その8
読んでくださっている方々へ
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そして遅筆ですみません・・・。
今月中は遠い現場の為、遠距離通勤になっており、朝早く出勤→夜遅く帰宅の繰り返しが続くので、どうしても投稿が遅れます。
どうか読者の皆様方、ご理解とご寛容をお願い致します。
後漢の現状
189年4月、史実通りに後漢第12代皇帝・劉宏が死去、在位年数凡そ20年余りながら、享年34歳の若さであった。
後に孝霊帝と諡され、以後は一般的に霊帝と呼ばれる事となる。
因みにだがこの「霊」の文字は、古代中国では「あまり良くない」という意味を持っており、後年の曹魏の古参武将・于禁が、蜀漢の関羽との荊州・樊城攻防戦で敗れて、関羽に降伏して捕虜となり、後に孫呉の呂蒙に関羽が討ち取られると、そのまま孫呉の捕虜となって、最終的には曹魏に帰参出来たのだが、直後に死亡。
そういった経緯から変節漢の誹りを受け、没後に同じく「霊」候の諡号が贈られている様に、如何に霊帝が名家閥に嫌われていたのかを、ありありと物語る証左であった。
(その辺の有職故実は、伝統だけはある名家閥のほぼ独壇場なので、命名に名家閥が噛んでいるのは確実)
まぁ霊帝から観れば、即位時には義母の外戚・竇一族に阿って、自分を助けようともしなかった癖に、長じて自力で漸く竇一族を排除した途端、我が物顔で自己主張を始めてその主張を拒否すれば、自分達名家閥がいないと政治が回らなくなるのを見越し、「職務ボイコット」を行って強引に我を通すといった禄でなし集団であり、好きになる要素が一っつも全く持って無かった。
寧ろあまりの目に余る行動に激怒し、「党錮の禁」を利用して粛清を画策するも、実行役の張譲等の無能さと、イニシャルG並みのしぶとさと、蜥蜴の尻尾切りでのうのうと生き残ってしまい、舌打ちして切歯扼腕するぐらいは嫌っていた模様。
「後漢書」に於いては、十常侍を生み出した元凶として霊帝を暗君と評してはいるが、十常侍が誕生した背景を紐解けば、即位時の霊帝には実質宦官しか従う者がおらず、竇一族排除後も名家閥さえマトモで有れば発生しえず、言わば名家閥の無能と我が儘が生み出した産物であった。
基本的に後漢書では、霊帝(宦官)・何進・董卓を悪の枢軸の如く表現されているが、彼等は総じて名家閥と敵対関係にあり、後漢書編纂の際に参考とされた、原本の原作者の彼等に対する憎悪と、名家閥出身であろう原作者の父祖と関係者の礼讃・賞賛という、あからさまな判官贔屓に満ちているのは想像に難くない。
彼等が台頭したのは間違いなく、名家閥の無能が招いた事象であり、現代日本風に例えれば、「何代も世襲で代議士(国都道府県議員)を務めておりながら、ぽっと出のド素人にあっさりと選挙に敗れ、無様を晒したアホ」である。
当然糜芳ら第三者目線で言えば、「何代・何十年も政治家している癖に負けるなんて、今まで何してたんだよお前らは?バカじゃねーの?」の一言で、一刀両断される類であった。
つまりは後漢書原本自体は、糜芳視点で観れば自身の父祖達=名家閥連中の無能・自業自得を棚に上げ、彼等に因って没落した負け犬の後裔(子孫)が、「彼奴等の所為でウチは没落したんだ!」と逆恨みし、他責思考で不必要な迄に貶めて書いている、みっともない事この上ないモノである。
実際に後漢書内に書かれている、霊帝の暗君とする根拠は大きく3つあり、
1つ目は宦官閥・十常侍の出現の元凶を作り、「党錮の禁」を実施して名家・名士を弾圧した事。
2つ目は「売官制度」を定め、金銭で官職を購えるにした事で、国政に混乱を齎した事。
3つ目は後継者を指名せずに逝去した為、要らぬ後継者騒動を引き起こした事を列挙しているが、はっきり言ってこじつけ・いちゃもんに等しく、矛盾且つ支離滅裂な理由付けであった。
1つ目の場合は、普通に名家閥の政治力の無さ(霊帝との信頼・信用関係の構築を含む)が元凶の大元であるし、弾圧されたのも自分達名家閥が驕り高ぶって招いた結果である。
それに弾圧こそしたが何進を始め皇甫嵩・朱儁・盧植・蔡邕等の、後漢末期を代表する優れた人材も登用しており、両派閥に讒訴されたり身内の不幸等で身を引いても、機を見て再度彼らを再任をするといった事から能力を重視し、有能と認めればキチンと用いる度量も持っていた。
反面無能と観れば、家柄・血筋に関係なく更迭して、再任する事は無かったが。
2つ目の場合は寧ろ「売官制度」を定めた事で、それまで裏でこそこそと両派閥に依る、官位・官職取得の為の贈収賄の賄賂が横行し、腐敗と搾取の温床となっていた当時の状況下を、健全化・改善化している政策であった。
コレは前述しているが、売官制度に依りわざわざ賄賂を積まなくても、定められた金銭を国庫に納付さえすれば、仲介役を経ずとも簡単に誰でも(商人・奴隷といった、爵位を持てない賤民階級は除く)取得出来る様になった。
その為今までアホ共の懐に入っていた汚金が、ちゃんと国に納められ正常に入る事となり、それに依りアホ共が賄賂で得た官職を悪用して、賄賂資金回収&更なる高みを目指して資金調達=不当な税制等に因る、民衆への搾取に次ぐ搾取という、負の連鎖を完全ではないが、ある程度は断っているのである。
又、糜芳の例の様に両派閥のコネが全く無くても、気にせず官職を得る手段でもあったので、上手く機能すれば無名でも有能な人材が、世に出るきっかけになり得る制度でもあった。
こういった経緯から、売官制度という通称で呼ばれている為、一般的には悪い意味合いに捉えられがちだが、少なくとも霊帝の定めた売官制度は、腐敗・汚職の改善化・撲滅化を図った、真っ当な政策で有ることが解る。
それを踏まえて、霊帝の定めた売官制度を「悪」と断じる、後漢書の原本作者の主張は例えれば、アメリカに於ける「※禁酒法(アルコールの生産・輸入を厳しく規制した法律)」を解禁した政府側を悪と断じ、その所為で資金源を失ったギャングを、正義と見做しているに等しいのである。
※禁酒法が制定された事に因り、ギャングに依る密造・密売が急増・拡大して横行、その違法に得た多額の金銭が賄賂として、警察・政治家に流れて汚職も横行し、元々良くなかった治安が益々悪くなる事態となってしまう。
其処で政府が禁酒法を解禁すると、かなりの数のギャングが資金源を失い、鼻薬(賄賂)が使えなくなってしまい、忽ちの内に逮捕されて治安が向上し又、酒製造メーカーからの税収がアップしたりと、メリットの方が多かった。
このアメリカの禁酒法に於ける立場を、それぞれ政府側=霊帝にギャング側=両派閥に置き換えると、ギャング=人間のクズ即ち、ギャング=両派閥=父祖の名家閥=人間のクズとなり、原本原作者自身が父祖をクズ認定しているのである。
つまりは、霊帝達を悪の枢軸に足らしめんとして、「目的を達成しようとするがあまり、矛盾した内容を無視した結果、主張している事と記述があべこべになる」という、結構残念なふぁんたじぃになってしまっていた。
・・・ちょっと原本原作者さんの頭が、心配になる今日この頃である。
そして3つ目の場合だが、本当にコレが問題視されるなら、儒教的に観て洒落抜きで大変な事になる。
残念な事に原本原作者様、オツム処か常識まで無くなって、パーになっているのである。
後漢時代処か恐らく近代中国や、戦前の日本でもそうであった様に家の当主=家長が、特定の子供を後継者に指名しない状態で死去した場合は、家督・財産相続に際し明確な選定基準が決まっており、極々当たり前に行われていた。
その選定基準とは俗に言う、「長幼の(秩)序」の事であり「長子(長男)相続」の事でもある。
この当たり前の選定基準に依って史実でも、長子の弁皇子がごくフツーに次期皇帝が確定し、次子の協皇子に全賭けBETした結果、人生破産が確定した一部のおバカさん以外の、両派閥陣営も弁皇子即位に賛同していた。
ついでに言えば弁皇子の母・何氏は、皇帝の正室である「皇后」なので、弁皇子自身が嫡男としての正当性がちゃんと有るし、後見人が今や両派閥を凌駕している朝廷随一の実力者・何進である。
・・・どう転んでも、原本原作者様が主張されている様な、後継者騒動に成りようが無いのであった。
どうやらふぁんたじぃな小説で、それなりにあるとされる、「作者が考えた筋書きに登場人物も都合良く合わせて、どうにか整合性を持たせようとした結果、皮肉にも作者自身及び登場人物自体の、知能指数の大幅低下と一般常識が欠落してしまい、却って物語が不自然且つ不整合になる」という状況を作り出してしまい、俗に言う「オツムと社会常識のパー化現象」に、原作者様は陥っている様である。
因みにだが、じゃあ袁紹・劉表の場合はどうなん?
両者共が長幼の序を無視して、後継者騒動になってるやんけ!?・・・と思う人もいると思うが、霊帝の件とは状況が違うので当てはまらない。
彼等は両者共に、嫡男以外の子供を偏愛しており、「もしかしたら次期当主は、嫡男じゃなくてこの子になるかも?」という、思わせ振りを散々周囲に振り撒いておきながら、はっきりと後継者指名せずにポックリ死去、その為それぞれの家臣団の主流派と非主流派が、「常識・秩序重視の正統派」と「遺思の尊重重視の忖度派」に分かれ、お家騒動に発展したケースなので、子供にわりかしフラットというか、無関心っぽい霊帝の場合とは別物であった。
それはさておき、
この様に、わりかし過分な悪評をされている霊帝だが、それを抜きにしても実際には、十常侍を作った事よりも、その後始末をせずに逝去した事と、早世だった事が問題点に挙げられるだろう。
十常侍の存在が後々の災いになって、何進の横死に繋がっているし、結果的に何進達が進めていた政治の正常化が、未遂に終わってしまったからだ。
何進の遺鉢を継いだ董卓は、残念ながら何進程の政治的センスが無く、色んな意味でのボタンの掛け違い的な問題も発生した為、何進の遺した現状を維持するのに手一杯だった・・・まぁ、残念な事に結局は失敗しているが。
そういった事で早世だった事も、問題点として連動しており、何進を登用するには「遅きに失し」、そして後5~10年生存していれば、何進達の政治正常化も完遂していたと思われるので、後世の評価もガラリと変わっていた可能性が高く、あまりにも早い死は「早きに失す」であった。
こうして色々と絶妙に「何かが足りない」が為に、名君になり損ねた霊帝の死は、中央・地方に様々な影響を及ぼしたのである。
洛陽大将軍府内執務室
「先帝陛下が崩御されて、もう早1月か・・・。
何とか無事に葬儀が済んだし、とりあえず年末までは喪に服される弁皇子殿下が、年明け早々に正式に即位をされるまで、何事も無ければ良いがな。」
後ろ腰に手を組んで、窓から空を仰ぎ見ながら独り言を呟く何進。
「はい、左様にございますね。
それよりも書類決裁を早くしてくださいね閣下?」
素っ気ない返事を返す荀攸。
「んなこたぁどうでもええから、とっとと早よ決裁しろ」とばかりに、ピラミッド処か最早エジプトの「王家の谷」並みの、ピラミッド群と化している竹簡の山からテキトーに竹簡を取り出して、ドサッと何進の執務机に束ねて置いていく。
「いやあのさ・・・主上陛下が御隠れになって後、漸く葬儀関連が終わったんだから、ちょっとはこう感傷に浸る余裕ぐらいはくれよ・・・。」
「残念ながら閣下、のんびり浸っている間にドンドン決裁待ち書類が累積して、竹簡の波に首まで浸かってしまいますぞ?このままですと。」
目の下に隈を作って、疲労困憊といった体の荀攸が、ブツブツ文句を垂れる上司の愚痴を聞き流して、再度書類決裁を促した。
霊帝の葬儀関連の一切を今や摂政となった、弁皇子の後見人である何進が取り仕切り又、将軍府の殆どがそれに参加した為、ほぼ丸々1ヶ月書類決裁が放置状態となり結果、「王家の谷風竹簡の山群」となっていたのであった。
ゾンビの如くフラフラと渋々机に戻り、決裁を再開する事暫し・・・
「・・・だぁ~!もうしんどいわ!
休憩、休憩しよう荀攸!?一息いれようよ~?」
持っていた筆と竹簡を机に放ると、良い年扱いたオッサンがだだをこね始め、机に突っ伏した。
「ふむ、もう夕暮れ時ですか・・・分かりました。
時間も時間ですし、夕餉(晩ご飯)も兼ねて大休止(約1時間程)を取りましょうか。」
「よっしゃ~!!」
万歳して喜ぶ天下の大将軍閣下を余所に荀攸は、近くに侍っている護衛兵達に、夕餉と灯りを灯す様指示を出して人払いを命じた後に、漸く自身も体を伸ばして筆を置くのであった。
「ふぅ~・・・やれやれ。
今夜も徹夜かぁ~・・・はぁ、ええ年扱いた年寄りには堪えるわ。」
「ご安心ください閣下、私もお供致しますので。」
「・・・何処に安心出来る要素が有るんだそれ?」
半眼で突っ込む何進。
「少なくとも1人ではないぶん、心強いかと。
あ、そうそう閣下、先月4月に文武百官の面前で「偽勅罪」を堂々と犯した間抜け、蹇碩が漸うに処刑されるそうです。
天下の大罪を犯したとして、蹇碩の三族も同様に処刑になると、報告書が上がっていました。」
嘲笑を浮かべて何進に報告する。
「うん?やっとこさか?エラい掛かったな?」
「まぁ天下に名だたる十常侍の一員ですから、有り余る余罪の追及に手間取ったのでしょう。」
「なる程、そりゃそうだ。
寧ろ1ヶ月も経たずに断罪出来た事を、大いに賞賛するべきか。」
納得顔で頷く。
「しかしながら数々の密告から、遺勅を捏造する事は掴んでいたが、あんな間抜けなやり方で自滅するとは、流石に想像の埒外だったわ。」
「まぁ間違い無く「古今唯一にして独歩の間抜け」として、歴史に名を残すでしょうなぁ。」
確信めいた表情で同意する荀攸。
4月、霊帝が崩御した後に文武百官を集め、崩御後初めての朝議を開催中に、蹇碩が朝議の場に現れ、
「皆様方!亡き先帝陛下から私、この蹇碩が遺勅を賜っておりまする!
陛下の最後の勅命故、静聴に聞いて頂きたい!」
そう言って懐から書簡を取り出し、
「勅!万一朕が不明(死亡)の折りには、直ちに協を世継ぎとして立太子し、後事を託すとす!
・・・との事です、皆様方勅命に従う様に!」
どや顔で勅状を掲げたのであった。
「勅命と有らば従うのみ!この董重、臣下として外戚としても、謹んで拝命を仕った!」
計ったかの如く、拝礼して従う事を誓う董重。
しかし・・・
シーン・・・・・・董重以外の誰一人として、同調する文武百官は居なかった。
「??皆様方いか・「黙れぇぇぇい!!虚言を吐くなこの痴れ者めがぁぁぁ!?
公衆の面前で堂々と偽勅を宣うとは・・・天をも畏れぬ大逆無道者めがぁぁ!!?」
顔を真っ赤にして激怒した盧植が、蹇碩の発言を遮って怒鳴り声を上げる。
「いやコレは本当に・「黙れと言っておろうが!判らぬのか貴様は!?
大体貴様、先帝陛下のお側に侍っておりながら、「皇室典範(皇族内のしきたりや規則を定め、秩序を保つ為の法典)」も知らぬのか!?慮外者めがぁ!」
「へ?皇室典範?」
再び怒声で遮った、盧植から出た単語にボソッと反応して、内心首を傾げる何進。
残念ながら後漢時代に於ける、皇室典範らしきモノは現存しておらず、殆どの詳細は不明だが唯一はっきりと判っている事があり、それは「皇帝が後事を託す際のとある慣習」である。
そのとある慣習とは、「皇帝が後事を臣下に託す際は、最低でも軍部(武官)・民部(文官)からそれぞれ1名ずつ召し出して、互いを公証人とすると共に託した遺詔(生前の遺言)の内容を、勝手に捏造・改竄しない様に、互いを監視役に任じている事」である。
コレが慣習化していたとする根拠は、後年の三国時代に蜀漢のエンペラーボ○ビーこと劉備が、「我が子が不才ならば云々」の名文句で諸葛亮に後事を託した、有名なエピソードの場面に於いて、一般的には民部筆頭の諸葛亮のみが臨席していたと思われがちだが、実際には軍部高官の李厳も同席しており、諸葛亮と共に後事を託されている。
又、曹魏に於いても※初代皇帝・曹丕が後事を託す際は、軍部からは曹真(曹仁・曹洪の分家筋)を、民部からは陳羣を召し出して託しているし、もう一つの勢力・孫呉の孫権も同様であった。
※基本的には曹操が、初代皇帝と認知されている事が多々あるが、実際の所彼の存命中は魏王の官爵で終えており、劉備・孫権と違って、本人が直接帝位に就いた訳ではなかった。
後漢のラストエンペラー・献帝から禅譲を受け、帝位に就いた息子の曹丕以降に、改めて帝位号が追贈されている。
この様に魏・呉・蜀の三国が三国共に、同じ後事の託し方をしている事から、最低でも後漢時代には慣習化していたと思われる。
つまりは・・・
「皇室典範に定められた慣習に則りもせず、我々文武官を公証人として、御危篤になられる前に呼びもせず、貴様だけが聞いた勅命なぞ、誰が信用すると思うておるのじゃ?愚か者が!!」
明らかに真っ黒な所行をしている、蹇碩の持つ勅状は、誰から観ても偽造なのがバレバレであった。
「伝え聞くに古の悪宦官・趙高が為した悪行、始皇帝の遺詔の改竄・捏造を行った事で、権力を掌握。
悪業三昧を繰り返して国を滅ぼした様を、具に目の当たりされた漢高祖(劉邦)様が、第2の趙高を生まぬ様に制定なされたとの事だが、まさか当代に於いて、趙高の真似事をする輩が現れるとは・・・。」
沈痛な面持ちで無念がった後、
「聞いての通りじゃ衛兵!
この堂々と偽勅を宣った大逆者をひっ捕らえよ!」
厳しい表情に変えて文武百官の面前で、天下の大罪「偽勅偽造罪」(三族族滅相当)を堂々と宣い、盛大な自爆をかましたアホを指差し、衛兵に捕縛を命じる盧植。
「「「ははっ!!」」」
「・・・・・・。」
呆然とした表情で連行されていく、稀代のアホを盧植は見送ると、クルリと踵を返し、拝礼姿勢のまま硬直している「偽のアホ一号」・蹇碩に並ぶ、「恥のアホ二号」・董重に向き直った。
「さて董重殿?
如何なる理由で先程の誰でも判る偽勅に、賛同したかを伺いましょうかのう?」
「え、いやその・・・。」
「まさか曲がりなりにも皇室の外戚を名乗る方が、よもや知らなかったとは言いますまいな?」
自称で勝手に名乗っている恥知らずという、皮肉を込めて似非趙高・蹇碩に同調した、今や※李斯擬きとなった董重を責め立てる。
因みにとある外戚の大将軍閣下は、「げっ、そんなんあるの?・・・やべえ・・・儂も全然知らん」と、内心冷や汗を掻いていたが。
※秦の始皇帝に仕えて政治的片腕として活躍し、最高位の宰相まで登り詰めたが、趙高の遺詔捏造・改竄に同調してしまい、最終的には因果応報その報いを受けて、族滅の憂き目に遭った残念な人。
「・・・・・・。」
「・・・どうやらマトモに物事の判断も出来ぬ程、先帝陛下の崩御に動揺なされている様子。
それでは朝議に参加する処ではありますまい。
一旦辞して静養なされよ。」
気遣う振りをして、厳しい暗喩を含んだ言葉を投げかける。
「ふむ、其れは大変だな。
誰ぞある!董重衛尉殿はちとお疲れのようだ。
丁重に遺漏なくお送りせよ。」
ここぞとばかりに盧植に便乗し、息の掛かった衛兵に監視を暗喩して伝え、政敵の排除に乗り出した何進であった。
こうしてまるで、「すっころんだ拍子に、持っていた爆弾が誘爆したor自身の設置した爆弾に引っ掛かって、自爆したボン○ーマン」の如く、向こうが勝手に盛大なオウンゴールを決めて、諸共に人生終了のホイッスルを鳴らしたのであった。
それはさておき、
「まさに濡れ手に粟といった感じですね~。
閣下にとっては労さずにして、政敵が勝手に自滅してくれた訳ですから。」
「う~ん・・・正直彼奴等を「政敵」認定したくないんだよな~。
それだと儂も彼奴等と同格と観られそうで、なんか凄く嫌なんだが。」
あんなアホ共と同列に観られたくないと、心底嫌そうな表情を浮かべる。
「まぁ、確かに左様ですな。
さて、話を戻しますが件の騒ぎを起こした、蹇碩の罪状と量刑が決定した以上、同調した董重も同じく確定した事になります。
・・・如何取り計らいましょうや?」
「取り計らうとは?」
首を傾げて尋ね返す。
「無論、董重の罪状を連座として裁くか、共犯として裁くかの話です。
どちらを選ぶかで、量刑も変わってきますので。」
エグい内容を淡々と告げる荀攸。
「ふむ、どれぐらい変わるんだ?」
「は、連座ですと、「一族(親子・兄弟・祖父母・孫の直系家族)族滅」が相当になります。
共犯とした場合は蹇碩と同じく、「三族(兄弟の直系家族・親の兄弟(叔父・叔母)直系家族・祖父母の兄弟の直系家族)族滅」相当になります。
・・・因みに共犯として裁くと、自動的に「董太后」も族滅の対象となりますぞ?」
さり気なく厄介者の居候の始末も出来ると、暗に示して提示する。
「ふむ~・・・うむ、董重は連座に処してくれ。」
「ほう・・・宜しいのですか?
そうすると直系は残りませんが、傍系(親族筋)は残りますので、後々災いに成りかねませんぞ?」
復讐される危険性を示唆する荀攸。
「儂だけの話ならそりゃ共犯に処すの一択だが、今回の件は弁皇子殿下も絡んでいる。
そう考えた場合共犯にすると、皇室自体には無関係とは言え、曲がりなりにも血縁関係に有る者達を、根刮ぎ処すのは悪評の元に成りかねん。
特に董のババアは一応祖母だから、尚更にマズい。」
甥の弁の立場を気遣った、決断を下した何進。
「なる程・・・最終的に処断の裁可をくだすのは、確かに弁摂政陛下になられます。
そうなると血縁者すら容赦の無い、「血も涙も無い冷血な御仁」の誹りを被りかねませんか・・・。」
何進の話を聞き、なる程とコクリと頷く。
「まぁ、そう言うこった。
ついでに言えば、董重が単に処刑されるんじゃなく、「己の不明を恥じて自害し、憐れんだ弁皇子殿下が三族族滅の処を、一族族滅に情けをかけた」ぐらいの筋書きが望ましいがな。」
「ふむ、寛厳を付ける事で、厳しい中にも情も有るのを、周囲に知らしめるという事ですな。
承知しました。
その様に筋書きを持っていきましょう。」
「ああ、頼む。」
有能な副官に委任したのであった。
「さて、董家の傍系はまぁ現状死に体も同然ですし、監視を付ければ事足りますが、有る意味董重達より厄介な、董太后だけは見過ごせませんぞ。
どの様に始末を付けますか?」
再度董太后の危険性を強調する。
「無論クソババアを放って置くわけないだろうが。
このまま後宮に居座らせておけば、済し崩し的に皇族として追認するようなモノだ。
そうなればまたぞろ変な虫が寄ってきて、要らん騒動の元凶になるのは、火を見るより明らかだ。
あくまでも先帝陛下のお情けで、後宮で暮らして居られた居候という、ババアの立場をキチンと世に示さねばならん。」
嫌悪感丸出しで吐き捨てる。
「正しくその通りにございます。
如何に咎め立てして、どう処しますか?」
「当然弁皇子殿下の御生母にて、皇太后と成られた何太后に対する、「皇室侮辱罪」だな。
証人・証言には事欠かんしなぁ?」
今まで周りからの証言で、妹に対する罵詈雑言を耳にしていた何進は、ババアにざまぁが出来て、嬉しくて仕方ないといった表情を浮かべ、
「まぁ何太后様は非常に慈悲深い方だから、車裂きの極刑に処す所を、呆け老人の戯言と憐れんで、洛陽追放にしてやったといった処かな?
当の本人からすれば、屈辱の極みだろうがな。」
クックックとドス黒い笑い声を上げた。
「洛陽追放のみ・・・ですか?
人柄を見聞した限りとてもそれくらいで、大人しくなる御仁とは到底おもえませんが?」
処分が軽過ぎると諫言する。
「おいおい荀攸、何言ってんだお前は?
心無い言動をして追放された事を恥じて、急な病を発するのは不思議ではないだろうが?
御壮健だった先帝陛下でさえ、急な病で不帰(帰らぬ人・故人)になられたと言うのに、一回り(=12年、干支の12支から)以上も年上のババアなぞ、尚の事不思議では有るまい?」
ニタァと含み笑いを浮かべた。
「なる程・・・確かに左様ですな。
老いてからの洛陽追放は、さぞかし心身に負担がかかり、骨身に堪えましょうな。」
「そう言う事だ。」
「ははっ、深慮に気付かず失礼致しました。」
はなっから生かして置く積もりが無いのを悟り、蛇足だったと頭を下げる。
そうしたやりとりの後、天下の大将軍にしては質素な食事が配膳されて、2人して食べ始めた。
「・・・モグモグ、中央の方はそんくらいにして、地方からは何か報告が上がってないのか?」
「食べながら話すのはお止めください閣下、はしたないですぞ?
はい、良い話と悪い話とありますが、どちらを先に聞かれますか?」
行儀の悪さを窘めつつ、2択を提示する。
「う~ん・・・悪い方を先にしようか。」
「では先ずは悪い話から、2つありますね。」
「うげっ・・・2つも有んのかよ?
モグモグ・・・んでどんな内容だ一体?」
心底嫌そうな表情で、食べ物を咀嚼しながら続きを促した。
「はぁ・・・え~と1つは幽州からですね。」
「ゴクン・・・幽州っていうと、皇族出の劉虞が州牧として赴任した所だよな?」
「ええ、皇族でも徳の高い御仁として名高い、劉虞公が自薦で赴いた州ですね。」
「一体何があったんだ?」
パッと聴いた限り、問題が発生するとは思えない人物の所で、問題が発生したとの報告に、首を傾げて疑問符を浮かべた。
「その劉虞公が幽州軍閥処か、民衆にまで怒りと憎しみを買って暴発・反乱の気運が、急速に高まっているとの事です。」
「はい!?お前がさっき言った人物評と、話の内容があべこべの正反対じゃねーか!
どういう事だそれ!?
周囲から「有徳の仁」と謳われる人物が、周囲の恨み辛みを買ってるって、どういう事だ?
意味が分からん!」
益々疑問符を浮かべて、混乱する何進。
「あくまでも地元軍閥の公孫讃なる者と、その公孫讃の師である幽州出身の盧植殿の、主観的な解釈・内容になるのですが・・・。」
「良いからサッサと話せ。」
顎をしゃくりあげ、続きを促す。
「劉虞公は就任後異民族に対して、「徳を以て従える宥和政策」を打ち出し、その初手として反乱を起こした張純に組し、度々幽州にて略奪の働いていた、丘力居なる烏桓族の首領に降服勧告を行い、居力居が勧告を受け入れた為にこれを赦免し、帰順させる事に成功。
結果、異民族から張純が突き出され、首をはねて反乱者を成敗しました。」
「ふむふむ、結構マトモな話じゃないか?」
「ええ、此処まで聞けばそうですね。」
そう言って一旦言葉を切ると、
「その帰順した筈の烏桓族が、遼東郡を始め国境付近一帯で、何故か略奪を繰り返していますけど。」
これ又あべこべな話をし出した。
「全っ然、帰順してねーじゃねーか!!
何処の世界に帰順・降服したクセに、平然と宗主(従属した国家や勢力)の領地内で、略奪を働くようなバカが居るんだよ!?」
思いっきり突っ込む何進。
「ええそうですね。
しかもその烏桓族に宥和政策の一環として、あろうことか支援物資まで供給しているとの事です・・・公費で。」
「!?おまっ!!それっ!?」
荀攸の話を聞いた途端、絶句して立ち上がり、
バンッッッ!!!
「幽州民から集めた金銭で、武装強盗団の活動資金を提供しているのと同義じゃねーか!!
そんな事すれば幽州民じゃなくても、誰だって反乱を起こす気になるのは当然だ!
何考えてんだ劉虞のバカは!?」
拳を机に叩き付ける。
「本当にそうですよね。
端から観れば利敵行為、或いは売国行為ですが、どうも本人は至って真面目にやっているのが、またなんとも言い難く・・・。」
頭を抱えて呻く荀攸。
「とっとと解任しろ!」
「・・・それが出来たら苦労しません。
現状の中央情勢では無理です。」
「はい!?どういうこった?」
首を振って否定的な荀攸に詰め寄る。
「先程閣下が弁摂政陛下に配慮して、董重の処遇を軽くしたのと同じ理屈です。
劉虞公は幽州に於いては兎も角、特に中央・地元徐州に於いては、有徳の仁として知名度が抜群です。
そんな御仁を解任すれば、弁摂政陛下の鼎の軽重・器量が問われかねず又、諸侯の反発を買うのは必至であるからであります。」
弁皇子が深刻な政治的ダメージを負うと警告する。
「だからって放って置いて、反乱が発生して劉虞のバカが討ち取られたら、今度は被害者の幽州民を、逆賊として討伐せんとならんのだぞ!?
そんな馬鹿馬鹿しい事態になってみろ!
幽州でも「韓遂の乱」が確実に勃発するぞ!?」
精鋭集団である地方軍閥が敵となり、深刻な軍事的ダメージを負う危険性を予見する。
「どうにかならんのか荀攸!?」
知謀に長けた副官に、悲鳴じみた声を上げた。
「私が思い付く最善策は、「敬遠策」ですね。」
「敬遠策?」
「はい、今忽ちは無理ですが今の内に、劉虞公を三公は難しくても九卿に押し込み、年明けの弁摂政陛下の即位に合わせて召し出し、体面を傷付ける事無く幽州から切り離して、朝廷内で飼い殺しにするのが最善かと・・・。」
口に手を当て策謀を練る荀攸。
宮廷内で多数生息している、「玉無し・玉有りの※沐猴冠するのみ」集団と同じ、「漢帝国国営エテ公動物園」で飼育する事を、進言するのであった。
※沐猴=猿がどんなに着飾っても、人間にはなれず人真似に過ぎない様に、幾ら外面がイケメンだろうと金持ちだろうと、内面の人間性がどうしようもない屑で有れば、人の上に立つ資格が無い事。
転じて人面獣心の輩の事。
「なる程・・・お召しと有らば名誉ある事だから、合法的に劉虞をクビに出来る訳だ。
ついでに目の届く所に首輪を付けて、監視も出来るから一石二鳥だな。」
荀攸の敬遠策の利点を理解した何進。
「その通りにございます閣下。
但し今の摂政位の段階で召し出しをしてしまうと、同じ皇族の長老格として召し出し、政治顧問やご意見番的な役割に任じたと周囲に誤解され、妙な権威・権力が醸成されかねませんので、明確な上位者として帝位に就いた後、召し出すべきです。」
使用用法を留意して、使いどころを説明する。
「ふ~む、確かに忽ちは不味いか・・・。
御即位までは半年以上は先だから、盧植にそれとなく匂わせて、幽州民や軍閥を宥め賺して貰うしかないか・・・ふぅ・・・。」
なんとか目途が立ったので、溜め息を吐いて力無く椅子に座ったのであった。
「心中お察しします閣下・・・次の悪い話です。」
「聞きたくない・・・ホンマに。」
ニュースキャスターの如く、淡々と次の話題に移行する荀攸に、耳を塞ぐ仕草で拒否態勢に入る。
「今度は青州からの話題ですね。」
「青州つったら、孔子の末裔の孔融が赴任している所だよな?
孔融の奴は何をやらかしたんだ一体?」
投げやり気味に問い掛ける。
「この報告は孔融殿に対する、隣州の冀州・徐州からの苦情と言うか、抗議文が届いておりまして。」
「近隣州から抗議ってよっぽどだろそれ・・・。」
約束された凶報に、げんなりとするのであった。
基本的に他州の事情には、不干渉・無関心が当たり前の時代に、わざわざ抗議文書を送りつけて来るというのは、かなりの珍事・異常事態であった。
「・・・・・・で?」
「は、抗議文に拠りますと、孔融殿が赴任直後に、「孔子の徳に倣い、孔子が目指した理想の地域作り」を掲げて、様々な政策を施行した結果・・・。」
「・・・結果?」
荀攸の溜めの発言に、ゴクリと息を飲む。
「青州のあらゆる産業が壊滅状態に陥り、青州民の殆どが困窮して棄民化。
その棄民となった青州民が、大勢隣州に押し寄せて来て、隣州も巻き添えを喰っているとか。
又、青州に残ったと言うか行き場の無い者達は、極々自然に野盗化して州内を荒らし、廃れた筈の黄巾賊と合流、順調に勢力を拡大中とのこと。」
某伝説的暗殺拳伝承者も、「オワッタァ!!」と叫ぶレベルの、ぶっ飛んだ報告を述べる。
孔融先生は、ユートピアを目指してディストピアを作ってしまうという、この世の地獄を現出させていたのであった。
ゴンッッ!!
あまりに非道い報告に頭を机に打ちつけて、そのまま突っ伏した状態で、頭をかきむしる。
「なぁ、何をどうしたらどう考えたらそんな事が、逆に出来るんだ?」
ほんと~に素朴な疑問を投げかける。
「え~と報告じゃなくて、抗議文書から読み解くと、孔子の時代に無かった技術・文化は徹底排除。
逆に孔子の時代に有って、現在ないモノは復興した結果、そうなった様です。」
おそらく、と言い添える。
「技術・文化は日進月歩、時代の流れや需要に応じて取捨選択され、洗練・形成されるモノだ。
現在有用として使われているモノを捨て、無用と断じられたモノを使えば、そりゃ当然現在では不必要な物事ばかりが増えて、時代の需要と噛み合わなくなり、あらゆる分野の生産性が低下するのは、至極当然にして必然だろうが!?
なんでそんな事も理解出来ないんだ?孔融のバカタレはよ!?本当にコイツ頭おかしいだろ!」
元商人としての観点で、孔融をパーと断じる閣下。
孔パチ先生の熱心な儒教活動の結果、散々に悲惨な目に遭った青州民は、黄巾賊の唱えるお題目、「中黄太乙!(儒教バ○ス!滅びろ!)」に深く深~く共鳴・共感して入信者が爆増。
後の「青州黄巾賊」の基礎となり、とある名短体が最大の被害を被るのであった。
それはさておき、
「・・・ちゅーか、劉虞のバカも孔融のパーも赴任して半年足らずで、此処までやらかすって有る意味凄い才能だよな本当に・・・。」
最早憎悪を超越して、達観の域に達した何進。
「え?ええ、「負」の意味合いでは、他州の州牧・刺史を寄せ付けぬ「2強」ですね・・・「2凶」と言うべきでしょうが。」
豹変した何進にたじろぐ荀攸。
「それでよ?確か孔融も「有徳の仁」って呼ばれてなかったか?」
「ええ、左様ですけども・・・?」
質問の意図が読めず、首を傾げる。
「さっきの報告を聴いた限り、「有徳の仁」じゃなくて「有毒の仁」じゃねーのかなと、儂個人としては感じるんだが気のせいか?
それとも何か?士人共(名士・名家)は、民衆・国家を苦しめる毒(苛政・悪政)をバラ撒いて、泣かせる事が「有徳」なのか?
その解釈なら、今まで中央のアホ共がやってきた所業に、物凄く納得いくんだが・・・?」
澄んだ瞳で、疑問を投げかけた。
「んなわけありませんよ!!・・・多分・・・きっと・・・恐らく・・・スミマセン、擁護が出来ないです・・・。」
一応儒者の端くれとして反論を試みたが、散々っぱらアホ共がやらかした事を、実際に見聞きしている為、何も言えなくなるのであった。
「まぁ、お前に言っても詮無き事だからいいや。
とりあえずこのパーぐらいは、国家紊乱の罪で処しても良いよな?」
笑顔で「殺っちゃって良い?」と尋ねる。
「無理です・・・孔融殿も知名度が高く又、孔子の後裔としても士人の尊敬を集めておりまして、弁摂政陛下の信望が失われかねません。
劉虞公と有る意味同型ですので。」
首を振って無理と否定する。
「・・・そうか。
蹇碩と肩を並べるぐらいのパーでも、祖先の威名で州牧や刺史に成れるんだから、世も末だよな。」
「能力は兎も角、人間性はマトモなんですけど。」
心苦しいフォローを入れる。
「人間性がマトモなのに、国家万民を苦しめて平然としているって凄いな。
・・・まぁ、名士でいらっしゃる劉虞や、孔融みたいな雲上人の感性は、儂には理解不能だわ。」
「はぁ・・・私も名家の端くれなので、正直何ともいえませんが・・・え~と、じゃあ良い話にいきましょうか閣下!」
複雑な表情で返事を返した後、明るい表情に切り替えて話題を変える。
「ああ、そう言えば朗報も有ったんだったか?
あまりにも悪い話の方の衝撃が強くて、すっかり忘れていたわ。」
ポンと手を打つ。
「で、朗報はなんだ?」
「はい、涼州の董卓将軍からの報告書です。」
「ほう、涼州の糜芳君の事柄か?」
糜芳の涼州に於ける、後見人兼目付役の董卓からの報告書に、興味津々に身を乗り出した。
「は、お喜びください閣下!
糜芳殿が見事に、董卓将軍の懸念していた内訌の目を潰したので、今まで渋っていた并州牧就任を受諾、「何時でも赴任可能」との事です!」
笑顔で伝える。
「おお!?遂に受諾してくれたか!
これで東西の涼州・并州が安定化すれば、司隷方面もより安定になり、新帝の御代も安泰になるぞ!」
司隷(洛陽)の東・并州に巣くう黒山賊の対処に、歴戦の雄・董卓が赴任してくれるのを喜んだ。
「又、民部からも蓋勲殿から私信(個人的)の報告があり、「糜芳殿が赴任して以来、類を見ない程の活気に溢れている」との事。」
益々の笑顔で報告を続ける。
「うん?蓋勲ってあのクソ真面目で、融通の効かない剛直者の蓋勲か?」
「はい、「西園軍」設立した際に、先帝陛下に苦言を呈した、あの蓋勲であります。
死病に罹ったので郷里の涼州に帰った所、糜芳殿に乞われて漢陽郡の太守に成ったとか。
自分の死後の後任に、「常林」なる人物を推挙する旨も、書かれております。」
竹簡を渡して見せる。
「え~と、本当に書かれているな。
しかし死病に罹った人物を登用って・・・無茶苦茶するな糜芳君は。」
破天荒な人事に苦笑する。
「ええ、無茶苦茶ですね~。
ついでに給料は殆ど返納して復興費用に充て、私財まで投じているとか。
その所為か涼州民処か、軍閥にまで支持を得ているようですぞ。」
「ええっ!?あのお金に極めて汚い糜芳君が!?
天変地異の前触れじゃねーだろうな、おい?」
素っ頓狂な声を上げ、身震いする何進。
「う~ん、どちらかと言うと、私財を投じて防衛機能を充実させる事で、「身の安全」を買っているのではないでしょうか?」
糜芳の思考を推測する。
「ああ、それなら納得したわ。
先帝陛下が崩御された際、「喪に服す」名目で退官する気が見え見えだったから、遺勅として残留させた事で身の保身に走っただけか。」
相変わらずで良かった~と喜ぶ。
「しっかし荀攸よ。」
「はい、何でしょう?」
「間違い無く「有毒の仁」である糜芳君は、民衆に「徳」を振りまいて慕われ、劉虞・孔融は「有徳の仁」であるとされているのに、「毒」を民衆に振りまいて憎まれるとは、男女の仲じゃねーが世の中異なモノ味なモノだよな~。」
感慨深く対比を述べる。
「まぁそうかもですね。
毒も薬も紙一重と申しますし。」
何進の意見に同意する荀攸であった。
こうして色々な報告・情報に一喜一憂をしながら、日課と化した残業に挑む2人であった。
続く
え~と次話は糜芳視点になります。
この物語は、独自解釈が多分に含まれておりますが、私的且つ個人的な解釈ですので、あしからずご了承くださいませ。
楽しんで読んで頂けたら嬉しいです。
優しい評価をお願いします。




