EP.36『大好きな貴女と』
「……本気で言ってるんですか、ニコール?」
どうしてもニコールはアダムスカに目線を合わせられない。恥ずかしい気持ちが優先して、勇気を出したのに、前が向けなかった。拳をぎゅっと固く握って、もし断られたらを想像すると震えた。
だが、現実は、思いのほか悪くない。
「ほ、本気だよ……! 私はいたって真面目だ。酒に酔ってるわけでもない!」
「そうじゃなくって。アタシで良いのかって聞いてんです」
思わず顔をあげる。青藍の瞳に映るのは、いつもの凛とした顔が照れを隠そうと眉間にきゅっとしわを寄せて、視線を逃がす姿。嫌われたのでもなければフラれたわけでもない。まったくの逆だ。アダムスカはニコールを受け入れた。
実際のところ、告白するつもりだったのに先にやられたもので、嬉しさと悔しさの混ざった愛しい気持ちに胸がいっぱいだ。酔っていたときよりも顔が赤くなり、今に火を噴きそうに見えた。
戻ってくるまで、ずっと心臓がばくばく鳴っていたニコールも、同じように緊張するアダムスカの顔を見て、ふふっ、と思わず笑みが零れた。
「私は君が良いよ、アダム。ううん、君でないと嫌だ」
「……ずるいです。アタシが先に言うつもりだったのに」
もじもじするアダムスカの手を取って、ニコールが嬉しそうに微笑む。
「同じ気持ちだったなんて嬉しいよ。私の事、好きかい?」
「……好き、です。ずっと、ずっと前から好きです。私の方が好きです」
始まりは小さな出会い。きっかけは初めて共に過ごした夜。ずっとずっと恋をして、ずっとずっと焦がれてきて────ようやく、辿り着いた場所。
「ああ、もう無理。こっち来てください、ニコール」
ぐいっと腕を引っ張って、部屋の中に戻る。驚くニコールをそのままベッドに押し倒した。戸惑っている姿を見下ろしながら、アダムスカは自分のシャツのボタンを乱雑に片手で外していく。
「もう十分我慢しましたよ。暑いですから、ニコールも脱ぎましょうか」
「いや、あの……。普通は健全なお付き合いから始まるのでは」
「このうえなく健全かと思われますが。それとも────どこまでが健全?」
覆い被さって、昂って紅潮する顔を近づける。鼻先が触れ合う距離に、荒い息遣いが聞こえて、ニコールはまた心臓がばくばく鳴った。
「て……手を繋いで密着する、とか……?」
アダムスカは思わずふっと離れて、ぽかんとする。ほんの少し前、手を繋いだときに顔を真っ赤にしていた理由を理解して、手で顔を覆って天井を仰ぐ。
「初心すぎるでしょう」
「だ、だって恋愛とか初めてだし……! ほら、私って仕事人間だから!」
「それは……なんとなくわかりますけど……もう、仕方ないなあ」
どさっと上に乗っかって強く抱きしめる。背中に回された手がぎゅっと掴んでくるのが愛しくて、アダムスカはフッと笑みを浮かべて安心した。
「今日は抱き締めるだけで許してあげてもいいですよ」
「あはは、君は相変わらず優しいね」
「ふっふ~ん、当然です。ところで、いつから?」
アダムスカは随分と前から意識し続けてきた。だが、ニコールはといえば、そんな素振りをひとつも見せて来なかったのだ。いったいいつから、と気になって仕方がない。ふんふんと鼻息を荒くして期待が高まっていく。
「……刺されたとき」
「吊り橋効果とかいう奴じゃないですよね?」
「違うよ!? そうじゃなくてさ、」
今や傷痕ひとつ残らない腹を擦って、痛みを振り返った。
「あのとき、君が私のために本気で怒っていただろう。あの後、私も生死の境を彷徨いながら、初めて他人の命を天秤にかけて物を考えた。伯爵夫人の命を捨ててでも、君を助けたいと。そこから段々、意識するようになってたんだ」
優しくアダムスカの頬を両手で撫で、首に手を回して寄せると口づけをした。時間はゆっくり流れ、二人の穏やかな呼吸が部屋に小さく広がった。
「……アダム。君が死ぬかもしれないと思うと怖いよ」
「死にませんよ。そんなに早く死ねるほど善行は積んでませんから」
「……うん。じゃあ、もう少し、いい?」
「ええ、ぜひ。アタシの大好きなニコールのためならいくらでも」
もう一度口づけをしようとして────部屋の扉が、がちゃっと開いた。
「ただいま~。シェルロンが酔っぱらっちゃって退屈だから帰ってきちゃった! 二人共、良かったら一緒にお酒でも飲まない──────あっ」
数秒の沈黙がある。目の前の状況を呑み込もうとするリリーと、何を言えば良いか分からずパニックを起こすリリーが脳内に同時に生み出された瞬間だった。
わずかな時間で出した結論は、何も言わずに扉を優しく閉めて逃げ出す事。そうして、一瞬だけ呼び止められた気がしたが、見てはいけない現場を目撃した現実から、何もかもを忘れてやり過ごす道を突っ切った。
「……行っちゃいましたね。どうしましょう、すごく恥ずかしいんですが」
まさか帰ってくるとは思わず動揺するアダムスカを抱き寄せて、頬にアルコールの甘い香りで口づけをしたニコールは、にへっ、と笑って────。
「続き、どうかな」




