126 捕縛
「アチャアアアアアッ!」
筋斗雲で加速しながら如意棒を横薙ぎに構え、ブラック金角の右足を打ち払う。
『オオオオオッ!』
理性のない金角大王なぞ、孫悟空の敵ではない! と思う!
加速と剛力により、金角が片足を外され、バランスを崩す。
すぐさま筋斗雲を旋回させて、バランスの崩れるままに背中を打ち、倒す。
ズシィイインッ! という重低音。
なに、心配するほどの相手ではない。というか。
おそらくだが、この世界において彼らは良くて中ボスだと思う。
ジークヴァルトルートにおけるラスボスがブラック猪八戒だとすれば、彼らはラグナルートにおける中ボスか、序盤のボスにすぎないと思うのだ。
私の見立てではラグナルートで一番の強敵、ラスボスは西国に現れた龍だ。
要するに先にラスボスクラスと戦ってきた経験で、そこまで彼らに脅威を感じない。
しかも今回はヒーロー役同伴なので、どうにかなるだろうという気持ちもある。
「きゃああ!」
「「「ウキーッ!」」」
「ハッハァ!」
……なんか向こうで火柱が上がって、それぞれの声が聞こえる。
どう聞いてもジェットコースターで客があげる悲鳴だ。
パッと見た時は数の上で劣勢に見えたから身外身法でサポートしたのだけど。
角度をつけて、空から屋敷の反対側に視界をやる。
案の定、五行車を乗り回しているラグナ卿の姿が見えた。
しかも、エミリア嬢を抱えているだけじゃなく、なぜかミニたちまで楽しそうにラグナ卿たちの衣服に掴まっている始末。
貴方たち、ミニ筋斗雲で空を飛べるでしょうが。楽しんでいるんじゃないわよ。
「あっちの心配はいらないわね」
巨人とライオン獣人、複数の魔猿たちに囲まれていたが、そもそもラグナ卿のギフトってどう考えても広範囲殲滅を得意としているので数の不利などあってないようなもの。
余計なお世話だったかもしれない。
『オオオオッ!』
さて、問題はこっちだ。
当然、打ち倒されただけでは止まらない金角大王。
それに銀角大王も暴れているので、どうにか私に引きつけておく必要がある。
屋敷が半壊しているものの、すべて壊すには至っていない。
それに外壁を壊して街に向かおうものなら大惨事だ。
乱雑な攻撃を掻い潜りつつ、金角・銀角への攻撃と観察を続ける。
はたして聖女がいなければ救出は無理なのか、それとも?
「七十二変化、変われ!」
私は地面スレスレを飛行しながら、砕かれた残骸の一欠片を拾い上げ、術をかける。
すると細長い布へと変じたので、それをなびかせるように筋斗雲を上昇。
「ミニ二体! こっちに来て、手を貸して!」
呼びかけると少し離れた場所から元気に声を上げて、ミニ・マイン二体が飛んでくる。
「この布で目隠しをするわ!」
「「ウキッ!」」
私の言葉にミニ・マイン二体が布の反対側へ飛び、手にする。
「まずは銀角大王!」
「「ウキーッ!」」
『オオオオッ!』
筋斗雲で翻弄しながら、銀角大王の目を布で隠し、ミニ・マインたちに結ばせる。
目隠し鬼の完成だ。真に理性がないならば、対処のしようがないはず。
それとも個人の思考は止まっていても、生物としては思考しているのか。
ギフトの意思が動かす場合もあるわね。
筋斗雲で飛び回りつつ、金角・銀角の注意を引きつけ、どうにかこの場に留める。
頭部や腹部などの攻撃は、本体にダメージが入る場合を考慮して極力避けた。
ブラック猪八戒のように墨のような色合いの肉体を剥がせればいいのだが……。
今回のケースは、とにかく中の人の安否確認が優先される。
立ち回りの中で何度か手足を如意棒で打ち払う。
これも肘や膝などの攻撃は避け、折れるなら可能なかぎり綺麗に折れるような攻撃を意識した。
ただ、その微調整がいつまでも可能な状況とは言い難い。
「目隠しを払いのける知性もないのね……」
目に結ばれた目隠しは、本当にただ布を巻きつけただけだ。
銀角大王は暴れているが、目隠しを取り払うだけで済むことをしない。
この知性のなさは、どうにか活かせないだろうか。
残念ながら立ち回りの中で彼らを無事に救出する目処は立たない。
火眼金睛での観察を続けているのだが、例のキラキラは視えてこないのだ。
かといって肉体を剥ぎ落してどうにか、というのも本体への致命傷が怖くて手を出しにくい。
「……七星剣!」
私は如意棒の代わりにギフトで七星剣を取り出す。
これこそ金角・銀角のギフトなら敵が使ってきそうなものだが、その兆候はなし。
まさにギフトの持ち腐れだろう。金角・銀角を使役する旨味がまるでない。
ギフトの名すらわかっているはずなのにその能力が曖昧なのだろうか。
ラグナ卿の例を考えると普通は逆な気がするのだけど。
いや、むしろ能力がわからないことの方が普通かしら?
洗礼水晶ではギフト名がわかるが、能力は伝聞か、個人の開発具合による。
ギフトと向き合った者にのみ、能力が花開くのがデフォルトなのか。
「動く相手に絶妙な作業だけれど……!」
如意棒ではなく七星剣を持ち出したのは、金角たちの体を剥ぐためだ。
ひとまず切りつけて、その様子を見る。
治りやすいような、目立たない位置を考慮しながら。
あと、これもまた申し訳ないけれど、銀角ではなく金角の方を。
……中身が逆ってこともあるから、あまり意味のない配慮かも。
「ウキーッ!」
金角の腕を小さめに切りつけていく。
深めに切りたくはないが、調整が非常に難しい!
これで望ましい展開は、切りつけた場所から黒煙やら吹き出すことだ。
それは即ち、生身の肉体の延長とは異なることを示す。
「うっ……」
だが、最悪なことに切りつけたところから溢れたのは血だった。
青色ではなく赤い血。
墨のような肉体だからブラック猪八戒と似た体と思ったけど。
これでは、いよいよ巨躯がそのまま兄妹の体なのだと思えて手が出せない。
「幌金縄!」
先に出したはずのものを消し、呼び寄せるように再召喚。
私と孫悟空では、幌金縄の真価は発揮できないことがわかった。
また、別に幌金縄は切れない縄ということはない。
なんだったら孫悟空が脱出する際にやすりがけして縄を切ってしまう。
とはいえ、適当なものは他になく。
「ミニたち! 彼らを縛り上げるわよ!」
「「ウキーッ!」」
やるしかなかろう。
暴れる二体の鬼を相手に、打ち倒さず、縛り上げ、行動を抑制する。
そして。
「その間に聖女を連れてくる!」
西遊記において孫悟空が困って逃げてから、筋斗雲で飛び回って助っ人を連れてくるのは定番!
もう流石にヒロインを差し置いて最善の展開を求めるのは無理ってものだ。
孫悟空は敵を打ち倒すヒーロー。
救済などの役目は法師タイプにお任せするべし!
私が飛び回り、幌金縄とそれから髪の毛、木片などを変化させて縄やら鎖やらを使って、金角と銀角をどうにか拘束していく。
しばらく、そうして立ち回っているところで。
「おおい、カーマイン! そっちはどうだ!」
「ラグナ卿!?」
五行車に乗って火炎と共に空を駆けてくるラグナ卿。
小脇にはエミリア嬢が一緒にいて、どうやら無事らしい。
また派遣したミニ・マインたちが同時に二人ほど拘束した男性たちを運んでくる。
私は拘束途中で暴れる金角たちから距離を置くように空へ上がり、ラグナ卿たちを迎える。
いつの間にか、あちらの決着はついていたらしく、こちらの救援に駆けつけてくれたらしい。
魔猿の群れも二人のギフテッドもなんのその。流石は最強の男。
「カーマイン、こいつ。『魔王』を名乗る割にすこぶる弱かったぞ」
「「ウキー!」」
なんかミニ・マインたちが一人の見知らぬ男性を目の前に引っ張り上げてくる。
ラグナ卿が指し示すが、見たことない人なのでわからないわ。それより。
「魔王? ギフト名が魔王?」
「ああ、こいつが自分で名乗った。名の割には期待外れすぎたがな」
魔王って。西遊記において『魔王』とだけ言っても、それはピンキリなのでは?
牛魔王だったら、こんなところで何をしているんだという話だし。
他に魔王といえば……。
「なんの魔王?」
「なんの?」
ラグナ卿が首を傾げる。
すると彼の脇の方で、必死に彼の腰に掴まっていたエミリア嬢が、震えながら補足してくれる。
普通に空を飛んで会話するのが怖いらしい。それはそう。
「『混世魔王』と名乗っていました、カーマイン様」
「……混世魔王。そりゃあ、貴方……。そりゃあ」
「なんだ? わかるのか」
「……ラグナ卿、ほぼ弱い者いじめじゃない」
「そうなのか? 魔王だぞ?」
混世魔王。
名前は大したものだが、この敵が出てくるのは最序盤である。
雑魚とは言うまい。ボス格であり、ネームドキャラではある。
だが。
混世魔王は、孫悟空が如意棒を手に入れる前、最初に倒した敵だ。
如意棒もなく、鎧などもない、孫悟空。もちろん法術は修めていた。
菩提祖師のもと、筋斗雲や身外身法、七十二変化といった術を修めてから、やらかして破門され、花果山に帰ってきた孫悟空。
だが、故郷の花果山は孫悟空がいない間に、混世魔王に荒らされていた。
花果山の猿たちは帰ってきた王様に窮状を訴える。
『王様! ようやく帰ってきてくれたのですね! 混世魔王という恐ろしいバケモノが俺たちをいじめ、洞窟を奪い、多くの子分がさらわれてしまったのです!』
と。
混世魔王は身の丈三丈で鎧兜に大刀を振り、武器もなく小さな孫悟空を嘲笑う。
だが、素手の孫悟空に挑まれて、こちらが武器を使っては恥とばかりに殴り合いとなったが、劣勢となるやくろがねの太刀をおっとり、切り込んできた。
そうして、厄介に思った孫悟空は物語で初めて『身外身法』を使い、小ザルたちにもみくちゃにされ、刀を奪われて孫悟空に一刀両断されてしまった。
つまり、悟空がよく使う『身外身法のお披露目回』みたいなエピソードである。
トレードマークの如意棒すら持っていない時に倒した敵ということで〝格〟はお察しだ。
どう考えても紅孩児と戦わせて名勝負をするような敵ではない。
待つのは一方的な蹂躙のみでは?
「こいつが、あの魔猿たちを生み出し、使役していた」
「魔猿たちを?」
そんな能力、混世魔王になかったと思うけど?
「カカザンのドエキがどうと言っていました、カーマイン様」
「花果山!」
ドエキ、奴役? 奴隷のように酷使することだ。中国的な言い回しかも?
なぜ、それで猿の眷属の呼び出しみたいな……。
……言われてみれば確か、孫悟空が混世魔王を倒したあと。
そこには連れ去られた花果山の猿たちが三、四十匹は残っていて、故郷に一緒に連れ帰ったという話があったわね。
その猿たちは連れてこられる時のことを、耳でブーンと風音を聞き、空飛ぶ心地がしたくらいで来た道を覚えていなかったという。
孫悟空はそのことを聞いて、魔王が法術を使ったのだろうと断じた。
そういうエピソードがある。
だが、具体的な法術名もなければ、手下として戦闘に駆り出した話でもない。
つまり、これは。
「エピソードの昇華型ギフトなのね……」
思えば私だってそうだろう。
『孫悟空の能力が使える』だけのギフトならば、幌金縄や芭蕉扇は使えないはずだ。
しかし、現に今の私は、五つの宝を始めとした各エピソードで使用した道具を使えている。
西遊記系ギフトと一口に言っても法術だけではなく、そういうタイプもあるということだ。
九尾狐理精が平頂山の小妖を使役するのも似たようなことかもしれない。
当人の『能力』とするのは少し謎だもの。エピソード昇華型なら理解できる。
これは今後、警戒しなくてはいけないことかも。
「「「「ウキーッ!」」」」
「ん?」
私に何かを訴えるような声を上げるミニ・マインたち。
そこでラグナ卿が。
「ああ、小さなカーマインたちだがな。俺が倒した猿どもの灰やら欠片やらを何やら熱心に集めていたぞ」
「は……?」
なんかまたミニ・マインたちが変なことをしている!
強化イベント? 増殖イベント? ミニ猪八戒と同じ事件が再び!?




