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光は暗渠より

   ep.3ー3 光は暗渠より


 ETDエロ・トラップ・ダンジョン一階層、再突入。

「お姉さまぁ。こんなところにボタンがありますよぉ?」

「あんた、それ押したらここに置いてくからね?」

「––––っ!はいっ!押しません!触りません!」

 前日の失敗を再現しそうなエリュシアを、ひとまず制して。

「……………………」

 その失敗の張本人、フェルネットは恨みがましいような、複雑そうな視線をエリュシアと(くだん)のボタンに送って先へと進む。

「あ、そう言えばシャトー、フェルネット。二人とも、淫紋は大丈夫?」

 そう、昨日のトラップで、私達三人は強制的に発情させられる【淫紋】を、お腹に刻み込まれている。私は絶対純潔カスティダ・アブソリュータのおかげか、今は何ともないけど。

「––––えぇ。昨日に比べたら、少し疼く程度ですもの。これなら、普通に戦えますわ」

「ていうか、ルビィだけずるくない?ホラ、そのお腹」

 シャトーに続いて、不満げなフェルネットが口を開く。

 言われて、ボディスーツ状の胴鎧、そのお腹の方に視線を落とす。

 そこには、淫紋を抑えつけるようにして、六翼の翼の紋様(シンボル)が、青白く淡い輝きを放っていた。

「……そりゃあ、私、リーダーだし?主人公特権?ってやつじゃないの?」

「うっわぁ~~~、ム・カ・つ・くぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

「フェルネット。気持ちは分かりますけれど、もうダンジョンの中ですのよ?いつモンスターが出てきてもおかしくないのだから、気を引き締めなさい」

 私の軽口に、若干キレかけるフェルネット。そのやり取りを見ていたシャトーが、(たしな)めるように口を開く。

「ルビィも。必要以上に煽るような真似は控えていただきたいものですわ」

「––––うっ……分かったわよ」

「わぁ!さすがシャトーお姉さまですぅ!あっという間に場を納めてしまうなんて!」

 私達のやり取りをキョロキョロと眺めていたエリュシアが、すかさず称賛の声を上げる。この子、太鼓持ちの素質がハンパない!

「––––と、どうやらお出ましみたいよ」

 わいわいと騒ぎすぎてしまったみたい。通路の奥から、三匹ほどのゴブリンが姿を現す。


「まずは三匹、いただきですわ!」

「あ!シャトーずっこい!」

 小鬼の姿を認めるなり、先陣を切って駆けだすシャトー。そして、一歩出遅れたルビィが負けじと続きます。

「先手必勝!お受けなさい!【火炎剣(プラーミア・ミェーチ)】!」

 手にした細身の長剣に、撫でるように左手を添わせると、瞬く間に魔法の炎が剣身を覆い––––ぷすん、と。

「っえ、え?し……失敗⁉」

「シャトー。普通に斬った方がいいんじゃなぁ~い?––––はい、まず一匹いただきっ!」

 不発に終わった魔法剣に動揺するシャトーの隙を縫うように、その脇を抜けて一歩を踏み出したルビィの一剣が、小鬼の一匹を斬り伏せます。

 (ルビィ命名)フェザー・ソードの迸る様は、まさに風に舞う羽の如く。刃鳴りの音も高らかに、空気さえも切り裂くかのように走り抜けます。

「もうっ、ルビィ!横から(さら)ってゆくなんて!今のは(わたくし)一人でも倒せましたのに!」

 ひとりでできるもん!というシャトーの訴えに、「あら、競争してる以上は早い者勝ちでしょ?もたもたしてるアンタが悪い」と悪びれもなく返すルビィ。

「それより、ほら。まだ二匹残ってんだから、ぼやぼやしない!」

「あぁぁ、もうっ!分かってますわよ!覚えてらっしゃい、ルビィ!」

 程なくして、一旦魔法剣を諦めたシャトーは、ルビィと共に残った小鬼を一匹ずつ倒すのでございました。そして––––

「………………ねぇ、エリュシア」

「はい。なんでしょう、フェルネットお姉さま?」

「あんた、自分で自分のこと守れる?」

「う~ん……ムリですねっ!」

「はぁ………………」

 自らも戦闘に参加したかったフェルネットでございますが、ルビィたち二人に先を越され、退屈そうにエリュシアと声を交わしておりました。

「ふっふ~ん。まずは私が一匹リードね」

「えぇ、えぇ。精々今のうちに誇ってらっしゃいな。どうせ最後に勝つのは私ですけれど」

「ねぇ。次はアタシも戦いたいんだけど。こんなお()りじゃつまんないよぉ!」

 戦闘が終わってルビィ達が戻ってくると、フェルネットが不満を爆発させます。

「だったら、あんたも放出系の魔術を使えばいいじゃない。で・き・る・な・ら」

「むぐぐぅぅ……できるもん。ホントは使えるもん!ただ、今はまだお師匠様が許可してくれないだけなんだから!」

「なにそれ。もしかして、ノーコンとか?」

「違うもんっ‼」

「あ、ああああのあの、ルビィお姉さまもフェルネットお姉さまも、落ち着いてくださいぃぃぃぃぃぃっ!」

「はぁ……放っておきなさい、エリュシア。いつものことですわ」

「で、でもでもぉぉぉ……」

 戦闘が終わればいつも通り。不平を零すフェルネットに、すかさず揶揄(からか)い、煽り立ててくるルビィ。

 その二人の間で、あわあわと右往左往するエリュシアでございましたが、隣に立つシャトーは、すっかり呆れ顔。

 ––––と、その時でございました。


「ん––––?なにこれ」

 違和感を覚えたルビィが視線を下げると、申し訳程度しかなかったはずのバストが、プルンプルンのぽよんぽよんに。

「申し訳程度言うな!それなりに……あるもん!」

「ルビィ。メタなツッコミはほどほどになさい。……これは––––」

 懐から取り出した『魔物図鑑』に、素早く目を走らせるシャトー。


【バスティ・スライム:バストサイズの小さな女性に取り付いて、『巨乳の幻影』によって対処を遅らせ、対象を取り込んでしまうスライム。まやかしと解っていても、これを取り除くには多大な精神力を必要とするだろう】


「––––だ、そうですわよ」

「ざっけんなコラ!」

 シャトーの解説を聞くや否や、自身の胸に取り付いたスライムを引き剝がしたルビィは、力の限りにスライムを地に叩きつけると、右手に携えたHARISENで、バシ!バシ!とスライムを叩くのでございました。

 ––––彼女の目尻に、輝く雫が見えたのは言うまでもございません。

「はあっ!はあっ!……全く。なんて失礼で恐ろしい敵……」

「ルビィ、お疲れ~……ぷくくっ、ザンネンだったねぇ、せっかくの巨乳。www」

「あらあら、また差を広げられてしまいましたわ。このままでは来月のライブ、私が支払う羽目になってしまいそうですわね。気の利かないモンスターですこと。www」

「あんたらぁ……」

 肩を怒らせ、吐く息も荒く(涙目で)憤るルビィに、労い(?)の言葉を掛けるシャトーとフェルネットでございましたが、大草原のごとく言葉の端に草を生やすお二方に、恨みがましい眼差しを向けるルビィなのでございました。www

「っ!って、あんたもか~い!……ちょっとダンジョン(たいいくかん)の裏まで来いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼」

「あ、あのあのっ!お姉さま。落ち着いてください!どこに向かって叫んでるんですかぁ!」

「––––ごめん、エリュシア。今、あんたにだけは声かけられたくない……」

「そんなぁ!」

 推定スイカップのエリュシアへの劣等感(コンプレックス)から、涙目になっていじけ顔のルビィ。

 悪しざまにあしらわれたエリュシアは、この世の終わりと言わんばかりの表情で崩れ落ちてしまいます。

「~~~!あぁ、もう、ホンッとに碌なもんじゃないわね!こんなダンジョン、ぶっ壊してやるんだから‼」

「できるものなら同感だけれど、ルビィ?そういうのは、最後まで攻略して、頂くものを頂いてからになさいな」

「うっさいなぁもう。言ってみただけじゃない。私だって本当にぶっ壊せるなんて思ってないわよ!」

 苛立ったようにシャトーに言い返したルビィは、荒々しい足音もそのままに、ダンジョンの奥へと進んでゆくのでございました。

「ほら、行くわよあんたたち!」

 ダンジョン探索は始まったばかり。悪辣・卑猥なトラップやモンスターも、まだまだこれからが本領と言えましょう––––


 ………………

 …………

 ……


「––––ふ、ゅ⁉」

 ダンジョンの通路を歩いていると、カチリ、という音とともにエリュシアがおかしな声を上げた。

「なに?どうしたのよエリュシア」

「あ……あのあのっ!あし、足が動かなく、なって……」

 あわあわと慌て始めたエリュシアの足元を見ると、床の上には揃えられた足形の紋様(マーク)

「エリュシア落ち着いて。絶っ対に足、揃えちゃダメだからね!」

 この手のトラップは、足形の上に完全に足を置いてしまった途端に発動するはず。しかも、この(エロ)ダンジョンのトラップであるからには、絶対にロクなもんじゃない!

「あ、あわ、あわわわわ!た、助けてください、お姉さまぁ!」

 すっかりテンパってしまったエリュシアは、私の静止の声も聞こえないように、まだ動く方の足をバタバタと動かして必死に脱出しようとしている。

 やがて––––

 もう一度カチリ☆と音がして、遂にエリュシアの両足が紋様の上に揃ってしまう。

「ひぇっ!––––っきゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼」

 次の瞬間、エリュシアを乗せた床石は、もの凄い勢いで前方に滑ってゆく。

 その先に見える壁には、人が一人通れるかどうかといった程の丸い穴が開いている。


 ––––【壁尻(かべじり)カタパルト】のトラップだ!


 このままだと、前方に放り投げられたエリュシアは、あの壁の穴に嵌め込まれて、身動きが取れないところを好き放題に弄り倒されてしまう!

「––––フェルネット!行って!」

「オッケー!【高電圧(ハイヴォルテージ)】!」

 フェルネットが呪文を唱えると、バリッ!という音とともに彼女の足全体に小さな雷光が幾重にも走る。フェルネットお得意の身体強化魔法フィジカルエンチャント、【雷速演舞エレクトラ・アクター】だ。

「いっくよぉ~!水平……イカヅチ・キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィック!」

 ……何だかどこかで聞いたようなネーミングだけど、この技の凄いところは、『落雷点』を設定すると、そこに向かって文字通り『(いかづち)』のように移動できるというもの。

 それを応用して、対象(今回は正面の壁)に向かって落雷のように落ちて(、、、)行くのがこの『イカヅチキック』だ。

「––––私達も行くわよ!シャトー!」

「えぇ。今度こそ(わたくし)の腕の見せ所でしてよ!」

 声を掛け合いながら、私達も前方の壁に向かって駆けだす。

 壁尻トラップがあるということは、その近くには獲物を嬲ろうとエロモンスターが待ち構えているということ。私の仲間にそんなふざけたこと、絶対にさせない!

 ––––––––––––––––––––––––

「エリュシア!お腹に力入れて!」

 一足先に壁に着地したフェルネットが、タイミングを見計らってエリュシアに指示を飛ばし、同時に壁を蹴る。

「ひゃ、ひゃいっ!んんん~~~!––––」「っここぉ!」「––––げぶぉっ‼」

 前方に放り出されながら、辛うじて言われた通りにお腹に力を入れるエリュシア。

 そこへ、横に突き出したフェルネットの腕が交差気味に突き刺さり、とてもじゃないけど女の子のものとは思えない悲鳴を上げるエリュシアをかっさらう。

「よぉ~し!––––さぁ、私の仲間を辱しめようなんていうエロモンスター共!覚悟はできてんでしょうねぇ!」

「ルビィ!一人で出過ぎないで!(わたくし)は左を叩きますわ!貴女は右の方を!」

 フェルネット達とすれ違うように、私とシャトーが前に出る。壁の左右からは、色欲に興奮した顔のゴブリンども。……キモ。

「待って待って!アタシも戦うよぉ!」

 私達がモンスターに斬りかかっていると、後ろからフェルネットの声が。

「––––フェルネット⁉エリュシアはどうし––––って、えぇ⁉」

 振り返ると、救出したエリュシアをおんぶしたフェルネットの姿が。

「これならエリュシアを放り出さなくていいもんね!アタシも戦うよ!」

「フェ……フェルネット、おね、さま。ゆ、揺らさ、ない、で。……も、限か……うっぷ」

 ………………………………ケロッ☆

「うっきゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!エリュシアが吐いた!エリュシアが吐いたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ‼」

 あ~ぁ、言わんこっちゃない。お腹を強打した直後のエリュシアをおぶって、そんなに激しく動いたらそうなるでしょうよ。

 嘔吐(リヴァース)してしまったエリュシアと、汚物まみれのローブを気にしながら彼女を介抱するフェルネットをよそに、私とシャトーはモンスターを駆逐してゆく。


「ねぇ、大丈夫?エリュシア」

 壁の手前、十匹ほどのゴブリンを倒し終えて、エリュシアに声を掛ける。

「……はい。うぅぅ、まだ少し気持ち悪いですけど……」

「今のうちにお水飲んどきなさい。私とシャトーで警戒しておくから、ちょっと休憩にしましょ」

「はい。……ごめんなさい、ご迷惑をおかけしてしまって」

「いいからいいから。今は回復するのがあんたの仕事。この後は、ちゃんと役に立ってもらうからね」

「……はいっ!」

「…………ねぇ。アタシにはフォローなし?」

「あんたのは自業自得でしょ」

 恨みがましい眼でこちらを見るフェルネット。そんな眼で見られたって、これは誰が悪いってわけじゃない、フェルネットが自滅しただけだし。それ以上でも以下でもないし。

「ううぅぅぅ……このやり場のない怒りをどこにぶつければいいの……?」

「壁の向こうにでもぶつければ?まだ何匹かいるみたいだし」

 そう、壁に開けられた穴の向こうには、未だ何匹かのゴブリンがたむろしている。

 穴を潜ってくるでもなく、かと言ってわざわざ壁の裏側に回る道を探すのも手間なので、一旦放置していたのだ。

「うん。わかったそーする……」

 頷いたフェルネットは、ユラリ、とどす黒いオーラを立ち昇らせながら壁に近づき、穴の中に片腕を突っ込んだ。

 途端、フェルネットを引っ張りこもうとその腕を掴み、グイグイと力を込めるゴブリン達。

「ふ、ふふふふふ。みんな……みんな黒焦げになっちゃえ!【雷撃(サンダーボルト)】ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ‼」

 ピシッ!という、空気を引き裂くような音とともに、壁の向こうに突き出したフェルネットの腕から紫色の雷が迸る。

 その威力たるやすさまじく、彼女の腕を掴まえていたゴブリンは元より、近くにいた他の個体も、その余波だけで吹き飛ばされ、余さず消し炭となってしまった。

 ちなみにこの魔術、普段だったら全方位に無軌道に放たれ、私たちも巻き添えになってしまうところだけど、今回は壁の向こうなので、文字通りの障壁となって目標だけを焼き尽くす事に成功している。

「––––はぁ~あ、スッキリした!」

 ようやく鬱憤(うっぷん)を晴らしたフェルネットは、満面の笑顔を浮かべながら戻ってきた。


 ––––それから少しの休憩を挟んで。

 エリュシアの具合も良くなってきたので、私たちは先へ進むことにした。

「ねぇ。何だか蒸し暑くなってきてない?」

「そうですわね。あぁ、(わたくし)も帰ったら早くシャワーを浴びたいところですわ」

「いいですねぇ……シャトーお姉さまとシャワー。ぜひご一緒させてください!」

 残念ながら、シャトーのシャワーシーンはまだお見せできません。

「ねぇ。それよりも喉乾いちゃった。お水、まだ残ってる?」

「あるけど、補給できる場所なんてないんだから、節約しないと」

 喉が渇いた、というフェルネットに水筒を渡しながら、無駄遣いをしないように窘める。

 すると、「あ!お姉さまお姉さま!あれを見てください!」と一点を指さし、エリュシアがはしゃいでいる。

 その指の先に見えるプレートには、『Rest Loom』の文字が。

「やった!休憩できる!なっにを飲もうかなぁ~♪」

「あっ!待ってくださいフェルネットお姉さま!私も行きます~!」

「待ちなさい!このおバカ二人組!ちょっと、シャトーも手伝ってよ!」

 それはもう、光のような速さでフェルネットが飛び込み、エリュシアがそれに続く。

 シャトーと二人がかりで引き止めようとしたけど、捕まえられたのはエリュシアだけ。フェルネットは一人、ルーム中央まで一気に突入してしまった。

「紅茶♪ジュース♪––––て、あれぇ?なんにもない……??」

「バカ!いいから早く戻って––––て、上、上‼」

 そう、こんなところにあるレストルームが『私達のため』に用意されているはずがない。

 一瞬反応の遅れたフェルネットに向かって、天井が落ちてくる。

 天井には、びっしりと媚薬体液を滴らせた触手が生えて、フェルネットに圧し掛かる。そして、足元からも無数の触手が。––––【触手吊り天井】の罠だ!

 このままでは、媚薬塗れの触手に上下から挟まれて、全身くまなく揉みしだかれてしまう!

「––––ふうっ!んんんんんんんんんんんん~~~~~~~~~~~~っ‼‼‼」

 両手を上げ、落ちてくる天井を渾身の力で支えるフェルネット。

 こんな大規模なトラップ、一人でどうこうできるレベルじゃない。…………【浄化】の残り回数は、後二回。けど、ここで迷っている場合じゃない!

「待ってて!今行くから––––」「っ!来ないで‼」

 覚悟を決め、助けに飛び込もうとした私を、フェルネットが制する。

「アタシ、の、ミスだもん!……これ、くらいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ‼」

 そういうと、彼女の魔力が、今までに見たことがない程に高まってゆく。

「~~~アル、コ……【酔封還(アルコリング)】第一!緊急【開封(リ・シール)】!」

 フェルネットが叫ぶと、彼女の髪を束ねていた白銀の髪飾りが、光の粒となって弾け飛んだ。

「みん、な……離れて……っ【超過電圧オーヴァ・ヴォルテージ】!––––け・し・と・べ!【雷撃槍(ヴォルト・ランサー)】ぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ‼」

 フェルネットの身体が、巨大な球電に包まれ、尋常ではない雷撃が彼女の両手足から迸る!その様は、まるで天地を焼き焦がす(いかづち)の光柱だ。

 やがて、眩い雷光が収まり、チカチカする眼を擦りながら中の様子を伺うと、部屋の中央でポテっと倒れているフェルネットの姿が見受けられた。

「––––ちょっと、大丈夫⁉フェルネット」

「……ごめ……今日は、魔術……打ち止め。格闘(ぶつり)、なら、ちょっと休めば……」

 駆け寄って抱き起こすと、フェルネットは青い顔でそんなことを言った。後で聞いた話では、彼女の魔術は脳への負担が大きいらしく、普段は髪飾り、腕輪(バングル)足環(アンクレット)の五つのアイテムで封印(シーリング)しているらしい。

「いいからあんたは休んでなさい。……どうする?シャトー。私は一旦戻った方がいいと思うんだけど––––っと、休ませてもくれないってわけ⁉」

 見ると、部屋の四方の壁に四角い穴が開き、ぞろぞろとモンスター共が入り込んでくる。

 さすがはレストルーム。こちらの戦力が落ちたとみて、私たちをイタダキ(、、、、)に来たってわけね。

「随分とナメられたものね。だったら、私達がテーブルに乗せられて大人しくしてる料理(チキン)なんかじゃないって………………教えてあげる‼」

 ––––と、勢い良くタンカを切ったのはいいけど、四方から押し寄せてくるモンスターの数がハンパない!少なく見積もっても四、五十匹はいるんじゃないの⁉


 –––––––––––––––––––––––––––––––––––––––--------–やるしか、ない!


「シャトー。二人のこと、お願い」

「っ!何をする気ですの?ルビィ!この数を相手に‼」

「フェルネットだって意地を見せてくれたのよ。私が!弱音を吐くわけに!いかないでしょうが‼––––––––––––吹っ飛べ!【浄化プリフィケーション】‼」

 私の身体から、再び迸る白金の炎。浄化の力。

 その炎が、獲物を求める猟犬(リカオン)のように周囲のモンスターに絡み付き、これを搦めとるや否や、瞬く間に消滅(、、)させてゆく。

「……なに、が……起こったんですの?……今のは、一体……」

 啞然として目を見開いたまま、シャトーの口から(つぶや)きが漏れる。

「これが、この翼に宿った権能(ちから)らしいんだけど––––それにしても、ビキニアーマー(いつものヤツ)着て来てて良かったぁ。危うく下着一丁になるところだったわ」

 権能(ちから)を使って元に戻った翼をシャトーに示しながら説明する。本当、朝にいつものクセでアーマー着けてなかったら大変だったわ。

 私の説明に、シャトーがどことなく憮然とした表情を浮かべている。と––––

 ガコン!と部屋の奥から音が聞こえてくる。

 恐る恐る音のした方に目を向けると。

「……ねぇ、この部屋、狭くなった気が、しない?」

「……えぇ、そうですわ、ね」

 続いて、無機質な音声が響き渡る。


 ––––close close


「「………………………………」」

 無言で顔を見合わせる私とシャトー。

 ガコン!ガコン!

 部屋の奥の方から、私達を追い立てるように壁が迫ってくる!

「––––!シャトー、そっちお願い!」

「えぇ!ほら、フェルネット!行きますわよ‼」

 二人でフェルネットの肩を担いで入り口を目指す。

「ゴメン、二人とも。––––うぅぅ、またアタシが足を引っ張ってる……」

「うっさい!んなこと言ってるヒマがあったら足動かしなさい!」

「––––もう、少し、ですわ!」

「エリュシア!どいてどいて!」

「っ!は、はいぃっ!」

 ヘコんでいるフェルネットに活を入れて、私とシャトーは入り口を目指して駆け抜ける。入り口のところでオロオロしているエリュシアに指示を飛ばしながら。

 次から次へと、私たちを喰らおうとするように上下から迫る壁––––【巨人の咬撃(ティターンズ・バイト)】のトラップだ!

 フェルネットを担ぎながら、必死で足を動かす。

「––––あと、十六、フィート!フェルネット……あんた、もう少し、ダイエットしたほうが、いいんじゃ、ない……⁉」

「全く……っ!ですわね。支える、だけでもっ、ひと、苦労、ですわ!」

「あうぅぅ……抱えられてるだけに文句が言えないぃぃぃ……けど、反論したいよぉ……アタシは、そんなに重くないもんっ!」

 ギャアギャアとわめきあいながら進んでいると、私達のすぐ後ろでガチン!と音がして––––

「「「––––へ?」」」

 半ば引きずられていたフェルネットの足が、上下から迫る壁に挟まれて––––

「っ‼うきゃあぁぁぁぁぁぁっ!挟まれた!挟まれたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼‼」

 履いていたサンダルを置き去りに、とても今の今まで私達に抱えられていたとは思えない速さで駆けだしていった!

「あ、こら!待ちなさいよ、フェルネット!」

「私達も行きますわよ、ルビィ!」

 重荷が勝手に走って行ったので、私とシャトーも夢中になって出口を目指す。


 ––––––––––––

 ––––––––

 ––––


「……あ、危なかったぁ~」

「っはぁっ!ま、全く、ですわ、ね……」

「ううぅ、アタシのサンダル……」

 どうにか全員脱出に成功して、みんなで荒い息を吐きながら……一旦休憩。

「––––だ、大丈夫ですか?お姉さま」

 そんな私達を気遣って、エリュシアが駆け寄ってくる。

「ご覧の通りよ。私たちはどうにか大じょ––––」

「っ‼お姉さま、危ない‼」

 大丈夫、と言おうとした私を、何かに気が付いたエリュシアが突き飛ばしてきた。

「––––ひゃっ!……ぁあああぁぁぁ~~~~~~~~~~~~っ‼」

 私が足を踏み出そうとしていた床から、噴水のような水がエリュシアのスカートの中に噴射される––––【媚薬スプラッシュ】の罠だ!

「っきゃっ!」

 更に、突き飛ばされた私が壁に手をつくと、カチリと音がして––––


 Beep! Beep!


 けたたましい音がフロアに鳴り響く!––––【警報装置(アラーム)】トラップだ!

「ルビィ!エリュシア!大丈夫です––––きゃあ!」

「ッ!シャトー‼」

 更には、壁から飛び出してきた触手に、シャトーが捕まってしまう。

「シャトー、待ってて!すぐに––––」「!ルビィ、後ろ!」

 シャトーのもとに駆け寄ろうとする私に、フェルネットが声を上げる。

 振り向くと、通路の奥からは空間を埋め尽くさんばかりの巨大な粘塊、【レイジスライム】がズルズルと迫ってくる。

「フェルネット!そっちも!来てる‼」

 通路の反対側からは、縦横にスクラムを組んだ小鬼––––【ゴブリンウオール】が迫る!

「っ‼ウソでしょ⁉こいつら、三層から先で出てくるヤツじゃない‼」

 そう、【レイジスライム】も【ゴブリンウオール】も、この一階層––––初心者でも何とかなる––––で出てくるようなモンスターじゃない。

「帰ったら、絶っっ対カティに文句言ってやる‼」

「それより、今はここを切り抜けないと!」

 フェルネットの言う通り、確かにここを切り抜けないと、カティに文句を言うどころじゃない。

「分かってるわよ!とにかく、こいつらを迎撃しながらシャトーの所まで後退!シャトーを救出したら––––って、速ぁっ‼」

 フェルネットに指示を出そうとしている間に、目の前までモンスターが迫ってきた!

 否応なしに始まる戦闘。私は、状況確認のために声を張り上げる。

「エリュシア!シャトーの所まで下がれる⁉」

「––––ぁはぁ♡しょくしゅさん♡なんだかとってもいい匂いですぅ。あ~……」

「あんた!そんなもん口にしたら、ここに置いていくわよ!」

「!は、はいぃっ!……で、でもでもぉ……」

「いいから下がるっ‼」

 お預けをくらった子供のようにぐずるエリュシア。いっそ蹴とばしてやりたいところだけど、とてもそんな余裕はない。

「っ!た、かだか、スライムの、分際でぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ‼」

 のろくさと、這いずるようにして後ずさるエリュシアを背に庇いながら、滅多切りにスライムに斬りかかる。––––っ!この剣にも浄化の力が備わっているはずなのに、一向に目減りする気配が見えない。

 せめて中心にある核を砕ければ一発なのに!

 肝心の核は、分厚い粘塊に阻まれてうっすらと霞んで見えるだけ。

 ––––いっその事、【浄化】で吹き飛ばすか?……ダメだ、【浄化】の残りはあと一回。

 この能力(ちから)は切り札だ。無駄遣いはできない。もしもさっきみたいに消し飛ばした後で発動するトラップがあったら?

 そんなことを考えると、どうしても最後の【浄化】使用に踏み切れない。

「––––っ!フェルネット!ま、だ……くっ!まだ、無事っ?やられて、ないっ?」

「やられてっ!ない、けどっ、……あうっ!無事じゃ、ないっ、よぉ!」

 状況確認のため、通路の反対側で戦っているフェルネットに声を飛ばす。いくらゴブリンが相手とは言え、一対九。おまけに魔術も使い果たしているので、火力的にも分が悪く、その声からも余裕のなさが窺える。

「シャトー!もう、少し、だけっ!頑張って!すぐ、にっ!助ける、からぁっ!」

「んーっ!んんーっ!んんんんーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 ヤバい。こっちも余裕はなさそうだ。触手に捕まって、身体を開かせないように必死に抵抗しているんだろうけど、正直長くは保たないだろう。

 ––––控えめに言っても、最悪の状況。私の背筋を、じりじりと焦がすような焦燥が這いまわる。

 とにかく、浄化にしてもなんにしても、一度目の前の敵から何とかして距離を取らなくちゃ!

 ––––なんで。なんでこうなったの?何が悪かった?

 このままじゃ、みんな、ヤられちゃうっ!……イヤだっ!そんなの、絶対にイヤ!

「……負け、る、もんかぁっ!……うぅぅあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」

 残った力を振り絞る。せめて、せめて一瞬でもいいから、脱出の時間を––––っ!!

 どうにかしようと、夢中になって剣を振るい続ける。視野狭窄状態。だから、気付けなかった。

「ッッ!ヤ、ヤバッ!」

 触手のように身体を伸ばしたスライムが、隙をついて私の足を捕える。

「このっ!––––っ!」

 慌てて切りはらおうとすると、今度は剣を持った私の右手が捕えられる。

 必死に振り払おうともがくが、本来の私はとても非力だ。たとえスライムが相手とは言え、純粋な力の差ではとてもじゃないが敵わない。

 獲物を捕らえた歓びからか、ぶるぶると身を震わせて、スライムが更に私に近寄る。

「––––––––––––––––あ……」

 無機質な、およそ感情というものを見て取ることもできない粘液の塊。それを目の前にして、私の頭の中を氷柱のような冷たいものが走り抜けた。

「……やだ…………イヤ……っ離して!離してよ!」

 恐怖に捕われた私が、見栄も外聞もなく叫びをあげ、身を捩る。けれど相手にしてみれば、それは口の中に納めた獲物がほんの少し跳ねた程度のものだったのかもしれない。––––冒険者の末路。そんな言葉が脳裏を掠めた。

「……やだ……やだぁぁ……だ、だれか……誰かぁ……っ!」

 助けなど来ようはずもないダンジョンの中、遂に私は、当てもない『誰か』に、みっともなく助けを求めていた。

 ––––そう、誰も助けになんて来てくれるはずもないのに。


「……––––ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおっ!」


 誰にも届くはずのない私の声。けれど、いよいよスライムに飲み込まれてしまうのかと固く目を閉じた私の耳に、ダンジョンの薄闇の彼方から、応えるような烈声(れっせい)が聞こえてきた。


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