蠢くもの
アスク君はまた、同じように森の奥へと走っていく。
再び、同じ言葉を言いながら。
「――――ねえ、そっちに何があるって言うの?――――」
ボルマさんがアスク君の背中を追う。
ロッタさんは彼女を見て、更に森の奥のアスク君の方へと視線を動かした。
「あれは……」
ロッタさんが眉をひそめる。奇異なものでも見たような顔をした。
ボルマさんが追いかけるも虚しく、再び彼は森の奥へと消える。
そして、再び現れた。
今度はもう、すぐ目の前に彼の背中がある。
「ちょっと待ってよ。僕も行く」
目の前のアスク君はそう言って、森の奥へと走り出す。
『――――それに近づいちゃ、ダメだ!!』
ほとんど泣き叫ぶようなアスク君の声が頭の中に響く。
ボルマさんはその声を振り切るように、アスクくんの背中を追いかけた。
「待って! アスク!」
「ボルマさん! それに近づいちゃダメ!」
ロッタさんが何かに気づいたように叫ぶ。
彼女は走るボルマさんを追い、腕を掴むと後ろへ引っ張って雪の上に転がした。ボルマさんが倒れ、雪が舞う。
「…………ああもう、ふざけんなよ!」
ロッタさんは大剣を振り上げると、柄を逆手に持ち、切っ先を白い地面に突き刺した。ロッタさん――――何をしてるんだ?
もう何度目か。アスクくんはまた森の奥へと消えた。
急に、頭の中の声が止む。いや、最後に一言だけ、聞こえた。
『近づくなって言ったのに』
森の奥。アスク君が消えたあたりの雪の下で、何かが蠢いている。白い雪が、そこの部分だけ盛り上がった。
「……何だ?」
「ナカハラ! ボルマさんを連れて、早く森を出ろ!」
ロッタさんが叫ぶ。彼女は剣を地面に埋めたまま、それを両手で押し込んでいた。
「えっ!? どういうことですか!?」
「いいから早く! 急げ!」
……意味がわからない。
ただ、彼女がここまでうろたえるのは珍しく、ただ事ではないことは伝わってきた。私は倒れてるボルマさんの腕を掴み、立ち上がらせる。
「ボルマさん! とにかく、逃げたほうがいいみたいです!」
「いやよ! さっき見たでしょう!? アスクがこの森にいるのよ! すぐそこにいるの!」
ボルマさんは首を振り拒んだ。
ロッタさんが怒鳴る。
「あれはアンタの息子なんかじゃない! いいから早く逃げろ!」
向こうを見れば、蠢く何かが雪を盛り上げながらこちらに迫って来ている。それに伴って霊気は徐々に強くなるが、やはりそれは悪質なものとは思えなかった。しかし、ロッタさんの慌てぶりは尋常じゃない。私はボルマさんの手を握り、来た道を戻る。
「やめて! 離して!」
「ごめんなさい! でも今は逃げたほうがいいみたいなんです!」
拒むボルマさんの腕を強く握り、慣れない雪の上をとにかく走った。
しばらく走ったところで、ロッタさんがいる方角から大きな音が聞こえてくる。雷鳴のような金属音。森全体にその音は聞こえたのか、隠れていた鳥たちが羽ばたいていった。
……何があったのだろう。しかし振り向く余裕はなかった。
森の外。雪のない地面の上でボルマさんとしばらく待っていると、ロッタさんが森の奥から姿を現した。……良かった。彼女は無傷だ。しかし、その表情は晴れない。
「……一体、何があったんです?」
私が聞くとロッタさんは首を振り、ボルマさんの方に向き直る。
「……とにかく、あの森にはアンタの息子はいないよ。もう、諦めた方がいい」
「そんな! さっき見たじゃない! アスクが森の中で走ってた! 確かに目の前にいたのよ!?」
ボルマさんが彼女に詰め寄る。
「……とにかくいないんだよ。あと、しばらくはこの森に入っちゃダメだ。もうこの森は、安全とは言えない」
「……どういうこと?」
ロッタさんは答えない。
「……報酬はいらないから、アンタはもう家に帰って休んだほうがいいよ。とにかく、もう捜索は終わりだ」
そう言ってロッタさんは村の方へと歩き始めた。私は彼女を追いかける。
「ロッタさん……一体、森の中で何があったんですか?」
彼女はそれには答えず
「今日も、少し飲もうか」
と、晴れない顔で呟いた。




