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ふたりで騎士をやめたら  作者: 智慧砂猫
第二章

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EP.30『退屈な時間に新たな風を』

 魔塔主は、魔塔で最も優れた人物であり魔法使いたちの管理者でもある。普通では持たざるようなあらゆる知識に通じており、魔力の痕跡すら感じられないものであろうと過去を遡って、触れた人間の魔力を突き止められる。


 箱を開けたジョナサンが、中から剣を取り出す。殺人に使われたとは思えないほど美しく精巧で、今なお高い価値を見せつけるように光を反射して輝く。


「見事な剣です。通常、魔力を籠めた武器を作るのは簡単なことではありません。私は造詣が深くないので剣のことは分からないけど、これの作り手は実に苦労されたことだろう。……殺人に使われるとは思わなかっただろうね」


 鞘に収めた剣を、両手に抱えてニコールに渡す。


「こちらの調査の結果だが、宮廷魔法使いの魔力と完全に一致している。魔塔主としての刻印を施した書類も渡しておくよ。証文となるはずだから」


 一介の魔法使いが何をどれほど反抗的な態度を示しても、魔塔主の意見は彼らよりも遥かに重い。刻印の施された書類は、仮に剣を今後紛失したとしても、事実を示す絶対的なものとなる。


「これ以上に心強いものは御座いません、魔塔主様。私たちの潔白が認められたら、改めてご連絡をさせて頂きます」


「ハハハ、別に構わないよ。暇を持て余していたから」


 手を後ろに机へ置いて楽しそうに微笑む。魔塔の中に陽気を持ち込んだ二人を見て、久しぶりに陽の光を浴びた気さえするほどに。


「魔塔主は退屈なんだ。するべき研究もないからね」


 あらゆる知識を蓄え、あらゆる知恵を以て開拓する。だからこそ退屈。だからこそ怠惰。魔塔主となった者は島を出る事は許されない。魔法使いたちを監視しなければならないからだ。


 研究資料を持ち出そうとする利己主義の魔法使いを阻むためには、魔塔全体を管理する魔塔主の存在が不可欠だった。


「私の管理がなければ魔塔は運営もままならない。本当なら、もっと世に出て知見を深めたいところなのだが……、まあ先代もそうだったから」


「へえ~。じゃあ魔塔主さんの若い頃ってどんなだったんですか?」


 アダムスカが無邪気に尋ねると、残念そうにジョナサンは首を横に振って、机に散らばった研究資料に視線を落とす。


「もっぱら、師匠の下で朝から晩まで魔法に浸かっていたよ。そして今では、此処で弟子たちの研究資料に目を通してアドバイスをする日々だ」


 寝ても覚めても魔法の事ばかり考えるのが楽しかった、無我夢中で追いかけた時代に後悔はない。だが、やっておけばよかったと思うのは別の話だ、とジョナサンは寂しそうに話す。ニコールは、その様子に首を傾げて尋ねた。


「魔塔主になったら研究とは無縁になるんですか?」


「う~ん、正確には少し違うかな。私は間接的に皆の研究に携わっている。ただ、私自身は彼らをサポートする役割が大きい」


 剣の入っていた箱を床に置き、机にある資料に触れる。しわだらけの手が、懐かしむように書き込まれた魔法陣や文字をいくつもなぞった。


「今の私の仕事は、此処にいる未来ある魔法使いたちが、私の培ってきたものを乗り越えて先へ進んでいくのを見届ける事。我々は魔力という特異な力を持つうえで皆が短命なんだ。せいぜい、生きられて六十年。私は彼らを後押しして、さらなる発展を促す役割として此処にいる。決して悔いはないよ」


 いつも見上げるのは同じ空。いつも違う形の雲でさえ、ありふれた光景。好きだった研究も、今はどこか遠くにある。自分ならばもっと早く終わる研究だと分かっていても、手を出してはいけないというもどかしさ。


 新しい芽を摘んではいけない。老い先短い自分よりも優先すべきである、と。だから後悔はない。悪くなかった、と言える人生であったのは間違いないからだ。


「では、新しい研究などされてみてはいかがですか?」


 いきなり風が吹いたような気がした。驚いて振り向いた先にいる銀髪の女性の言葉に、困惑が生まれた。話を聞いていたのだろうか、と。


 だが、そうではない。ニコールという騎士は相手の言葉にきちんと耳を傾け、そのうえで言葉を返す。新しい研究と言われれば、その答えが提示できるだけの根拠があるのではないかと期待できる眼差しが確かにあった。


「私は自ら研究する事を避けている。若人たちの未来のために存在するからだ。それこそ時間を急くような研究であれば話は別だが────」


「その、時間を急くような研究があるとしたら、お願いできますか」


 何かが、動いた気がした。大きな仕掛けのような何かが。


「こちらのアダムスカは、私の親友であり、余命の限られた黒のオーラ使いです。どうか知識と知恵をお貸しください、魔塔主様。────彼女の発現したオーラを消失させ、本来ある寿命を取り戻させてほしいのです」


 時間を持て余す魔塔主にとっては管理こそが全て。魔法の全てを学び、応用もお手の物だ。だからこそ自分の限界が見えてしまう。これ以上の先が見えずに立ち止まるしかない。あらゆる研究は若者の知識と知恵を高めるためのものと考えてきた。だからこそ後悔はしなかった。────だが、自分にしか出来ない研究があるのなら、話はまったく別。無邪気に魔法にのめり込んだ子供の頃を思い出した。


「発現したオーラを消す……。詳しく聞かせたまえ、オーラについては専門外だ。黒のオーラが常識外の強さを持つのは知っているのだが……」


 やや抑えてはいるが興奮気味なジョナサンに、アダムスカが小さく手を挙げる。


「それについてはアタシから説明させてください。アタシの問題だから」

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