51.皇子からの贈り物
「オフェリア様は忙しい。断ってくれ」
急なイサク様の来訪に、パニックになる私をよそに、ギルジオは冷たい声でジルに命じた。
私は慌ててギルジオに抗議する。
「ま、待って! なんで勝手にギルジオが決めるのよ! 私は別に、忙しくはないわ」
「忙しいに決まっているだろ。決算書を確認し、契約書を査読。目を通してない手紙も山ほどある。午後からは商会で面会のアポイントが3件ある」
「仕事が溜まってるのは認める。でも、どれも第二皇子の来訪を断るほど、優先順位が高い仕事とは思えない。約束の時間までは時間があるわ」
反論する私に、ギルジオの薄緑色の瞳が私をひたと見据えた。昔の私なら、竦みあがってしまうくらいに冷たい視線だけど、今の私はこれくらいで動じない。負けじとにらみ返してやると、ギルジオは眉間にしわを寄せた。
しばらく私とギルジオの間で膠着状態が続いたものの、傍らにいたジルが、ひとつ咳ばらいをする。
「あまり第二皇子を待たせるべきではないと判断し、不躾ながら提案させてもらいます。あまり時間がない旨をお伝えした上で来賓室にお通しするのはどうでしょうか?」
一瞬不服そうな顔をしたものの、ギルジオは「短時間だけなら」と、ジルの案に同意した。ジルは頷くと、踵を返す。私はホッとため息をついたあと、わたわたと鏡に向かって走り寄った。
「わ、私、変じゃない? 変だよね? もう、包帯してると、おでこが広く見えるから嫌だな。包帯を取っ払ってしまいたい……」
「おい、包帯は取るなよ! 怪我をした体なんだぞ」
「わかってるわよ! ああ、そういえばイサク様をお迎えするのに、ちゃんとしたドレスに着替えたほうが良いかな? あと、髪の毛、ボサボサのままだから結わなくちゃ……」
「別にどうだっていいだろう。短時間しか会えないと言っている以上、待たせるべきではない」
ぶっきらぼうにそう言い放って、ギルジオは私の背中をグイグイ押す。
「ちょっと押すのはやめなさいよ! 口紅くらい直させて!」
「多少化粧をしたところで、お前は何も変わらん。保証する」
「褒めてないでしょ!」
結局、私は特に身支度をできないまま、イサク様の待つ来賓室の前に向かう。かろうじてボサボサの髪を整え、私は一つ深呼吸すると来賓室に入った。
大きな窓からさんさんと陽の光が入る来賓室のソファの上に、緋色の髪の皇子がゆったりと座っている。
鋭い目は伏せているものの、人を圧倒するオーラはいつも通りだ。今日のイサク様は、なんの飾りもない草色のシャツに、細身のズボンを合わせている。ジャケットもベストも羽織っていないものの、まるで貧相に感じないのが不思議でしかたない。私なんて、平民の恰好をしたらすぐに平民に紛れ込めてしまうのに。
イサク様は、私が部屋に入ってきたと気づいたとたん、バッと立ち上がった。それから私の頭に巻いた包帯を見て痛々しそうに顔をしかめる。
「イサク様、ごきげんよ……」
「オフェリア! 怪我をしたと聞いた。大丈夫なのか?」
私が挨拶をみなまで言う前に、イサク様が私に駆け寄って私に手を伸ばす。しかし、後ろで控えていたギルジオが私とイサク様の間に割って入り、イサク様の手をむんずと掴んだ。
「オフェリア様のお怪我は、ご心配には及びません。それから、第一皇女に軽々しく触れないでいただきたく。レディの身体に断りもなく触るのは、マナー違反ですよ」
「ギルジオ、お前は相変わらず過保護だな」
「お言葉ですが、殿下。私の主上に、あまり近づきすぎませんよう」
私の位置からではギルジオの顔はもちろん、ギルジオの広い背中に隠れてイサク様の顔も見えない。しかし、二人が纏うオーラから察するに、二人とも鬼のような顔をしているに違いなかった。
(本当に通常通り仲が悪いわね、この二人……)
二人が笑みを交わした場面を見たことは一度もない。私はとりあえず二人を無理やり引き離した。
「あ、あの、とにかく座りましょう? ジルがお茶を淹れてくれましたよ。茶菓子もありますから。ギルジオも、ほら、座って」
イサク様とギルジオに席についてもらうと、ぎこちない間が私たちの間に流れた。
ギルジオは不機嫌そうにむっつりと押し黙り、ジルはわれ関せず、といった様子で淡々とお茶を私たちに出すとさっさと出て行ってしまった。イサク様も、あまり自分からペラペラ喋るタイプではない。
この雰囲気の中話し始めるのは気がひけるものの、仕方なしに、私は口火を切った。
「……イサク様、ご心配をおかけしてしまってすみません。怪我ですが、ギルジオが申しあげたとおり、そう大した怪我でもありませんので」
「そうか。しかし、包帯を巻いていて痛々しいな。その上、怪我したのは額か? 美しいオフェリアの顔に傷がついたのは、あまりにも口惜しい」
「傷がついたなんて、そんな。そう大きな傷ではありませんよ」
私はそう言ってあいまいに笑う。イサク様相手に「高額のお給金がもったいなくて侍女をクビにするために一芝居打った」とはさすがに言えないため、私はさりげなく話題を変えた。
「そういえば、お会いするのは久しぶりですね」
「うん? 街で会っただろう。そう久しぶりでもあるまい」
「い、イサク様! それは……!」
イサク様はいたずらっ子のようにニヤリ、と笑う。私をからかったのだ。
かろうじて平静を保てていたのに、イサク様の一言で夕日の中、優しく抱擁されたことをありありと思いだしてしまい、私は頬が火照ったのを感じた。
横にいたギルジオが敏感に反応する。
「おい、街で会った? どういうことだ」
「ん? ああ、お前には話していなかったのか? 貴殿は、よっぽどオフェリアに信頼されていないらしい」
「なんだって!?」
イサク様に煽られて、ギルジオが激高して立ち上がる。私は慌ててギルジオをとめた。
「ギルジオ、待って待って、怒らないで! イサク様も、ギルジオを煽らないでください! 二人とも睨み合わないで!」
まさに一発触発の雰囲気になった瞬間、机の上にドン、と大きな花瓶が置かれた。イサク様とギルジオの間に、色とりどりの花がモサモサと揺れる。
花瓶を置いたのは、仏頂面のジルだった。
「皇女様、イサク様に花束をいただきました。ここに飾っておきますね」
「あ、ありがとう、ジル……」
「皇子様、ギルジオさん、お花でもみて、とりあえず心を落ち着けてください。お言葉ですが、オフェリア様はお忙しいのです。お二人の喧嘩にお付き合いする時間は全くの無駄。それに、大抵の女性は殿方の喧嘩を喜んで見るという趣味は持ち合わせていませんよ」
ぴしゃり、とジルに言われて、イサク様とギルジオが拍子抜けした顔をして大人しくなる。
(た、助かった……)
私は心の中でほっとため息をつく。ここぞという時に肝が据わっているジルを侍女として残しておいて、つくづく正解だったと思わずにはいられない。
私はイサク様に微笑んだ。
「イサク様、こんなにお花をいただいて、ありがとうございます」
「あ、ああ、喜んでもらえれば嬉しい。……それから、オフェリアはグリダス神話が好きだったよな。だから、遠征先で神話に関する本を手に入れてきた。遠征先のビブリニュスは、古本屋街があるんだ」
「まあ、素敵!」
イサク様から渡された数冊のぶ厚い本に、私は歓声をあげた。どれも面白そうな本ばかりだ。身代わり皇女になってから、何かと日々忙殺されて神話に関する本を全く読めていなかった。
自分が神話が好きだったことも忘れかけていたほどだ。私は、もらった大事に本を胸に抱く。正直、どんな贈り物よりも嬉しい。
「私が神話好きなこと、覚えていてくださったんですね! すごく嬉しいです。どれもまだ読んだことのない本です! それに、この赤い本って絶版ですよね!? すごい! ずっと読みたかったんです!」
「そんなに喜ぶとはな」
「古本屋街はどうでした? ビブリニュスには、ぜひ一度行ってみたいです」
「そうか? なら、いつか一緒に行こう。それから、これも受け取ってくれ」
イサク様はポケットから小さな箱を取り出して私に渡した。私は、首を傾げる。
「イサク様、これは?」
「ネックレスだ。……気に入るといいんだけどな」
イサク様からもらった小さな箱を開けてみると、そこにはシンプルなデザインの宝石のついたネックレスが入っていた。宝石は、薄いヘーゼル色。見たことのない、珍しい種類のもので、イサク様の瞳と同じ色だ。
それを見た瞬間、ギルジオが一瞬で殺気立つ。
「おい、これは……」
「ギルジオ、もうちょっと黙ってて」
私は履いていたヒールでギルジオの足を踏んづける。ギルジオは無言でもんどりうった。
「……素敵ですね、ありがとうございます」
「パーティーにでもなんにでも、つけてくれたら嬉しい」
「?」
意味が分からず、首を傾げた私に、意味深な笑みを浮かべて、イサク様は立ち上がる。
「いきなり訪ねてすまなかったな。理由はなんであれ、オフェリアの顔が見られて良かった。では、渡したいものは渡せたし、俺は去ろう。邪魔したな」
「色々贈り物をいただいてしまって、ありがとうございました。もらってばかりで、すみません」
「俺が勝手にやったことだ。気にするな」
ジルが待ち受けていたかのようにさっと来賓室のドアをあけ、イサク様はさっさと帰っていく。
「もう二度と来るな」
去っていったイサク様の背中にギルジオが冷ややかに吐き捨てた。





