その9
読んでくださっている方々へ。
Pボタンプッシュ連打・いいね・感想などなど、誠にありがとうございます!
そして遅筆ですみません。
遠方通勤は終わったのですが、ここ最近疲れが酷くて寝落ちする事が、しょっちゅうな次第でありまして。
年は取りたく無いですね。
涼州漢陽郡隴県州治所執務室
「あ~・・・白アン○ンマン逝っちまったなぁ。
これから乱世の幕開け、本格的な群雄割拠の始まり始まり~ってか?・・・はぁ・・・。
ぼちぼちホンマに身の振り方を考えね~となぁ。」
6月になり窓から見える青々と茂った樹木や、晴天を眺めつつ溜め息を吐いてぼやく。
4月に霊帝が逝去した報を受けて、「よし、ファ~ストチャ~ンス!」とばかりに、大恩有る恩人の死去に慟哭(する振りを)し、これ幸いにしれ~っと退職しようと企てるも、崩御の一報が届いた直後に別の使者が糜芳の元を訪れて、
「先帝陛下崩御を受けて、この度新たに摂政と成られた、劉弁摂政陛下の詔を申し伝える!
各自職務に精励せよ!喪に服すのは我が皆を代表して行うので、服するに及ばず。
寧ろ先帝陛下の遺命を全うする事こそが、何よりの弔いと心得るべし!・・・との事である。」
次期皇帝になる人物の名前で、最早勅状に等しい命令がくだされたのである。
糜芳の行動・思考を読んだ何進が、機先を制して逃げ道を塞いでいたのであった。
「・・・はは、詔を確かに拝聴致しました。
摂政陛下の御期待に添うよう、精進を致します。」
「我ノ企テ破レリ」と観念し、使者の前でハラハラ落涙しながら答える。
そして周りの部下達は、糜芳の一連の行動を観て、
「おお・・・なんと忠義に篤い人なのだ。
我々も漢の一臣として、頑張らねば!」
おもっいきり勘違いをして、益々職務に奮起した結果、作業効率・回転率が上がり、糜芳の仕事が一時的に倍増はしたが、現状それを乗り越えた事でかなり減ったのであった。
「8月に董卓将軍が并州牧赴任の為に、并州軍閥の顔役である丁原と、顔合わせと打ち合わせを兼ねて何進を仲介役に立てて、洛陽で落ち合う手筈になってるって言っていたから、8月に事変が発生して「後漢の魔王」が誕生ってか・・・。」
漸く山脈から丘ぐらいまで減った書類に背を向け、来たるべき未来を呟く。
(う~ん・・・此処は一発、歴史改変して何進生存ルートを目指すべきか?
・・・う~ん・・・う~ん・・・無理というより無駄にしかならないか、こりゃ・・・)
色々と脳内でシュミレートしてみるが、どうしても有る一点で無に帰してしまう事に気付く。
その一点とは、何進から権力を移譲される予定の、劉弁の早世であった。
基本的に「歴史の修正力」の原理が働くのか、歴史的に重要性の高い人物程、特に病死に関しては史実に沿った、寿命を迎える可能性も高い様で黄巾賊の張角も然り、霊帝も多少のズレは有るかも知れないが、概ね史実に沿っているようだった。
その為「後漢書」では、劉弁は野心に走った董卓に因る、権力掌握の過程で暗殺されたとはされているが、実際は病死の可能性が高く、そうなれば史実通りに死亡する事になるので、何進が生存しても権力の移譲の受け皿が消失し結果、一時的に正常化しても何進の死後に、再び宦官・名家閥が跳梁跋扈してしまい、元の木阿弥になるだけである。
(因みに病死説を唱える根拠は、後漢書の通り野心に走って、権力を牛耳ろうとするならば、董卓だけでなく大概の権力を欲さんとする者が、後漢書曰わく暗愚と評判の劉弁よりも、聡明らしい劉協を常識的に考えて始末するからである。
「担ぐ御輿(傀儡)は、(オツムが)軽い程担ぎ易い」のは、世界万国共通)
それ処か下手をすれば司馬晋の末路の如く、権力抗争が激化して内部崩壊を招き、内部崩壊した余波で地方軍閥も中央からの、物資支援を失ってこれ又崩壊し、四方八方から異民族の侵攻を受けて、漢帝国だけでなく漢民族国家が滅亡、最初の異民族国家の成立という状態に、一世紀近く早くなる危険性が高かった。
だからといってもしも移譲の受け皿を、無理やり劉協にした場合も劉弁とは違って、何進には劉協との間に「血縁」といった太いパイプが当然だが無い。
それに加えて両派閥という「ヘドロ」が、ビッチリとこびり付いた劉協を担ぐには、何進の現年齢プラス一代限りの権力で、後事を託す事も不可なのを考慮すれば、自然とヘドロである両派閥を除去=粛清するしか無く、行きつく先は董卓と同じ魔王ルートに進む事になるだけである。
(そうなれば粛清に因る、自分達の権勢力基盤を失うのを恐れた両派閥共が、地方に赴任している中央閥出身の郡太守や、自分達の本貫地(領地・出身地)に居る一族一門を糾合、結果的には「反何進連合」が結成される事になる訳だ。
・・・結局董卓と変わんねーか、下手したら改悪になるだけだな)
そう結論付けて、バッサリ諦める糜芳であった。
(やっぱり霊帝の早死にが、漢滅亡の決定的要因になっちまってるな。
後5~10年ぐらい生きてりゃあ、最悪劉弁じゃなくて劉協でも、アホ共を勅命の御旗で容易に始末した後に、移譲が出来たろうに・・・惜しいなぁ)
つくづく天地人に恵まれなかった霊帝を惜しむ。
(それに逝去の影響があちこちに発生しているし。
特に曹嵩の親父さんやコ○ンなんかは、モロに悪影響として飛び火してるしなぁ・・・合掌)
自身の身近な人物で、恐らく最も被害に遭った曹親子を思い浮かべ、手を合わせて南無~と唱えた。
父親の曹嵩は一世一代の大博打を打ち、1億銭もの大金を投じて霊帝に接近、温厚篤実な人柄で信用を得て、十常侍とは別系統の派閥形成を目論んだが、史実通り霊帝早世に依って目論見が御破算、1億銭の投資金がパーになった。
夢破れた曹嵩は、念願の仲人役に成れてエイ○リアンポーズをかまして、喜んではしゃいでいたのとは反転、何処かのジョ~さんの如く灰になってしまい、三日三晩寝込んだ後に隠居を決意。
家督を息子の曹操に譲って、これ又史実通り比較的というか誰かさんの影響で、史実よりも圧倒的に治安の良い、徐州に移住したのであった。
そしてその報せを曹操からの手紙で知り、手紙の中で徐州出身の糜芳に、邸宅等の口利きも頼んで来たので、父・糜董宛てに「仲人役を務めてくれた恩人」として紹介文を書き、恩返しの口添えを行ったのであった。
(家督を継いだ曹操も曹操で、霊帝の好意が思っくそ裏目に出て、泣きを見てるみたいだしなぁ)
手紙に書かれていた内容を思い出し、心底同情の念が湧く糜芳。
家督を継いで当主に成ったコ○ンだが、前途多難の様相を呈していた。
なにせ元々は名誉ある職務だった筈なのに、同僚の不祥事の所為で悪名が轟き、筆頭だった蹇碩が反逆者として処断された事で、輪をかけて汚名塗れの「西園八校尉」の一員として、周囲からの冷たい視線に晒されていた。
西園軍解散後は何とか元の軍部に戻ろうとするも拒絶され、霊帝逝去後に解散した西園軍の受け皿となった、虎憤・羽林に移籍して将校待遇のまま配属になったのだが、元々の虎憤・羽林連中からも「同じ穴の狢」と白眼視されて、居心地の悪い思いをしているようだ。
本人は至って真面目に勤めていたのに、謂われのないとばっちりを喰っていたのである。
挙げ句に義祖父・曹騰が遺した莫大な遺産も、曹嵩が大半を叩いてしまって殆ど残っておらず、公私共にマイナスからのスタートという、かなり不遇な状態に陥っていた。
その為財産を叩いただけで借金までは無い曹家とは、比べ物にならない程の膨大な借金を重ね、平気で踏み倒す「借王(しゃっキング)」の異名を欲しいままに獲得し、同僚の陰口もなんのその、瀟洒な生活を平然と送っている、図太い袁紹・袁術のダブルバカ坊を羨んでいる程であった。
(彼奴等の場合、神経が図太いつーより、只単に無神経なだけじゃねーかなぁ?
本人達は四世三公の袁家に、「貸し」を作ってやってるぐらいの、軽い気持ちしかなさそうだし)
コ○ンの手紙を読んだ感想を脳内で述べる。
現当主・袁逢と弟で元三公・袁隗の2人共、現在進行形で絶賛無職のプーさんなのに、良くそんな落ち目のドラ坊に金貸す奴いるよなぁと、別ベクトルで感心する糜芳であった。
それはさておき、
(う~ん・・・徐州も結構色々と変わっていってるなぁ・・・当然ちゃあ当然だけど。
しかし意外と言うか当然の帰結と言うか・・・)
つい先日に父・糜董に宛てた手紙の返信と、嫁になった蔡琰からの報告書紛いの手紙が届いたのだが、故郷の徐州も徐州で、刻々と情勢が公私共に変化していっている模様。
私的な面では先ず、友人で楽士の士嬰が押し掛け脳筋侍女・徐歌と、糜董を仲人役にして結婚をしていたのである。
馴れ初めは、徐州で名うてのダメ親父が父という、最大の足枷を持っている士嬰と、結構な美人なのに中身は薩摩隼人という、最大のデバフが掛かっている徐歌は、お互いに悉くお見合いの破談を繰り返し、当然の如く討ち死にしていた。
数十回に渡る(お見合いで)壮絶な戦死を遂げた、両者の親・親族は揃って糜董に泣きついた結果、糜董の音頭でお見合いする事となる。
そして士嬰のダメ親父・士景が、実子のお見合いにも関わらず、だらしない格好のまま平然と遅刻をかまして到着した所、
「!?すわ不審者め、成敗!」
「はい!?・・・うぎゃあアアぁぁァ!?」
士景を不審者と勘違いした徐歌は、薩摩隼人的思考に基づいて、用心でコッソリ背に隠し持っていた木剣を取り出し、躊躇なく不審者(士景)に攻撃を仕掛け、遠慮なく半殺しにしたのであった。
それを目の当たりにした士家一同は震え立ち、
「「「「「おお!!ウチのクソ前当主を初対面で躊躇なく・・・なんと素晴らしい!よくやったり!」」」」」
ボコボコにされて痙攣している、身内の筈の士景に目もくれず、十中八九殆どの人が暴挙と言うであろう蛮行を、清々しい笑顔でガッツポーズをしながら、士家一同は褒め称えた。
「素晴らしいわその武力!徐家の皆様方!
是非ともウチの息子の嫁に、此方のご息女を頂けないでしょうか?」
ニッコリと笑顔で、士嬰母が徐家一同に頭を下げてお願いをする。
因みに糜董曰わく、なりふり構っていられない状況下でお愛想で言ったのか、素で本気で言ったのかは、判断の分れる処だった模様。
「「「「「ええ!?正気ですか!?」」」」」
見合い相手の父親を、面前でぶちのめす乱行を働いた末娘・妹に、頭を抱えていた老父母と兄達が、思わぬ展開に本気よりも、正気度を疑ってしまう。
「はい、正気で本気です。
ウチの夫がまぁアレなので、なまじっかな娘さんでは対処が出来ず、そのせいで逃げ出した嫁候補者も、ちらほらといる始末でして。
その点徐家のお嬢さんは、物怖じせずに夫をぶちのめえ~、正面から対処出来る蛮ゆ・・・強い性根をお持ちのご様子。
その様な武力行使を厭わない娘さんを、我々士家は待ち望んでいたのです!
そうですね?嬰?」
オブラートな表現をつっかえながらも言いつつ、結局は直截な表現で述べて、強引に嬰に話を振る。
「え?はい、そうですね母さん。
私的には徐歌さんは、美人な人で胸もっ!?」
ゴスッ!
ゲスな発言を言いかけたバカを、両隣にいた嬰母と妹の士謡が、見合い席の卓にバカの後ろ頭を持って咄嗟に叩きつけ、
「「どうか宜しくお願いします!」」
そのまま2人もお辞儀するのであった。
こうしてお互いに、なりふり構っていられない者同士と親族の思惑が一致、とんとん拍子に話しが進んで無事ゴールインしたようだった。
とりあえず蔡琰が糜芳の名前で、結婚祝いを贈った旨も書かれており、出来た嫁さんの如才のなさに感心するのであった。
(士嬰が爆弾処理してくれたか・・・ありがてえ。
なんか美人でナイスバディの嫁さんを貰って、浮かれてるみてーだけど、一歩間違えやぁ自分も親父さんと同じ目に遭うのを、ちゃんと理解してんのかね?士嬰の奴は?・・・ま、他人事だしいいか。
取りあえずおめでとうさんってとこだな)
悪友の祝福と将来に思いを馳せつつ、
(それよりも父上の身辺の変化の方が大事だわな)
父・糜董の身辺報告にびっくりした糜芳。
次にあった変化は、士嬰達の結婚の仲人役を務めたのを最後に、40代で糜董が正式に隠居。
家督を嫡男の糜竺に譲った事だった。
現代人の感覚だと、40代で隠居と云えば早過ぎる感じであるが、この時代だと最高権力者の霊帝でさえ、30代半ばで逝去した様に平均寿命が短い為、わりかし普通であった。
寧ろ何処ぞの四世三公のドラ坊みたいに、突然死して後継者騒動を引き起こした事例を鑑みれば、元気な内に生前相続を決めているので、英断の類と言っても良いぐらいである。
まぁ糜芳自身は糜董達から離籍しているので、ほぼほぼ関係ない話になるのだが、徐州に帰ってから混乱しない様に、経過報告をしてくれた様だった。
先ず「糜家商会」等の、商業的業種以外の資産(不動産・農地)の殆どを糜竺が継承し、正式に民爵を持った新興地方名家・糜家が誕生。
糜芳のイレギュラーな場合とは違い、一歩一歩ステージアップを踏んで、糜家父祖の念願が漸く叶い、実を結んだのであった。
しかし名家に成り上がった事で、賤民的業種として非難・軽蔑されて足枷となってしまう、商業的分野は切り離さざるを得なくなった。
かと言って従業員だけでも2千人を越す大店なので、いきなり「はい、解散」ともいかず、引き続き糜董が「大旦那」として部下に暖簾分け(独立)をさせたり、離籍させた親族(名家として親族に賤民的職業に、就いている者がいるのは体裁が悪いのと、連座を避ける為)に事業を譲ったりして、少しずつ規模を縮小して商会の解体をしているとの事。
その内の幾つかは糜芳がオーナーで、全明が経営者として経営している「虎子商会」にも、ほぼ無償提供で譲ってくれた事業や販路が有り、「ありがたや、ありがたや」と徐州に居る父に向けて、手を合わせるのであった。
(最後に嫁さんの報告書だけども、とんでもねぇ事になってるぅ・・・何度読み返しても震えが止まらないんだけどコレ?)
蔡琰からの書簡を手に持ち、ガクブルと震える。
最後は蔡琰からの手紙と言うか、報告書が糜董の返信と一緒に届いたのだが、なんと蔡琰さんこの度、笮融に委託していた「曹操による徐州民虐殺阻止計画」事業を、完全に掌握する事に成功した模様。
元々計画は揚州を主に浮屠関係者達を派遣し、地元出身の笮融と商会を経営している弟に、田地買収や借地を委託し、買ったり借りたりした田地を開墾・維持して、食糧生産・調達と食糧売買に依る、金策の策源地としていた。
しかしながら、幾ら笮融達が地元出身者であり、商会経営をしている仕事柄、伝手が有るといっても限度があり、徐々に田地買収・借用が難しくなって、頭打ち状態に陥っていた。
そんな時にひょっこり、糜芳に全権委任された蔡琰が、徐州に留守居として笮融の事業に携わった事で、蔡琰は自分が持っていた強力な伝手とコネを駆使して、劇的な改善策を施したのである。
揚州は蔡琰とその父・蔡邕が、長年に渡り逃亡生活を送っていた中、蔡邕が私塾を開いていた関係で深い地縁が出来ていて、「江東ビッグ4」の1つ顧家出身で後に、孫呉の初代宰相になる顧雍を始めとする、数多くの弟子を持っており、「蔡邕閥」とも云える独自の学閥を形成していたのだった。
当然身近に居て事情を熟知していた蔡琰は、蔡邕におねだりして蔡邕閥の弟子達宛てに、せっせと紹介状を書いて貰って交渉を開始。
俗に「第三の親」と称される、師匠の紹介という絶大な信用と、「遊んでいる未開地や放棄された田地」を売って金銭に替えたり、貸して年貢を得たりする事で利益になる事を提示すると、土地の活用に頭を悩ませていた人達が喜んで飛びつき、とんとん拍子に話しが進んで、あっという間に規模を拡大していき、入植者達を次々と送り込んだのであった。
又、輸送経路及び販路も、今までの「笮商会ルート」経由のみでは不安定と感じた蔡琰は、義父である糜董が虎子商会に譲ってくれた、販路と輸送隊を事業に繋げて表向きは、「少しでも屯田兵及び開拓民、傷病兵や遺族の方々に、安く大量に食糧を届けたい」と銘打って、「虎子商会ルート」を新たに開拓、堂々と表向きの輸送経路を構築した。
そしてそれだけではなく虎子商会ルートを表、笮商会ルートを裏とした2経路とは別に、徐州と揚州に盤踞する山越族を始めとする、俗に漢帝国で「蛮族」と呼ばれる者達を、定期的な金銭と食糧提供で手懐け、裏よりも深い「闇ルート」をもコッソリ、蔡琰は開拓していたのである。
こうして3つのルートを開拓した事で、表ルートのお蔭で徐州・揚州の州兵の、援護(護衛)を得やすくなって輸送経路の安全性が増し、闇ルートのお蔭で大概の水賊や盗賊も避けて避ける事になって、裏ルートの資金調達の安全性が増したのであった。
この様にして、虎子商会ルートに依る「全体の何割かの食糧を安く提供」する事で、徐州・揚州での名声を上げて社会的信用を得、笮商会ルートでせっせと大半の食糧を余所で売買し、大量の食糧・金銭を得て、蛮族ルートでコッソリ大量の食糧・金銭をプールする図式を、蔡琰は築き上げたのである。
ついでに笮商会も蔡琰は、揚州に於ける伝手とコネを活用して、きっちりと型に嵌めて完全に屈服させており、笮融共々蔡琰の支配下に収まっていた。
そういった経緯で蔡琰さん12歳は、何処ぞの陽気な国のマフィアのゴッドなファーザーも、真っ青になって裸足で逃げ出すレベルの、とんでもない怪物的組織体をしれっと、必要だからと「純真無垢」に作り上げたのであった。
(す、凄すぎる・・・只の糜太太(糜家の若奥様)が半年足らずのあっという間に、無意識の内に新興にして巨大裏社会組織?の、大姐大(姉貴分=姐さん=女ボス)に成ってるぅ!?
・・・よし、蔡琰さんには逆らわない様に、マジで気をつけよう・・・)
即座に腹を見せて尻尾を振る覚悟を決め、ほぼ徐州に於いて「細くて長い、色んな物を結ぶアレ」の立場が、自然と確定した糜芳であった。
それはさておき、
徐州に帰ってもヒ○夫がほぼ確定した未来に、何故かツ一と涙が流れ落ちる糜芳だったが、「俺の人生はまだだ、まだ終わらんよ!」と、レッドな彗星の如く脳内で奮起し、とりあえず現実に立ち戻る。
「自分の嫁さんが裏社会の女ボスに成りました!」的な書簡を、残さない様に焚書(焼却処分)して隠滅した後、
「流石は僕の嫁さんは凄いね!
けども、無理せずに程々に頑張ってね。
君の体の健康が第一なんだから。」
ヒ○夫の鑑の様な返信を送ったのであった。
「ふぅ・・・ミッションコンプリート。
これで落ち着いて公務に取りかかれるな。」
汗を拭い一息吐いて、秘書官扱いのイーや副官の蔡良を呼び、改めて部下の報告書・決裁待ちの書類に、目を通し始める。
「ふむ・・・女性の専業化計画は、軍部・民部共に概ね賛同を得ているようだが、さてイーに蔡良よ、其方側の反応はどうだ?」
主に民間の反応を拾い上げるイーと、地元の有力氏族(士人)からの情報を収集している蔡良に、話題を振って確認をとる。
コレは施行側=糜芳や軍部・民部といった、云わば公的機関側の独り善がり(独善)や、自己中・自己満といった類を防ぐ為、第三者側の反応を探りつつ民政に反映しようと、糜芳が試みで実施しているモノであった。
「はっ、民間の間でも広く支持されております。
やはり職業の選択肢が増える事は、父兄・夫や婦女子にとっても、「将来や非常時を考えて、手に職を持っている方が良い」と言う者が多数です。
又、監視制度についても賛成意見が多いですな。」
イーが民間の賛同の意見を述べると、
「此方も同じくですね、州牧様。
氏族側からしても、遺族の子女扶養の負担と食い扶持の斡旋といった、自分達の面倒事が減る事に繋がるので、州牧様の女性専業化政策には、殆どの氏族も賛同しております。
監視制度については特定の大氏族が、郡県で幅を利かす事がなくなる、抑止力になり得るのでは?という、期待感が大勢を占めている状態ですね」
蔡良も同様の報告を糜芳に告げる。
「ふむふむ、んじゃそのまま継続しても、問題無さそうだな。」
「あ、いえ専業化の方に、ちょっと困った問題が有りまして・・・。」
「え~と、私の方も軍部からの提案を受けておりますので、検討をお願いしたく・・・。」
糜芳がそのまま継続を告げると、2人共がそれぞれ意見を述べた。
「うん?イーよ、何か問題有るのか?」
「はい、女性専業化の職業のうち、方士に成る者達から苦情が出ております。」
「苦情?」
「はい、指導役の華陀殿の過剰な接触行為に、ちょっとそのう・・・。」
人間性と才能が一致しない代表格、世紀末爺こと後漢のブラッ○ジャック・華陀のやらかしを、イーが言い辛そうに告げる。
「いやいや待て待て、あのクソ爺に指導役なんぞに任命していないぞ私は?
んなもんやらせたら、そうなる事は百処か千も承知の話しだからな。
何でそんな事態に成ってんだよ?」
想定外の話に疑問符を浮かべる。
「どーも本来の指導役を、師匠権限を悪用して押しのけ、自分が成り代わった様です。」
「・・・あのクソ爺ぃ、碌な事しねーな本当に。
いっその事徐州に追い返すか?」
強制送還を提案する糜芳。
「それは良いのですが、一方で知識や施術を賞賛されてもおり、放逐にするのも惜しいかと。」
「う~ん・・・鶏肋みたいな感じだな~。
・・・そうだイー!お前の所の業で、クソ爺の知識や経験則を手段を問わんから、どうにか聞き出す術は無いか?」
非合法な技術を臆面もなく確認する。
「はぁ、女を使って籠絡させ骨抜きにして、ある程度意のままに従わせる業はございますが・・・。」
「それ採用。
必要な知識や情報を抜き取って書き付け、編纂・編集を弟子達に任せて教科書を作れば、クソ爺抜きでも問題なくなるだろうからな。」
容赦なく非人道な外法を承認し、全くの躊躇や罪悪感を見せない外道。
「・・・確かに左様ですな。
そうなれば我々も、あの御仁の奔放さに手を焼かずに済みますし・・・お任せくださいませ。」
同じく躊躇無く頷く本業人。
「ではそれで宜しく。
それで蔡良の方の、軍部からの提案というのは?」
「はっ、軍部からの提案に依りますと、城外の輜重隊に於ける物資輸送の長距離は兎も角、短距離と城内の物資移送だけでも、女性・子女に委託出来ないだろうか、との事です。」
糜芳達のエグい会話をスルーして、淡々と軍部からの陳情を話す蔡良。
「ふむふむ、それで軍部の提案を行った場合、どの様な事が生じるのだ?」
「はい、軍部が言うにはその肩代わりして空いた輜重隊を、異民族の最前線及び被害の多い地区に回して、城砦守備兵や前線輜重の補強・増強を行いたい、との事です。」
「う~ん・・・。」
腕を組んで脳内思考をする。
「聞いた限りでは、悪くない提案だと思うが・・・蔡良、貴君はどう思う?」
「私も同意見です。
簡易的に軍備増強に繋がり又、婦女子の選択肢の幅の広がりにも、繋がりますれば。」
糜芳の意見に同意し、
「但し、城外で輸送勤務に従事する者達は、城内で移送勤務する者達とは、まるで危険性が違います。
その辺の差を明確に示さねば、不平不満の元になりましょうぞ。」
同時に問題点も提起する。
(う~ん、運送業に於ける、集荷場で荷受けと仕分け業務に就いている人と、外の現場で配送業務に就いている人の差みたいなモンか?
そら~朝の早よから夜遅くまで、走り回っている人には、手当金を付けなきゃ揉めるわな)
門外漢の現代人感覚で、なんとなく想像する。
「成る程、至極当然の事だな。
とりあえず両者共に軍属扱いにはするが、城外勤務に従事する者達は、危険性を考慮して現状の輜重隊と同賃金にし、城内勤務する者達は、危険性が無い分減額にしようか。」
「それぐらいが妥当な所でしょうな。」
糜芳の考えに頷く。
「まぁそんな所で良いかな?
とりあえず此処漢陽郡で試験運用してみて、問題が無さそうなら、比較的安全圏な郡県で正式に運用してみようか。」
「御意、承知しました。
その様に取り計らいまする。」
「と言うわけでイー。
漢陽郡太守の蓋勲を呼んで来てくれ。」
「はは、承知しました、では。」
拱手して去っていくイー。
「いや州牧様?
病身の蓋勲様・・・蓋勲殿を呼び出すのは、ちょっと流石に悪いのでは?」
気を使えと苦言を呈す蔡良。
「いやぁそう思うんだけどさぁ。
前に気を使って訪ねていったらさ、「1部下に気を使って州の代表格が、ノコノコ訪ねるのは何事でござるか!貴方様の立場の軽重を問われまするぞ!?ご自重為されよ!」って叱られちゃって・・・。」
ポリポリと後ろ手で頭を掻く。
「成る程・・・フフフ、あのお人らしい。」
糜芳の話を聞いて、微苦笑するのであった。
元々蓋勲は涼州の郡県で属官を務めた後、糜芳の前々任の漢陽郡太守に成ったが辞任。
後に霊帝に召されて中央に出仕して、西園軍を結集して喜んでいる霊帝に、堂々と苦言・諫言を呈した硬骨漢であった。
霊帝崩御後、偶々用事で郷里に帰る途中、健康に不安を覚えていた蓋勲は、名医と評判の華陀爺の診察を受けた所、「余命2~3年」と宣告されて隠居を決意し、そのまま隠遁しようとした所を、糜芳がスカウトしたのであった。
何せ長年に渡り地元涼州の民政に携わって明るく、中央の情勢にも理解・知識があり、尚且つ軍務経験も豊富に有るという、州の軍部・民部にとって喉から手が出る程、欲しい逸材だったからである。
当初は頑として応じず、妻子も「病身の夫・父に出仕を求めるなんて、不謹慎な!」と非難していたが、糜芳は意に介さず、
「貴君の様な、前線で働くのが習い性の人は、床について亡くなるのは相応しくない。
執務室の机上か戦場を枕にして往生されるのが、貴君に相応しい死に様と存じるが如何か?」
ストレートな直言で説得をする。
すると突然呵々大笑し、
「ハハハハハ!!某に相応しい死に様と!?
正しく貴殿の申す通り、床についてそのまま朽ちて逝くのは、忸怩たる思いがありまする。
しかしながらこの半死人の某に、如何程の事が出来ましょうか?」
首を傾げて糜芳に尋ねた。
「幾らでも有りますよ。
先ず貴君の培った経験則・知識は、千金を以てしても購えない貴重なモノです。
それを記録に留めるだけでも貴重ですし、経験の浅い今の州軍部・民部にご教授願えれば、尚の事でありますしね。」
そう言って事例を示す。
「次に今現在の私は、貴君も知っての通り中央のアホ共に、涼州が食い物にされぬよう、人材の発掘・育成をしているのですが、如何せん私自身経験の浅い若輩者でして、後進の指導も手探り状態です。」
口惜しげに言葉を切り、
「其処で軍事民政共に、経験豊富な貴君に後進のご指導をして頂ければ、正しく万金を得るが如くの価値がありますね。
貴君が骨に成る頃には、貴君の教えが涼州の養分となり、大輪の花を咲かせましょうぞ。」
相変わらず直言な答えを述べる。
「ククク・・・ワハハハハ!
某に故郷・涼州の、肥やしになれと申されるか!」
「はい、その通りです。
曰わく「虎は死して皮を残し、士は死して名を残す」とか。
今がその時と存ずるが如何?」
ニッコリと微笑んで、蓋勲に問い掛けた。
「ワハハ・・・直言も此処まで言われれば、いっそ清々しいものですな。
よろしゅうございます、何れは朽ちるこの身。
ならばせめて我が故郷、涼州の肥やしに喜んでなりましょうぞ!」
ドンと胸を叩き、スカウトに応じたのであった。
(よっしゃ~!貴重な人材ゲットだぜ!
やっぱり経験則上、こういう職人気質つーか面倒くさい性格のオッサンは、直言で説得する方がわりかし上手くいくよな~)
脳内思考する。
前世の職業上、頑固で融通の利かない職人気質なオッサン・爺さんが多かった為、下手に出てヨイショするよりも、おだてつつ直言でズバズバ言った方が、「しゃあねーな、この野郎が」と苦笑して、話しを聞いてくれる事が多かった。
その為、予め蓋勲の人となりを聞いていたので、職人気質のオッサン対応で接したのだが、功を奏したのであった。
こうして糜芳は、「涼州の御意見番・後漢の大久保彦左衛門」こと蓋勲のスカウトに成功し、漢陽郡太守に任じて、常林を含めた後進の指導・教授を委託したのである。
なのだが・・・
そういった経緯で蓋勲をスカウトしたのだが、非常にひっじょ~うに口うるさく、今まで暇潰しに州治所に屯していた、自称顧問の董卓などは、速攻で地元の隴西郡に逃げ出した程であった。
まぁ、糜芳個人としては孫娘の董白の話しを、クソ忙しい執務中に、ちょくちょく殺意が芽生えるレベルで、聞かされていたので助かりはしたが。
しかしその代わりに、口うるさい指導教(育)の先公が赴任して来た感じなので、正直どっこいどっこいではあった。
それはさておき、
「ああそう言えば、蓋勲殿が来られるなら丁度良い機会です。
コレに目を通して蓋勲殿とご相談ください。」
そう言ってポンと竹簡を渡す。
「うん?え~と・・・西方の羌族と北方の匈奴族との合同親睦会~?なんだこれ!?
何気なく、馬騰と韓遂の連名で提出されとるし。」
降って湧いた様な話しに、首を傾げる糜芳。
「まぁ、ちょくちょくというか節目節目に、それぞれが大人(部将~家老)か単于(君主・大名)が表敬訪問に来るのですが、今回は2部族共が一緒に来るみたいですね。」
「表敬訪問ね~?そんな殊勝な事すんのかぁ?」
眉間に皺を寄せ、胡散臭そうに呟いた。
「当然裏が有りますよ。
それも含めて蓋勲殿に相談してくださいませ。」
そう含みの有る台詞を述べた直後、
「失礼致しまする。
州牧様のお召しにより参上仕った。」
堅苦しい物言いと共に50絡みの、ムスッとした厳めしい面構えの男が、ツカツカと入室してくる。
「おお、良く来てくれた蓋勲。」
「御用件を伺いましょう。」
直截に用件を尋ねる。
「え~と・・・。」
軍部からの提案を採用して、漢陽郡で試験運用する事を、簡潔に伝える。
「承知しました。
早速郡内に触れを出して、募集をかけましょう。」
「ああ、頼んだ。」
「他には?」
「え~と、コレを見てくれ。」
単刀直入な受け答えを繰り返す蓋勲に、戸惑いつつ懇親会の書簡を渡す。
「では拝見致します・・・ふむ、コレは某ではなく、蔡良殿と謀るべき事柄では?」
「筋としてはそうですが、如何せん私では軍事的素養に乏しく、向いておりません。
斯様なれば経験を加味した場合、蓋勲殿が適任と判じた次第です。
それに貴殿も、全くの無関係では有りますまい。」
「確かに左様だが・・・。」
渋々頷く蓋勲。
「んで結局この話は何なんだ?」
「端的に言えば親善に託けた、涼州内の郡県の偵察兼漢帝国の敵情視察ですな。
大方、先帝陛下の崩御を聞きつけ、下調べついでに内情を探りに来た、という所でしょう。」
淡々と裏事情を説明する。
「うげ・・・略奪の下調べに来るのかよ。
拒否だ拒否拒否!」
嫌そうに顔を歪めて、手でバッテンを作る。
「そうすれば「お前たちは此方の好意を踏みにじった!許せない!」と称して、大義名分を掲げて堂々と、略奪をしに来る訳です。
ついでに仲介役を務めた馬騰・韓遂の、面子も潰しますので、尚の事状況が悪化しましょうな。」
「うわ~・・・どっちに転んでもマズいやん。」
どちらを選択しても、悪い結果になるのを理解し、げんなりする。
「敢えて選ぶなら承諾して、涼州の西端・敦煌郡で開催すべきかと。
敦煌郡なら羌族・匈奴族の、両方の領土に接しておりますので、双方も嫌とは言い難いでしょう。
少なくとも涼州内の奥深く、此処漢陽郡に招くよりはマシですので。」
「おお、確かに。」
蓋勲の説明に頷く。
「そう言えば、過去にはどう対応してたんだ?」
「基本的には涼州軍閥の顔役が、刺史の名代として対応していましたな。
只、現状に於いて董卓将軍は、并州に赴任が決まっておりますので、当てに出来ませぬ。
次点は馬騰・韓遂の両名ですが、彼等は小粒過ぎて格不足が否めません。
現在刺史も空位状態ですので、州牧様の名代を務めれる人材が、正味居りませんな。」
絶望的な状況説明をしてくれる。
「じゃあ、私自身が対処しなきゃいけないの?」
「御意。」
コクリと頷く。
「奴らに舐められないよう、御注意ください。」
「・・・いや、どうしろと?
生まれも育ちも庶民で15歳の俺に、舐められない様な、威厳や貫禄が備わってる訳無いやんけ。」
蓋勲の無茶振りに呆れる糜芳。
「その辺はハッタリでも何でも。」
「ハッタリつっても・・・うん?ハッタリ?・・・ああしてこうして、こうすれば・・・うん。
良し!イケる!うひひひ・・・異民族連中が腰を抜かす程の、手力を披露してやんよ。」
「はぁ、手力・・・ですか?」
聞き慣れない単語と邪な笑みに、首を傾げて疑問符を浮かべる蓋勲。
一方、邪な笑みを浮かべている、義弟兼上司を観た蔡良は、「またぞろ碌でもない事を思い付いて、騒ぎを引き起こすんだろうなぁ」と、ここ最近の付き合いで熟知していたので、諦念の表情を浮かべて溜め息を吐いたのであった。
続く
え~と、とりあえず後1話ぐらいと、閑話を挟んでこの章は終わって、いよいよと言った感じになる予定であります。
正直軍事的な表現力に自信が無いのですが、生暖かい気持ちで、見守って頂ければ幸いです。
楽しんで読んで頂ければ嬉しいです。
優しい評価をお願いします。




