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12.5,誰を


「わたしはクラージュ様の迷惑になりたくないのです。」


彼女は言う。「それは俺が迷惑ではない、と言えば構わないということか?」と口に出かかった言葉を飲み込む。そんなことを言えばそれこそ困らせてしまう。ああ、余計なことを言ってしまった。彼女の前にペルルドールが現れたことで焦ってしまった。アイツは普段から人好きで特に女性の心を掴むのが上手い。だから彼女の心も奪われてしまうのではないかと。奪われるもなにも、尖った物言いしか出来ない自分など最初から比べ物にならないと言うのに。俺がもっと素直に気持ちを伝えられる性分ならばこんなに惨めな気持ちにはならないのだろうか。


優しさは美徳だ。誰にも平等に優しくある父様のことは尊敬している。しかし、父様の優しさにつけ込むヤツらのことは大嫌いだった。ある商人は、自らの生活の苦しさを語りながら相場よりも数倍の高値をつけて商品を売りつけた。ある泥棒が苦難の身の上を語りながら許しを乞えば、数日を凌ぐ金銭を与えて見逃してやった。どちらも帰り際には、あんな嘘に騙されるだなんて馬鹿な伯爵だと笑っていた。悔しかった。だから自分は誰よりも人に厳しくあろうと思った。お気に入りだった本の主人公のように、人に恨まれてでも大切なものを守れる人になりたかった。自分が厳しくあれば、父様が誰にも傷つけられることなく優しくいられるのだと信じて。しかし、人に厳しくなければいけないという理念をきちんと受け止めるには、当時の俺は実に幼く不器用だった。理念は次第に脅迫概念のようにねじ曲がり、やがて人に優しくしてはいけない、という歪な形に捻くれてしまった。それは父様を騙すヤツらだけではなく、自分の周囲にいる全ての人に対してだ。付き合いが長い人物や聡い人物の中には、この事情を理解して歩み寄ってくれる者もいたが、人に優しくできない人間に打算抜きで近づきたいと思う物好きなどそうそう居ない。伯爵家という地位も相まって、いつしか俺は多くの人に対して恐怖の対象になってしまった。当然、頭のキレる幼馴染を除いて同年代の友人は居なくなった。代わりに幼い頃から好きだった読書に没頭するようになった。


そんな折に現れたのが彼女だった。雇用された当初からメイド長には俺と同い年のメイドが入ったことを聞かされていた。だが、同年代のメイドなどいつものように高圧的な言葉をぶつけて怖がらせてしまうだろうと近づかないようにしていた。そんなある日、事故が起こった。そのメイドが倉庫の掃除中に頭を打ち昏睡状態になった。屋敷中の人が彼女の心配をしていた。それは自分も同じだった。同い年にして、屋敷のために働いてくれるメイドが怪我をしたというのに何もせずにいられなかった。医者に相談し、少しでも痛みが和らぐようにと落ち着く香りのアロマキャンドルを購入するため街に出た。素直にそれを渡せられれば良かったが、きっと怖がらせるのだから何も言わずに部屋の前に置いておこうと決めた。それなのに運悪く、偶然もう一人のメイドが部屋のドアを開けてしまった。大丈夫ですか、心配しています。その言葉は人に優しくしてはいけないという脅迫概念のせいで捻れ曲がって口に出た。またやってしまった。怪我した人に対してなんて酷い言葉なのだろう。それなのに、彼女は目を輝かせてこう言った。


「ありがとうございます!」


率直に変な奴だと思った。でも、同年代の相手、しかも女の子が嫌な顔をせずに会話をしてくれたのは久しぶりだった。その後もメイド長の計らいで彼女と本の話をするようになった。怖気ずに話をしてくれるところも、同じ趣味を共有出来ることも、嬉しくて、単純だと言われればそうだとしか言えないが、すぐに彼女に心惹かれた。向こうに恋愛感情は無いと思っていたが、王都で転びそうになった彼女を抱きかかえた時だけは少し様子が違った気がする。もしかしたら少しは意識してもらえるようになったのだろうか。主従だとか共通の趣味の友人ではなく、男性として意識してもらいたい。彼女と想いあえたらどれほど嬉しいことだろう。しかし、同時に彼女との関係が変わることを恐れている自分がいる。彼女は時折、俺を通して俺ではない誰かを見ている。もし、俺がその人とは違うのだと彼女が気がつけば、この関係は壊れてしまうかもしれない。それならば俺は、今の関係を甘んじて受け入れよう。


彼女はいったい誰を見ているのだろう。

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