表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/77

去りゆく君の回帰譚-3

「あのね。私、魔力が高まってきた気がするの!」


 そうサリッサに打ち明け、スープの入ったカップを飲み干した。


「この調子で強くなっていけば、闇姫だってすぐに助けに行けるわ」


 フォークとナイフを手にしたまま、サリッサは無言で微笑む。私は両手を膝の上に置いて、話を続けた。


「これって呪いが解けかけているからだと思うの」


 サリッサは微笑むだけで何も言わないし、何も聞いてもこない。


「ねぇ、サリッサ。宵闇の悪魔は私にかけられた術について何か言っていなかった? 例えば……正体が分かった! とか、もうじき解けるだろう! なんて……!」


 宵闇の悪魔の城を行き来するようになって半年。私の魔力は確実に強くなっている。

 途方も無く遠いと感じた、王都からこの宵闇の悪魔の城までの距離も、今では息切れする事なく一人で飛べるようにもなったし!


 私の期待は虚しく、サリッサは首を左右に振った。


「じゃあ、聞いておいてよ。サリッサになら教えてくれるわ。私が聞いたって面倒な顔をされるだけだもの」


 頼りはサリッサだけなのに、ずいぶんと反応が薄い。私の話に興味が無いのは明らかだった。

 食事を終えたサリッサは、私を無視してテキパキと動き、あっという間に広いテーブルの上を菓子で埋め尽くしていく。

 世話好きで料理が得意なサリッサは、使用人ではないが働き者だ。

 宵闇の悪魔とサリッサは「子供には教育に悪くて言えない」関係なのだと教えられた。私にはまるで想像がつかないが、二人の仲は良いように思う。


「ねぇ、サリッサ。宵闇の悪魔と二人の時は喋るんでしょ? 私ともお喋りしようよ」


 サリッサは無言のまま、私の前に湯気の立つカップを置き、その中に角砂糖を一つ落とした。サリッサは私の好みも良く知っている。二人だけの夕食の時、テーブルに並ぶのは私の好物ばかりなのだ。今日だって、私の好きなイデュイのクリーム煮だったもの。きっとサリッサに嫌われては無いと思う。

 だけど、ずっと無視されては、たまらない。


「せっかくだけど、いらないわ。食べたくないの!」


 サリッサの動きが止まる。口元には笑みを浮かべているが、目は笑っていなかった。

 しまった! そう思った時には大抵手遅れなのだ。


「食べないのね? 残念だわ」


 ドンッ


 サリッサが(こぶし)でテーブルを殴り、皿の菓子が四方へ跳ねた。

 足元に転がり落ちてきた焼き菓子は、サリッサの高いヒールに踏みつけられて、粉々に砕ける。その破片の一つが私の頬を弾いた。


「どうして、サリッサはそう極端なの!」


 頬を膨らませる私にサリッサは冷ややかだ。


「いらないならゴミと同じ。これはもうゴミ。不要なものだわ。あなたはどちらかしら? この城に必要? 不必要?」


 冷たい声。

 宵闇の悪魔に言われた言葉が一つある。「サリッサの機嫌を損ねたら、すぐに謝ることだ」納得は出来ない。けど、忠告に従った方が良さそうだ。危うさは本能的に分かる。


「……気を悪くしたなら謝るわ……」

「ゴミが喋ったわ。珍しいゴミねぇ。名前はリンネロッタだったかしら」

「……」

「あら? 今度は言葉を忘れてしまったの? でも大丈夫よ。私が教えてあげるわ。『サリッサ様に無駄な労力を使わせてごめんなさい』でしょ? さぁ言ってごらんなさい」

「な、なんで私が……!」

「まぁ! 泣きそう。可愛らしいお目めが真っ赤よ。誰に泣かされたの? もしかして、私のような下等な魔族に泣かされたのかしら? エテルナ王のご令嬢が? 私に? 可哀想に……ねぇ、お願いだから汚い体液を床に落とさないで」

「うぅ……!」


 生まれて初めての侮辱に、頭の芯がカーッと熱くなるのを感じるが、うまく言葉が出てこない……!

 悔しさにスカートを握りしめる。


 ……だけど、宵闇の悪魔の城に来てもう半年。

 サリッサとの付き合い方も良く分かって来た。興味のありそうなことを言えば良いのだ。


「……私が強くなったら、醜い屍食鬼(グール)をたくさん捕まえてくるわ……」

屍食鬼(グール)?」


 私の言葉にサリッサは目を細めた。


「それは素敵ね。悪くないわ。限界まで飢えさせたら屍食鬼(グール)同士で共食いするのかしら」


 うっとりとした目つきの先に、サリッサが何を見ているのかは、想像したくはない。

 サリッサが妄想を声に出す前に念を押す。


「楽しみは早い方が良いでしょ? だから、呪いがいつ解けるのか、宵闇の悪魔に聞いてよ。もし、このまま逃げ出す魔力も無いまま大人になって、万が一にも私が殿下のお嫁さんになんかなったら、サリッサだって嫌だよね?」

「そう? お嫁に来るならリンネが良いわ」


 サリッサは微笑んで言う。


「私はリンネが好きよ。可愛いもの」

「ありがとう。でも、サリッサが言うと怖いわ」


 サリッサは怖い事しか言わないのだ。

 これ以上、二人きりでいると食べられてしまいそうだと、お茶を飲み干し、焼き菓子をかじると慌てて食堂を逃げ出した。

 慣れてはきたものの、まだまだ油断はできない。

 自室に戻る途中、後ろから足音が近づいてきた。驚いて振り返ると宵闇の悪魔が暗がりに立っていた。

 荒い息をつき、壁に体の一部を預けたその姿は、酷く疲れているようにも見える。


「……血がいっぱい付いているわ。怪我しているの?」

「俺の血じゃねぇ。返り血だ」

「宵闇の悪魔は返り血ひとつ翼に残さないって聞いたのに」


 落胆したのが気に障ったのか、宵闇の悪魔は「跡形も無く吹き飛ばせば返り血は浴びねぇ」と声を荒げ「殺し方が違うんだ」と主張した。


「ふぅん。何を殺してきたの?」


 言った後で気が付いた。ここに住み始めて半年、いつの間にか私は宵闇の悪魔に感化されている。

 魔力の強い者が優位なこの国で、強者が弱者を(しいた)げる事自体、そう珍しい事ではないが、命を奪うとなれば話は違う。種族間での格差はあるものの、許される行為ではないのだ。

 とは言え宵闇の悪魔は罪人にならない。特例中の特例、第一皇子と言う特権と、宵闇の悪魔と言う名前が免罪符なのだ。


「知能ある生き物を殺してきた」


 言って、宵闇の悪魔は私の前に手を広げた。その手も血に染まっていたが、宵闇の悪魔は気にもせず「鬼」「獣人」「悪魔」と数えるように指を折り、小指を残した所で何か思いついたのか、その手を下した。


「リンネ。俺の仕事を手伝え」


 宵闇の悪魔が漂わせている血の匂いと、その興奮した様子から、まともな仕事じゃない事は火を見るよりも明らかだ。

 それ以前に、そもそも私は、宵闇の悪魔が何の仕事をしているのか詳しく知らない。

 ある時は「戦場に火の玉を落としてくる」と出かけ、またある時は「空気が悪い」と機械工場を燃やして帰ってきた。

 だけど私には、それが宵闇の悪魔の仕事とは思えない。

 機械工場を燃やした後に、もっと空気が悪くなったと一日不機嫌だったのだから。


「お前の下手くそな剣技と魔術の練習に付き合ってやってんだ。少しは協力しろよ」

「別に良いけど……どんな仕事?」

「イイコトだよ」


 宵闇の悪魔は口の端を吊り上げ「面白いぞ」と笑った。


「まぁ、お前に断る権利はねぇな。明日お前を王宮へ連れて行くから、そのつもりでいろ。そう不安な顔をするな。黙って俺について来れば良い。怯えた顔の一つでも作れたら上出来だ」

「なんだか良く分からないけど……分かったわ」


 宵闇の悪魔「よし」と、私の頭をぐしゃっと両手で撫でた。


「ああ! よくも血の付いた手で撫でたわね……! 酷いわ! サリッサに乾かして貰ったのに洗い直さないといけないじゃない! 長い髪は手入れが大変なのよ! やめてったら! もう! 何の血よ……! ベタベタしてるわ! これ以上やったら髪を切るわよ!」


 涙目で抗議するも、宵闇の悪魔は私の頭から手を離さない。手に付いた血を私の髪で拭っているのではと疑う乱暴さだ。


「リンネ。良い事を教えてやろうか?」


 うんうん、と宵闇の悪魔は私の頭に手を置いたまま、うなずく。聞かなければ損をするぞと思わせぶりな態度だ。


「……良い事なんでしょうね」


 そうでなければ許さない。と力を込めて聞き返す。宵闇の悪魔はニヤついたままだ。


「来月、カリガネが視察から帰ってくるぞ。ひと月はこっちに居んじゃねぇか」


 どうだ? と肩を上げ、私の反応を期待しているのが見て取れる。だからこそ素直に喜んでは宵闇の悪魔の思う壺だと思ったのに、嬉しさが隠しきれない。

 カリガネが戻ってくる。その事を頭の中に思い浮かべただけで、口元がだらしなく緩んでしまうのだ。


「フン、機嫌が直ったな」

「あー! 酷いわ……!」


 宵闇の悪が頬に触れたせいで、今度は顔に血が付いたのだ。


「どうせ洗い直すんだろ。それと、髪を切る事は許さないぞ。俺の好みから外れる」


 鼻歌交じりで階段を降りていく背中に罵声を投げつけたが、心は躍っていた。

 半年ぶりに親友に会えるのだ。

 聞きたい事も、話したい事も山ほどある。降って湧いたような先の楽しみに、胸の高鳴りは正直だ。

 明日の“仕事”の事なんて頭の中からスッカリ抜けていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ