表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/37

fragile 4


「しつこいようだけど…本当に良いんだな?」

私よりもむしろ緊張した面持ちで尋ねる智さんに笑顔で頷き


「よろしくお願いします」

と頭を下げる。


「自分で言うのもなんだけど、俺、かなりスキンシップ過剰な性質らしいから。

現に何度もそう言われたし、イヤだったらそう言ってくれるとありがたい」


智さんは一瞬懐かしむように、何ともいえない優しい表情で私を見つめた。

それだけで私の心拍数は急上昇する。



——スキンシップ過剰だと言ったのは…私?

火照る頬に手を当てて俯く。



急遽決まった退院手続きの為、結局智さんは今日も仕事を休んでくれた。

迷惑をかけている事を心苦しく思う反面、今日も彼の側にいられる事が素直に嬉しい。


それどころか智さんは社に掛け合って、今週1週間の休みを取ってきてくれた。

ずっと彼の側にいられるなんて、夢みたい。


婦長と話をしている智さんを、横目でそっと窺った。

目ざとい彼は私の視線に気がつき、こっそり手を振ってくれる。


左腕は痛いには痛いけれど、動かすのに支障はない。

頭もたんこぶにはなっているけれど、傷はないので今日からシャワー浴びても良いとお許しも出た。


何よりも智さんが側にいてくれる。

もっとも来週からは本当に仕事に行かなくてはならないから、それは寂しいけれど…。



「悠香」

呼ばれて慌てて彼の元に駆け寄る。


「これで手続き終わったから」


「あ…お世話になりました。

あの、ありがとうございます」

ペコリと頭を下げると、婦長が優しく両手を包み込んだ。


「あなたなら大丈夫。

きっと幸せになれるわ、今西さん。

北条さんの手を放さないでね。

北条さんは…言うまでもなさそうだけど」



困った患者だったろうに、最後まで優しい婦長の言葉に思わず目頭が熱くなる。


「本当にありがとうございました、斎藤婦長」


「週に1回の診察、必ず来てください」

もう1度頭を下げると病院を後にする。



病院から真っすぐ、智さんの家へ荷物を取りに行くのだと思っていた。

けれど、彼の運転する車が止まったのはどう見てもマンションには見えないトコ。


「あ、の…?」


「腹減ったろ?飯食ってこう。

ここの、美味いぜ」

俺達の行きつけだったんだ、と言いながらドアを開ける智さんについていくと


「いらっしゃいませ。

あら…今日は2人揃ってお休みですか?」


智さんの言葉通り、中から出てきた年配の女性が智さんと私を見て、にこやかに声をかけてきた。


「ん、ちょっとね。俺いつもの。

悠香は…メニュー見てからの方がいっか」



テーブルが3つに4~5人がけのカウンター、というこじんまりとした店を私は改めて見渡した。

お世辞にも洗練されているとは言いがたいけれど、暖かい雰囲気が漂っている家庭的で…そう、居心地の良さそうな店。



——こういう店が好みだったんだ、私…。


自分の事なのに、他人事のように感じてしまう。


「悠香、何食べる?」


席につき手渡されたメニューを見て、少し悩む。


ハンバーグランチとパスタランチ…どっちもとてもおいしそう。

どっちかといえばパスタの方が食べたい気分なのだけど、ハンバーグにつくコーンスープは魅力的だ。

しばらくスープとパスタとを見比べて迷ったが、後ろ髪を引かれつつスープを諦めてメニューを閉じると、智さんが苦笑しながら言った。


「コーンスープ欲しかったんだろ?

なら俺のやるよ」


「どうして…分かったんですか?」

そんなに分かりやすい顔してたのかしら、と尋ねると


「1番最初に悠香をここに連れてきた時も、同じように悩んでさ、結局パスタにしたんだけどコーンスープに未練たらたらで。

今の君と全く同じだったんだ」



そう言う智さんの顔がとても嬉しそうで、私を見つめる瞳がとても優しくて。

でも私の方を見ているけれど、彼が見ているのは「今の私」じゃない事に私は気付いてしまった。


なんだか切なくなって、そっと目を逸らす。


頼んだ料理はさほど待つ事もなく、すぐに運ばれてきた。

けれど「いつもの」と言っていた智さんのランチを見て私は心底驚いた。

肉中心の重ためな、正直言って胃がもたれそうな挙句、1人前とは到底思えない量。


「これ…全部あなたが?」


「ん、欲しい?」


ふるふるふると首を振り、謹んで辞退する。


長期の入院という訳でもなかったのだけど、あの淡白な病院食に慣れてしまうと、カロリー高そうなこの料理は敬遠したかった。


「そう?んじゃ、いただきます」


それでも殆ど「山」に近かった料理を豪快に減らしていく智さんの食べっぷりは、見ていて気持ちが良いほどだ。



でも…彼が食べているのって、脂っこい物や肉料理ばかり。

野菜は申し訳程度に隅っこの方に付いているポテトサラダとプチトマトだけ。

そう言えば病院でも私が病院食を食べている時、隣で彼が食べていた物といえばカップラーメンにカツ丼、コンビニ弁当…。


「栄養のバランス考えてますか?」


思わずそう聞いてしまった。


その途端、智さんの目が点になる。

ややあって小さい声で


「それ、前にも言われたよ」


と呟いた。


「…私が言ったんですか」


どんな場面でそんな事を言ったのか全く覚えはなかったけれど…智さんは目を細めて私を、否、記憶の中の私を見つめていた。



言ったのは私…。

なのに当の本人が全く覚えていない。

言った筈の当の本人が覚えていないのに、言われた方はしっかりと覚えているなんて…。


なんだかいたたまれなくなって私はスッと目を伏せた。



胸が痛いというのはこういう事か、と思う。


心臓を鷲掴みにでもされているみたい。

息苦しくて胸が潰れてしまいそうだ。

それに目の奥がじんと疼いて…気を抜くと涙が溢れてしまいそうになる。


今は彼の前で涙を見せたくなくて、眉間に皺を寄せて私は懸命に涙を堪えた。


「じゃあ、それからあなたの食生活は変わってないという事になりますね」


俯きながら気を逸らすためにわざと憎まれ口を叩くと、智さんは一瞬キョトンとしてそれから困ったように額を掻いた。


「んー、でも悠香が大体毎日、弁当を作ってくれてたから」


「なら晩からは私が料理を作ります」


「私が」を強調すると、智さんは1つ瞬きをして私を凝視した。



——我ながらおかしくてたまらない。

これじゃまるで…自分が自分に妬いているみたいじゃないの。


思わず漏らした苦い笑みに智さんは


「どうかした?」


と暢気に聞いてきた。


「いいえ」


——今の私が貴方にとって「本当」の私じゃない事は分かってます。

でも「私」を見てほしい。

そう思うのは…間違っていますか?

あなたの思い出の中の「今西 悠香」じゃなくて「私」を。


ありったけの思いを込めて智さんの目を見る。


そんな私を彼は不思議そうに見つめていた。


   * * * * * *


実際のところ、ここが自分の家だという実感はまだない。

部屋の雰囲気も近所の風景も、懐かしさなんて感じなかったし、いまいちピンと来ない。


けれど頭は覚えていなくとも、身体は違った。

間取りを、距離感を覚えている。

その不思議な違和感に、やはり自分は今西 悠香なのかと思ったり。



それにしても…。

スキンシップが過剰な性格だと言いながら、智さんは自分からは私に一切触れようとしなかった。


優しいのは相変わらずだけど、いつも少し困ったような優しい笑顔で私を見つめている。

手を繋ぐのもそっと触れるのも私の方から。


私に触れるため幾度となく伸ばされた彼の手は、その指先は、しかし私に触れる寸前、目に見えない壁に阻まれたかのようにピタッと止まってしまう。


私にはそれがもどかしくてたまらない。



智さんの家に着替えを取りに行った時も、久々に我が家に帰った後も、彼は実によく気がつき色々と気を配ってくれた。

それは確かに愛情に裏打ちされたものであり、とても嬉しいものでもあったのだけど…。


同時に時折のぞく彼の私に対する遠慮、というか困惑が寂しかった。



——私はどんな風にこの人を愛したのだろう…?


どうすれば、この人は心からの笑みを私に向けてくれるのだろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ