第23話 脂肪の翼
第23話 脂肪の翼
シンレイのおかんがよこしてくれた医師のおかげもあって、上杉はみるみる回復していった。
「わ、いい匂い〜!」
「今日のお昼は特製ちらしずしだぞ、美映子も久しぶりに旨い物が食いたいだろ」
一週間が経つ頃には台所に立てるほどになった。
朝、バイトから帰ってくると、上杉が昼メシの仕込みをしていた。
シンレイは仕事を休んでいるらしく、家で上杉にべったりだった。
「はっ! これはもしかして噂の『軍神直伝』なのか?」
「アホお、『直伝』やのうて『軍神お手製』や…ただいま、何もあらへんかったか?」
「言さんおかえり、とし姉ちゃんの安全は私が守るから大丈夫だよ」
「美映子がべったりでまいったよ言さん、早く交代してくれ」
上杉はちらしずしに使う具を煮込みながら、俺に助けを求めた。
シンレイがほくほく顔で上杉の腰にしがみついている、何とも微笑ましい光景だ。
一緒にいた頃、恋人だった頃、きっと二人はこんな風だったのだろう。
俺は彼の腰からシンレイをひきはがし、脇に抱え込んだ。
「むふ。まさか三人で暮らすなんて思ってなかったけど、幸せ〜。
言さんがいて、とし姉ちゃんがいて、旨いメシがあって…うひょ」
昼メシ時、シンレイは軍神お手製ちらしずしで頬をぱんぱんにして、
俺と上杉の顔を代わる代わる見つめた。
「美映子、ごはんつぶ付いてる」
上杉が笑いながら、シンレイの鼻の頭からごはんつぶをつまみ取る。
「…お前らほんまお似合いやなあ。シンレイ、お前上杉とヨリ戻すか?
上杉なら俺は喜んで許すで? お?」
「言さんこそ、私なんかやめてとし姉ちゃんと結婚しちゃえば?
とし姉ちゃんなら喜んで言さんあげるね…むふう、これは一粒で二度旨あ〜」
「お前らこそお似合いじゃね? 早く結婚しろよ」
冗談を言ってじゃれ合う俺とシンレイを見て、上杉は冷ややかにつっこんだ。
「言さん、プロポーズだ! ちょうど目の前に美映子もいる!
『一生の人』ってここへ来た日に言ってくれたじゃん、あれだよあれ。
あれはプロポーズにもばっちり使える、あれをそのまま美映子に言うんだ言さん!」
「ほお…『一生の人』ねえ」
「美映子、俺と言さんね、一生の友情を誓い合ったの…だからお互い『一生の人』なんよ」
上杉は片目をぱちとつぶって笑うと、シンレイのどんぶりにちらしずしを山盛りにした。
「ふおお…やっぱり一粒で二度旨あ〜なんだ!
よかった、これで私安心して戦える、安心して死ねるう」
「死んだらあかんやろが、俺と結婚するんやないんかい」
俺がつっこむと、シンレイと上杉の二人がぐりんと振り向いて大注目した。
「…とし姉ちゃんは私より2つ上なんよ」
上杉が風呂に行っている間、シンレイはふとんの上でごろごろしながら口を開いた。
「じゃああいつ今、42歳か…案外歳が近いんやな」
「私が28歳の時、とし姉ちゃんは30歳だよ? 言さんはちっともわかってない。
たった2歳の違いでも20代と30代では、女としての価値が大きく違うって事。
どんなに美人でも、そっちの方がはるかに重要だって事。
今までとし姉ちゃんについていたお客が、私のところに流れて来たのさ。
他の子に言われたよ、私がとし姉ちゃんのお客を取ったって…」
そう言うシンレイの背中が、とても悲しく見えた。
「でもね、とし姉ちゃんは優しいから、『いいんだよ』って笑って許したんだよ?
たとえそれが強制だったとしても、商売女にとって客の浮気ほどの屈辱はないのに。
そんなとし姉ちゃんをもっと好きになって、その日私ととし姉ちゃん、恋人になったよ…。
とし姉ちゃんのためならお客を全員あげてもいい、何でもしたいって思った」
シンレイは起き上がると、俺の両脇腹の贅肉を両手できゅっとつまんだ。
「こないだママが私に言った事、言さん覚えてる?」
「…覚えとる」
「私の人生を私のために生きてもいいなら、私は戦いたい」
「あかんよ、そんなんお前死んでしまうやん。俺をひとり残すんかいな、断るわ」
腹肉をぎゅうと引き伸ばして、ぶりぶり上下に揺さぶりながら、
「脂肪の翼〜」とシンレイはきゃっきゃっと喜んでいた。
「言さんは女癖悪いから大丈夫、すぐに誰か見つけるよ。
ネットで検索してみたらさ、声優してた頃のキモい言さんの女関係ひど過ぎ。超キモ。
新人の子とか、スタッフの人とか、キャバ嬢とか、AV女優とか、
手当たり次第? てか、女なら誰でもいい系?」
キモいて…どう考えてん声優時代ん方が見た目マシやろが。
あの頃は体型にも気を遣って痩せてた、こんなデブいおっさんじゃなかった。
髪ももっといっぱいあって、いつも高い美容院でおしゃれな髪型をキープしていた。
関西弁丸出しじゃなくて、キザなくらいに標準語キメキメだった。
「何ちゅ暴言…ひっど」
「ほんとの事じゃん」
シンレイは俺の両脇腹の贅肉をつかんだまま、硬い表情でうつむいた。
「…私はその人がとし姉ちゃんだったらって願ってる」
「何やのん、それはお前の趣味やろが」
「手当たり次第のキモい言さんは別にいいよ、心配ない。
実はだね言さん、本当にひとりになるのはとし姉ちゃんなんだよ…おっと」
シンレイが突然口をつぐんだかと思うと、風呂場のドアが開いて上杉が出てきた。
「何だよ、お前らやってないのかよ…せっかく気を遣って長風呂して来たのにさ」
「やだ、とし姉ちゃん…風呂上がりのいい匂い」
がばりとシンレイが上杉に抱きついた。
「同じうちの石鹸やシャンプーとは思えない! ああん、いい匂いすぎるう!」
「あのさ言さん」
上杉がふと思い出したように、俺を振り返った。
「俺…邪魔じゃなくね? 俺がいたら、二人いちゃいちゃも出来ねんじゃね?
てか、俺がここにいる事で大家に怒られないか?」
「あ、ここ俺の持ち家。声優時代に無理して買うてん。
大家は俺やから気にせんでええ、お前の安全が確かになるまで匿ったる。
とにかく上杉、お前はひとりにしたらあかんてきつう言われとる…」
シンレイは恋人の俺より、この上杉悠一の方が本当にひとりになると言った。
どういう事なんだろう…あ、そっか。




