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ふたりで騎士をやめたら  作者: 智慧砂猫
第二章

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EP35.『告白』

 グラスと酒のボトルを手に、テラスで風を浴びながらの一杯。まだ陽も落ちきっていない時間から飲む酒の味は心が痺れるものがあった。ひと仕事を終えた後よりも更に気分が昂り、ふわふわとした感覚の心地良さに浸れた。


「良い天気ですねぇ、ニコール。アタシたち、随分と頑張り過ぎだと思いません? 親衛隊も騎士団もやめたのに、まだ働かされてる気がするんです」


 ニコールがグラスを持ったまま小さく指をさしてうんうん頷く。


「御尤も。もう少し穏便に時間が過ぎてもいいのに、私たちときたら、いつでもトラブルに巻き込まれてる。そんなに悪い事して生きてきたかな」


 ぷはっ、とアダムスカが空をみあげて笑った。


「アタシはともかく、ニコールは品行方正が服を着て歩いてるみたいな人でしょう。ありえませんって。アタシはともかく。此処、大事ですよ」


 二人共、酒を飲むペースが早く、一時間もすれば完全に酔っ払いだ。空になった瓶を逆さにして、しずくがぽたっとグラスに落ちるのをアダムスカがとろんとした目で眺めた。もう少しあると思っていたのか、がっかりして溜息を吐く。


「あんまり飲み過ぎるのも悪いですよねぇ?」


「もう一瓶くらい良いだろう。出る時に金貨を渡そう」


「あはは、贅沢。……その前に、ちょっと、お手洗いに」


「足下に気を付けるんだよ。酔ってるとおぼつかないからね」


「は~い、もちろんで~す!」


 びしっと敬礼して、けらけら笑う。一階の御手洗いまで、ふわふわした頭を手首でこんこん叩きながら「しっかりしろ、アタシ」とニヤニヤして呟いて階段を下りる。本人は至極慎重なつもりだが、何度か踏み外しそうになる程に酔っていた。


「う~、困ったな。こんなに飲み過ぎるつもりじゃなかったのに」


 お手洗いを済ませて、手を洗いながらぼんやりと鏡に映る自分を、ふと見つめた。ひっく、と体が小さく跳ねた。頬は紅潮しており、見るからに酔っている。泥酔こそしていないものの、かなり酷いものだと、そのときは認識した。


「酔った勢いで馬鹿な事ばっかり言ってた気がする」


 何を話していたか、直近の事でさえ朧げだ。思い出そうとしても、その度にふわっと揺れて記憶が消えていく。二度目には、もう輪郭すらはっきりしなかった。


「……うん。イケるかも」


 このときのアダムスカの知能は極限まで低下していた。まともな思考回路を持たない状態になると、人間というのは心底無駄で余計な事をしがちだ。


「(想いを伝えるとしたら、今の勢いがあった方が良い。アタシはこういうのグズグズしちゃうタイプだから、酔いが冷めたらまた何も言えない)」


 十分に絆は紡いできた。だからこそ命さえ懸けてくれたし、命を懸ける事も出来た。アライナとエボニーが相思相愛であるという前例。ニコールも決して否定的ではない。だったらいけるのではないか?────酔うとコレである。


「よし、よし。イケる。絶対問題ない。少なくとも嫌われる事はないし、フラれたって平気! 頑張れ、アタシ!」


 ばしばし、と頬を叩いて気合をいれる。頬がいっそう赤くなった。


「そうと決まれば早速────」


 途端に視界がぐらつき、足から力が抜けた。洗面台に腕をついて支えたおかげで転びこそしなかったものの、床に座り込んでしまった。


「……はあ、くそっ。なんだよ、もう」


 口端からつうっと垂れてくる血を手で拭い、気持ちの悪さが落ち着いてくると手を洗った。以前のように血の跡は残さない。ニコールを心配させたくなかった。


「(前よりペース早いかも。一年半とか見栄張ったけど……案外、これは半年も持たないかもしれない。ニコールには口が裂けても言えないなぁ)」


 口の中に溜まった血をべっ、と吐き出して口を(ゆす)ぐ。幸い、まだ酒は抜けていない。昂った感情も些か落ち着いてしまったものの、やると決めた事をやろうとするだけの勢いはまだ残っていた。


 鏡の前で笑顔を作る練習をして、納得がいくと、うん、と頷く。それから部屋に戻り、決して不快な自分を見せないように明るく振る舞った。


「ただいまです、ニコール!……あれ、ニコール?」


 一瞬、寝てしまったのかと思ってテラスに向かう。椅子に座って、遠くを眺めたまま頬杖を突いてニコールは動かない。ただ、戻ってきたアダムスカに振り向きもせずに、静かに語りかけた。


「アダム。もうそろそろ暗くなるから、お酒はそろそろ終わりにしようか」


「……? ええ、そうですね。ちょっと残念ですけど」


 グラスを置いたニコールが、徐に席を立ってアダムスカを振り返った。


 静かな風が流れ、沈黙が訪れる。柔らかく靡くニコールの白銀の髪が、いつもより美しくきらりと輝いているように見えた。


 真剣な眼差し。凛とした顔。騎士として駆け抜けてきた数年を象徴するような立ち姿から感じられる気品のある美しさ。ただの騎士団ではなく、親衛隊として培われてきたものだ。そんなニコール・ポートチェスターが、表情を穏やかに言った。


「────愛してる、アダム。友達としてと言う意味じゃなく、真剣に」


 頬を薄っすら赤く染めて、優しい声で、そう言った。

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