ただ、君が為
ep.3-4 ただ、君が為
––––声が聞こえる。間違えようもない、アイツの声が。
––––何があった?考えるまでもない。アイツらのピンチだ。
ならば何をすべきか?––––そんなもん、一つしかねえ!
「矢よりも速く!疾風さえも置き去りに!––––【加速】!【加速】!【加速】!【加速】!【加速】!」
五倍掛けの魔術付与。煌めく風の緑光気が全身を包み込み、ねっとりと絡みつく空気を搔き分け、音さえも後ろに置き去りに駆け抜ける!
「巨人の剛力をこの手に!––––【強化】!【強化】!【強化】!【強化】!【強化】!」
続けて五倍掛けの身体強化。燃え立つような真紅の赤気が上体と手にした大楯に宿り、全てを打ち砕く暴威を秘めた全身の筋肉が、一斉に筋膨張を始める!
間に合うのか?––––間に合わせる!
助けられるか?––––助ける、絶対に!
そうでなけりゃ、こんなナリになってまでここへ来た意味がねえ!
「行くぞ!––––ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ‼」
炎と風、二つの魔力光の入り交じった黄金色に輝く大楯を掲げ、薄暗い通路を爆走してゆく。
途中で湧いて出るザコ共は盾に触れるなり千々に消し飛び、やがて、通路の先に絶体絶命の危機に瀕しているアイツらの姿が見えてくる。
「––––テメエ、スライムごときが!俺の惚れた女に何しやがる気だぁっ‼」
––––声が聞こえた。
絶体絶命の中、助けなど来ようはずもないダンジョンの中で、私の助けを求める声に応えるように。
始めは、夢か幻かと思った。けれど、呆然と見上げた先、薄闇の通路を照らすような黄金の輝きが、真っ直ぐにこちらに向かってくるのが見える。
その人は、まるで稲妻のような速さで駆けてくると、黄金色に輝くオーラを纏った大楯を構えて、能力名を叫び、更に加速しながら突撃してきた。
「喰らえぇっ!【極!シィィィィィィィィィィィィルド!バァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッシュ‼】」
その叫びの通り、その人が放ったのは、確かに盾叩き。けれど、その威力とスピードが段違いだった。
まず、通路の反対側で戦っていたフェルネットに圧し掛かっていた小鬼壁を、反応の暇さえ与えずにかっさらい、次には、瞬きをする間もなく私を捕えていたスライムに、そのゴブリン共を叩きこんだのだ。
「オラァ!この単細胞の粘液がぁ!腹が減ったんなら、こいつらでも喰らってやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
「Gyyyyyyyyyyyyyyyieeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee‼」
性欲よりも食欲が勝ったのか、突然押し込まれたゴブリン共を食べることに夢中になったスライムの拘束が緩む。
「っ!今だ!立て直せぇ!」
その人––––茶髪の女の人の一喝に、私も我に返る。
「ありがとう!––––フェルネット、エリュシアをお願い!」
「分かった!ほら、行くよエリュシア」
「ふぁい?あ♡フェルネットおねえさま♡……んん~~~~~~~~~~~~♡」
「んんっ⁉⁉んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんっっ‼‼‼」
エリュシアに声をかけて引っ張っていこうとするフェルネット。
しかしエリュシアは、あろうことかフェルネットに抱きついてキスを!……そういえば、まだあの子に鎮静剤を飲ませてなかった。ゴブリンにボコられたばっかりなのに、ごめん、フェルネット。
突然のことに目を白黒させたフェルネットだったけれど、そこは非常事態と割り切ったのか、そのままの態勢でエリュシアを引きずってきた。後は––––
「シャトー!ちょっと荒っぽいけど我慢して!今、降ろすから!」
「んーっ!んんーっ!」
触手に捕まったままのシャトーを助けるために、まだ少しワラってる膝をひっぱたきながら、どうにか駆け寄る。
意地の強いコだけに、丸まった姿勢でどうにか持ちこたえていたようだけど、さすがに限界みたい。
「こンの、ゲソもどき、がぁ!」
壁から生えた触手を切り払い、間一髪のところでシャトーを解放する。
「––––っはぁっ!はぁ、はぁ!あ、危ない所でしたわ……」
「ごめん、遅くなった!まずは脱出してからよ!フェルネット、乙女像!––––って、あんたはいい加減正気に戻んなさい、エリュシア‼」
「むぴゅっ!……あ、あれ?フェルネットお姉さま……ポッ♡」
フェルネットに抱きついたままのエリュシアに、HARISENを打ち下ろす。まだちょっとおかしいエリュシアだけど、この子の場合これが媚薬の影響なのか素なのかが分からない。
「––––ぷはっ!イタタ……歯ぁぶつかった……エリュシア、ちょっと離れて!」
ようやくエリュシアを引き剝がしたフェルネットが、ローブの懐から急いで乙女像を取り出す。
「よし!準備よろしく!––––そこのあなたも!脱出するから、こっちへ来て!本日、最後のぉぉぉぉぉぉ……【浄化】‼」
掲げた剣から、白金の炎が迸る!それに合わせて、ゴブリンとスライムを抑えていた女の人も、迷いなくこちらへ駆け寄ってくる。脱出の準備はできた!
「––––準備いいよ!みんな早くっ!」
フェルネットの合図で、全員ひと所に集まる。それを確認したフェルネットが乙女像を叩きつけて––––
浄化の炎に呑まれるモンスター共を一瞥して、正直、慣れたくはないけどちょっと慣れてきた自分がイヤになりそうなアへ声を聞きながら、私達はダンジョンを後にした。
………………
…………
……
「––––あっ……ぶなかったぁ……こ、今回のは結構ヤバかったわね……」
「うん。あそこで助けが入らなかったら、ヤられちゃってたかも」
ダンジョン入り口前。どうにか無事に脱出に成功した私の呟きに、フェルネットが応える。
シャトーは疲れ果てた様子で座り込み、エリュシアは少し青い顔をして、どこか落ち込んだようにも見える。
「……なんにしても間に合って良かった。これでお前……らにもしものことがあったら、悔やんでも悔やみきれないところだったよ」
ぐるりと肩を回し、大きく息を吐きながら、私達を助けてくれた女の人が歩み寄ってくる。
「あ、さっきは本当に助かったわ、ありがとう。あなたが居合わせてくれなかったら……と、まだ名乗ってもいなかったわね。私は––––」
「おいおい、今更だろ?ルビィ。俺だよ、俺」
「––––え?」
なぜか私の名前を知っていたその人。見ると、女性にしては大柄な体格だけれど、それでも尚不釣り合いに大きな––––まるで男物のような––––甲冑を身に着け、やっぱり大きな盾を背に担いでいる。
「っあー、ったく。ほら、これ見ても分からねえか?」
「––––??」
背にした大楯を拳でコンコンと叩いて見せてくるけど、やっぱりこんな大楯を装備した女の人に覚えがない。更に首をかしげてしまう私。
「……マジか。––––おい、フェルネット。こいつは普段からこんなに鈍いのか?」
「––––???」
突然話を振られたフェルネットも、覚えがないようで首をかしげている。
「ジーザス!こいつら揃いも揃って!––––俺だよ、テ・ッ・ドだよっ‼」
「「………………………………」」
フェルネットと二人で顔を見合わせる。え、ちょっと何言ってんのかわかんない。
だって、テッドって言ったら茶髪の短髪––––あ、うん。確かに茶髪でショートヘアだ。
それでもって大楯持ちの––––
「「……––––って、えええええええええええええええええええええええええええっ⁉⁉」」
テッドと名乗ったその人の容姿を上から下までジッと眺めて、またしてもフェルネットと二人で、今度は素っ頓狂な驚愕の声を上げる。
「え?テッドって……テッド?」
「あぁ、そーだよ!」
「ちょっと待ってちょっと待って!––––てことは、あのポーション……」
「あー飲んださ!そもそも、ETDに入るなら飲めって言ってきたのはお前らだろうが!」
私とフェルネット、二人の質問にヤケクソ気味に答えるテッド。
「––––でも、なんで……?」
「あのなぁ。……言わなきゃ分かんねぇのか?––––(お前が)心配だったからだよ」
「っ!……そっか。私達のために、女体化なってまで追いかけてきてくれたんだね。改めて……ありがとう、テッド」
「お、おう……」
私が心からのお礼を告げると、テッドは赤くなった顔を隠すように口元を手で覆って、それはそれは照れくさそうに、ぽつりと返してきた。
「あーあー、アッツいアッツい。アタシ、あっち行ってよーか?」
「?何言ってんの?フェルネット。今のはただお礼を言っただけだし。別にそんなんじゃないわよ。ねぇ、テッド?」
「––––っ!あ、あぁ、そそ、そうそう!べべべ、別にそんなんじゃ……ねえし?へ、変な気遣いはしないでくれよ⁉」
私が話を向けると、妙に慌てた様子で答えるテッド。けどなんだろう。否定するその言葉がどこか残念そうなのは気のせい、かな?
「……ふうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん?そうなんだ。…………大変だね、テッド」
「……うっせ」
にやにやとイヤらしい笑みを浮かべたフェルネットが、テッドの肩をポンポンと叩く。
……だから!そういう、『みぃんなわかってます』みたいな、ドヤ顔がっ!ムカつくっての!
「––––っと、そうだ。シャトー達の様子も見て来なくちゃ」
「はいはーい。いってら~♪」
「……フェルネット。今晩あんたのベッドにエリュシアを忍び込ませるから」
「ええぇぇぇ~~~~~~~~~~~~⁉」
背中に聞こえるフェルネットのイヤそうな声にひとまず溜飲を下げ、私はシャトーの様子を見に足を進めた。
「シャトー。どう?落ち着いた?」
「……っええ。散々でしたけれど、私はどうにか」
私が声をかけると、それまで疲れ果てたように座り込んでいたシャトーは、気丈にも何事もなかったかのような表情でこちらを見上げてくる。
「とにかく。今日のところは宿に帰って休みましょ。……私ももうくたびれたわ」
「そうですわね。……私も触手の粘液でベタベタ。早く帰ってシャワーでも––––っ!」
差し出した私の手を取って立ち上がろうとしたシャトーが、不自然に言葉を途切れさせる。
見ると、その顔は火照ったように赤らんでゆき、息遣いも浅く、早くなって、小刻みに身体を震わせている。
「シャトー?ねぇ、ちょっと大丈夫?」
「––––嘘、噓!噓ですわこんなの!」
私の呼びかけに応えることも出来ず、自分の身体を抱えてイヤイヤと首を振るシャトー。
「シャトー!しっかりして、シャトー!」
「み、な……見ない、で……見ないで……っひ!あ……はっ!はっ!……あ、あ、あ……」
「ッ!シャトー‼」
がくがくと、更に身体の震えを強めているシャトーを落ち着かせようと、私はとっさに彼女を抱きしめる。そして––––
「い、や……嫌、嫌嫌嫌……イヤぁぁぁ……ッ!~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっ!!!」
ひときわ大きな痙攣。そしてシャトーは、必死に押し殺した叫びとともに私の腕の中でぐったりと力なく崩れ落ちて行った。
ウソ……もしかして……イッ、た……?
「……シャトー……」
「––––っ!」
ドン、と。茫然と声を掛けた私を、シャトーが突き飛ばす。
「ご、め……御免、なさい。御免なさい、御免なさい、御免なさい……」
「…………………………………………」
……何に対して、誰に対してなのかも分からない、謝罪。私には、彼女に何といっていいのか、かけるべき言葉が見つからなかった。
媚薬成分を含んだ触手の体液。散々に身体中を這い廻られた感触。【浄化】で拭いきれなかった、浸透した媚薬成分やそれらの感触が蓄積されて、気の抜けた今になって噴出したのかもしれない。
身体が反応してしまっただけだ、とか、仕方のないことだ、なんて安っぽい言葉は言えない。よりにもよって、私達仲間の前で、その、達してしまったのだ。そんな言葉は慰めにもならないだろう。
「……鎮静剤、置いておくから。…………ごめん、情けないリーダーで……」
私には、彼女をそっとしておくことしかできなかった。
「うっ……うっ……御免、なさい……御免なさい。御免なさい……」
両手で顔を覆って泣きじゃくるシャトーは、何度も何度も、誰に向けたものかも分からない謝罪の言葉を繰り返していた。
「––––おい、どうした。何かあったのか?」
「っ!うっさい!こっち来んな!」
そんな私達の元へ、テッドが近づいてくる。遠目に私達の様子をうかがっていたであろう彼は彼なりに、心配して声をかけてくれたんだろうけど……今のシャトーの姿を見られるわけにはいかない。
だからって、こんな言い方しかできないなんて……本当に情けない。
突然声を荒らげた私に戸惑っていたテッドだったけれど、私の様子から何かを察したフェルネットが、彼にフォローを入れながら連れて行ってくれた。
二人には後で謝っておかないと。
「エリュシア。私達も、あっちに行ってましょう」
「––––っ!………………はい」
さっきから俯いたままだったエリュシアは、私が声をかけると小さく肩を跳ねさせて、力なく頷いた。
この子もすっかり落ち込んでいる。……無理もない。いくら媚薬のせいだったとはいえ、危うく自分から魔物のモノを受け入れようとしたのだ。今更になって怖くなってきたのだろう。
……そうして、シャトーが落ち着くのを待ってから私達は宿へと戻った、けれど。
道中の空気は、重苦しくも最悪だった。
––––まるで葬送の行進のように。
誰一人として口を開くこともなく––––あのフェルネットでさえ––––重々しい足取りで宿への道を歩く。
宿へ帰ってからも、シャトーは身体を洗うと自分の部屋に籠もってしまい、夕食の時間になっても出てくることはなかった。
「シャトー……降りてこないね。やっぱり、様子を見に––––」
「止めて。お願い……今は……そっとしておいてあげて」
夕食時。部屋から出てこないシャトーを気にして、しきりに階上を見やるフェルネットの言葉に、声を抑えるのにも苦心しながら彼女を制止する。
私達の中で、シャトーと一番付き合いの長いのは私だ。けれど、あの子のあんな……子供のように泣きじゃくる姿は、見たことがない。
正直、今のシャトーになんと声をかけてよいのか、私には見当もつかない。
あの時。もっと私がしっかりしていれば……躊躇わずにもっと早くに権能を使っていれば……何かが変わったのだろうか。
そんな、後悔とも自責ともつかない思いに囚われながら、後で部屋の前にでも食事を届けてあげよう、と心に決めた。
––––同刻––––
「……う……ふうっ!……くっ……ふっ、ふぅっ!……」
早々に自室に籠ったシャトーは、寝台を軋ませながら、切なげに荒い息を吐いておりました。
(何故……私だけが……こんな、辱めを……)
寝台の端に紐を回し、自らの両手を頭上に括り、気を緩めると自然と自らを慰めようとする手が身体に向かわぬように固定をして。
鎮静剤も飲んだというのに、尚も呪詛のように自らを蝕む身体の火照りを堪えて。
シャトーは一人、瞳の奥に昏い炎を湛えながら、ひたすらに欲情の波が去るのを待ち続けているのでございました––––




