骨を握る少年
魔族領 魔王城 謁見の間
「……ゆっ……ゆるっ……許さない……絶対に……絶対に許さない」
歯を食いしばり、バラバラになった骨を握りしめる。
怒りと憎しみと悲しみが、一気に胸を焼いた。
感情に任せれば、自分が自分でなくなる気がした。
意識が何かに侵蝕されていくようだ。髪が逆立ち、血管が浮き上がる。
燃えているのは、怒りそのものだった。
しかし、握り締めた骨だけは離さない。
絶対に、離さない。
ゴォォォ――
地面は割れ、柱は今にも崩れ落ちそうに震えている。
重力に逆らうように、小石が宙に浮いていた。
体中を包み込むオーラは、眩い輝きを増しながら広がっていく。
「なっ……なんだ……本当にアルズなのか……?」
「バ、馬鹿言え! ア、アルズに……ヒューマンに、あんな力があるわけないだろ!」
魔王の手下たちは、信じられない光景を前に、恐怖に震え身動きが取れずにいた。
「うあぁぁぁぁっ!!」
アルズが叫ぶと、謁見の間に衝撃波が放たれ、周囲の魔族は吹き飛ばされた。
だが、魔王と七人の幹部は、微動だにしない。
一瞬、静寂が訪れた。
それを長く感じた者もいただろう。
アルズは、握り締めていた骨を収納した。
「ほぅ……」
魔王は、興味深そうに呟く。
アルズは真っ赤に光る目で魔王を睨みつけ、そして――ニヤついた。
次の瞬間、魔王へと飛びかかり、幾千もの拳を叩き込む。
「ズワルトォォォ!!」
今まで味わったことのない感情に身を委ねる。
抑えることができない。
抑えない方が、楽だ。
目の前にある物質を破壊する。
ただ、破壊する。
破壊するんだ。
アルズの攻撃は速度を増し、音速に達していた。
もはや、目で追うことは不可能だった。
ズワルトは、右肘を肘置きに置いたまま、左手の人差し指でアルズの攻撃を受け止める。
「惜しいな。まだ完全ではないとはいえ……この程度か。やはり、全ての加護が必要だな」
ズワルトは残念そうに言い、アルズの手を弾き返した。
その瞬間、アルズに隙が生まれる。
「もうよい」
ズワルトが手の平をアルズの胸にかざす。
黒と紫が入り混じった光が放たれた。
それは、何とも言えないカオスの輝きだった。
「ぐっはぁ……」
アルズは口から血を吐き、謁見の間の端まで吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
身体は壁に食い込み、そのまま崩れ落ちる。
衝撃で意識を失い、目の輝きと全身を包んでいたオーラは消えた。
「魔王様!」
幹部の一人が、心配そうに叫ぶ。
ズワルトは、自分の左手を見つめながら言った。
「問題ない。あいつは、まだ未完成だ。地下で監視しておけ」
「はっ! 仰せのままに! アルズを地下へ運べ!」
指示を受けた手下たちは、慌ててアルズを抱え、地下へ向かった。
「皆の者、ご苦労だった。下がってよい」
「しかし……いえ、では失礼いたします。皆の者、下がれ」
秘書役らしき女が空気を察し、そう告げた。
全員が退室したことを確認し、ズワルトに一礼して部屋を後にする。
ズワルトは、ゆっくりと玉座に深く座り直した。
「クックック……わっはっはっはっ……」
静まり返った謁見の間に、笑い声が響き渡る。
「それで良い……いいぞ、アルズよ」
ズワルトは、再び左手を見た。
その手は、微かに痺れていた。
しばらく、その感覚を楽しんだ後、玉座の裏へと向かう。
そこには、ズワルトしか知らない部屋があった。
封印の間
静かに部屋へ入る。
灯りはなく、禍々しい不気味な空気が漂っている。
他者が入れば、正気と理性を失うだろう。
ズワルトは扉を閉め、指先に魔力を込めて灯り代わりにした。
部屋の中央には、水晶がある。
その内側から、黒い影がこちらを見つめていた。
『まだか』
声が、意識に直接響く。
『我を解放すれば、世界はお主のものだ』
ズワルトは、黒い影を見据えて言った。
「時が来るまで待て」
『貴様は、我との契約を忘れたのか?
我を解放すれば、この世界はお主のものになるのだぞ』
ズワルトは、一呼吸置いて答える。
「心配するな。契約は忘れていない。
私の計画は、問題なく進んでいる。
まぁ待て。暫く時間がかかる。時が来るまで、そこでゆっくりしていろ」
『フッ……まぁ、よい。遅かれ早かれ、結果は同じだ』
会話を終え、ズワルトは指先の魔力を消した。
「(次の段階に移るか……)」
暗闇の中で、ズワルトは笑った。




