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13,早く二人がくっつきますように


季節は巡っていく。


雨季が終わり、夏が来る。レイニーブルー領の夏は前世の夏ほど暑くは無いが、前世の服装に比べるとメイド服は暑苦しい。とくにガゼボは日の差す屋外だ。トーク中、無意識に熱のこもるスカートをパタパタさせているとクラージュに「それはやめろ。」とたしなめられた。そういえばクラージュは本を語り合っている時も色っぽい描写が出てくる作品になると途端にぎこちなくなる。前世では気が付かなかったけれど、クラージュは意外と純情らしい。そういうわたしも推しの前でそういう話をするのはさすがに少し恥ずかしいので、いつの間にか、お互いそういう場面の話はしないという暗黙の了解が出来ていた。


秋の頃には、二人でガゼボにいても話をしない時間が増えてきた。それは決して気まずい沈黙ではない。お互い読みかけの本を持ちよって、ただ隣に座って読書を始める。どちらかが読み終わると自然に感じたことを口に出し、自然と耳を傾ける。その距離感が心地良かった。


冬に初めて雪が降った日は申し訳なかったな。雪は雨と同じ扱いだと思い、その日はガゼボに行かなかった。そしたらクラージュはわたしに何かあったのかと心配し、黒い髪に雪を乗せたまま、お屋敷中を探し回ってくれたらしい。ちなみにクラージュは翌日風邪をひいた。クラージュ・レイニーブルーも風邪を引くんだな、と新鮮な気持ちになったのは本人には絶対に内緒だ。


そして春。暖かな陽気が心地よく、読書中にうたたねをしてしまう日があった。その時に、クラージュが穏やかな表情でそっとわたしの髪を髪を撫でる夢を見た。そんな夢をみてしまったのはきっと読みかけのラブロマンスのせいだろう。クラージュにそういうのは求めてないけれど、さすがに恥ずかしくて目が覚めてからもしばらくドキドキしていた。


二人で過ごす日々は決して物語になるような事件が起こることはなく、ただただ淡々と過ぎていく。けれど、前世では見たことのない姿も、新しく知った事も、日々を重ねる度に増えていくような気がする。クラージュの素直になる練習も順調で、なんだかツンデレキャラというよりはクーデレキャラのようになっている。たまにストレートなデレがさく裂して心臓が悪い。どのくらい心臓に悪いかというとその日、寝る前までずっとドキドキしてしまうくらい。もし前世の記憶がなくてヒロインの存在を知らなかったらうっかり勘違いしてしまったかもしれない。そういう言葉はわたしではなくヒロインに言って欲しい。そうして気がつけば、庭園にはわたしとクラージュのトークタイムが始まった時と同じ花が咲いていた。もう少しでレイニーブルー領に雨季が訪れる。長く雨が続く時期が来ることを、去年よりもずっと嫌だなと思ってしまう。それどころかもっとクラージュと一緒にいたくて、いつも12時になるのが惜しくて時間が止まればいいのになって思ってしまう。わたしはクラージュと過ごす時間が好きなのだ。


一方、日々が過ぎていく中で、わたしたちは月に一度の頻度でローズガーデン劇場に足を運んだ。クラージュ・レイニーブルーとモネの仲を進展させるためには、クラージュにもっと高頻度で通ってもらいたいのだが、何故かクラージュはわたしが一緒じゃないと行かないと言う。わたしが自分のチケット代を払うとなると、お給料の都合でこれ以上頻度を上げるのは難しかった。それでもこの一年間、終演直後にトイレに行くフリをしてクラージュをロビーに置いていくと、必ずモネが話しかけにやってくる。訪れるたびに舞台の上の彼女の存在感は増していく。最近は重要な役どころが増えている。もう充分すぎるほどステータスが上がっているはずだ。しかし困ったことになかなか恋愛イベントが発生しない。それと夢色ローズガーデンは攻略対象の人数がそこそこ多いはずなのに、わたしが観劇に訪れる日に確認している範囲では他の攻略対象の姿をみたことがない。いったいどうなっているのだろう。最近はモネとクラージュが話している姿を見ていると感じるなんとも言い表せない感情を感じる。これは焦りだろう。どうか早く二人がくっつきますように。



その日も、わたしはクラージュとモネの会話を盗み聞きをするために柱の陰に隠れている。クラージュの立ち位置が毎度固定されているので二人の声が聞き取りやすい場所だってバッチリ把握済みだ。やはりモネはまっすぐクラージュの側にやってくる。とはいえ、どうせ今回もいつも通りの一言二言の会話で終了、かと思いきや今日は様子が違う。


「貴方、古書に詳しいのでしょう?『棘の姫』は読んだことある?」

「ある。知名度はあまり高くないが評価の高い隠れた名作だ。お前が知っているなんて意外だな。」

「実は次の公演が『棘の姫』なの。けれど解釈が難しい部分があって…。もしこの後、時間があるなら相談に乗ってもらえないかしら?」


この会話はまさに恋愛イベントの第一段階だ!ずいぶん時間が掛かったが、やっとイベントが発生した!!分かっているな、クラージュ・レイニーブルー。答えはもちろん、


「時間はない。ツレがいる。」


なんでだよ!!!いや、原因はわたしが居るからなんだけど。ここでクラージュが断ってしまったら、その後のシナリオに続かなくなってしまう。それはまずい。ここはわたしが一肌脱ぐしかない。意を決して柱の陰から飛び出る。


「あーっ!クラージュ様ったら役者のモネさんと知り合いだったのですね!!わたし、モネさんのファンなんです!!!」


今までトイレにいくという口実で姿を隠していたので二人が知り合いだと知らなかったフリをする。わたしのせいでクラージュのセリフが変わってしまったことを考えるとあまり介入したくはなかったのだが、フラグがへし折られるよりはマシだろう。


「よかったら握手してください!」

「えっ?あ、うん。ありがとう。」


これはただの欲張りなオタクムーブ。


「あの、耳に入ってしまったのですが、次の公演のことを相談されてらっしゃったのですよね?クラージュ様、どうして断ってしまうのですか?いつも素敵な舞台を見せて下さるモネさんに感謝の気持ちをこめて相談に乗って差し上げるべきではありませんか?」

「…わかった。そこまで言うのなら、構わない。」

「あら、ありがとうございます。」


ふぅ、これで無事にシナリオが続く。軌道修正が出来たならモブはさっさと退散しなければ。


「良かったです!ではわたしは一足先に帰りますので、ごゆっくり!!」

「何故帰る。お前も付いてくればいいだろう。」


なんでこの人はそんなにフラグをへし折ろうとしてくるんだ。クラージュとモネが二人きりじゃないとゲームのシナリオ通りにならないというのに。


「わ、わたしは次の公演のネタバレは踏みたくないので退散します!それに個人的な買い物をしたい気分でしたので、どうかお気になさらず!!」

「……そうか。」


苦し紛れではあるが、なんとかアシストが出来た。あとは頼むよ、ヒロインちゃん。クラージュのことをよろしくね。応援の気持ちで目配せを送ろうとした時、やっと彼女が鋭い目でこちらを見ていることに気が付いた。なんだか心がざわついて、咄嗟に視線を外してしまう。一瞬、本当にこれで良かったのか、という気持ちが沸き上がる。何故こんなことを思ってしまうのだろうか。良いに決まっている。クラージュとヒロインが結ばれるために必要なことなのだから。



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