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ふたりで騎士をやめたら  作者: 智慧砂猫
第二章

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EP.37『膨れ上がった名声』





 翌日、一階の受付でシャルロンと話していたリリーが、降りてきた二人を見てぎこちなく顔を真っ赤にして「お、おお、おはよう!」と言葉に詰まりながらも挨拶すると、ニコールは、とてもニコニコして小さく手を挙げた。


「やあ、おはよう」


 昨晩の事などなかったかのようなニコールに対して、その後ろを歩くアダムスカはどこかゲッソリと生気を抜かれた薄っすら青白い表情だった。


「えっと、アダムスカさん、大丈夫なの?」


「アタシは平気ですよ。ニコールが思いのほか元気なだけで」


「そ、そう……。今日はどこか行くのかしら」


「その予定です。忙しすぎて港町をちゃんと見て回れてないですからね。しっかり朝食を摂ってから、皇都の皆さんにお土産も買って行こうって話してて」


 皇帝レイフォードを始めとする、多くの者に手を借りてきた。アシュリンやアラン、クロード。それから騎士団や親衛隊。何度礼を言っても足りないくらい、たくさんの力を与えてもらった。


 誰かのおかげで今があるという気持ちを忘れず、しっかりお土産を買って帰り、感謝の気持ちを伝えようと二人で話し合った。もちろん、馬車に乗る限りで。


「それは名案ね。じゃあ、私が地図に印をつけてあげる。良いお店がいっぱいあるのよ。雑貨店に、兵士さん向けの武具店とか、あとはアクセサリーも」


「助かるよ、リリー。君にも何か渡せたらいいんだけど……」


 リリーは楽しそうに笑いながら、手をひらひらと横に振った。


「いらない、いらない。二人には随分と助けてもらったし。おかげで劇場に公女殿下まで来て下さって、皇都での活動を後援して頂けるんだもの。返しきれないくらいの恩があるんだから」


 それに、とリリーはニコールの手を、両手で優しく包むように握って。


「私がしたくてやってる事だから、どうか受け取って。返さなくていいの、ただ受け取ってくれたら、それで十分。その代わり、これからも友達でいてね?」


「……うん、もちろんだよ。私みたいな堅物で良ければ」


 握手を交わした後、リリーはせっかくだからと二人を朝食に誘い、フェルロンが任せろと支度を始める。三人で席に着いたら、話題はリリーたち劇団が皇都で行う劇についての話になった。


 これまで演じていたものとは別に、特別な台本を用意してもらったと言うリリーに話を聞けば、新たに『ふたりの騎士』という公演が始まる事が決まっていた。


「────でね。この物語は、小さな町に来た二人の騎士が、その賢さと腕っぷしで危機を乗り越えて、悪い領主をやっつける話なの。子供たちが喜んで憧れるような脚本にしようってなってね。二人はそのモデルになってるのよ」


 ハロゲットでの活躍は瞬く間に人々に知られるところとなり、悪徳商会が潰れたと記事にもなった。話題が話題を呼び、公女殿下とも知り合いなのだから、さぞや名誉ある貴族か、あるいは大騎士に違いない。そうやって囃し立てられるうち、ついには銅像まで建てようと案が出てくるほどになっていた。


「なんか知らないうちに大変な事になってるんだな……」


「今後ハロゲットに行ったらアタシたちが凄く目立つって話ですよね」


 それほど大した事件でもなかったはずなのだが、と揃って苦笑いする。だがリリーたちハロゲットで暮らす人々にとっては、そうではない。悪徳商会の厄介ぶりは有名だったし、それには領主も見て見ぬふりをして、憲兵隊の中には賄賂を受けていた者も多数いた。腐敗した部分を取り除いたニコールとアダムスカに、町の人々は、強い恩があると言っても過言ではないのだ。


「港町でも随分と暴れたんですって?」


「えぇ……誰に聞いたんだい、それ」


「うふふ。偶然、同じレストランに伯爵様がいらっしゃったのよ」


 しばらく恋人と会えなくなるのだから、記念に高級レストランを予約していたのもあってか、そこでマウリシオたちと会った。偶然にも耳に入ってきたニコールたちの話題に飛びつくと、すぐに意気投合して盛りあがったとなぜか得意げだった。


「お喋りな人ですねぇ……。ちょっと魔塔行く前に文句言っときます?」


「はは、私は別に構わないよ。助けてもらったのも事実だから」


「ちぇっ。助けてやったのも事実ですよ。まったくもう」


 誰かが功績をたたえて噂になれば、簡単に尾ひれがつく。騎士を辞めた今になって、特徴的な外見を持つ二人は、かなり目立つ存在になりつつあった。


「そうそう。それでね、レスター伯爵から伝言があったのよ」


「伝言って、どんな? また来てね、みたいな話?」


 リリーは顎に指を添え、視線を上向きに思い出しながら────。


「ううん、そうじゃなくって。出来る限り急いで皇都に戻ってほしいそうなの。なんだったっけ……。あ、そうそう。皇帝陛下からの勅命で、南のサブナックス共和国に向けて使節団を送るのに加わってほしいんですって」


 ニコールとアダムスカの表情が強張り、笑顔が消えた。


「────ありがとう、リリー。その件については直接お断りしておくよ」

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