120 伯爵家への潜入
やがて、私たちを乗せた馬車はベラゴートの領都に入る。
一見すると、平穏な様子に見えるのだが……。
「臭いが強まったな」
ラグナ卿がそう呟く。
私も、よからぬ気配をひしひしと感じられるレベルというか。
逆に一般の人は何も感じないのかしら。
「何が起きているかわかるか?」
「流石にそこまでは。貴方はどうなの?」
「俺もだ。臭いだけで策謀を掴めればいんだがな」
今、わかるのは『とにかくあやしい』とか、そんなレベルだ。
とりあえず戦闘系はラグナ卿に振っていいとして。私は潜入調査ね。
「それで、どうする?」
「そうねぇ……」
アンリエッタさんは今すぐにでもベラゴートの兄妹を救出したいだろう。
私のギフトと彼女の案内があれば、潜入して救出も可能なはずだ。
ただ、問題は……あくまで私の推論にすぎない話だが……このイベントっぽい事件が、本来はラグナ卿とフィナさん、またはエミリア嬢が解決したのではないか、ということ。
ラグナ卿が活躍する時点でバトルが発生する可能性が高く、それはつまり潜入行動がバレそうということだ。
アイゼンハルトで衝突した二人も隠身法で隠れている私の気配を感じ取っていた。
ああいう敵がベラゴート家にいると考えている。
単独潜入して、二人を救出、守りながらそういう連中を相手取るのは厳しい。
「この場に私がいない場合、エミリア嬢はアンリエッタさんの話を聞いてラグナ卿の協力をとりつけて、ラグナ卿は『面白そう』ということもあって合流して、そこからどうすると思います?」
「何を言っているんだ、お前は?」
「もし、よ。たとえばの話」
ラグナ卿とエミリア嬢、アンリエッタさんは互いの顔を見合わせる。
「まずベラゴート伯爵を正面から訪ねてみるだろうな」
やはり正面突破がお好みか。
「単刀直入に切り出し、兄妹との面会を申し入れる」
「断られたら?」
「屋敷まで入り込んでしまえば、こっちのものだ。あやしい臭いがしたなら暴れて、間違っていたらあとで謝ればいい」
暴君かしら? 捜査というのは間違っていたらごめんなさいでいいんです。
「それは流石に……。いかに辺境伯家であろうと厳しいのでは」
「だが、死にかけの子供がいるかもしれないのだろう?」
『はい! いえ、死にかけているかはわかりませんが……』
アンリエッタさんが肯定する。
虐待児童がいると通報された以上、その虐待をしている疑惑がある保護者と悠長に話している余裕はない、ね。
強引に踏み入って児童を保護する。話をするのはそれからだと。
こと、今回の件に関してはラグナ卿の直感のままに行動してもらうのが一番な気がする。
それとエミリア嬢やアンリエッタさんの価値観での判断だ。
私はそちらに介入せず、動く方がいいかもしれない。
「では、正面からはエミリア嬢とラグナ卿に行ってもらうわ」
「なら、カーマインは裏からか」
「ええ。私とアンリエッタさんは、裏から侵入して二人を確保するわ。ラグナ卿がその場にいてくれたら、私の気配を誤魔化せると思うの」
なにせ、紅孩児だ。
西遊記系のギフテッドたちが脅威を感じられるとしても孫悟空クラスだろう。
私にとって、これ以上ないほどの囮である。
「なら、それでいこう」
「エミリア嬢のことは任せるわよ、ラグナ卿」
「ああ、任された」
うん。
「エミリア嬢もそれでいい? 危険かもしれないけど」
「はい、お力になれるなら」
覚悟が決まっているわねぇ。とにかく方針は決まったわ。
御者まで守る余裕があるか不明なため、御者と馬車、馬には離れた場所で待機してもらう。
エミリア嬢と護衛兼お付きのラグナ卿が先行し、ベラゴートの屋敷を訪ねる。
白馬の偽物に身を隠したアンリエッタさんと馬を引く私は、そのあとを門近くまでついていく。
「……ここだな」
ラグナ卿が呟いた。
ベラゴート家の屋敷を見つけた、という意味ではあるまい。
おそらく怪しい気配、妖気が立ち昇るようなその感覚が強まったことを言っているのだ。
これは私でもわかる。
確実に伯爵家の中に〝いる〟。何がいるかまではわからないけど。
私の推論では、ここに三蔵法師や沙悟浄、玉龍はいない見立てだ。
つまり、ここにいるのは厄介な魔王系・大王系の敵……?
アンリエッタさんのギフトであろう『鳥鶏国王』は、殺されて王をなり代わられてしまったキャラクターとなる。
この場合、メイドになり代わるのではなく、伯爵になり代わるのが、この世界的な正解か。
だとすると、鳥鶏国のエピソードにおける敵、『青毛獅子怪』が相手?
青い毛のライオンで文殊菩薩の乗り物が正体だ。
孫悟空に正体を見破られたあとは、すぐさま逃げたり、三蔵法師に化けたりと厄介なことをしてくる敵となる。
『伯爵のなり代わり』ができそうという意味では、これほどマッチングした西遊記キャラもいない。
ただ、それだとあの魔猿たちの説明がつかないのだが……。
黒風大王と黄風大王のように同じ陣営で中ボスクラスが連携しているのかしら。
ラグナ卿が格好よく立ち回る必要があるので相応の敵が二人か、三人はいる……?
もし、予想通りの相手ならば、今までのパターンからして『青ライオンの獣人』になるのがギフトとしてありえそうなところか。
西遊記の解釈によっては牛魔王のあとに出てくるラスボスクラスなこともある。
でも、一エピソードに出てくるだけの中ボスにすぎない場合の解釈もある。
その場合、そこまで強くはない。強さを測るのは難しい相手ね。
伯爵家の門まで辿り着いた私たちは、正面から堂々と面会を申し出る。
門番が立っていたので、取次を願った。
「面会の約束はあるのか?」
門番風情が、明らかな貴族令嬢のエミリア嬢を前にして偉そうね。
確かに高位貴族家には子爵・男爵の家出身の使用人がいたりするけど。
私の侍女、マリンも子爵令嬢だからね。
でも、そういう人が門番の仕事に就いているパターンは少ない。
男爵家だからと門番にまで見くびられることはないと思うが。
「事前に先触れを出しております。届いたはずですが……?」
お。エミリア嬢、ここでハッタリをかましていくスタイル。
嫌いじゃないわよ、そういうの。
「……旦那様からは何も聞いておりません」
「それは、そちらの事情ですよね。私は今回の件、ヴォルテール家と連携を取り、辺境伯家の名代として訪れています。すでに出した先触れを握り潰し、面会を拒絶すると?」
おお、そこにラグナ卿がいるからこそのストロングハッタリだわ。
「そんな証拠がどこにある? たかが男爵家の娘が……」
「証拠ならここにあるが?」
ラグナ卿が前に出て、懐から取り出したのはヴォルテール家の家紋入りのペンダントだ。
「俺はヴォルテールから、ラウゼン家と連携するために派遣された者だ。彼女がヴォルテールの名代であるのは事実だし、すでに先触れを出したことも事実。もし、届いていないというのなら、それこそ俺たちが来た理由だ。この地の治安はどうなっている?」
偉そうな門番は、ラグナ卿と家紋付きペンダントを交互に見ながら言葉を失う。
強そうな雰囲気漂う彼を前にして門番は大きく出られなくなる。
やはり威圧感は大切よねぇ。
私もやってやるわ、ウキッ、ウキィ!
「くっ……。か、確認してくる……!」
「そうか、あまり待たせるなよ」
「ぐっ」
偉そう対決はラグナ卿に軍配が上がる。
「ちょいちょい」
「ウキ?」
私は肩に乗って姿を消していたミニ一体を指で小突く。
「七十二変化、変われ」
髪の毛一本を先触れの手紙へと変化させる。
その手紙をミニに持たせた。
「あの門番についていって、先に侵入して、この先触れを適当なところに紛れ込ませてきなさい」
「ウキッ!」
透明なままのミニが先触れの手紙を受け取ると、そのまま私から離れる気配を感じる。
これで『先触れはきちんと出していましたが、何か?』作戦が成り立つって寸法だ。
ラグナ卿たちにも目配せして頷き合う。
しばらくすると、門番が不服そうに帰ってくる。
「どうぞ、案内します……」
「先触れは届いていたんだな?」
「……はい。こちらの不手際でした。申し訳ございません……」
そうして門が開かれ、中に案内される私たち。
第一関門は突破ね。バトルにならなくてよかったわ。
「エミリアお嬢様、私は馬と屋敷の外でお待ちしております」
「……ええ、お願いね、スウェン」
「はい、かしこまりました」
エミリア嬢の使用人ムーブを決め、中にアンリエッタさんを隠している白馬を庭の端に寄せる。
ちなみに鞍付きモデルだ。
馬車ではなく馬一頭を引き連れての来訪に首を傾げられたが、まぁ、それはよし。
門と外壁、そこから屋敷の間には、それなりの空間がある。
伯爵家の領主屋敷だからか、相応の大きさの屋敷なのだ。
私は、外壁の内側で白馬の世話をするフリをしつつ、アンリエッタさんに話しかける。
「アンリエッタさん、それじゃあ潜入捜査を始めるわよ? 案内してね」
『は、はい』
さて。
幽霊メイドのアンリエッタさんは、都合よく透明になることができないようだ。
半透明状態で逆に目立つ。そんな彼女をどう隠すか。
そこはミニ・マインを三体ほど出し、布で覆った上で隠身法を使用させてみた。
意外とこれでアンリエッタさんを透明にすることができるみたい。
正直、隠身法の効果範囲とか適当な気がする。
私も火眼金睛を発動したうえで、さらに身代わり分身を一体残しておき、隠身法を使う。
半透明の幽霊状態から布を被った『おばけもどき』になるアンリエッタさん。
「さ、行くわよ。どこからがいい? 鍵開けとかならできるから、どこでも言ってね」
『わかりました。それではついて来てください』
潜入ミッション、スタートだ。




