乙女の花園-2
清桜女子高等学校。
男子禁制。
甘美な響きではあるが、様々な芳香剤が混ざり合い、なんとも表現しがたい香りが漂っている。
その一階の階段横の死角。俺が今その身を潜めている場所だ。クリーム色の床や壁は目立った汚れも無く清潔そうではあるが、それがかえって無機質な空間だと感じさせる。
校内もつい数分前までは学生たちの騒がしい声で賑わっていたが、予鈴が鳴ると、学生たちは教室へ消え、まるで嵐から凪へと抜け出たような静寂に校舎は包まれてしまった。
穂積をまき、校門を抜け、校舎へと潜入をする事は容易であったが、こう静かだと一人での行動は目立ちすぎる。
そして、一つ分かった事がある。このリボンの色。どうやら学年で色分けがしてあるようなのだ。
つまり、赤色のリボンの者は同級。二年生という事だ。穂積の体を売り、眉を剃り落とした人物もその中にいる。
コツコツと階段を何者かが降りる音が聞こえ、息を潜める。意図せず背筋がすっと伸びる。
次の予鈴で別の場所に移動を開始するつもりだ。
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人の気配の消えた別棟へと渡り、一人足音を響かせていたが、信じられない物が目に飛び込み、その足を止めた。
いくつか並んだ扉の一つに、それは貼ってあった。心臓を捕まれたような、この衝撃。ぞっと鳥肌が立ち背筋が寒くなる。
色鮮やかな顔料に、水の流れのように柔らかい筆運び。一見花の絵ように見える文字札。
「賢人の真理に迎えられしゼスモニオ皇子リュウト・エテルナ見まく欲しき」
扉に貼られた札を読み上げる。
まさか人間界の、このような場所で、自分の名を、それも会いたいと綴られた札を見るとは思いもしなかった。
色の濃淡が美しいが、その色には術者の血液も混ぜられている。魔法文字と呼ばれる『おまじない』の一種である。少し前まで魔界の乙女達の間で流行ったのを覚えている。
賢人の真理。とは、俺の異名。この名は魔界で広く知られているが、ゼスモニオの皇子であるという事はあまり知られていない。つまり、俺を良く知る者によって書かれた札という事だ。一体誰が?そして、これは人間界に持ち込まれた物なのか、人間界で書かれた物なのか……。
ゆっくりと確かめるように、その札に手の平を押し付ける。
札は、一度だけ水晶のように輝くと、淡く紫色の光を放ちチリチリと燃え広がっていく。
願いが成就すれば札が燃える。そんな簡易的な魔法が成立した。やはり札は俺に宛てて綴られた物で間違いは無いようだ。
「魔術士!?」
声と共に背中に、どん!と、衝撃が走った。何者かに抱きつかれた。小柄な少女のようだ。
「なんだ……!」
少女と目が合う。襟には緑のリボン。明るい髪色のふわりとした長い髪、快活そうではあるが、あどけなさが残り、幼い印象を受けた。
期待に膨らんだ大きな瞳が、たじろぐ俺に向けられている。
「お姉様って呼んでも良いですか?」
「はぁ?」
「私、一年の柊夏帆と申します!」
「おい、腕を絡めるな」
「夏帆をお姉様の妹にしてくださいな……!夢でしたの、本物の魔術士のお姉様!夏帆はずっと見ていましたわ!お姉様がその術札を触れただけで燃やした所を!夏帆はこの術札を手に入れてから何回も触ったのに、燃える事なんてありませんでしたのに!」
少女は感動した、素晴らしい、としきりに漏らす。
「この札はお前の持ち物だったのか?」
「そうですわ!夏帆が貼りましたの。綺麗でお気に入りでしたのに」
「何処で手に入れた?」
「教えたら妹にしてくださいますの?」
夏帆は俺の胸に、まるで子猫のように擦り寄ると「部室には別の札も……」と、囁いた。
煩わしいが、悪くは無い。
しっとりとした肌、絡められたその手の柔らかさ。
穂積ほどの肉感的な充実は感じないが、やはり女の肌が触れ合う感触は良い。
幼いと感じたこの容姿も、見ようによっては可愛らしいではないか。
「見せてもらおうかしら?」
「はい!お姉様」
夏帆はするりと俺の手を取ると、札が貼られていた目の前の扉を勢いよくスライドさせた。
「お姉様、魔術研究会にようこそ」




