去りゆく君の回帰譚-4
「んぐぐ……!」
……こんなのって無いわ……!
噛まされている布のせいで、不満が声にならない。だけど口にせずにはいられない!
どうして私がこんな目に……!
膝の上に置いた手へ視線を落とせば、両手首にかけられた鉄の枷と、それをつなぐ鉄の鎖がいやでも目に入ってくる。
はめられた首輪から伸びる革紐の行方は宵闇の悪魔の手の中で、ゴツゴツとした座り心地の居所は、その膝の上。
たまらず見上げた宵闇の悪魔は、ニヤつく顔でこう言った。
「俺の愛玩娘だ」
屈辱的な言葉に涙がじわりと滲んでくる。
「うぐぐ……!」
怒りに震える私の肩に、宵闇の悪魔は手を押し当て、追い討ちをかけるように言う。
「殺されたくなければ、反抗的な態度を改めろ」
「んぐぐ! (冗談じゃないわよ!)」
それを羨望の目で見ているのは、正面の椅子に腰かけた青い肌の水棲族の男だった。
「実にほほえましい光景ですな」
「面目ない。手に入れてから日が浅くてね。見ての通り躾がなっていない。挨拶をさせられないのが残念だが、まぁ、それを差し置いても、この可愛らしさは中々のもんだろ?」
「ええ、本当に。ふふふ、それに加えて市場に稀な悪魔の子とくれば、非の打ち所が見つかりませんよ」
王宮の中に執務室を持つこの男は、どこぞの貴族か高官に違いないが、私には脂肪を着たイボだらけのカエルにしか見えない。
ううん。カエルの方がまだ可愛らしいわ! 目の前にいるのは全身の贅肉を波打たせて笑う、不快な生き物なんだから。
私の知る限り、宵闇の悪魔が好んで話す相手ではない。けど、今日に限っては嫌悪感を表に出す事無く、話を続けている。
「金はそれなりにかかったが、まぁ悪い買い物じゃなかった」
「いやぁ……素晴らしい」
水棲族の男は下品な笑みを浮かべ、無遠慮に視線を送ってくる。そして時折、長い舌で薄い唇を舐めながら言う。
「翼の色艶も良い……血統は相当な物なのでしょ?」
「大きな声では言えないが、近頃は没落する者も多いからな」
「話には聞きますがね。ですが……ここまで状態が良いと奇跡ですよ。さすがとしか言いようがありませんな」
「んぐぐぐぐー!」
品定めするような目で見ないで! そう訴え、睨む。だけど、それが水棲族の男を喜ばせることになるとは、夢にも思わなかった……!
「うーん! 反抗的な目も良い」
「まだ自分の立場が分かって無いんだ」
「いやぁ、それも醍醐味ですからねぇ」
言って伸ばされた手から逃れるように、宵闇の悪魔の胸に顔を押しつけて抗議する。
触れられるなんて絶対、嫌!
「んぐぐぐ!」
「我慢しろ」
睨み付けた宵闇の悪魔は、長い前髪を上げているせいで、いつもよりは整い、いくらかは清潔に見える。だけど皇子という高貴な身分の片鱗は全く見えない。どんなに体裁を整えようとも、身に纏う異質な雰囲気を消す事はできないのだ。
宵闇の悪魔はここへ来る前、「俺の演技を真に受けるなよ」なんて私に言っていたけど、“子供を飼う”なんて、おぞましい趣味を披露したところで、意外性に欠けている。
宵闇の悪魔にまつわる噂の一つに、信憑性を帯びたエピソードが加わったようなものなのだから。
どこまでが演技なのか全然分からないわ! 本当はそういう趣味があるんじゃないの?
嘘と真実の境界線なんか私には分からない。
……なんだか、ずっとニヤニヤして楽しそうだし。
うなだれる私を置き去りに、宵闇の悪魔は水棲族の男と親しげに会話を続けているが、この二人の話がまた聞くに堪えないものだった。
「実は今、淫魔の少年の去勢に興味がありましてね――」
「ほう」
なんの話か分からない! でも不快な話だって事は、水棲族の男の緩みきった顔を見れば想像がつく。
だけど、自由を奪われた両手では耳を塞ぐ事もできない。
私は会話さえ耳に入らなければ良いと「あーあー」と唸り声を上げ、小さく抵抗を続けていたものの、声を発すればするほど、口に含んだ布が唾液に濡れ、口の端を汚すのだ。
それが不快でたまらない。
心を無にする事に徹するしかないのね。
精神修行だと思えば、耐えられるわ……。
聞かない……聞かない……。
「純粋な子供を自分の好みで何色にでも変えられるのか思うと、心が躍らないか? 今では大人の女よりずっと魅力的で、扇情的にさえ感じるようになってきた」
「そうでしょう、そうでしょう――」
「んぐぐ……」
嫌でも耳に入る二人の会話から、この水棲族の男は、陛下の臣下の一人、シスイ卿という事が分かった。
そして、このシスイ卿は、さまざまな種族の少年少女を愛玩の為に所有する変態だ……。
宵闇の悪魔が「シスイ卿ほど、この道に精通している方はいない」と、感服したように言うと、シスイ卿は「エルフの娘は反抗的」だとか、「小鬼の娘はすぐ諦めて面白くない」だとか、悪趣味を大いに語り、時折、熱の入った目で私を見て溜息を吐く。
なんて胸くそ悪いのかしら……!
「いやはや、羨ましい。私も悪魔が欲しいんですがねぇ、血統に拘ってしまえば、どうしても魔力が強くなるでしょう? かと、言って白羽根もねぇ?」
二人は秘密を共有し合うかのように、含んで笑った。
「俺もこいつの魔力は悩みの種でね。悪魔の魔力を抑え込むような術を聞いた事は無いのか?」
「昔はその手の術もあったと聞きますがねぇ……」
魔力を押さえる術!? もしかしてそれって……。
期待を込めて宵闇の悪魔を見つめたが、その表情からは何も読み取れない。
「羽根だけを切るつもりで命まで奪ってしまっては、元も子もないでしょう? だから、今は危険を冒さず、そういうものだと割り切って長く手元に置かない。悪魔の娘は早めに手放すのが主流になってきましたな。贅沢な話ですよ。ですが、殿下ほどの魔力があれば、手を噛まれる事も無いでしょう?」
「まぁな」
水棲族の男は贅肉を揺らし、「羨ましい」と私を見る。慌てて目を背けた。この男の瞳の中に映ると思うだけで吐き気がしてくるのだ。
「ところでシスイ卿、俺はコイツをただ見せびらかしに来たわけじゃねぇ」
宵闇の悪魔がそう切り出すと、シスイ卿は一瞬だけ緊張した顔を見せるも、次の言葉に頬を緩めた。
「以前あんたが連れていたエルフ、あれは従順だったが、どう躾た? それをご教示願いたくてね」
「ああ……! あれはですねぇ。いや、ここだけの話ですよ……」
「……!?」
宵闇の悪魔が私の耳を両手で塞いた。
驚いて見上げた宵闇の悪魔の目に、無言のまま納得させられる。
聞かせられない。そう言う事なのだ。
手の中に、音の精霊を仕込んでいるのか、物音ひとつ私の耳には届かない。完全な静寂だ。
どうせ耳を塞ぐなら、最初からそうして欲しかったわ!
でも、良かった。シスイ卿の下品な顔は目さえ瞑ってしまえば消えるもの。
そうと決まれば、宵闇の悪魔に重心を預けて、身を任せる事にする。
宵闇の悪魔を椅子にしたなんて、カリガネに言ったら驚くかしら。
ううん……驚く前に名前を出しただけで嫌な顔をするわ。
カリガネは宵闇の悪魔を嫌っているもの。どうにかして誤解を解く事は出来ないかしら……カリガネとあの城で遊べるようになれば、干渉もされないし自由なのに……。
ふぁ……なんだか眠たいわ。
宵闇の悪魔の呼吸に合わせて規則的に上下する胸の動きが、心地良く眠気を誘うのだ。
早く帰りたいわ。
……城に帰ったら、サリッサに告げ口しよっと。きつく叱って貰わないと私の気が済まないわ……あのサリッサだって私の味方をしてくれるはずよ……。
……私にこんな酷い事をしたんですもの。
(俺にこんな酷い事をしたんだからな!)
……そもそも、これの何処が仕事だって言うんだ。
手枷に足枷……口まで塞がれた挙句に手綱まで握られて……俺の低くないプライドはズタズタだ!
だけどこれを宵闇の悪魔に抗議をしたところで「ただ飯食らいも少しは役に立て」と簡単にあしらわれるのが、目に見えている。
それが分かるだけに余計に悔しい。
せめて、報酬の一つでも強請ってみよう。
うわ……!
急に体が揺さぶられ、頭部に衝撃を受けたのと同時に、口を塞ぐ布が外された。
「ぷはっ……痛いじゃない! どうして殴るのよ!」
「俺の膝で寝るとは良い度胸じゃねぇか」
「フン! 知らないわ! 気が付いたら寝てたんだから……って、ねぇ……あの男はどこに行ったの? 私、そんなに長く寝ては無いよね?」
宵闇の悪魔は、私を膝から降ろすと、手早く枷を外し、絨毯敷の床に残った黒い焦げ跡を指さして肩を上げた。
「返り血一つ付いて無いだろう?」
「殺したの? どうして?」
「早く殺せって顔してたじゃねぇか」
そりゃそうだけど、と口の中で言いながらシスイ卿と同じ大きさの焦げ跡を眺める。
「……殺すのが仕事?」
宵闇の悪魔は何も答えず、ただ口の端を吊り上げる。それが答えなのだ。
「よし帰るか。お前は今日、よく頑張ったからな。玩具の一つでも買ってやるよ」
「本当!? そのつもりだったのよ! だってこんなの割に合わないもの! あのね、私ドラゴンが欲しいの!」
「ドラゴンなんか買って帰ればサリッサに殺されるぞ。それでも良いなら買ってやる」
「……」
殺されるのは私かドラゴンか。それとも両方? どちらもあり得る。宵闇の悪魔は私の悩みを見透かすように「人形で我慢しとけ」と笑った。
その時。
執務室の扉が開き、突如として十数人の男たちが押し入って来た。殺気立った足音に部屋が振動する。
「何?」
「あーあ……めんどくせぇなぁ」
取り囲まれ、広く余裕のあった執務室も窮屈で息苦しいものへと変わってしまった。
「なぜ叔父上を殺した……!」
目を血走らせた強面の男が、宵闇の悪魔の前に踊り出て、絞り出すような声で凄んだ。
「おぞましい男だ……!」
その熱狂した声に呼応するように、さらなる怒号が飛び交う。
「叔父上って」男たちに踏みつけられたシスイ卿の焦げ跡を見る「違う」宵闇の悪魔は楽しげに耳打ちしてくる。
「リンネ。ここに居る連中をよく見ろ」
正面で怒鳴っている男の額には大角。
その背後で腕を組み、難しい顔をしている男の背中には灰色の翼。
「聞いているのか!」
叫んだのは、全身黒い毛に覆われ、口が耳まで裂けた大男だ。
……鬼、悪魔、獣人。
獣人が鋭い爪を振り降ろし、灰色羽の悪魔が発した稲妻が目の中を走ったが、宵闇の悪魔はそれを片手で打ち消した。
「明日には水棲族の客があるかもなぁ」
ドーンと大気の揺れる音と共に、壁が崩れる。砂ぼこりの匂い。不用意に息を吸ったせいで、咳が止まらなくなる。
「ケホケホ……! もう一体何なのよ……!」
「リンネ、動くなよ」
宵闇の悪魔が右手を動かすと、それに追従するように黒い影が室内を這う。影に触れられた者から順に声を上げる間もなく、膝を付きバタバタ床に倒れていく。
「凄い! みーんな倒れて、部屋の見通しが良くなったわ」
死んじゃったのかしら? でも、血は出ていないし、ただ気を失っているように見える。
「次はもっと面倒くせぇのが来るぞ」
何の事かと聞き返す間もなく、執務室に飛び込んできたのは、白髪の悪魔だ。
「殿下……!」
床に折り重なるように倒れた人々を見て、顔面を蒼白とさせている。
名前は知らない。けど、顔だけは見た事がある。陛下に師事する高官の一人。その後ろで肩を上げ威圧的に立っているのは、高階級の騎士だと胸の勲章で分かった。
さらにその後ろにも高官や騎士がずらりと控えている。
「……偉そうな人がいっぱい来たけど、この中で宵闇の悪魔が一番偉いなんて信じられない」
「うるせぇな。それと、言っただろう。ここでは俺を殿下と呼べ」
悪態を付ながら、宵闇の悪魔は私を胸の中に押し入れた。
「危ないの? 殿下より強いの?」尋ねた私に「まさか」と冷笑が返される。
なら安心だわ。私は何の心配もいらない。だけど白髪の悪魔の顔を見るに、この場の状況が悪い事は良くわかる。
大人しくしておこっと。叱られたくないもの。
「陛下が城をお空けになられ、殿下に王政を委任して半年、ようやく王宮にお見えになったかと思えばこの騒ぎ……! 貴方と言う方は……」
「だから私は、この男に王政を預けるのは無謀だと陛下に進言したのだ」
さらに身なりの良い男が数人割り入ってくる。
「シスイ卿はどうされた?」
その言葉に、高官や騎士がさらに騒めく。宵闇の悪魔はそれを楽しむように、ゆっくり周囲を見渡して言った。
「処分した」
一時の静寂の後、罵声が乱れ飛んでくる。
「処分だと! シスイ卿は貴族だぞ」
「陛下の留守を良い事に……!」
見上げた宵闇の悪魔は、分かりやすくイラついている。
「うるせぇ! 誰に向かって物を言ってんだ!」
強い魔力を含んだその一喝に、罵声の波が引く。
「良いかよく聞け。かつて大帝国と恐れられた帝国も今やすっかり腑抜けてしまっている。それは何故か! 貴様ら特権階級の専有となってしまったからだ!」
「何も知りもせずに!」
「知らない? ああ知らないさ。だが、俺は陛下の代行者だ。偉大な君主の名の元にそれを是正してやる。俺は王だ。自らの手で審判を下そうとも、誰に文句を言われる筋合いはねぇ」
「馬鹿な……!」
床に倒れていた獣人の男が、半身をようやく起こすと押し殺すような口調で言う。
「どうして叔父上……アルフレド興を殺した!」
「知りたいか?」
短く言って宵闇の悪魔は饒舌に語り始めた。
「獣人アルフレド卿は帝国の旗の下、私欲の限りを尽くす悪辣の数々が目に余った。知らないとは言わせねぇよ。誰にも許せるようなものじゃねぇ。よって死刑」
さらに宵闇の悪魔は続ける。
「西方のお前らにも教えてやろう。ジェイユ領主鬼族のエドガルド、その妻悪魔ミレイユは優良な領地がある事に堕落し、本能の赴くまま官能を満足させ、帝国の信頼を失墜させた。どうだリンネ、許されるか?」
私に聞かれたって良くは分からない。でも……。
「……領主様なんだから、真面目にやらなきゃ駄目だわ」
「その通り。子供でも分かる事だ」
執務室は宵闇の悪魔に威圧され緊張し、その空気は呼吸すら躊躇うほど、張り詰めている。
「ああ、そこに見えるのは友人想いのヴァンレイ卿。手間が省けて良かった」
名前を呼ばれ顔面を蒼白とさせたのは、肉で肥大した体つきの悪魔だ。
「殿下! お待ちください! 私はシスイ興とは違いますゆえ」
男はすがるような目で「潔白だ」と懇願するが、宵闇の悪魔は気にせず続けた。
「身分卑しき娘たちへの非道な仕打ちの数々、許し難いなぁ?」
「殿下、誤解が!」
男の言葉に宵闇の悪魔がピクリと肩を上げ、ひどく冷たい声で言う。
「鉄線上に裸の娘たちを跨らせ、摩擦でゆっくり切断したと聞いたが、それも誤解か……?」
「……酷いわ」
想像し、反射的に声をあげてしまった。
「おっと……子供には詳細を聞かせない約束だった。まぁ仕方ねぇ。調べはついている。後はゆっくり自供させてやるよ」
宵闇の悪魔が「持ち帰りだな」と呟くと、扇状の光が男に覆いかぶさった。
男は襲い掛かる光から逃れようと、何かの術を使い、光を弾こうとするも、宵闇の悪魔の魔力が遥かに勝る。
「面子が揃ってるからな。ついでだ。次」
宵闇の悪魔の淡々とした声と同時に、走り去る者があったが、光の杭が動きを止めた。
「話はじっくり聞いてやるよ」
宵闇の悪魔が踵を踏む。
「殿下!」
声と同時に、数人の悪魔が消えた。
「お戯れが過ぎます……! どうかこんな馬鹿げた事はお止め下さい」
白髪の悪魔が鋭い声を出し、腕を振り上げる。風が吹き、二匹の白い獣が宵闇の悪魔の首をめがけ飛び出した。
幻獣だわ!
興奮する私をよそに宵闇の悪魔は怯まず、ただ薄く笑う。
「まぁまぁだな」
幻獣は目の前で燃え上がり、宵闇の悪魔の頬を赤く照らした。
「良く聞け。これは陛下の近臣の選別だ。少しでもその品位を欠いた者は、一族諸共その地位を落としてやる。だが、俺も悪ではない。帝国への忠義を示した者はもれなく救済してやろう。地位が欲しければ励むが良い。ちょうど今、領主を失う土地がいくつか出来たからな」
「狂王め!」
常軌を逸し、狂気をはらんだ怒号が飛びかう。
「復讐してやる」
「処分されるべきはお前だ!」
「この国も後ろが暗い」
「陛下が戻られた暁には!」
いくつかの魔法や剣が、宵闇の悪魔に向け次々と投げられたが、それはことごとく光の壁に遮られ、音も無く飲まれていく。
それでも、糾弾の声はやまなかった。
宵闇の悪魔は何も言わず、黙ってそれを聞いている。
「耳障りよ! 自業自得のくせに! 私が黙らせてやるわ」
見よう見真似で結界を張り、呪文を唱えると、悪鬼のごとき形相の人々との間に、炎の壁が立上った。彼らの声は遮断され、私たちの耳に届かない。
宵闇の悪魔は口笛を吹き、感心した声を上げる。
「スゲェな。いつの間にこんな大技が使えるようになったんだ?」
「自分でも驚いてる……!」
ぐしゃっと私の頭を撫で、宵闇の悪魔が大声で笑う。
「お前の将来が楽しみだなぁ」
私にはどんな将来があるのかしら。
……宵闇の悪魔のお嫁さんだけは絶対に嫌だ。
「ねぇ! 帰ったら私にもっと魔術を……」
言いかけたその時、耳元でキンッと金属音が鳴り、炎の壁が一瞬のうちに消え去った。
「エテルナの名を汚すつもりか?」
物静かな低音。
野心的な薄茶色の瞳と目が合った。
「……父さま」
無意識に緊張する体を叱咤する。
私、何も悪い事はしてないわ……!
「おいおい、初めて大技を使ったんだ。褒めてやれよ、自分の子だろう」
宵闇の悪魔の言葉に父は心底、嫌な顔で答える。
「悪い遊びだ。リンネ、お前は私たちの言う事を聞いていれば良い。エテルナ家の為、その悪しき男の良き伴侶になるよう心がけろ」
「そんな……!」
吐き捨てられた言葉に動揺する私の頭に、宵闇の悪魔の手のひらが乗った。
「愛娘にそれが言えりゃ、大したもんだ。俺はリンネを気に入ってる。好待遇で嫁に貰ってやるから呪いの正体を教えろよ」
「……ひとつ忠告させていただこう。これは親心から言わせていただくが、貴殿が娘を気に入っていると言うのであれば、呪いを解こうとしない方が良い」
「どうして!」
言った私を父は見ようともしない。
「残念だな。俺は真価が見てぇんだ。リンネは魔力のセンスが良い。素質も測り知れない。それをお前らが抑え込んでいるだとしたら、俺が解き放ってやる。後悔するのはお前の方だ」
何も答えず踵を返す父の背中に、宵闇の悪魔が声を掛けた。
「ここは親愛なる我が岳父殿の責任で治めといてくれ。俺たちは帰るぞ、リンネ」
「……ねぇ……私、本当にセンスが良いの? 見込みがあるの?」
「うるせぇな。ムカついたから適当に言ってやったんだ」
宵闇の悪魔は私を抱えると、天井に大穴を開け飛び出した。
「……私、自分のことがちゃんと知りたいわ」
小さく言った言葉は、眼下の動乱と落雷さながらの大声音に飲まれ、宵闇の悪魔の耳に届いたかは分からない。
でもそれで良かった。




