EP.28『可能性はゼロではない』
なぜ、傍にいて、何も言わずにいたのか。自分はそんなに信頼されていないのか。ニコールは、ただただ腹が立った。互いに背中を預ける仲だと信じていたのが、心の底から馬鹿な話だったと。決してアダムスカを責める気持ちではない。
────いつだって、私が助けられてばかりじゃないか。
なんて、下らない。ニコール・ポートチェスターはいつだって自信に満ち溢れていた。前に進み続けてきた。それが、どうした。目の前の友人さえ救えず、それどころか何度も命を救われてきた。腹が立って、腹が立って、仕方がない。
「……アタシを許してくれるんですか、ニコール」
「私は自分が許せないよ、アダム。君の事をまだ何も知らなかった」
優しく伸ばした手が、アダムスカの涙を拭った。
「魔塔へ行こう。あの場所は『世界の知識』とも言われてる。ちょうど用事もあったし、そこなら私たち以上にオーラについて詳しく調べられるかも」
「と言うと、体内のオーラを消滅させる方法を探すんですか?」
ニコールはやんわりと首を横に振った。
「オーラ自体を消滅させよう。黒いオーラなどもう必要ない。もう騎士はやめると、私たちはそう決めて此処まで来たんじゃないか。無実さえ証明できさえしたらいいんだから。ね、アダム」
発現する方法があるのなら、消滅する方法もあるはず。全てのものが必ず生まれていつかは死を迎えるように、オーラもまた例外ではない可能性がある。そこに賭ける価値はある、とニコールは説得する。
「たとえ君の中の黒いオーラを振り払ったとしても、その身に発現したものを消滅させない限りは何度でも同じ事が起きる。寿命を縮めるどころか、本当に死ぬかもしれないんだ。大切な人を失いたくないのは私だって同じなんだよ」
まだ落ち込んで立ち直り切れないアダムスカの背中を優しくぽんぽん叩く。
「そうと決まれば、さっそく戻ろう。マウリシオ隊長に話をしなくちゃ」
「……ええ。ごめんなさい、ニコール。ずっと黙ってて」
「もういいよ。私だって君を気遣いきれていなかったんだから」
やっと顔色も良くなったところで、休むのに部屋へ戻ろうとする。マウリシオが洗面所から二人が出てくるのを待っていた。
「もう大丈夫なのか? 中々出てこないから、倒れていやしないかと……」
「隊長。ご心配には及びません、それよりも御願いが。日程を早めて、今日にも魔塔へ向かおうと思うのです。すっかり休ませて頂きましたし」
頼みを聞いてやれなくもないが、とマウリシオはアダムスカを心配そうに見る。顔色は良くなっているが、何かあったのは確かだろうと察した。
「私は構わんが、もう少し休んでいってもいいんだぞ。その方が妻も喜んでくれると思うのだ。……と、止めたい気持ちはあるが、無理そうだなぁ」
昔から言っても聞かない。やると言い出したら止まらないのがニコールだ。いい加減覚えなくてはならないのは自分の方か、とマウリシオは首をさすった。
「荷物を纏めておけよ。魔塔のある島へ渡れるように船を手配しておく。粗相のないよう土産も用意しろ。魔塔の連中はいつだって研究で頭がいっぱいの痩せっぽちばかりだ。食事もままならんほど熱心と聞く。腹を満たす必要はないが、チョコレートのような糖分のあるものが良いだろう。私の知る店があるから────」
あれこれと親のように先回りした思考で世話を焼いてくれる。ニコールもアダムスカも、申し訳ないと思いつつも嬉しさに笑みが溢れた。
「なんだかお父さんみたいですねぇ。昔を思い出します」
「馬鹿を言え。あのウィラードだぞ、我々の世代にとっては嫌な奴だ」
「あはは、らしいですね。結構ぶつかりあってたと聞いてます」
「憎らしい男だよ。……同期で一度も剣の腕で勝てた事がなかった」
肩を竦めてガッカリしてみせると、マウリシオはアダムスカをまっすぐ見た。騎士の儀礼らしく胸に手を当てて小さくお辞儀をする。
「七年前の事件は残念だった。あまりに遅くなってしまったが許してくれ。今回の件で色々と考え直すきっかけになった。これからは私も出来る限り、親皇帝派としてお前たちに助力させてほしい」
アイデンが自刃した後、マウリシオは考え直した。わざわざ権力に固執する必要などなく、手を差し伸べてくれる誰かがいれば十分なのだと。
そのおかげでカロールという最愛の妻の命は救われた。部下の信頼は些か削がれたかもしれないが関係は維持できた。アライナやエボニーなどの同僚とも、以前より話が合うようになった。花の咲いた道を歩く事が出来るようになったのだ。
「ありがとうございます、マウリシオ隊長。あのとき、もし割って入って頂かなければ、二人共倒れていたかもしれません。深く感謝致します」
「アタシも、助かりました。強かったんですね、ただの太っ────」
ニコールがぎゅっと口を覆うように顔を掴む。余計な事は言わせない。
「あはは! それでは失礼致します、隊長! また後程お会いましょうね!」




