82.絶望
私たちを乗せた馬車は猛スピードで首都を駆け抜け、あっという間に郊外のうっそうと茂る森へ入って行った。ここまで来ると、定期的に街を見回る騎士たちの目も届かなくなってしまう。
「これから、私をどうするつもりなの」
私は小さな声で訊く。抑えようとしても声が震えるのは、馬車が激しく揺れているせいだけではない。今すぐにでも怒鳴りたい気持ちを必死でこらえているのだ。
ライムンドは薄緑色の瞳にゆらめく嘲りの色を隠そうともせず、顎をそらせて私を見下ろした。
「貴女はしばらく監禁させてもらいますよ。騎士派の騎士たちがちょうど良い監禁場所を見つけたようですので」
「なんですって!? いつの間に騎士派と繋がっていたの?」
「初めからですよ。第二皇子派の貴族派と騎士派を分裂させたのは、この私ですからね。貴族派のなかにも、困ったことに偽物である第一皇女を擁護する愚かな貴族たちがいるのです。その上、困ったことに、第一皇女と第二皇子がお互いに惹かれあっているという噂もありましてね。大人しくいがみ合ってくれればまだマシだったのですが」
「…………」
「だから、イサク殿下のもとに貴女が偽物だという密告の手紙をあえて送ったのですよ。効果は絶大だったようですね。なんせ、先ほどの貴女は哀れなほどに青ざめ、絶望した顔をしていましたから」
「私とイサク様の仲を引き裂くために、あんなことを?」
「ええ、当然です。第一皇女と第二皇子が結託されると、困りますから」
ライムンドはゆったりと微笑んだ。
「貴女が強い権力を持てば、相対的に私の権力が弱くなる。なんせ、貴女は私のことをちっとも信頼していませんからね」
「……よく分かってるわね」
私は精いっぱいの皮肉を言う。ライムンドは肩をすくめた。
「とにかく、私の野望を叶えるため、反第一皇女主義の新たな勢力が必要だったのです」
「自分の野望のために、騎士派を利用したってわけ?」
「ええ、その通りです。騎士は脳筋ばかりで御しやすい。皇女が身代わりであることを密告すると、すぐにこの計画に協力してくれましたよ。騎士たちには貴女を1か月ほど監禁してもらいます。それくらい経てば、髪が伸びて多少本来の髪の色がでてくるでしょう。皆の前で、第一皇女オフェリアが身代わりの皇女だと糾弾するのは、十分な証拠になる」
「馬鹿ね。私が身代わりだということがバレたら、ライムンドの立場が危うくなるわ」
私の指摘に、ライムンドは芝居がかった仕草で肩をすくめてみせた。
「私は第一大公に脅されて、仕方なくこの身代わり皇女計画に加担してしまったのです」
「はあ?」
ライムンドの一言に、私はぎょっとした。この馬鹿げた身代わり計画を実行したのは、目の前にいる柔和な微笑みを浮かべる冷酷な男だったはず。
しかし、彼は真実と違うことを平気な顔でペラペラと話しはじめた。
「第一大公が初め、亡きオフェリア様に代わって身代わり皇女を擁すると言いだした時、私は恐れながら何度も反対致しました。しかし、私の意見が聞き入れられることは一度たりともなかった。かくして、権力に目が眩んだ第一大公は、オフェリア様と瓜二つの賤しい平民を、皇女として王宮に送ったのです」
「さっきから、なにをデタラメ言っているの? 権力に目が眩んで私を身代わり皇女に仕立てあげたのは、ライムンドだったじゃない!」
「おやおや、何をおっしゃるのやら。私は第一大公に従っただけですよ。しかし、さすがの私も嘘をつき続けることは良心が咎めた。悶々と悩み、眠れない日々が続きましたが、こんな日々はもうおしまいです。私は、勇気をもって第一皇女は偽物であるという事実を、皇帝に告発いたします!」
寒々しい嘘をつき続けるライムンドを、私はきつく睨みつけた。
「嘘つき! 誰がアンタなんて信用するもんですか。私がちゃんと真実を話すわ」
「フン。偽物がいくら吼えても、誰も耳を貸そうとはしませんよ」
「うっ……」
私は絶望的な気持ちになった。
確かにライムンドの言う通りだ。身代わり皇女だとバレた私は、ただの平民の娘、――いや、帝国の民を欺いた大罪人だ。
私が弁明したところで、誰も私の話を聞こうとはしないだろう。
一瞬で暗い顔になった私の顔を見つめ、ライムンドは柔和な顔に残酷な笑みを浮かべた。
「いいですね、その絶望した顔。胸がすく思いです。平民のくせに、高貴な血の流れる私に、偉そうに指図ばかりしてくる生意気な娘め。会うたびに怒りではらわたが煮えくりかえりそうでしたよ。何度殺してやろうと思ったか。――まあ、実際何度か殺そうとしたのですが、失敗に終わりました。先日の毒はとびきり強い毒だったのですが、なぜ未だにピンピンしているのか不思議でなりません」
「……先日の毒? ……もしかして、私のシャンパンに毒を盛った犯人は、ライムンドだったの?」
「ええ、その通りです。貴女を毒殺しようとしたのは、他でもない私ですよ」
ライムンドはあっさりと罪を認めた。その眼に反省や後悔の色は一切ない。
「まあ、バレることはありませんよ。第一皇女の腹心であるオルディアレス卿を疑う人間なんて、この世界にはどこにもいませんからね。それに、今ごろ、捕らえられた従者が私の魔法に操られ、やってもない罪を自白しているころでしょう」
「魔法で、操って自白……!?」
「ええ。オルディアレス家の祖先は優れた魔法使いです。ですから、私は多少の魔法なら使えるのですよ。特に私は、人を欺き、操るような魔法が得意でして。例えば、あのプライドの高い黒髪の侍女もそうだ」
「……もしかして、ビビのこと? 嘘でしょ!?」
「ああ、そうだ。あの侍女はビビとかいう名前でしたねえ。最期の最期まで抵抗しましたが、私の魔法で彼女を操り、海に落とす程度造作もないことでした。それに、貴女にも一度魔法を使ったことがあります」
「……そんな」
私は唇を噛んだ。人を操る魔法なんて、フォロン公国のユーチェン姫が操られていた時に使われていたものだ。イフレン皇国ではとっくの昔にそんな邪悪な魔法はなくなったと思っていた。しかし、まさかこんなにも身近にその魔法を使える人物がいるとは。
しかし、思い返せば一つ思い当たる節があった。
「……そういえば、故郷から攫われたときにライムンドから何か魔法をかけられた気がするわ。もしかして、あれがその人を操る魔法だったの?」
「御名答です。本当は、身代わり皇女を魔法で操り、私が権力を掴む気でいたのですよ。しかし、不思議なことに、貴女にはこれっぽっちも魔法も毒も効かないんですよねえ。それどころか、どんどん私の言うことに反発するようになった。平民の分際で!」
ライムンドはイライラしたように口元をゆがめ、爪を噛む。
「全くもって忌々しい。貴女のせいで、私の計画は全て台無しです」
「…………」
「その上、身代わりのくせに、まるで本物の皇女のように振る舞い、偉そうに私に指図してくるから憎たらしい。誰が賤しい平民の臣下になると言いましたか?」
「オフェリアの最期の願いは、私を皇女として扱うことだったはずじゃない。その願いに背くことになるわ」
「フン。死人の願いなど、聞く価値もない」
「……最低」
私は吐き捨てるように言った。ライムンドは私を睥睨する。
「その生意気な態度、すぐに後悔することになりますよ」
「……ねえ、毒を盛ったシャンパンのグラスは二つだったわよね。毒が効かない私が飲むならともかく、ギルジオが先に飲んでしまったらどうする気だったの?」
「ギルジオは、私の駒。別に死なれたとして、私の計画に支障はありません。むしろ、あそこで死んでもらった方がまだ、ギルジオにとってはマシだったでしょうね。死に損ないの役立たずには、第一大公と一緒にお前を身代わりにする計画を立てた首謀者となってもらいます」
「酷いわ! ライムンドにとって、ギルジオはたった一人の弟じゃない!」
「過去、私は主すらこの手で殺しました。別に、肉親を殺す程度、大したことではない」
「主すら、殺した……?」
私は思わずライムンドの言葉を反駁した後、ハッとした。
「もしかして、オフェリアに毒を盛ったのもライムンドなの?」
「ご明察。あの愚かな皇女は私が始末しました。なんせあの女、私より実務に優れるギルジオの方が、オルディアレス家を継ぐべきだと言っていたようですから。そして、オルディアレス家をギルジオに任せ、私を側に置こうとしたらしいのですが……。冗談じゃない。私こそが、オルディアレスの嫡男なのですから」
ライムンドは寒々しい空虚な笑みを浮かべた。その眼にまったく反省や後悔の色はない。
あまりの怒りでくらくら眩暈すら感じた。こんな卑劣な野郎に、大事な友達を殺されてしまった怒り。そして、今まで一瞬たりともライムンドを疑いもしなかった愚かな自分への、怒り。
「このクソ野郎。そんなくだらない理由で、オフェリアを殺したっていうの」
「くだらない理由? 私にとってはこれ以上ないほど、重要なことです。私はオルディアレス家の長男、つまりオルディアレス家の正当な継承者。弟のギルジオに、オルディアレス家は譲りません。それに、ギルジオは欲がありませんからねえ。オルディアレス家を復興したとして、たかだか地方貴族どまりでしょう。男爵位がいいところだ」
「…………」
「私なら、没落したオルディアレス家を蘇らせることができるます。いずれ、イフレン皇国にオルディアレス家ありと、世界に名を轟かせることになるでしょう」
「完全に、権力に取り憑かれてる。アンタ、どうかしてるわ……」
「卑しい言葉でどんなに罵られようと、最後に笑うのはこの私ですよ。さあ、つきました。偽りの皇女に怒り狂い、血に飢えた騎士たちが貴女を待っていますよ」
気づけば、馬車は森の中で止まっていた。ライムンドは荒々しく私の腕を掴んで私を立たせると、耳元で呟くように言う。
「絶望しなさい。今日からは、昨日の毒で大人しく死ねばよかった、と思うほどの屈辱をお前に与えてあげますからね」





