Raid Battle
ep.8-4 Raid Battle
––––それは、まるで突然の暴風のようでした。
街の中央広場で、攻勢結界の準備を進めていた私達の前に現れた、馬の頭をした、アリオンと名乗る夢魔。
いつから、そこにいたのか。どうやってこの場に現れたのかも分からない不気味さもさることながら。
ふざけて遊んでいるかのような態度のそのひとは、理不尽なまでの強さで……
とっさに迎え撃とうとしたテッドさんはもとより、魔物の群れを圧倒してみせた教主様でさえも歯が立たなくて。
必ず、お姉さま達のお役に立つ。そう決意して一生懸命に覚えた私の魔術も通用しなかった。
……怖い。
目の前で、お姉さまを失ってしまうことが。
私に勇気がないことで、何もできないで、誰からも必要とされなくなることが。
私は、自分が傷つくより、周りに誰もいなくなる事のほうが恐ろしいのです。
けれど。
だけれど。
目の前でまざまざと見せつけられる力の暴威に、ただただ私の足はすくんでしまうばかりで。
どうにかしたい。
どうにかしなくては、いけない、のに……
『あはぁ♡ざこメンタル、みぃっけ♪』
……その時、私の頭の中にはあの、リセエッタという淫魔の声が響き渡ったのです。
(な……なんなんですか、いきなり。人のことを、そんな……)
『あららぁ?怒っちゃったぁ?で・も……♪ザコはザコだしぃ?』
(っ!し、失礼なこと、言わないで––––)
『だぁってそうじゃぁん?……あんた、あの女のこと好きなんでしょ?』
(っっ!)
『でぇもぉ♪その「おねーさま♡」のために、なぁんもできないでビビってるだけなんてぇ♪ぷぷっ♪……ザコってしか言えねえべ?』
(~~~~~~っっ‼)
……悔しい。悔しい!悔しい‼
何よりも、何も言い返せない自分が、悔しい‼
『ありゃりゃん?泣いてんの?……だっさ!wwwウケるぅ!そこらのガキだって、いー返すくらいはできるっしょ♪やっば、ザコオブザイヤー~~~♪www』
(……か、げんに……)
『––––はぁ?聞こえなぁ~い♪ザコ語なんてぇ、何言ってんか分かんないってぇかぁ♪』
(い・い・加・減・にっ!してくださぁ~~~いっ!なんなんですかっ⁉人のことをザコザコザコザコって!そんなこと!私が!一番分かってるんですよぉぉぉっ‼)
『あーあー、キレちゃった♪で?それでなにができるんでちゅかぁ?』
(できませんよ!なにもっ!)
『……はぁ?』
(ええ、あなたの言う通りっ!私にはお姉さまの代わりに戦うことだって、身代わりになって飛び出すことだってできない臆病者ですよっ‼)
『何言ってんの?おめー。いじめ過ぎて頭、ぱーにでもなったん?』
(––––フェルネットお姉さまみたいに考えるよりも先に行動することだって、シャトーお姉さまみたいに誇り高く生きることだって!なによりルビィお姉さまのように、どんなにつらくたって笑い飛ばせる強かさだってない、ドジでノロマなカメですよっ‼)
『うっわ古っ!』
(でも……それでも!お姉さま達を信じ抜くこの気持ちだけは、誰にも負けないんです‼)
『……?––––エモ⁉ってか、キモ‼……てか、バッカじゃね?だいたい、あんたが信じたからって何がどうなるって⁉wwwそれともアレですかぁ?”シンジルモノハスクワレル”ってヤツぅ?あっはは♪………………夢見てんじゃねーし』
(っ⁉⁉⁉)
『おめーなんかが信じたって、ゲンジツってのは変わらねーっての。死ぬヤツは死ぬし、おめーのおねーさまはズッコンバッコンやられるし。それが変えられねー運命ってもんなんだし!信じたくれーでどうにかなるなら苦労なんてねーし‼』
(な……なにを……)
『––––そーだ。いいもん見してやんよ。おめーの大好きな”おねーさま達”の、ズタボロになってくゲンジツってヤツ?……これ見りゃ、いくら頭ン中お花畑のおめーでもリカイできんべ。ってか、泣かしてやんよ。……ほら、泣け。泣けっ!ピーピー泣いてアーシのことスッキリさせてみろぉっ‼』
(っっっ‼)
……なぜか、段々と苛立った気配を見せるリセエッタが吠えると、私の目の前に、二つの映像が浮かび上がってきます。
(っ‼‼‼)
……それは、洗脳触手に蝕まれるフェルネットお姉さまと、全身を粘体に搦め取られたシャトーお姉さまのお姿。
手の届かない、それぞれ離れた場所にいるはずのお二人の、窮地に陥ったお姿だったのです。
––––––––––––
『……やっばいなぁ。視覚も、聴覚も、なんにも感じないや……』
音も光もない、虚無と紛うばかりの空間で。
プロメテアの繰り出す洗脳触手に捕らわれたフェルネットは、自らの状態を把握することもできずにおりました。
––––ですので、ここはサービスで客観視した映像をプレゼントしてみましょう。
『え、女神?––––って、うわあぁぁ!なんでアタシ服脱ごうとしてんのっ⁉』
それはもちろん、プロメテアの放った触手が貴女の脳に侵食して、外部から命令を下しているからでございますよ。
『げっ‼ととと、止めなきゃ!こんなとこでストリップなんて、ジョーダンじゃないよっ!』
それだけではございません。プロメテアは貴女に、絶対服従の誓いを立てさせようとしているみたいですが?
『っざけんなー!アタシは誰のものでも––––ってちょい待ち。なんでアタシの意識が乗っ取られてないんだ?』
『––––少しは落ち着きなさい、このバカ弟子』
『あ、お師匠様?』
『今、お前に取り付けた封環を通して呼びかけているわ。……それよりも、つい先日のヒルコの件は覚えているわね?』
『へ?え~と……』
『……まさか、忘れたとでも?』
『っ!あ、はいはい!覚えてます!ていうか思い出しました!』
『……まあいいわ。あの時、お前に施した脳内隔離領域。それが今、お前の意識を守っているのよ』
『Oh!さっすがお師匠様!』
『浮かれている場合ではない。今現在お前を守っている隔離領域は、脳全体の僅か一%。残り九十九%は既に侵食されているわ』
『うえっ⁉』
……付言させていただくならば、操られているフェルネットの口が服従の誓いを立ててしまうと、いくら正気の部分があろうと全体的には乗っ取られた形になる、ということでございますね。
『普段は高みの見物ばかりのくせに、お節介ね。……けれど、その通りよ。お前は、自分の身体が敵の言いなりになるのを為す術もなく見ているしかなくなるでしょう』
『……や、やだなぁお師匠様ったら、おどかしてばっかり♡でもでも、なんかあるんでしょ?こう、スパーンとやり返せるような秘策とかさ?』
『方法はただ一つ。……一%の反逆しかないわ』
『な……なんかヤな予感……』
『今からお前は、隔離領域を形成する隔壁を破って、自ら打って出なくてはならないわ』
『––––やっぱり⁉』
『しかも、防壁を無くしたお前が自我を保てる時間は刹那にも満たない。––––正に、雲耀(※雷の煌めき)の攻防となるは必至』
『あー!あー!聞こえない!聞きたくなーいっ!』
『……けれど、打って出なくては、自分が誰かの所有物になってゆくのを、指をくわえて見ているしかない』
『うっげ!』
『さぁ、選択の時間よ。……フェルネット=パジェス。お前に、現状を打破し、未来を掴む勇気はあるか?』
『………………』
『––––まぁ、ここで終わったところで責めはしない。所詮お前はその程度だった、というだけのことよ』
『……ん、だって?』
『どうした?……臆したのかしら?フェルネット』
『勇気は、あるかって?』
『ええ、そう。これは所詮、お前自身の問題。だから––––』
『そんなもん!あるにっ!決まってんじゃんっっっ‼』
––––––––––––
己の内にて、フェルネットが半ばヤケクソ気味に固めた覚悟を叫ぶ頃。
『あははははっ♪……さぁ、これならいくら強いキミでも手は出せないんじゃない?それとも、この子もろ共攻撃してみる?ボクの本体がどこにあるのかも分からないのに♪』
攻勢結界、北東のポイントでは、その粘体でシャトーを包み込んだヒルコが、リリィに対してマウントを取りにかかっておりました。
「調子に乗ってんじゃないよ、タコが。……これ以上テメエの相手なんざする必要もないね」
『あれぇ?もう諦めちゃうの?この子を見捨てて?ずいぶんと冷たいんだねぇ♪』
「……何を勘違いしてんのか知らないけど、あんまりそいつをナメてると、痛い目見るのはテメエだって言ってんのさ」
『それって、この子のことを言ってるのかな?もう、手も足も動かせないのに?www』
「………………」
「関係ないねぇ。それしきの事で、魔震の皇帝が止められるものかよ」
『魔を、震え上がらせる?何を言って……––––まさか⁉』
(……迂闊、でしたわね)
『致し方ない、とは言いかねるかな?それで、このまま黙っている、というわけでも無かろう?』
(当然ですわ。この私に、またも辱めを与えようなど。……我が血に掛けて、必罰の一矢を受けさせなくては!)
『あ~……それなのだがね。実は先刻の一戦で君のために用意した栞が尽きてしまったのだよ』
(っ!それは、つまり……)
『そう。ここから先は、正真正銘君自身の力で物語を制御しなくてはならない』
(………………望む、ところですわ)
『おいおい、そう逸るものではないよ。––––やれやれ、血の気が多いのは遺伝かね……私は君に、【童話語り】の安全装置として、この先へと進むために問わねばならないことがある』
(何なりと。……っ!あまり、時間は残されてはいないようですけれど)
『うん。シャルトリューズ––––いや、シャトー=リューズ=イエーガー。君の選択のその先に、君自身の希望はあるかね?』
(……希望は……未来は!他者に求めるものでも、ましてや与えられるものでもない!私自身の手で造り、掴み取るものですわ!)
『上出来だ。それでこそ私の子孫。最早憂うことはないよ。……さぁ、征きたまえ!』
(っ‼)
––––––––––––
––––––––
––––
洗脳触手に捕らわれ、刻一刻と浸食されてゆくフェルネットお姉さま。
そして、粘体に搦め取られて、今にも身体を融かされてしまいそうになっているシャトーお姉さま。
絶体絶命のそのお姿を目の当たりにしたその時、同時に私の内に、お二人の強い精神が流れ込んできました。
ギリギリまで追い詰められて、それでもなお自らを奮い立たせる燃え立つような強さが。
己の過去を抉られるような辱めを前に、身も心も焼かれるほどの瞋恚を抑え込み、氷のように冷静であろうとする忍耐が。
……どちらも、今の私にはない力強さで。
お前も、自分にできることを精一杯に頑張りなさい、と言われているようでした。
私は、私達は大丈夫だから、と。
ならば、今の私にできることは……っ!
そう思って前を見ると、一騎打ちの形を執られていたルビィお姉さまが劣勢に立たされていました。
––––戦いに赴く前に、何があっても手出しはしないで、と言われていましたが……
今のお姉さまは、目の前にボロン!された馬頭の夢魔––––アリオン、と言いましたか––––の馬頭珍に、放心状態になっているようにも見えました。
とっさに駆け寄ろうとした私でしたが、震えだす私の足は、なかなか言うことを聞いてくれません。
––––まるで、今朝の悪夢のように。
お姉さまが……お姉さまたちが、壊されてしまう!
すくみ上る足もそのままに、目の前の光景をしっかりと見つめた私がとった行動。それは––––
「お姉さまぁぁぁっ!しっかりしてください!お姉さまぁぁぁぁぁぁっ‼」
それは、声の限りに呼びかけ、私の思いを、気持ちを伝えること。
私なんかに、今の状況をどうにかできるなんて思っているわけじゃありません。
……でも、そんな私にもできること。
お姉さま達を信じて、精いっぱいの気持ちを、お姉さま達に届けるんだ!
「っっっ‼」
果たして、私の声が届いたからかどうか。
呆然としていたルビィお姉さまの目に、小さく光が差しました。
そして、相手に気取られないように、私に向かって親指を立てて見せてくれます。
けれども、倒れた姿勢で後ずさりを続けていたお姉さまの背後には、すでに壁が。
はたから見れば、恐れをなして逃れようとした末に、行き止まり。……詰み。
絶体絶命、もはやその花を手折られるのを待つばかりに見えることでしょう。
……でも、お姉さまは諦めてなどいませんでした。
ゆっくりと。
背中からお尻の下へ、相手から見えないように、お姉さまの右手が慎重に移動してゆきます。
その右手に隠されたのは、この危機的状況を打開できるかもしれない、逆転の一手。
あの日、ベン・リーナの街でカケルさんに見せてもらったソレ。
残念ながらお姉さまには重すぎて持てなかったソレを、簡易版としてあの街の銀等ドワーフの方に製作を依頼していたモノ。
お姉さまは、おそらく一度きりであろうその機会を、じっと待っているようでした。
––––––––––––
……危なかった。
目の前で、あんまりグロいモノを見せられて意識が飛ぶところだった。
まさか、エリュシアの声に助けられるとはね。
途中、目の端にシャトーとフェルネットの映像が見えたけど、今は自分のことに集中しないと。
あの二人だって、ダテにパワーアップしたわけじゃないだろうし、なんとかできる……ハズ。
大体、こっちだってピンチには変わりないんだし。
尻もちをついた格好でじりじりと後ずさる私を見て、もはや何の力も残されていないと察した(であろう)アリオンが、こと更ゆっくりと歩み寄ってくる。
不気味なにやけ顔の馬が(勝手な)勝利宣言をしたのを聞いた私は、仕掛けるならここしかない、と口を開く。
「……好きに……すればいいでしょ……」
なるべく、みじめに。
なるべく、捨てばちになったように。
「ほう?随分と潔いのであるな?」
私の言葉を聞いたヤツは、にぃっと歯をむきながら、私を捕まえようと屈みこむ。あと、一歩……!
「……ならば、其方の健闘をたたえて我が精剣・ワカラセイバーの露と消えるが良いっ!♪♪」
ウキウキとした様子で、ヤツが私の足を掴み上げる––––っ!いまだっ!
「………………なぁんてね♪」––––POW!
「っおっふぅぅぅっっっ‼‼‼おぉっほ!おぉっほぉっ‼⁉‼」
「ザマぁないわね!たとえどんなに高速で動けても、認知できない攻撃には対処できないでしょ?」
文字通りのゼロ距離。
油断をして近づいてきたヤツの股間に、私の右前腕に隠されていた発条仕掛けのホルスターから飛び出した、手のひらに収まるサイズの魔導銃が火を噴き、見事ヤツのブツ––––ワカラセイバー、だっけ?––––を粉砕してのけた。
……残念ながら、カケルの持っているものとは違って弾丸は無属性の使い捨て。
でも、こういう時の護身用には十分すぎるほどの威力だ。
「さぁて、絶対的優位ってやつを覆された気分はどうかしら?」
「うむ、む。真剣勝負に飛び道具とは……見事!––––あっあっ!やめてよして揺すらないでっ⁉ひ、響くっ!キーンとくるぅぅぅ‼」
口から泡を吹いてのたうち回るアリオン。
ここまでの鬱憤を晴らすように、その頭を踏んづけて今度はこちらが勝ち名のりを上げる。
「どうやら、勝負あったみたいね?」
「うぬぬぬ……!」
観念したように歯ぎしりをするアリオンを見て、私もようやく溜飲が下がる思いだった。さて……
私は、さっき飛ばされた大剣を拾いに行こうかと視線をめぐらせた。
そのままコイツにトドメを刺そうか、それとも縛り上げてニュクスへのお土産に贈呈してあげようか。
あのド変態M馬がブチ切れるほどだ。プレゼントしてあげたらさぞ喜ぶだろう。
それはそうと、せっかく貰った大剣を、あのまま落としっぱなしじゃもったいないしな。
……そんなことを考えて、ヤツから目を離したのが良くなかったのか。
「––––いやはや、今回ばかりはしてやられたのである」




