拠点防衛 Wave 1
ep.8-1 拠点防衛 Wave 1
『………………見つけたぞ、盗人……!』
「––––ニュクス?」
星一つない、暗夜の奥深くから押し寄せるような、ニュクスの昏い声。
隣で戸惑ったような声を上げるカケルにも構わず、宙空に浮かぶ霧の鏡面から目をそらすこともなく、ニュクスは続けて言う。
『……カケル様。申し訳ございませんが、私の背にあるモノを開いてはいただけませんか?』
「え?ああ、うん。……て、この傘か?––––!」
ニュクスの背に括りつけられた、日傘のようなソレをカケルが開く。
すると、にわかに辺り一帯が朔夜みたいな闇に包まれてゆく。
重苦しく、粘り気すら感じられる、全てを吸い込んでゆくような闇の中。傘を手に驚きの表情を浮かべるカケルの隣には、一人の人物が立っていた。
それは、夜空のどこかにあるという、星の光さえも吞み込んでしまう、果てなき虚空の暗渠のような深い闇の色をしたドレスを纏い。
陽の光も届かない、深海を思わせる長い黒髪を揺らし。
およそ生気を感じさせない、白磁のような細面の顔をした女の人だった。
「失礼、カケル様。お手を煩わせてしまいました」
「あ、ああ。お前、こんなアイテムも持ってたんだな、ニュクス」
その人は、静かに口を開くと、カケルから傘を受け取––––って、ニュクス⁉
「あなた……ニュクス?っていうか、その姿は一体……」
「––––ああ、お初にお目にかけますね。これは、私の『夜の女神』としての本来の姿。日の光の下では顕現することが叶わぬため、この『混沌原初の闇傘』の力を使わさせていただきました」
呆然として訊ねる私に、超然とした面差しで夜の女神は応える。
「……そして、あれなる馬頭の魔物こそは我が力の結晶、『夜想石』を掠め取りし忌々しき盗人。長らく私が追い続けていた怨敵でございます」
表情はピクリとも動かさず、けれども、内から湧き出る怒りに暗天を震わせて、ニュクスは再び宙空の鏡面に向き直る。
「汝、アリオンと申したか。……これにて見えし上は、最早逃れること叶わぬと知るが良い。我はこれより北門へ参る故、汝、自ら赴きて我が力の結晶『夜想石』を返上するなればよし。さもなくば……汝の魂魄の一片たりと残さず消し去ってくれようぞ」
厳然と、断罪を言い渡すかのようなニュクスの宣告に、鏡面に映し出された馬頭の魔物、アリオンは––––
『ぶひひん。これはこれは直々のご指名傷み入る。だが、今はまだ小生にとってもこの力は不可欠なもの。ましてや破滅が待っていると知ってそれに殉ずるなど、御免被る。故に小生の返答は……否!』
「なんか、小難しい言い回しでごちゃごちゃ言ってたけど、要約すると『怖いからヤダ』っていうこと?」
『––––そうだ!』
私が横から口を出すと、どこの天の声かっていうくらいの勢いで肯定された。
それを聞いていたニュクスが、思わずと言ったように闇傘をシャンと振るうと、途端に地が揺れ、風が吹き荒れる。
「––––ちょ、ま、ストップストップ!こんなとこで暴れんなって、ニュクス!」
「っ!これは失礼仕りましたカケル様。つい」
……けれど、慌てて止めに入ったカケルの声に正気を取り戻したらしい。
「––––それでは、私は一足先に配置に就かせていただきます」
少し落ち着きを取り戻した様子のニュクスは、そう言って街の北側へと足を向けた。
「……一応聞いといてやるよ。護衛はいるかい?」
「いいえ。私の闇傘では、かえって巻き込んでしまいますから」
その背中に––––分かり切っていると言わんばかりに––––リリィが声をかけると、ニュクスは振り返りもせずに返した。
「だと思ったよ」
「ええ。女神ですから」
短いやり取りの後––––それが力量のことか、好き勝手な行動を差しているのかは分からないけれど、『女神だから』の一言で押し通して、ニュクスは北へと向かっていった。
光矢の結界を抜けるとモンスターが集まってくるけれど、ニュクスが闇傘を軽く振るだけで、モンスター達は地に呑まれ、吹き荒れる風に切り裂かれてゆく。
……なるほど。たしかに他の人が一緒だと巻き添えにしちゃってかえって戦いにくそう。
「––––さて。それじゃあまずは、既に侵入されてる東南からだね。ローザ!」
私が、驚きと呆れと納得を得ていると、手早く次の一手を打とうと教主さんを呼ぶリリィの声が聞こえてくる。
「東南––––コクヨウを先行させる。すぐに動かせるヤツはいるかい?」
「ダンデッラと、ベラが待機中です」
「重畳。––––聞いての通りだ、コクヨウ!すぐに向かっとくれ!」
「あいよ!……へへっ、巨人族が相手だなんて、腕が鳴るってもんだ!」
「……言っとくが、ぶちのめすのが目的じゃないよ。お前さんとポイントを守るために護衛をつけるんだ。分かってるね?」
「はいはい、わかってるよ。……あ~あ~、せっかくの機会だってのにねぇ……」
釘を刺されて、ぶつくさ言いながらも配置に向かうおばちゃん。……なんとなく思ってたけど、おばちゃん、けっこう好戦的?
ドスドスと足音を立てて東南へと掛けてゆくおばちゃん達を見送っていると、その間にも物見からの報告は続く。
『報告!南門の先、砂漠地帯の方角より高速で接近中の影あり!』
「何者か!確認はできるかい!」
『少々お待ちを!––––黄金の獅子に乗った、幼い……ヒト種、少女と思われます!』
「黄金の獅子に乗った、少女だって?そいつはたしか……」
「あ、それたぶん味方です!––––というわけでアタシ、担当のポイントにいってきまーす!」
物見とリリィの交わす言葉を聞くなり、思い当たるフシがあったらしいフェルネットは、元気に片手を挙げると南門に向けてすっ飛んで行った。
「……ああ、黄金の獅子に乗った少女って言ったら、エレシュの妹だったかね」
声を掛ける間もなく駆けて行ったフェルネットの背を見送っていると、リリィがぽつりと一言。
「え?リリィ、フェルネットのお師匠様のこと知ってるの?」
「––––そりゃあ知ってるさ。エレシュって言ったら、世界でも指折りの大魔導士だからね。……にしても、あいつがその弟子とは。こりゃあ、南門は心配いらないかね」
私が尋ねると、コキリと首を鳴らしたリリィはそう言って、次の算段にかかるのだった。
–––– パドキの街 南門付近 ––––
「十一号さぁ~ん!」
「っ!ややっ!これはフェルネット様!」
雷速で駆け抜けてくるフェルネットを認めるなり、サソリ十一号は嬉しそうに尾を震わせ、古刹の笑みをもって彼女を出迎えます。
「––––いかがなさいましたか?フェルネット様!この私めに何かご用でもっっ⁉」
……何故か、無駄にきれいなフロントダブルバイセップスを決めながら訊ねるサソリ十一号に、「いや、そうじゃないんだけど」と前置きをするフェルネット。
がっくりとうなだれるサソリ十一号。
「それより、もうすぐ味方が到着するみたいだから––––」と。
落ち込むサソリ十一号の様子を一ミリたりとも意に介さないフェルネットが口を開きかけたその時、街の南方、はるかマ二ブ砂漠の彼方より、その人物は姿を現すのでございました。
「––––フェ~ルネットちゃあ~ん♡」
「––––わ、ナンナさん⁉もう来た!」
黄金の獅子にうち跨った少女、ナンナは、瞬く間に街の南門まで駆け抜けると満面の笑みを浮かべ、驚くフェルネットらに向き合うのでございます。
「な、ナンナさん、よく生き返らせてもらえたね?」
「えへへぇ♡お姉さまがね?フェルネットちゃんのお手伝いをしなさいって♡そうしたらぁ♡お、お姉さまの、お、おぱ、おパンツをいただけるって♡♡♡」
(注:私は、気に入ったドレスを一着あげると言った筈なのだけれど。byエレシュ)
「そ、そーなんだ、よかったね……」
「––––と、いうわけでぇ♡いでよ、聖塔!」
「あ〜んど!傭兵のみなっさぁ~ん!」
『っおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ』
彼女––––ナンナが呼びかけると、聖塔の中より百名を超える屈強なる漢達が、喊声を上げながら飛び出してくるのでございました。
「……相変わらずスゴイ数だね、愛人の人達。今、何人くらいいるの?」
「ええ~?めんどうだから数えたことはないけどぉ♡……120人くらい?」
フェルネットの問いに小首をかしげ、シレっと答える多恋、多情な乙女・ナンナ。
その答えに、「こりゃドゥムジさんも大変だわ」と、フェルネットも苦笑を浮かべるばかりでございます。
「––––それでぇ♡お手伝い、何をすればい~い?」
「あ、そうだった。今から攻性結界ってのをやるんで、この南のポイントと、アタシの護衛をお願いできますか?」
「おっけ~♡それじゃあみなさん、よろしくねぇ~♡」
『応っ‼』
フェルネットの要請に、小首をかしげていたナンナが号令をかけると、およそ120人の傭兵達は、一糸乱れぬ動きで南門––––雷のポイントと、フェルネットの防衛体制に入るのでございました。
––––その頃コクヨウは––––
「……なんだい、雑魚ばっかりじゃないか。拍子抜けだねぇ」
「––––お、お待ちを、コクヨウ様!我らにも立場というものが!」
己に就けられた護衛––––ダンデッラとベラ––––を他所に、ズンズンと先へ行ってしまうコクヨウ。
後に続く二名の翠玉隊員は、与えられた役目を果たそうと必死になって追いすがり……
やがて、ダンデッラはふと、(これは……まるで私達を試そうとしているような?)と思ってしまうのでございます。
––––何故ならば彼女達の隊長であるリリィ=オリエンタというのは、しばしば実戦中に部下の成長を促すため、時に今回のように経験豊富な実力者に同伴させて実力を試すことがあるからでございます。
「っ!ここは我らが先行します!ベラ、行きましょう!」
「!」
意を決したダンデッラが思いきって速度を上げ、これに無言で頷いたベラが従い……
「––––バカ、お前ら!前を見な!」
コクヨウが警告の声を飛ばす行く手の先に、十五フィート(約五メートル)はあろうかという、巨大な人影が姿を現すのでございました。
「……あら?やっと見つけた♡人間さん♡ねぇ、私とお人形遊びをしましょう♡」
「「っ!巨人族⁉」」
ダンデッラとベラが驚倒の声を等しくする中、眼前に現れた女性型の巨人族––––プロメテア––––は、屈託のない笑みを浮かべながら、妖しくもその手を翻し……
「くっ!竜節鞭!」
「ワ、索縄爪剣!」
そうはさせじとダンデッラは九節に分かれた短い鉄の棒を金輪で繋いだ九節鞭を、わずかに遅れて、ベラが幾条もの縄標(ロープ付きの短剣)を取り出し、プロメテアに攻撃を加えます。
「––––ああぁん♡痛ぁ~い♡♡でも、いいっ♡いいわぁ♡この感じ、ゾクゾクしちゃう♡はあ♡はあっ♡もっと!もっと打ってぇぇぇぇぇぇっ♡♡♡」
けれども、肉を裂き、身体を穿つ彼女達の攻撃にプロメテアは頬を上気させ、蕩けるような笑みを浮かべて興奮に身もだえるばかり。更には––––
「––––!なっ!き、傷が……」
「治って……ゆく……」
驚愕にわななく二人の目の前で、せっかく負わせたプロメテアの傷は瞬く間に、何事もなかったかのように癒えてゆくのでございました。
「それじゃあ、今度は私の番ねぇ~♡」
「––––お前ら!ボケっと固まってるんじゃないよ!散りなぁ!」
「「っっ‼」」
改めて振るわれんとしたプロメテアの手の動きに、すかさず飛ばされるコクヨウの一喝。自失としていた二人は、その声に弾かれるように左右へと飛び退き……
「喰らいなぁ!地斬衝破ぁぁぁっ‼」
その合間を埋めるように、コクヨウの放つ衝撃波がプロメテアを襲うのでございます。
……が。
「……あはぁぁぁ♡スゴイ♡スゴイ♡イっちゃいそうよぉ♡こんなに激しいの、久しぶりぃ♡」
「ちっ!……このバケモンがぁ……」
忌々し気に舌打ちを放つコクヨウの視線の先で、衝撃波に己が身体を縦断されたプロメテアは、それでもなお崩れることなく愉悦の面持ちを浮かべ、自らの身体を修復させながら彼女達の前に立ち塞がるのでございました。
––––––––––––
『––––コクヨウ様の小隊、敵巨人族と接触!……っ!攻撃が……効いていないようです!』
「攻撃が効いてない?––––詳しく言いな!」
『はっ!攻撃自体は通っているようですが、敵は高速再生能力を持っているらしく……』
「チっ!……どうやら、厄介なヤツに当たっちまったみたいだねぇ……」
遠眼鏡で街の状況を俯瞰している物見からの報告に、リリィが盛大な舌打ちを放つ。
どうやら敵の巨人は、いくら攻撃してもたちどころに傷が癒えてしまう能力を持っているらしい。
っていうか、どれだけ攻撃して、必死こいてダメージ与えてもすぐに治っちゃうデカブツって……
『––––いかがされますか、リリィ様!ここは援軍を……!』
「今は良い!それよりも、早急に他のポイントを押さえるよ!……コクヨウもそれなりの場数は踏んでるんだ、優先順くらいは弁えてるはずさ。––––今は一刻も早く攻性結界の準備を進めるんだよ!……他ポイントへの進路確保、急げ!」
『は、はい!』
……なんて言えばいいんだろう。信頼?それとも、非情?……ただ、どことなくだけど、指示を出しているリリィのその言葉に、苛立ちのようなものが感じられる。
「……敵さんの言うゲームとやらに付き合ってるヒマなんざないんだ。……お前達、ここからは時間との勝負だよ!シャトー、あんたはあたしと来な!」
「え、ええ。承知しましたわ」
「よし。カルヴァド姉妹の護衛は––––」
「私が参りましょう」
どこか焦っているようにも見えるリリィの指示にシャトーが頷き、アネホ達の護衛を指名しようとすると、紅玉隊から出向してきたアースラさんが名乗り出る。
おもむろに真紅のヴェールを取り払った彼女の額には、鋭く伸びる見事な一角が。?
後で聞いたところによると、彼女はハーフオウガなのだとか。
「––––任せたよ!後は小僧の護衛だけど……」
やっぱり旧知、ということなのか、即断で決めたリリィがカケルの護衛を誂えようと視線を巡らせたその時、西の大通りから凛とした声が近づいてくる。
『カケル様ぁぁぁっ!是非っ!是非とも私をお傍にっっ‼』
––––駆け寄ってきたのは、銀毛なびかせる狐––––たしか、鏡孤とかいう?––––で、カケルの側まで駆け寄ると、途端に天色のハカマ?のミコ装束?を身に着けた女の子の姿になって、驚くカケルに抱きついた。
「わっぷ!きょ、鏡孤さん⁉なんでここに?ってかなんで一発で分かった⁉」
「––––カケル様が女性に変えられてしまって、ヒワイな魔物にあんなこと♡やこんなこと♡をされているかも知れないと聞き及びこの鏡孤、いてもたってもいられず御本家様にお許しをいただきまして馳せ参じましたっ‼それと……カケル様がどのようなお姿になられましてもこの鏡孤、カケル様の匂いを忘れることなど断じてあり得ませんっっっ‼」
「……あっそ。いいけど、俺のこの姿、みんなに言わないでくださいね」
「––––そんな!こんなにお可愛らしいのにっ!(クンクン!すはすは!)」
「嗅ぐなっ!いいか⁉特に孤都さんとバンディには絶っ対に秘密だからな!」
「しょ、承知いたしました……」
女の子になった自分のことをよっぽどバラされたくないのか、そんな風に釘を刺すカケル。
たしか、バンディっていうのはカケルと同じギルドの双剣使いで、しょっちゅうカケルのことをからかったりする人だ。
そして……あの女……!
金毛の狐の獣人にして、『カケルちゃん♡』なため、何かと––––別に私は、あいつに特別な感情を持っているわけではないので非常に大・大迷惑なのだけど!––––突っかかってくる上乳オバサン、孤都。
特にその二人からのリアクションを気にしているらしいカケルの剣幕に、耳としっぽをしゅんとさせた鏡孤は、残念そうにしながら従った。
「……決まりだね。念の為、小僧の護衛にもう二~三人見繕っときな。風の属性持ちは希少だからね。それと––––ローザ!」
「はい」
「もうじき、ベン・リーナからの援軍が着くはずだ。到着次第、陣形の再編にかかれ。地属性持ちがいたなら、万が一に備えて弾丸装備で東南に向けて待機。いいね」
「心得ました」
「よし。––––いいかい、ここからは時間との勝負だ!特にここ、中心である『天』だけは絶対に堕とさせるわけにはいかない!お前達、踏ん張りどころだよ。気合入れな!」
みんなを鼓舞するリリィの号令一下、北東へと向かうリリィにはチャリオットに乗ったシャトーが従い、北西に向かうカケルには蒼色の匕首を携えた鏡孤以下三名の護衛が就き。
そしてアネホ達には、巨大な金棒を手にしたアースラが就き従い、それぞれに突撃態勢を整える。
「……ところで俺、高速移動手段がねぇ~んだけど?」
……そこで、カケルが異議を唱える。
「––––走りな、自分の足で」
「はぁあっ⁉」
「と、言いたいところだが、今は一刻を争う。––––弾丸装備追加!砲弾橇を出してやりな!」
カケルの訴える不平に顔をしかめたリリィだったけれど、時間がないのも事実。
舌打ちする彼女の指示で、教会の中から持ち出されてきたのは鉄ごしらえのソリ。
その両脇からは長く湾曲した––––やっぱり鉄製の––––アームが伸び、そしてその後部には巨大な鉄槌が据え付けられた射出機と思しきものが。
「射角調整完了!リリィ様、いつでも行けます!」
「ご苦労。よし、小僧……乗れ」
「……は?……いや、なんか嫌な予感しかしねぇんスけど」
「操作は騎士団の者がやってやる。乗れ」
「いや、その……マジで?」
「乗れ」
「……はい」
正直、私でもオチが予想できるソレに大分ビビった様子のカケルだったけれど、有無を言わさぬリリィの圧に屈してソリに乗り込んだ。
「––––それでは、しっかり掴まっていてくださいね?」
「……はい……」
「カケル様、どうされたのですか?汗、すごいですよ?」
「いや、どうって言ったって鏡孤さん。この状況見て分かんね?」
「––––??」
「……分かんねえなら、もういいっス」
ソリの最前に座ったシスターに促され、鏡孤の理解も得られなかったカケルは、あきらめたようにガックリと肩を落とす。
「よし。小僧を送り出すと同時にあたしらも出撃する。準備を進めな!」
「「了解!」」
––––––––––––
「––––北大路より、北西への進路、確保!」
「強襲型砲弾橇、及び射出用ハンマー、調整終了ですぅ!」
「射出五秒前!四・三……」
「や、やっぱエクレール⁉エクレールか⁉」
「「––––0!砲弾橇、射出!」」
進んでゆくカウントダウンにビビるカケルをよそに、射出機の操作をしていたシスター達が発射レバーを力強く倒すと、高々と掲げられた巨大ハンマーが振り下ろされ、カケル達の乗ったソリは文字通り、砲弾のように弾き飛ばされていった。
「––––っっっ‼やっぱなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!––––……」
カケルの絶叫を後に残し、木の根のレールを噛んで北の大通りから北西に向かって吹っ飛んでいったソリを見送った私達は––––
「……あー、やっぱりそうなるのね。アーメン」
「ソーメン」
『ラーメン』
……彼らの無事を祈ることしかできなかった。っていうか、私とエリュシアの後に、なぜか念話符でフェルネットまで参加してきたんだけど。
「……なに?ヒマなの?フェルネット」
『やー、ねー。ヒマってわけじゃないんだけど、つい?』
「ちなみに今、どんな感じ?」
『えっとねー。ナンナさん––––お師匠様の妹さんが来てくれて、愛人のみなさんが防衛線組んでくれてるとこー』
「愛人の……みなさん?それって何人くらいいるの?十人とか?www」
『うんとね。……百二十人くらい?』
「––––っひゃく……⁉」
……冗談のつもりで言ったんだけど……フェルネットから返ってきた人数に、私は絶句した。だって!百二十人って!逆ハーレム⁉逆ハーレムってヤツ⁉……ヤバい、ちょっと話聞いてみたいかも!
「……と、とりあえず、引き続き頑張って。私は他の状況も聞いてみるから」
『うん、わかったー』
––––さて、気を取り直して。
「あー、あー、こちら中央広場のルビィよ。みんな、状況はどう?大丈夫?」
『北門、ニュクスでございます。こちらはつつがなく』
『東南、コクヨウだ。こっちは一人ヤられそうになっちまったけど、どうにか距離を取ることに成功。もうじき目標地点に着くよ』
「了解。カケルは?生きてる?」
『––––誰が死ぬかっ!……正直、安全の保証もないジェットコースターみたいで死ぬほどビビったけどな。なんとか到着して、今は鏡孤さん達が辺りのモンスターを蹴散らしてくれてるよ』
「オッケー。例の大物には気を付けて」
『そっちこそな』
「だぁ~いじょぶ大丈夫!ここが一番戦力集中してんだから!それこそ余計な心配ってヤツよ。それより、アネホ達は?」
『––––こちら西南、紅玉小隊。敵の進行方向のせいか、現在のところ交戦もなく、順調に進んで––––きゃっ!』
「っ!アネホ⁉どうしたの?」
『……っきゃはははははははっははははははははははははははははっっっ‼』
「な、なに?どうなったの?」
『––––あ、ごめーん!お姉ちゃん、丸吞みプラントに頭からパクっとイかれて、中で触手にくすぐられてるみたい』
「だ、大丈夫なの?それって……」
『うん。いま、アースラさんがボコってくれてるー。ほら』
『––––燃え上がれ、我が愛棒よ!炎・天!マックスロード!』
『––––っぷはっ!けほっけほっ!』
『大丈夫ですか?アネホ様』
『ええ、お手数をおかけしました。……けれど、私とて騎士団の一員です。一度受けた攻撃を二度も受けるような無様はさらしません。もう、何も怖いものはありませんよ!』
『––––てなわけで、こっちはだいじょーぶ!』
「……アガペー。アネホに死亡フラグはほどほどにって言っておいて」
『?はーい。––––っ!あ!お姉ちゃんが今度は下からパックリいかれたぁ!』
「あー、言わんこっちゃない。とにかく!『身体が軽い』とか、絶対に言わせないでよ!」
『ほ~い!』
『お二方!ここは私に任せて先にお進みください!』
『『アースラさん!』』
……大丈夫かなぁ~。なんだかモーレツに心配になってくるんだけど。
––––––––––––
『––––ルビィ!聞こえるかい、ルビィ!』
「あ、リリィ。ちょうどよかった。そっちはど––––」
『他の連中の配置はどうなってる⁉』
「って、ちょっと、どうしたのよ⁉急に」
『グダグダ言ってるヒマはないんだよ!早く報告しな!』
「––––ああ、もうっ!ニュクスとフェルネット、後はカケル達は配置についたみたい。おばちゃんとアネホ達ももうすぐ配置につけるって言ってたけど––––」
『全員が配置につき次第、即座に攻性結界発動だ!ローザにも伝達!増援が着き次第、中央の防備を固めろ!』
「中央⁉ポイントの援護じゃなくて⁉」
『今、ここに例の三匹のうちの粘体巨人が来てる!所在の分かってない残り一匹、あのウマヅラは––––中央広場に向かうかもしれないよ!……あたしのカンだけどね』
「……マジ?」
『気を付けな。あのウマヅラ、他の奴とは違う。ふざけたナリはしてるが、単騎で中陣突破を狙う程度の胆力は持ってるよ!』
「ぶるひひひん♪さすがは騎士団の隊長。良いカンをしておられる♪」
「––––っ‼」




