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乙女の花園-3

 


 部屋は黒い布に被われ、昼間だと言うのに薄暗く、至る所に、どこの国の物とも知れない文字札や陣を模した紙が貼られていた。中には本物の魔法陣や札もあったが、その殆どが紛い物のガラクタのようだ。

 そして鼻に付くのが強烈な花の香料だ、呼吸をするだけで、むせそうになる。

 飾り棚には髑髏や蝋燭、異形の怪物を模った置物が雑然と並び、書庫には統一性の無い古びた本。紫のソファ。中央に置かれた机には、赤いテーブルクロスが掛けられ、配色としては目立っているが、とても趣味が良いとは思えない。

 

「自慢の部室ですの!みーんな私が集めましたのよ!」


 唖然としている俺の腕に絡まった夏帆は、実に満足そうだ。


「お、これは本物だ『封印氷鼠』『ピスタルナお断り』」


 一目で分かる懐かしい文字。魔道具店によく置かれている護符だ。布に貼られた二枚の札を剥がすと、夏帆は顔を寄せて覗き込んでくる。


「読めますの?どうやって使えば良いのかしら?」

「食品庫の氷ネズミ脱走防止の札に、腐敗臭のする小人ピスタルナの入店を禁じる札。どれも人間界には不要のものだろう。これらの札は魔界の物だな」


 ソファに腰掛ける。異常に沈み込み、バランスを崩しそうになったが、座ってしまえば悪くは無い。

 この部屋の調度品は悪趣味だが、品物自体は良いのかもしれない。

 夏帆は、俺が座った事を確認すると、手際よく棚からティーカップを取り出し、湯と粉の様な物を混ぜ始めた。


「この札の入手先を教えて貰おうじゃないか?」

「まぁ!気が早いですわ!そんな事より夏帆は、お姉様の事をもっと知りたいのに」


 俺の目の前に湯気の立つティーカップをコトリと置いた。

 中を覗くと、どろりとした緑色の液体だ。わずかに発泡し底から泡が沸きあがっている。


「……」

「変な物ではありませんわ!」

「お前は飲まないのか?」


 夏帆は黙って首を横に振る。


「生憎俺も今、喉は渇いていない」


 夏帆と言う娘は、魔界の物を数多く所持している。そう思うと……怖い。

 そして、どこかで嗅いだ事のある鼻を刺すような薬草の香り、これを全身が拒否をした。


「お姉様ったら酷い!夏帆の炒れたお茶を飲んで下さらないなんて」


 その視線から逃げるように、部屋の隅を見ると紛い物の中に、一枚だけ目に馴染んだ札があった。


「お、良いのがあるな」


 無造作に張られた紙を剥がす。正方形で大きさはこぶし程の小さな薄茶色の紙。

 紙には円が書かれ、その中に細かい幾何学模様が刻まれている。


「それも燃えますの?」

「いや、もっと面白い。子供向けの消耗品だが、使い方が本格的なんだ。ほら手を出せ」


 夏帆は小さな手を差し出した。その手を取り、迷う事無く噛み付いた。

 薄い皮膚を破り、血が滲む。


「痛い!お姉様ぁ何をするんですか!あーん!血が……」


 夏帆の血を紙へと擦り付ける。血はじわりと紙に滲み消えていく。


「良く見ていろ」

 

 血は、まるで幾何学模様の迷路を辿るように、自らの意思で進み、その軌跡は次第にドクドクと脈打ち、まるで血管のように、血を巡らせ満遍なく模様に満ちさせていった。

 大きく脈打つ度に、紙は姿を変え、一つの塊に変わっていく。


「まぁ……」


 食入るように見つめていた夏帆が「心臓のよう」と声を漏らす。

 赤黒く変化したその紙はもう紙ではない。グロテスクにも見える肉塊だ。


「面白いのはこれからだ」


 手の中の肉塊は熱を帯び、重みも増す。脈はさらに力強くなってきた。まるで血管の切断面のような節からは、ぬるりとした粘膜を滲ませ、色もより赤が鮮明となっていく。これは血と肉で形成された、生きる卵なのだ。


「……手が汚れてしまう」


 夏帆の手の上に肉塊を転がす。その勢いで肉塊から、ぶしゅっと音を立て、透明な液体が飛び、夏帆は顔をしかめた。


「う……ぬるぬる……っ!生温かくて、それにビクビクしていますわ……」

「そいつに息を吹きかけてみな」


 夏帆は心配そうに俺の顔を見ると、躊躇いがちに顔を寄せ、そっと息を吹きかけた。

 すると肉厚な殻が、ぐちゅぐちゅと音を立て、血塊と共にずるりと剥がれ落ちていく。

 中の物が外に出ようとしているのか、その表面は内側から、うごめいていた。


「何が出てくるのかしら?お姉様、夏帆、怖い……」

「しっかり見てろ。もうすぐ出てくるぞ。外に出るイメージをお前がコイツに伝えるんだ」

「中から外に……中から外に……」


 夏帆がそう呟くと、肌色の人の手を成した塊が、肉塊から突き出した。そしてその手で外郭を自ら裂いていく。


「……な!なんですの?」

「へぇ、子供かと思ったら案外発育は良いんだな」


 夏帆の手の平に上に小さな夏帆の姿があった。髪や体を血や粘膜で濡らして、大きな目をパチパチとさせ俺と夏帆を見比べていた。


「ホムンクルスだ」

「ホムンクルス……!?」


 夏帆は慌てて「見ないで!」と、ホムンクルスにハンカチを掛け、ホムンクルスもまた慌てたようにハンカチを体に巻いた。


「本当に小さな私ですわ」


 夏帆がホムンクルスを指でつつくと、ホムンクルスは指にじゃれつきながら、くるりと一回転して見せた。


「言葉は話せますの?」

「無理だな。それに、ソイツはもうすぐ消える」

「死んでしまうって事ですの……?」

「まぁ、生きていると言えば生きているが、アンタの手足が一つ増えたと思えば良い。頭の中でホムンクルスに命じてみろ、コイツには伝わるよ」


 夏帆とホムンクルスは真剣な表情で見つめ合っている。が、そろそろホムンクルスが生まれて三分立つ。そっとテーブルクロスを引き、胸の前を覆った。


「きゃ!そんなぁ」


 ホムンクルスはぴょんと跳ねた。が、それと同時にぐちゃっと潰れ、ただの肉片へ戻っていった。


「テーブルクロスが赤くてよかったな。これなら汚れも目立たない」

「私、飛べ!って、命じましたの……凄いですわ!お姉様!夏帆にも魔法が使えたのですね!」


 夏帆は随分と興奮した様子だ。少しは恐れて黙るかと思ったが、変わり者か?


「ただのおもちゃだ。魔法ではない。後片付けが面倒で流行らなかったのだが、こんな物をまさか人間界で見るとはなぁ」


 しげしげと血溜まりの中の肉片を見つめる。すでに人の形は成しては居ないが気持ちの良いものではない。


「お姉様!」

「おい!血だらけの手で触ろうとするなよ!危ない奴だな」


 俺が避けると夏帆は、血で濡れた両手を肘より上に手を上げた。まるで殺人を犯したばかりの犯罪者のようだ。


「それでだ。この札を何処で手に入れたか、教えてもらおうじゃないか」


 封印氷鼠の札で扇ぎながら尋ねると、夏帆は観念したように、両手を上げたまま俺の横に座った。


「分かりましたわ……でも、お姉様になって下さるって約束は守ってくださいましね!」

「ったく、お姉様じゃなくて俺はお兄……」


「しまった」そう思ったその時には、もう喉は「ごくり」と音を鳴らしていた。

 無意識に机に手を伸ばし、ティーカップを持ち上げ、口にしていたのだ。……鼻を通る薬草の香り。

 油断した。夏帆へと目をやると夏帆は嬉しそうに目を細めている。


「お姉様、一目惚れって信じますか?」


 一番嫌いな言葉だ。そう、思ったが言葉になる前に俺の意識は途切れた……。


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