軌道空域編/明日のために。③
ヒュネア視点です
たす、
管が、私の頭に刺さる。
「次。」
にゅぐ、ぬる。
薬液が、チューブを通って私の頭に入る。
私に意識と記憶が発生した頃から、そうだった。
恐らく、その前から。
喉が乾いた。
手を伸ばして、手に取れる食べ物を探した。
私の身体は固定されて、動けるはずが無かった。
「管理番号90882、拡張アーム展開。」
そう呼ばれて、指示を受けていた。
「管理番号90882、栄養だ。」
私の腕に刺された管から、栄養が流し込まれた。
「アーム操作への適合を確認。」
「500匹潰してやっとこの1匹か。」
こんな感じの、研究者達の言葉を聞いて育った。
「これは車です。あぶないですね。」
指導員の後に続けて復唱して、言語を習得した。「おなかがすいています。」覚えている、これが私の初めての自由発言。食事は常に、チューブからの栄養。私の心にはただ、口の中に食べ物を入れたいという願いだけがあった。
「そうだ。お前に接続したこのコートは、お前の意思で操作出来る。まずは浮いてみろ。」
その通りにした。
私は管理番号90882では無く、適合番号00001と呼ばれるようになった。
管と熱操作を扱うには首元のロックが外される必要があった。
「これはトライカーと言うものだ。ただこれを構えて、手から離すだけでいい。」
その通りにした。
「目の前に同型機が見えるな?あれを管で潰して、吸っていい。」
その通りにした。
管越しに吸う同型機の体液は、飢えを満たさなかった。
既に私は無数の管を生み出して、自在に操れた。空に浮けた。呼吸をするように。
「個体名ヒュネア・フィカスを与える。」
8体目の同族を潰して吸った時、ヒュネアと呼ばれるようになった。
「敵情視察だ。この通りの、この店に行け。」
嗅いだことの無い匂いがした。
同型機の体液のようで、少し違った。
「いらっしゃいませー。」
私と同じくらいの女の子に声をかけられた。「あの。」知らない人に声をかけるのは、初めてだった。「ここに来れば、お腹をいっぱいにしてもらえると、聞いたのですが。」それを聞いた彼女は、
「はいはーい、一名様ですなー。」
と私を座らせてくれた。
「何を食べたいですかなー?」
所作がわからず、ただ座ってきょろきょろしていた私に、彼女がメニューを書いた紙を立てて見せてくれた。文字は読めるけど、それが何なのかはわからない。
A、「たべたい、です。」
ただ、その時は名前を知らない獣脂の匂いと、茹った水の匂い、遠く調理場から私を心配そうに見つめるナインの目があった。彼は私の言葉を聞いてすぐに、鍋を振り始めた。
A、─「とーりあえず、こちらをどーぞですなー。」
何かの白い丸いものが、お皿に乗せられて渡された。
食べ方がわからない。
私の顔を見た彼女が、手に持って口を開いた。
私はその通りにした。
かぷ。
ふわふわとして、もちもちして、口の中に脂の香りが広がった。
適度に熱を持ったそれが、喉を通った。
初めてだった。
口の中に、食べ物を入れるのが。
噛むと言う動作も初めてだったから、味わう、香りを楽しむと言う事も知らなかった。
ただ、食べた。
口の中に入れて、飲み込む。
喉を通り、胃に入る。
製造されてから、ずっと願っていた。
すぐに食べきった。
「はいはーい、焼き飯ですなー。」
お皿の上にあるものは、彼女がスプーンでの食べ方をジェスチャーで教えてくれた。
軽く差し込んで、掬ったら、口に運ぶ。
細かなお米粒と、卵と、肩肉、いくらかの香味野菜、紅しょうが。
まだその時は、それらの名前も、それらに味と言うものがあるのも、知らなかった。
ただ、スプーンを差し込んで、口に入れた。
何杯もおかわりをして、満足してお店を出た。
何度も焼き飯を作って、私が食い逃げをした時、苦笑いをしていた彼。
全球大会で、彼の名前がナインだと知った。
同型機を潰して吸った時に、どの箇所を潰せばひとが動けなくなるか知っていた。
ナインは、事故から女の子を助けるため、腕が貫かれていた。
「徹底的に狙え。」
その通りにした。
全身から血を吹き出して、それでもナインは、私に向かって来た。
押し潰した。
イヴと言う個体は、私と同じ生体兵器だったから、マリアと言う女に勝ったのは当然だと、研究者達は言った。私もそう判断した。
イヴと戦った。
空気に音を響かせる思想で造られたイヴは、空気の性質を操作する私の前には無力だった。
ナインがマリアに勝った。
2人で踊るように蹴り合い、見事な円舞の後、マリアがナインへ口付けをした。
理由はわからないけど、とてもお腹のようなものが、空いた。
次の戦いは、マリアが相手だった。
手も足も出なかった。
私の風は、あの足技でいなされた。
今から考えると、マリアは理解した上で、イヴに負けた。
そのイヴが負けた記録は、研究者達も、私も何度も見た。理解出来なかった。
ナインが光の剣を構えて、イヴの衝撃波を光に変えて、彼女の胸を貫いた。
ここまでは、原理不明なものの強力な携行兵器として理解出来る。
しかしイヴの胸からは花が咲き、彼女は蘇生した。
私がマリアに負けた事で、決勝で再びナインは私と戦う。
「グレ─チゾール混合液注入。」
私の頭に、決定的な飢餓状態を引き起こし、理性を溶かすホルモンなどが注入された。
おなかが、すいた。
私の身体は、既に水素結晶に置き換えられ、脳と視覚神経、先の溶液で満たされた水槽になった。
目の前のナインのほかに、周りにはたくさんの固形物があった。
音を立て、あたたかくて、小さな粒。
私はあの焼き飯を食べた時のように、管を作って伸ばし、それらを吸った。
満たされない。
おなかがへった。
ナインは駆け回り、私の伸ばした管手を切り払う。
押し潰しても、吸おうとしても、ナインは─。
光の格子が私の動きを遮って、ナインが光の剣を構えて、私の身体を少しずつ、切り刻む。
痛みは感じない。
おなかが、へった。
そうして、私の全てが青い線になって、
私は、ナインの作った焼き飯を食べていた。
それからはナインのお店でお手伝いをして、お料理を食べさせてもらって、ガルデニアにお箸の使い方を教えてもらって、イヴに嫌味を言われて。
私は、生きて来た。
しゅあああ。
「WEDAの管理区域へ入ります。」
オペレーターが私と周りの人達に伝える。
私の同型機、フィカスシリーズは、ご飯を食べたことがない。
NAoEの蜂起に合わせ、殺戮を繰り返すと報告がある。
ただ、おなかがへっているだけ。
だから、
チャキ。
どさ、どさ。
空挺降下兵のみんなが気絶する。
このまま降りたら、みんな吸われてしまう。
ナインのロミネンシアが再点火する一瞬を稼ぐだけなら、私と私のロミネンシアだけで大丈夫。
降りるのは私だけでいい。
ぱく。
ナインとガルデニアの作ってくれた肉まんを食べる。
ナインが私にしてくれたみたいに、私がフィカスの妹たちに、食べられる。




