100 侍女
朝が来て、目を覚ます。
ベッドで寝ていた。場所はアイゼンハルト家の別邸だ。
また、このベッドで寝起きするなんて。
湖での戦いから早二日ほど、既に過ぎていた。
体を起こさないまま手を天井にかざして、指を何度か開閉してみる。
今世の私、カーマイン・マロットであることに違和感はなく、特大の力を使ったあとだとしても、ギフトに意識を乗っ取られるなんてことはない。
「ふぅ……」
ギフト『斉天大聖孫悟空』。
その力が、ただ使えるだけかと思ったけれど、どうやらそうでもなさそうだ。
あの男は『異界神』と呼び、猪八戒を顕現させてみせた。
その猪八戒は、どう見ても元の意識をそのまま持っている様子ではなかったが……。
かといって〝無〟ではなかったと思う。
口振りからして、元の神様の状態からダウンサイジングされている感じ。
本家・猪八戒の一部分・欠片だが、元が強大すぎるがゆえに、それでも強力な存在。
西遊記の三蔵一行たちは、八十一難を越えて天竺から経典を持ち帰り、功徳を積み、認められて神仏に至った者たちだ。
玄奘三蔵法師は『旃檀功徳仏』に。
孫悟空は『闘戦勝仏』に。
猪八戒は『浄壇使者』に。
沙悟浄は『金身羅漢』に。
玉龍は『八部天龍広力菩薩』に。
実は、それぞれ位が違っていて、三蔵と悟空は『仏』の位。
悟浄は『阿羅漢』、八戒と玉龍は『菩薩』。
阿羅漢は、なんというか〝聖者〟という感じ。菩薩は、仏や如来より下あたりか。
なんと最終的に猪八戒の方が沙悟浄より、ちょっと上の立場だったりする。
とはいえ、お釈迦様からの評価は、沙悟浄の方が高そうな感じに言われる。
どちらかといえば『八戒は食い気が収まらないから食べる仕事な!』と仏より落され、悟浄は『お前は本当にがんばったから、阿羅漢まで上げるぞ!』みたいなニュアンスかしら。
これは、そもそも彼らの前世となる『天蓬元帥』『捲簾大将』という身分差があるからだと言われている。
元帥と大将で元から八戒の方が上の立場だったわけだ。
コメディリリーフなキャラクターだから意外だけれどね。
西遊記の天界では、このように位の違いがある。
孫悟空を討伐するために天兵が出てくることから軍のようなものもある。
悟空が無位無官の『弼馬温』という立場に怒ったのは、そういうわけだ。
身分の差というものは西遊記ですらある。
まぁ、当時の悟空は偉いか否かしか気にしておらず、職務内容など二の次だったが。
とにかく、そういうわけで。
三蔵一行の全員が、異界の〝神〟といえば神ではある。
天界で職を得た以上はそうとも言えるのだろう。
とくにその宗教とは縁もなく、また別世界からすれば、細かい違いなどは無視して〝神〟と一括りにしてしまえる。
……なんだってそんな三蔵一行が、この世界に呼び寄せられているのか。
たとえ、本物の彼らの一部分にすぎないとしても。
「この世界で暗躍する〝敵〟の目的は、異界の神の力を引き出し、制御すること?」
それを使っていったい何をしでかしたいのか。
あの八戒の使い方からして〝兵器〟の使い方よね……。
兵器開発は、どこの世界、どこの国でもすることだ。
でも、あれは明らかに国主導のものじゃあない。つまりテロ目的。
革命とか、侵略とか、そっち系。
ともあれ、どうやら〝敵〟は明確にいるらしい。
おそらくは本来、『聖女』一行が打ち倒すべき勢力が。
「はぁ……」
聖女一行の使命のように言ったけれど、どう考えたって私も無関係ではいられまい。
なんたって孫悟空なのだ。オラがやらなきゃ誰がやる。
「いやぁ……」
私の仕事かしら、それって!
思ったより、ゴリゴリにバトル系の異世界じゃない??
社交界が遠い。あまりに遠い。
私、もうすぐ誕生日を迎えて十七歳、そろそろデビュタントなんですけどぉ……?
如意棒の手入れよりドレスのチェックをしたいお年頃なのである。
いざとなったら『七十二変化』で、いい感じの格好になれるけど。
「お目覚めになられましたか、カーマインお嬢様」
「……!?」
私はその声に驚いて、体を起こす。
声のした方向に視線を向けると、そこには一人の侍女が立っていた。
「マリン!」
「……おはようございます、お嬢様」
「え、なんで貴方が?」
マリン・ヴェーナット。私の侍女だ。
つまり、マロット公爵家で働いている、私付きの侍女である。
メイドではなく〝侍女〟であり、前世で言うなら秘書的なポジションだろうか。
服装もメイド服ではなく、華美ではないドレスといったところ。
公爵家に侍女として仕えている彼女もまた貴族であり、子爵令嬢だ。
黒髪、黒目で、顔の印象はクールビューティー。
私より年上で、確か二十歳を越えたあたり。
そう、私付きの侍女がいるのである。
なにせ、私は孫悟空ではなく公爵令嬢なので。
……公爵令嬢なので!
「呼ばれて参りました」
「呼ばれた?」
誰に。
「アイゼンハルト家に、でございます」
「それは」
まさか、ヴィルヘルムが呼んだ? なぜ。
「アイゼンハルト家より連絡があり、事情の説明を行いたい、と。しかし、いきなり言われても信じられないかもしれないから、お嬢様付きの者を寄越して確認してもらいたい、とのことです。そのため、私が代表して参りました」
「ええ……?」
前回は黙っていてくれたのに、今回は連絡入れちゃったの、ヴィルヘルム?
ちょっと『曇りの聖女』を人前で名乗って、巨大石猿になって巨大豚と戦って大暴れして、たぶん家に残してきた分身も消えて騒ぎを起こし、二日ほど寝たきりで過ごしていただけなのに。
「……アウトねぇ」
「はい、お嬢様」
何が『はい』なのかわかっているのかしら。
「そろそろ事情を説明していただけますでしょうか。カーマインお嬢様が私の前で〝消える〟のは、これで二度目でございます」
私付きの侍女、マリン・ヴェーナット子爵令嬢。
おそらくマロット家で一番に私が迷惑をかけているだろう存在は、少し怒っているのだった。
四章、開始します!




