66.身代わり皇女は使者となる
私の発言のあと、議場は荒れに荒れた。
宰相たちは、戦争で勝利した暁に得られる戦利品やフォロン公国の土地に眼がすっかりくらんでいたため、声高に私を非難した。
「何を考えているのです! オフェリア様は大局的な見地が欠けています」
「大局が見えていないのはどちらですか? フォロンはイフレン帝国で生産する小麦の5割近くを生産しているのですよ。戦争によりフォロンが荒廃すれば、イフレンは間違いなく小麦が不足し、飢饉がおこってしまうかもしれません」
「そもそも、あちらから言いがかりをつけてきたのですよ!? 我々が戦を仕掛けても、正当防衛とみなすでしょう。これくらい、外交の常識だ!」
「そんな非常識な常識がまかり通っては困ります。あちらは宣戦布告をしたわけではなく、あくまで『宣戦布告をする』と通達しただけにすぎません。こちらが攻撃を仕掛ければ、正当防衛ではなく、イフレンから攻撃が仕掛けられた、と見るのが妥当では?」
私は平然として宰相たちの言葉に答えた。
死神オフェリアというありがたくないあだ名がある手前、あからさまな悪意を向けられるのには慣れている。
しょせん小娘だと侮っていた私が、どんな言葉をぶつけられようと意見を曲げないと気づいた宰相たちは、見るからに焦ってイライラし始めた。皆、戦争をしたくてたまらないのだ。
ついに宰相の一人がヒステリックに私を謗った時、それまで黙っていたアマラ様が一喝した。
「それまでだ! 私の可愛いオフェリアをそれ以上いじめるな。聞くに堪えん」
ヒートアップする宰相たちの言葉に、アマラ様の堪忍袋の緒が切れたらしい。宰相たちは悔しそうな顔をして口をつぐむ。さすがにアマラ様には逆らえないのだ。
ぎこちない空気が流れようとしたその時、タイミングよく見慣れた商人が議場に姿を現した。私の姿をみて、軽く礼をした彼は、だいぶ汗をかいていた。急いできてくれたのだろう。
「モギさん! 急にお呼びして申し訳ございません」
「いえ、オフェリア皇女の頼みとあらば、断る商人はまずこの街にはいませんよ。皆、なにかしら皇女様にはお世話になっていますからね」
モギ・モリンという名の彼は、行商をしていた時期が長く、国じゅうの情報に詳しい商人だ。
さっそく私がデーレヌイの情報を伝えるよう促すと、モギさんは立て板に水を流すように、デーレヌイの情報を事細かに告げた。
最初は呆気にとられた顔をしていた宰相たちも、やがてモギさんの情報に渋々といった様子で耳を傾け始める。私の読み通り、モギさんは情報提供者として適任だった。
モギさんの話が終わると、宰相たちはアマラ様の的確な指示のもと、忙しそうに去っていく。私の隣に座っていたライムンドも、アマラ様の命令で備蓄にしている食料の現状把握をしに王宮の裏の備蓄倉庫へ走っていった。
あらかた指示を終えたアマラ様は、にっこりととっておきの笑みを浮かべた。
「モギ・モルン。大儀であった。そなたの情報はこの国を救うだろう」
「そっ、そんな、めっそうもございません。そこの賢い皇女様には一生かかっても返しきれないほどの借りがあるんだ。これくらいでお役に立てるなら、いつでも呼んでください」
「ああ、ありがとう」
モギさんは顔を真っ赤にして、しきりに恐縮しながら従者とともに帰っていく。
アマラ様は椅子の肘掛けにゆったりと手を置いて、ことりと首をかしげた。
「良い人脈を持ったな、オフェリア」
「はい。ありがたいことです」
私はしみじみと頷く。商会を営むことはとんでもなく大変だけど、間違いなく得られたものは大きい。
再び静かになった議場には、イサク様と私、それからアマラ様だけが残った。
窓の外を眺めて何か考えていたアマラ様は、しばらくして優しい口調で私に訊ねる。
「オフェリア。お前は先ほど、一か月時間を与えろと言ったな。何か策はあるのか」
「……はい。私が、使者としてフォロン公国に行き、ユーチェン姫を説得しようかと」
「ほう……」
私の提案を聞いたアマラ様が顎をそらして私を睥睨する。身の内すら全て見通すような鋭い瞳が、私を見つめた。私が本気かどうか、見定めようとしているのだ。
私は、まっすぐアマラ様を見つめた。
「私は、本気です」
「そのようだな」
私とアマラ様が静かに視線を交わす中、イサク様が青い顔をして机を叩いた。
「オフェリア、自分が何を言っているのか分かっているのか! 今のフォロン公国は危険すぎる!」
「はい、危険は重々承知しております。最悪、見せしめとして殺されるでしょうね」
私は淡々と答えた。
「……ですが、戦争を止めるためにはその方法しか考えつきません」
「止める必要がどこにある! この戦は必ず勝利するだろう! イフレン帝国の領土は拡大し、さらなる発展につながる」
「いいえ、戦争は得られるものより、失うものの方が多いものです。なにより、かけがえのない大事な国民の命をいたずらにもてあそぶようなことを、私はしたくない」
「…………」
イサク様は唇を噛んで押し黙って私を睨む。いつも優しく私を見つめるヘーゼル色の瞳が、初めて敵意のこもった視線をこちらに向けた。
(……本当は、イサク様からこんな目で私を見てほしくなかった)
胸の奥がキリキリと痛むのを無視して、私は改めてアマラ様に向かいあう。
「アマラ様、どうか私に使者として任命ください。必ず遂行いたします」
「しかし、オフェリア……」
「大丈夫です。勝算はあります」
私はしっかりと頷いた。アマラ様はしばらくじっと私を見つめた後、諦めた顔をして長いため息をつく。
「……分かった。オフェリア、お前をフォロンの使者としよう」
「アマラ様! しかし……」
「イサク、諦めなさい。今は何を言っても無駄だ。私たちが何を言っても、オフェリアはフォロンに向かうだろう」
アマラ様の言う通りだった。私はたとえアマラ様が私をフォロン公国の使者と任命しなくても、フォロン公国に乗り込んでいくつもりできたのだ。
しかし、イサク様は未だに納得していないようだった。
「オフェリアがフォロンに行くのであれば、俺たち騎士団がオフェリアの護衛としてついていきます! もしオフェリアの身に何かあれば、すぐに内部から攻め……」
「それはダメですよ、イサク様」
「だが、オフェリア……ッ!」
「使者の私が騎士たちを連れていけば、相手も否が応でも警戒するでしょう。フォロン公国の首都にも入れてもらえないかもしれません。私の目的はユーチェン姫に会うことですから、それでは困ります」
「オフェリアが危険な目に遭うかもしれないというのに、指をくわえてみていろと言うのか!?」
「イサク様は騎士団を束ねる人です。その御身は、私ではなく国民を守るためにお使いください」
私の言葉に、アマラ様も頷いた。
「オフェリアの言う通りだ。イサクは残ってくれ。冷たいことを言うようだが、オフェリアの作戦が失敗した暁には、お前の力が必要になるんだ」
「アマラ様まで!」
「イサク、あいにく私もなるだけ戦争はしたくないと考えている。戦争を止めたい、と申し出てくれたオフェリアの提案は、この上なく魅力的だ。オフェリアなら必ず結果をだすだろう。一か月、様子見と行こうじゃないか」
「しかし、必ずしもオフェリアが使者でなくても良いはずでは!?」
「残念ながら、オフェリア以上の適任が思いつかない」
イサク様は未だに納得していない様子だった。しかし、このままでは埒が明かない。
「お二人のお話が白熱しているところ失礼ですが、私にはあまり残された時間がございませんので、退出いたします」
私はさっさと話を切り上げて、すぐに立ちあがる。猶予は一か月しかないのだ。イサク様の説得は、アマラ様にお任せしたほうが良いだろう。
アマラ様は議場をあとにしようとする私を、まっすぐに見つめた。
「ありがとう、オフェリア。お前の勇気に、心からの敬意を。そして、カビア神からの加護があらんことを」
「……ありがとうございます」
私は微笑んで頭を下げて足早にその場を去る。議場のドアを閉める寸前まで、アマラ様の美しい瞳は私をずっと見ていた。





