119 魔猿
「ナラグ、少し待って」
「ん」
今にも襲わんと構えていたラグナ卿に声をかけ、私は前に出る。
猿の魔獣が群れて馬車を取り囲んでいる。
御者と馬は怯え、震えているわ。
「如意棒!」
取り囲んできた魔猿たちに見せつけるように如意棒を取り出す。
また、七十二変化で隠していた緊箍児も隠すのをやめた。
『ウキッ!?』
それだけではなく、ギフトの内側からの声を聞くように。
かつて法天象地を使用した際、浮かび上がった名を拾い上げる感覚を思い出す。
「鳳翅紫金冠!」
紫金で作られた冠が、緊箍児の上に現れる。
鳳凰の羽のような長い飾りが二本、触覚のように伸びているはずだ。
「藕糸歩雲履!」
蓮の茎の繊維で編み上げられた靴。
この靴を履くことで雲に乗って歩く〝歩雲〟が自在となる。
「鎖子黄金甲!」
細かい金の環を繋ぎ合わせて作られた黄金の鎖帷子。
これら三つの衣装は、如意棒とともに四海竜王たちから、せしめたものだ。
やれると思ったけれど、やっぱり出せたみたいね。
如意棒と合わせた、この四点セットは西遊記の前半に出てくる。
お釈迦様に封じられる前の話での孫悟空の装備品である。
なぜ、私がこのような派手な格好をわざわざしてみせたか。
それはもちろん、目の前に現れた魔猿たちのためだ。
「おい、貴様ら! この姿を見て、私が誰かわからないのか! 私は美猴王、斉天大聖なり!」
『ウキ……?』
もちろん、この世界は西遊記世界ではない。
だが、間違いなく影響を受けている世界なのだ。
孫悟空は故郷の花果山に多くの猿の配下がいる。
その猿たちも普通の猿ではなく、五百年を越えても生きている妖猿たちだ。
五百年の封印が解かれて故郷に帰ったあとでも大王として従ってくれる猿たちである。
それで、なのだけど。
この世界、やたらとギフトで西遊記の力を振るう者がいる。
それはもう疑いようがない。ならば、もしかして花果山の猿たちもこちらに来ているのでは、と。
そう思った次第だ。なら、私が孫悟空の力を宿す者と知れば、猿たちを手下にできるかも、と。
ただ、この魔猿たち、あんまり可愛らしくないのよねぇ……。
『ウキィイイッ!』
しかし、ド派手な服装に変わって、如何にも孫悟空感を出したにも拘わらず、まったく意に介さずに魔猿たちは襲ってきた!
「ちょっ!」
少しは孫悟空に気を使いなさいよ!
容赦なく襲いかかってくる魔猿たちに如意棒で応戦する。
ドゴッ!
『ウギィ!』
そんな私の横合いから黒槍が伸び、石突を魔猿に打ち込んだ。
「何をやっているんだ、お前は」
「ちょっと手下にできるかな、って思ったのよ!」
「まるで意味がわからんが」
くっ! 猿と見れば『手下にできるかも』と発想するのは、この場では私だけ!
誰が『お前も猿だ』か!
「身外身法!」
ラグナ卿に前衛を任せ、一歩引いたところで、うなじの毛を抜き、息を吹きかける。
「「「「ウキーッ!」」」」
「うわぁあ! 増えた!」
御者がなにやら騒いでいるけれど、ひとまず無視をして、と。
「命令! 御者と馬、馬車、中にいる二人を守りなさい!」
「「「「ウッキィー!」」」」
小さな筋斗雲に乗って、散らばるミニ・マインたち。
「もういいんだな、スウェン?」
「任せるわ、ナラグ」
「おう!」
ちょっとズッコケタイムが挟まってしまったけれど、ここはラグナ卿のターン!
私もミニたちとともに馬車の護衛に徹することで万全の守りとする。
「ははは! 来い、魔獣ども!」
馬車が進んでいたのは街道とはいえ、道の両側は森である。
そこに火が回れば火事になりかねないとラグナ卿もわかっているのだろう。
火炎は最小限に、だが豪快に立ち回り、魔猿たちを蹴散らしていく。
『ウギィイッ!』
「どうした、その程度の力が魔獣か!」
『ウゥギイイイッ!』
ちょっとミニたちより、声が野蛮な感じするかしら?
大立ち回りを見せるラグナ卿。
振り回す火尖槍が仄かに炎を纏っており、槍の軌跡に火の粉が舞う。
豪快にして流麗。なんの不安も感じられず、その姿に魅入られる。
「すごい……」
馬車の窓から、その光景に目を奪われたようなエミリア嬢が呟く。
まだ惚れ込んだとは言い難いが、格好いいシーンを見せることができて何よりだ。
これで私がフラグ・クラッシュした一件はチャラとしてもらいたい。
「火眼金睛」
一応、念のため。ラグナ卿のサポートも兼ねて、私も力を入れる。
もしもの時は、すぐに助力に出ないといけないからね。
「ん……?」
そこで私は気づいた。火眼金睛の、相手の変化を見破る力が発動したのだろう。
「こいつら、生き物とは違う……?」
アイゼンハルトの森に湧いた狼の魔獣とは何かが違う。
どちらかというと湖で対峙したバンシーの群れに近い。
バンシーの群れは、おそらくイミテーションだった。
偽の死体が操作されて動いていた感じだったのだ。
こいつらは、あれに近い……?
つまり、天然の獣たちじゃあない。
こいつらを操り、または生み出している何者かがいる……?
「ウキ?」
観察に力を入れた私の肩に、一体のミニ・マインが降り立つ。
首を傾げて私の様子を窺うようだ。
いや、可愛いわね、毛のくせに。なんか愛嬌が増しているのよね。
「こいつら、なんだと思う?」
「ウキィ?」
わからない、みたいな空気を出してくるミニ・マイン。
そりゃあそうよね。
「孫悟空、彼らは貴方の手下の、なれの果てとかじゃあないわよね?」
かつて私の中に宿ったギフトの孫悟空は、封印された猪八戒の気配を感じ取り、懐かしさと怒りを伝えてきた。
それもあり、おそらく三蔵一行の存在ならばギフトで感じ取れると思ったのだ。
悟空にとっての身内である花果山の猿たちが同様の状態だったとしても、それならば教えてくれると思うのだけれど……。
どうも、そのような感覚はない。
ラグナ卿に葬られていく魔猿たちを見ても怒りは感じないし、なんともない。
うーん、関係ないのかしらね。
あると思う方が変なのかもしれないけど。
この世界観で猿が敵として出てきたら、そりゃあちょっとねぇ。
悟空ブラックこと六耳獼猴のような猿の敵もいるけど、そんな感じでもない。
相手はどう見ても雑魚だと思う。
いや、これはラグナ卿が強すぎるだけかもしれない。
「重身法!」
一際大きめの魔猿相手に向かい、ラグナ卿が跳躍したかと思うと法術を用い、重い一撃とし、叩き込む。
『ギィィイッ!』
叩き潰すような重撃。たまらず、砕け散るほどに飛散する魔猿。
そこまで潰した影響か、それは違う変化を起こした。
ボフゥ。
間抜けな音とともに魔猿の死体が煙となって霧散したのだ。
そして、それが魔猿の最後の一体だった。
他の連中も煙となり、消えていく。逃げた個体はいたかもしれないが……。
とりあえず私たちに被害はなく済んだわ。
ほぼ、ラグナ卿が一人で倒してしまったわね。
「やっぱり生物じゃないんだわ、こいつら」
「誰かが差し向けたということか」
「わからないけど、こいつらを生み出した奴は存在していそうよ」
領都への道を行く者を襲う猿の魔獣たち。それを放ったのは。
「ベラゴート伯爵か」
「……彼が操られているにせよ、無関係ではなさそうね」
ひとまず第一の難を退けた、というところ。危なげなく済んだわ。
ラグナ卿の同行は、やはり戦力的にかなり大きいわね。
ヴィルヘルムとミニ猪八戒を連れてきて、フィナさんも連れてきたら完璧かも?
G4? 知らない人たちですわね。
そこにいなければいないですわぁ……ウキキ。




