83.死亡フラグ
馬車を下り、連れて行かれた先には、私を街で襲ったあの黒フードを身に纏った騎士たちが並んでいた。
「……やっぱり、あの黒フードの一味は騎士派だったのね」
「おや、意外と驚かないのですね」
「予想できていたもの。どうせ、街に出た私を襲うようにけしかけたのもライムンドなんでしょ」
私が抑えた声でそう言うと、ライムンドは耳障りな声で笑った。否定しないということは、あれもこの男が仕組んだことなのだろう。
私は、何度となくライムンドに命を狙われていたのだ。つくづく、ライムンドのことを一瞬たりとも疑わなかった間抜けな自分に呆れてしまう。
「皆さんお揃いですか? 約束通り身代わり皇女を連れてきましたよ」
ものものしい黒フードの騎士たちに、ライムンドは場違いに明るい声で話しかけた。
騎士たちは何も答えないままぞろぞろと私を囲み、胡乱な眼で私をくまなく観察し始める。無遠慮な視線に抗って、私は顔を上げてギロリとまわりの騎士たちを睨みつけた。私の眼光の鋭さに威圧されたのか、数人の騎士たちがたじろぐ。
「……オルディアレス卿が言う通り、本当にこの女は身代わりなのか?」
「どこからどうみても、皇女様にしか見えないのだが……」
「なにかの間違いとしか思えない」
黒フードの男たちがざわめく中、やがて一人の背の高い騎士が一歩前に出た。体格からして、ギルジオに大怪我を負わせた男に間違いないだろう。
「……本当に、第一皇女を連れてくるとはな」
「なんと、エルピーダ様は私を信じていらっしゃらなかったのですか」
ライムンドにエルピーダと呼ばれた男は、私をちらりと見たあと、重々しく口を開いた。
「哀れな。臣下に裏切られるとは」
「当然の報いです。この女は本物の皇女ではない」
ライムンドは憮然として言い返す。エルピーダは何かを諦めたように小さく首を振った。
「ついてこい」
エルピーダは、踵を返して森の奥へ進み始めた。ライムンドが私を小突いて無理やり歩かせる。
しばらく森の中の道なき道を進むと、森の中に朽ちかけた廃墟があった。
「うわあ……」
私は思わず顔をしかめる。
目を凝らすと、廃墟はもともと神殿だったらしく、つくりは立派だ。でも、豪奢なレリーフのある壁や柱はツタや苔にすっかりおおわれていて、どこか鬱蒼としている。少し不気味な印象すら抱いてしまうほどだ。
なるほど、ここなら誰も好き好んで近づきはしない。誰かを監禁するにはまさにうってつけというわけだ。助けを期待するのはまず無理だろう。
私の隣にいたライムンドが皮肉げに唇をゆがめた。
「平民のお前にぴったりの住処じゃないか」
ライムンドの言葉を無視して、私は黙ってエルピーダのあとに続く。
招き入れられた廃墟の中は雑然としていて、荒れ放題だった。盗賊や放浪者が寝床にしていたのだろう。すえた臭いが鼻をついた。
黒いフードの男たちが、黙って私を神殿の奥の司教座にある朽ちかけた椅子に私を座らせ、手足に枷をつける。
「どうしてこんなにも厳重に私を拘束する必要があるの? 私は逃げたりしないのに」
訝しんだ私がそう口にした瞬間、エルピーダが急に片手をあげ、後ろにいた騎士たちに合図をした。一瞬にして数人の騎士たちがライムンドに襲い掛かり、鈍い音が神殿に響き渡る。
悲鳴をあげる前にライムンドは気絶させられ、動かないように手足を太い縄で固定されると、埃っぽい床に転がされた。
驚いて硬直する私に、エルピーダは改めて向かい合う。
「見苦しいところをお見せしましたね」
「……仲間割れしたの?」
「まさか。我々は元来仲間ではありません。彼がどう思っているのかは知ったことではありませんけれどね。まあ、これまでは利害関係が一致したので協力関係にあっただけのこと」
「そうだったの。でも、今日で協力関係はおしまい、ってことね」
「……主君をこうして裏切ったライムンド・オルディアレスは、いずれ我々をも裏切るでしょうから」
「なるほど。裏切られる前に、先にライムンドを裏切ったのね」
私は少なからず驚いていた。
ライムンドは騎士たちのことを、脳筋だの、扱いやすいだのとバカにしていたけれど、騎士たちなりに考えはあったらしい。ライムンドの壮大な計画は、騎士たちの裏切りによってあっさり幕切れを迎えた。
「ライムンドを拘束した、ということは、私たちをこの場で始末する気?」
「その通りです。まあ、その前に少しお話ししましょうか」
エルピーダは、おもむろに顔を隠していた黒いマントを脱いだ。薄い水色の瞳に、骨ばった顔つきと、禿げあがった頭。財務局でオフェリア商会に嫌がらせをしてきた男だ。黒フードの騎士たちも、それに倣う。総じて、あまりいい印象はない貴族たちばかりだ。
私の前に並び立つ騎士たちの顔を眺め、私は胡乱な目を向けた。
「……はあ、ここにいる全員どっかで見覚えのある顔だわ。で、この期に及んで、私に顔を見せるなんてどういうことなの? 私はどうせ今から死ぬ運命なのだから、最後の最後にからかってやろうって魂胆?」
「いいえ。我々は騎士ですからね。マントをしたまま貴女に接するのは、マナーに違反する」
「こうやってか弱い乙女を椅子に拘束している人たちが、今更なにを言って――……」
毒づく私に、エルピーダは、急に優雅に頭を下げた。最上位の貴族にするような、正式の礼だ。
私は息を飲んだ。
「え、な、なに……?」
「偉大なるお方に心からの謝意を。ライムンド・オルディアレスは貴女が平民の少女であると言い張っておりましたが、我々は貴女の正体なんてどうでも良いのです。他でもない貴女自身がやってきたことに、騎士たちも多少は恩義を感じておりますゆえ」
「感謝している? 私に?」
意外な一言に、私は耳を疑った。しかし、エルピーダが冗談を言っている様子はない。
「……ボスリン山の件ですよ」
「ああ、あのトンネルを掘る事業のこと? 貴方たち騎士たちは散々反発してたじゃない」
「ええ。無理やり騎士たちを招集し、トンネルを掘らせ、土運びに騎士たちを従事させるとは、と当初は思いました。屈辱を感じ、今すぐに第一皇女を排除しようと息まき、オルディアレス卿にそそのかされるまま貴女を襲撃した」
「…………」
「しかし、やがて気づいたのです。貴女は平和なこの国で、持て余され、あまつさえ暴力的だと嫌われていた騎士たちに、居場所を与えようとしていたのだと。そして、職を得ることで我々の暮らしも安定しました。我々騎士派は、そもそも実力主義が鉄則。与えられた恩義には、相手が誰であろうと謝意を示します」
「……そう、それなら良かったわ」
私は微笑んだ。
「……でも、助けてはくれないのよね」
「残念ながら。次期皇帝は、イサク様でなくてはなりません。騎士は有事の時にこの国を守れるのは、あの方しかいない」
「分かったわ。そこまで言うんだったら、イサク様を全力で支えてあげてください。あの人は強い人だけれど、少し正直すぎて危なっかしいところがありますから」
「……驚いた。命乞いはしないのですか」
「命乞いしたところで、貴方たちの意志は変わらないでしょう」
「その堂々としたお姿、心の底から感服致しました。嗚呼、どこまでも気高い魂を持つお方よ、貴女が皇女というお立場にいなければ、あるいは……」
エルピーダは憐憫の眼差しで私を見つめたあと、片手をあげた。
「火をつけろ。このお方が苦しむことがないよう、一瞬で燃やし尽くせ」
ゴウ、という音ともに、あっという間に辺りは火の海になった。エルピーダは最後にもう一度深々と頭を下げると、騎士たちとともに火の向こうに消えていく。
私は灼熱の炎がメラメラとあたりを燃えつくす中、小さく吐息を吐いて目を閉じた。
手足の枷は、自力では取れそうもない。火は目前まで迫っていた。
万策尽きて、絶体絶命のピンチなのに、心は不思議と凪いでいる。全ての首謀者であるライムンドが気絶して足元で転がっている以上、私の村は大丈夫だ。
死ぬのは怖い。それでも、不思議と胸の中には達成感に満ち溢れていた。
「ああ、もう。今回の人生も散々だったなあ……」
初めは小さな村の平凡な娘として順調満帆に生きていたはず。
それなのに、攫われて、身代わりの皇女になってから、平穏な生活とは程遠い世界に足を踏み入れてしまった。
平凡な村娘のままでは決して出会えなかった、たくさんの人たちと出会ってきた気がする。
瞼の裏に、たくさんの人たちの思い出が浮かんでは消えていく。
大事な約束をした、優しいオフェリア。厳しいけれど、世話焼きなギルジオ。破天荒で美しいこの国の女帝、アマラ様。個性的な商会の人々に、侍女や、貴族令嬢たち――……
そして、優しくて勇敢な皇子、イサク様。
(……イサク様、最後に会いたかったな)
鼻の奥がツンとする。本当のことは何一つ伝えられないまま、けんか別れのようになってしまった。
炎に焼かれてライムンドを道連れにひっそり死ぬくらいであれば、イサク様を信じて、裏切られて死んだほうがましだったのかもしれない。
あるいは、プロポーズを受けて、全てを打ち明ければ、もしかしたら本当にイサク様の恋人となり、あの絶望的な状況から助けてもらえたかも――……
そんな「もしも」の未来が私の胸の中に思い浮かんでは消えていく。
しかし、私は一人首を振った。
この状況は、結局好きな人を信じることができなかった罰なのだろう。これでよかったのだ、と私は何度も私に言い聞かせる。
こんなクソ野郎と死ぬのはとても心外だけれど、この際仕方ない。第一皇女オフェリアは行方不明となり、真相は闇の中に消えるだろう。
「あーあ、せっかくだからイサク様にちゃんと大好きって言っておけばよかった」
炎の中、私は場違いなことを呟く。結局、気持ちを曖昧に伝えて終わってしまった。それが、たった一つの心残りだ。
熱さで呼吸すら苦しい。もうもうとした煙を吸うごとに、自分の身体がいやおうなく力を失っていく。目の前の柱が轟音をたてて崩れる。最期の言葉にしては、ちょっと間抜けなことを言ったなあ、と思いながら私はついに意識を手放し――……
「ちょ、ちょ、ちょっとまってください! 死ぬ気ですか! 死ぬ気ですよね!?」
突然甲高い声が、辺りに響き渡った。ずいぶん懐かしい声だ。一瞬幻聴かとおもったけれど、それにしてはずいぶんはっきりしている。
おそるおそる目を開けると、目の前にはあの自称神様がいた。





