
それでも止まれなそうな者たちは空から見下ろして見つけ、定身法をかける。
「それでもお前たちが争いを求めるのなら! この闘戦勝仏、曇りの聖女、カーマイン・マロットがお相手しよう! 吠えてみせよ! まだ血が湧いて止められぬ愚か者よ! この如意金箍棒で、たちまち打ち据えてやるぞ!」
最後に一つまみの挑発を添える。
フィナさんのヒロイン力というか、聖女パワーに任せて、みんなが心を打ってくれるならいい。
でも、優しく、綺麗で、清らかなだけでは争いを止められない。
勇猛果敢な者には血の気の多さがあるものよ。
大声で怒号をあげられ、フィナさんを批判されれば止まる争いも止まらない。
やはり暴力……否、武力を示すことは大事だと思う。
「……!」
私の挑発にハッとなった者が幾人か表情を変え、私を睨みあげる。
「そこのお前! まだ戦いたいか!」
その中でも一際体格のいい相手を見つけ、地上近くまで筋斗雲を下ろし、如意棒を向ける。
手の届かない上空ではなく、ほんの少し上から見下ろす形。
それも徐々に降下し、地上スレスレの高さへ降りて目線を合わせる。
「……俺は!」
突然の指名で驚きつつも、私を睨む表情にはまだ戦意が残っている。
「信じられるか! 聖女の浄化も、ライアムルトに非がないなんてことも!」
「なにゆえか!」
怒鳴る声には怒鳴り返す。メガホン付きで。
「親が殺されたか、子供が黒水を飲んで死んだか! 怒りが忘れられないのなら、この私が相手をしてやろう! これより私はライアムルト、レーヴァデルト、双方の〝敵〟だ! かかってこい!」
ジークヴァルトが先ほどまでやっていた双方相手への無双を奪う。
悪いわねぇ、武力系イベントは奪いやすいのよ、これが。だって孫悟空だから。
「どうした、愚か者! 真の敵が他にいると知りながら無益な争いを望む者よ!」
「ふざけるな! そこまで言うならやってやる!」
挑発に乗り、血気盛んな騎士が私に突撃してくる。
足場が悪いのによく走れるわね。滑って転ぶわよ。
「ハァアアアア!」
私はメガホンを髪の毛に戻し、ミニ・マイン二体を離す。
如意棒を頭上でブンブンと大回転させ、大見得を切っていく。
突進してきた大柄な騎士を相手に、手に持った得物ごと一棒フルスウィング!
「アチャアアアアッ!」
ドゴッ!
「ぐっ!?」
大振りの見栄え重視の一撃で、騎士は当然に反応するけどパワーでゴリ押し!
叩き折れるのではなく大きく歪んだ剣を手にしたまま、騎士は驚愕する。
「どうした! 黒い川が浄化されても、まだ戦うばかりの愚か者! 浄化された大地を見ろ! この戦いを続けるのなら、お前たちに大義なし! ただ血を求めるばかりの暴れん坊め!」
悔しいのか、それでも向かってくる騎士に今度は容赦なく。
「伸びろ、如意棒ッ!」
「がはっ!?」
フルスウィングではなく、伸びる棒なんて変則技でカウンターを食らわせ、吹っ飛ばす。
「次! 不満のある者は吠えてみよ! ライアムルトとレーヴァデルト、双方に罪過なし! これより、この戦いはお前たちが個人で責任を負うものだ!」
如意棒を構え、見得を切りながら、騎士たちを見回す。
一人、大柄の騎士が吹っ飛ばされる光景を見たことで、まだ燻っていた騎士たちもどうにか動きを止めた。
ここでまだ上空待機中のフィナさんを下ろすよう、ミニ・マインたちに合図を送る。
羽を生やした状態で輝きながら、空から降臨する聖女の姿。
見栄えの良さでいえば、私よりはるかに上ね。
フィナさんが地上に降り立つとともに羽役のミニ・マインの身外身法を解く。
他の子たちも一旦、元の〝毛〟に戻した。四健将個体だけそのままね。
私はフィナさんに目線で促がす。注目は集まり、反対する者は私が威圧する。
「……私はセラフィナ・アスティエール。『聖女』のギフトを授かった者です。この地は私が必ず浄化してみせます。ですから、どうか剣を置き、争いをお止めください!」
ここまで〝演出〟してみせた甲斐もあり、彼女の言葉をきっかけに騎士たちは剣を下ろした。
さらに騒ぎ立てようとする者は現れない。
ここに二つに伯爵家の争いは終焉を迎えた。
さーて。
……このあと、どうしましょう?
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傾国の悪女になんかなりません! ピッコマで先行配信開始!
書籍1巻は6月30日発売です!
昨日は昇降デスクを組み立てていて、体力を使い果たし、更新無理でした。
重い。如意棒(偽)より重い。




