軌道空域編/明日のために②
イヴ・イールアンぜの視点です。
─作戦決行日、0300。
ファ、
シュ、
圧延鍛造された、黒鉄の槍を振る音で目覚める。
「ん、ん。」
身をよじり、アルミシート越しに地面へ肘を突き、上体を起こす。
シュ、
キャギャ、
タパッ、
いつもの黄色い制服、今は太陽の日差しも無いので星明かりの中、青みがかった黒に見える黄色。
その彼が、足さばきと共に槍を振るっている。
A、「ナイン様。」
もう冬に近いと言うのに、汗が玉となって飛び散るほど、鍛錬を続ける彼。
ずっと見ていたかった。
けど声をかけた、私を見て欲しかった。
私の胸を貫いて、その光り輝く槍を花へ変えた時の、彼の眼差しをそのまま、私だけを見て欲しかった。
A、─「イヴ?」ナイン様は、ゆっくりと流れるように槍をホルスターへ納めて、両のかかとを揃え、膝を折り曲げて地面へ付け、その上へ座り、両手を地面に乗せて、腰から上体を曲げて額を地面に付ける。
「ふぅ。」
思わず、ため息が出てしまう。
ナイン様は、誰も見ていない所でも、常に真摯で、流れるような動きを意識して─意識していないほど、身に付いているのだと思う。
「起こしちゃったかな。」
ナイン様は微笑んで、頭を撫でてくれる。
ガルデニアの話は壮絶だった。
もちろんガルデニア本人の生まれて、育った環境も私より過酷だった。
けど、ナイン様はそれよりも多くの、助けた命と、助けられなかった命、ただ殺した命、殺す事でしか救えなかった命に触れて来た。
そ。
頭を撫でてくれる、力強いけれど丁寧で、繊細な手に、私の手を添える。
ナイン様は、月へ向かう。
月赤道のΔ侵攻艦隊へ、全面降伏を受け入れる使節、特使に偽装して。
きらきら、
都市の明かりが消えてから、数日が経って、夜空の星明かりがよく見えるようになった。
私は、きっと戦場で死ぬ。
けど、
ぎゅ。
抱き着いて、深くナイン様のにおいを嗅ぐ。
汗臭くて、
けどあたたかくて、
私を救ってくれたひと。
きらきら。
星の明かりの中、頭を撫でてくれる人。
ざ、ざ、
規律正しい足音が聞こえる。
「イヴ・イールアンぜさん。」
私は顔を上げて、ゆっくりと立つ。
後ろで、ナイン様も立ち上がる。
A、「ええ。」
ざ、
足を踏み出す。
ざ、
私は、振り向かない。
ざ、
A、─びし。
ナイン様が軍礼をしたのがわかる。
ざ、
振り向いたら、
ざ、
抱き着いてしまうから。
きゅおおおん。
「あぼろぼぼ。」
イングラに寄生されたNAoEのパイロットが、垂直離発着機のハッチで私にスーツを渡す。
じいいい、きゅぱ。
頭部以外の全身を覆う黒のスーツと、物理的なプロテクターとなるアンクルガードなどを付けてらブーツを履く。
「君の機体は計画通りに仕上げておいた。」
クズノハが私と練った仕様書を手渡す。
「基本的にプラグはロジウムメッキで加工してある。」
A1、「ええ。」
頷いて受け取り、
A2、「ナイン様は預けておくわ。」
彼女へ告げる。
A1、2、─「なら、生きて取り返しに来てくれ。」
きゅいいぃぃ、
ハッチが閉まり、機体が垂直へ浮かび上がる。
どどどどど。
カーゴ内部にあるモニターには、両膝を地に付けて顔に手を当てるクズノハが映る。
単に風圧から身を守るだけでは、無いのだろう。
じゃこ。
カーゴ内のベルトを引き寄せ、腰に付けて固定する。
「このNAoEパイロット、だった者の信号を利用してロミネンシア:イヴ機と君、イヴ:イールアンゼをUBDA管理区域の戦線奥、敵陣中央へ投下する。」
VTOLオペレーターが告げる。
A、「ええ。」
これはブリーフィングと机上、実演習で何度も繰り返した。
A、─「まず我々が先行して降下、MANPADS等への対処を行う。」
空挺降下兵のみんなが頷く。
これも繰り返した。降下中に機体へ搭乗する練習も。
そして、私を含めて全員が、ロストする。
それでも、そのたった一瞬。
ナイン様と機体を積んだロケットが、Δ侵攻艦隊に最接近し、旗艦への受入れハッチの展開した瞬間に機体を展開し、内部へ突入するその一瞬を、作り出すために。
ととととん、つー、
モールス信号を受信する。
「ナイン・エルナ、月軌道空域へ突入する。」




