EP.29『魔塔』
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海を渡り、船から降りて島へ着く。穏やかな風が吹き、木々のない島に広がる草原の真ん中には大きく空へ届きそうにも思えるほどの塔がある。
「あれが魔塔だね。話を聞いて証拠品を受け取ればいいらしいけど……」
「観光って感じは微塵もないですね。本当に塔以外は何もない」
大きなトランク片手にやってきた二人は、船頭に次の船がいつ来るのかだけを聞いておいて、魔塔へ向けて歩き出す。見えている割には遠く、着くまで五分も歩いた。聳え立つ塔の大きさたるや、見あげた途端に思わず息を呑んだ。
「……魔塔って何人くらい所属してるんだろう?」
「数が少ないとは聞きますけどね、魔法使いって。オーラとは違って後発的な才能は殆ど持たないとかなんとか」
魔力を宿すかどうかは生まれた瞬間に決まり、それ以降に魔力を手にするケースは非常に稀だ。それゆえに数が少なく、魔塔の外観は噂に聞くよりも大勢が過ごしていそうに見えた。
「見てくれだけだよ、お嬢さん方」
後ろから声を掛けられて、驚いた二人はバッと勢いよく振り返った。何の気配もなく、空気の動きすら感じない。真っ白なローブを着た優しそうな壮年の男が、眼鏡の位置を人差し指で整えた。
「君たちが例の皇家の遣いかな?」
ニコールとアダムスカは、すぐに騎士として礼を尽くす。胸に手を当てて、深くお辞儀をして警戒心を解いた。
「初めまして、私はニコール・ポートチェスターです。こちらはアダムスカ・シェフィールド。公女殿下からの勅命により参りました」
挨拶の後、アダムスカが紹介状を渡す。男はジッと中身を確認して────。
「うん、公女殿下らしい文章だ。間違いないようだね」
ふわっ、と招待状を空へ放す。ゆらりと風に舞いながら燃えて散った。
「私の名は、今だけジョン・ドゥとしてほしい。魔法使い同士は名前を知ってはならない、という決まりがあるんだ。ここでは誰の目があるとも分からないから」
「そうなのですね、承知致しました。ジョン様は、いつから私たちの後ろに?」
「君たちが船で着く前からだよ。面白そうだから後を尾けてみた」
悪気なく言うので、今までにないタイプだと二人は苦笑いする。
「失礼、君たちを試すような真似をしたかな。公女殿下から、君たちの腕前が騎士の中でもトップクラスとは聞いていたんだ。実にまっすぐで疑う余地もない。君たちこそ魔塔に入る資格がある。アライナ君なら断ると言った甲斐があった」
楽しそうに笑いながらも肩を竦めるので、ニコールはつい尋ねた。
「あの、アライナ隊長とは仲が悪いのですか?」
「ん? あぁ、それはね。あれを見たまえ」
魔塔の門の脇を指差す。石で造られた分厚い壁の一部分が、土で補修されてある。よく見てみると、真紅のオーラが僅かに漂っていた。
「あれは昔、アライナ君が所用で塔を訪れたときにひと悶着あってね。壁を殴ったら、ああなった。魔力を通さない魔法使い殺しのオーラ使いなんだよ。だから手作業で修繕する事に……。ま、昔の事だけどね」
そう言いながら、にこやかな笑顔にはどこか怒りが滲んだ。本当は今でも恨んでいるのだろう、と察しが良ければ誰でも分かる雰囲気だった。
「さ、とにかく入ろう。積もる話はあるだろうが、まずは公女殿下からの依頼が先だ。中は散らかっているが、気にせず歩いてくれて構わない」
ジョンが巨大な二枚扉に触れると、波紋のように薄緑の美しい輝きをした魔力が広がった。扉がゆっくり開き、二人を魔塔の中へ招き入れた。
最初こそ見慣れない光景に感動したが、魔塔の中は酷いものだ。豪華さとは無縁の無機質さの中に、あらゆる道具や資料が散乱して足の踏み場を奪っている。訪ねてきたニコールたちに研究員の魔法使いたちは無関心だった。
「まるで私たちは空気のようですね」
「ははは、魔塔の魔法使いは基本的に研究が生き甲斐だから」
「基本的にという事は、やはり例外もあるのですか?」
「もちろん。それはお嬢さん方が一番ご存知のはずじゃないかな」
脳裏には宮廷魔導師、ジーンの事が過った。ゴアウルフを操るための黒魔法の研究に盛んで、魔塔の掟など意に介さない狡猾な魔法使い。ニコールたちにとっては、自分達の大切な人々の命を奪った仇でもある。
「剣の調査は済んでいるのでしょうか」
「当然だよ。私は魔塔だと、それなりに暇だからね」
壁に伝って上階へ伸びる螺旋階段を登っていく。魔塔の各階層は、上がれば上がるほど高位の魔法使いが存在し、それぞれ違う部門の研究を行っている。ジョンは、そんなあらゆる部門の研究室を通り抜けて、ずっと上階へ向かった。
「あの、ジョン様。もう五階より先に来ましたが、まだなのですか?」
「剣は最上階に保管されているんだ。厳重に扱わないと、誰かが触れてしまえるような環境だと紛失してしまう恐れがあるだろう。大事な預かりものだからね」
尤もな事を言って、ジョンはどこまでも登った。ニコールとアダムスカは鍛えているから疲れないが、どう見ても細身で鍛えているふうには思えないジョンが息を切らすどころか涼しい顔をしているので、不思議でならなかった。
「体力がおありなんですね、ジョン様は」
「魔法使いだから疲れない方法くらいあるさ。それより着いたよ」
これまで階段を登れば、そのフロア全体が見えるようになっていたが、最後に着いたのは一枚の木製の扉だ。魔法陣が刻まれていて、ジョンは特定の人間以外が許可なく開く事はできないと言った。
扉の向こうに広がっていたのは、これまで見たフロアと同様の広さをした場所。真ん中に大きな机がぽつんと佇み、資料や魔道具がきちんと整頓されてある。
「ジョン様。この部屋は……?」
「最上階だよ。剣も此処に用意してある」
そう言って、ジョンは机の真ん中にあった大きな箱を動かす。
「まずは色々と話をする前に改めて自己紹介しておこうか。此処なら誰も声を聞かないから、きちんと名乗ってあげられるだろう」
軽くローブを着直して姿勢を正す。ニコッと魔法使いは優しく微笑む。
「私はジョナサン・マックルズ。────魔塔主を務めている」




