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猪可以飛  作者: ヨシトミ
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第15話 楽しいお買い物

第15話 楽しいお買い物


俺はシンレイとの結婚が難しい事に気が付いてしまった。

まず彼女が「今は台湾人」という事、それが事実なら国際結婚という事になる。

元日本人だったとしても、外国人との結婚はうちの親や親戚が許しはしまい。

彼らはこの現代にありながら、今でもムラ社会に生きている。


それから彼女が「台湾伊家」のひとり娘である事。

ひとり娘ならばシンレイのおかんはシンレイ本人か、その婿を後継に立てるであろう。

当然シンレイの婿には、それにふさわしい人物でなければならない。

「台湾伊家」が俺を誘ってくれていても、それとこれとは別の話だ。


そして何より、シンレイ自身が「台湾伊家」を愛している。

こんな声優落ちの男が惚れたはれたぐらいで、嫁に迎えられる女ではない。

彼女も嫁入りなど微塵も考えてはいないだろう。

結婚を考えた時、彼女はきっと婿を取る事を第一に選択するはずだ。



「何、簡単な話じゃないか。お前が『台湾伊家』で名をあげるしかない」


次の日のバイト上がり、料理を習いに行った上杉の家で、

上杉はじゃがいもの皮を、包丁でするすると器用にむきながら言った。

今日の課題は肉じゃがとじゃがいものみそ汁だった。


「それしかないだろうね、高岡くんならきっと昇進も早いんじゃないかな」


上杉のおやじさんも仕事が午後からで家におり、

台所の作業テーブルでお茶を飲みながら、そううなずいていた。


「よし、俺とおやじさんで言さんをもっと鍛えてだな…あ、白滝買い忘れた」


じゃがいもの次に、冷蔵庫を開けた上杉はしまったという顔をし、

着けていたベージュのエプロンを外した。


「おやじさん、ちょっとスーパー行って来る。

言さん、ちょうどいい機会だ。一緒に来い、お前に買い物の仕方を教えとく」

「は? 買いもんの仕方ぐらい知っとるわ」

「そうじゃなくて…お前、その様子じゃ食材の選び方もろくにわからんだろが。

そんなんじゃ美映子がかわいそうだ」


高台にある上杉の家から駅前のスーパーは近く、俺たちは歩いて行った。

…何この組み合わせ。

何でこの俺が上杉悠一とか、男と二人してスーパーへ行かねばならぬ。

駅前からは路面電車の走る大きい通りに出て、線路に沿って歩く。

すると、川と橋へとつながる横道から、シンレイが出てきた。


「あ、言さん! とし姉ちゃん!」


シンレイはすぐに俺と上杉を見つけて、大きく手を振った。

彼女はもどかしそうに青信号を待って、それから俺たちのいるところへと渡って来た。


「言さん、今日はとし姉ちゃんと一緒なんだ? 珍し〜い!」

「シンレイこそ出かけるとか珍しいやんか」

「これからママに会いに行くんだ、もうすぐ台湾帰るって言うからさあ。

で、なんで二人一緒なん? 今日はとし姉ちゃんと浮気の気分なん?」

「アホか」


俺の横で上杉がシンレイを羽交い締めにし、頭をぐりぐりと撫でて笑っていた。


「そんなん美映子のために決まってんだろが、言さんは俺におまかせだ!

俺が言さんをぎっちりみっちりしごいてだな…ふふ、楽しみにしてろ。

今に言さんが美映子に旨い物を作るからよ」

「旨い物? まじ? あ、どうりでこないだから言さんが『軍神』とか言ってるとか思ったら…。

あの超旨『軍神直伝カレー』、とし姉ちゃんが言さんに?」


上杉はシンレイを抱きしめたまま、俺をちらりと見た。


「『軍神』? はーん、俺の苗字が『上杉』だからだな?」

「なんでとし姉ちゃんが『軍神』なのさあ? 戦ってるとこ見た事ないよ?」


やっぱり知らないんだ、俺もふふと笑った。


「内緒…やな」

「だな、美映子に言っても難し過ぎるだろうな」

「えー?」


俺たちはおやじさんが家で待ってるからと、シンレイと別れてスーパーに入った。

「丸の魚は目が澄んでいる物を選ぶ」、「レタスは重さと巻きの固さで買う」、

「玉ねぎは頭が硬く、皮が乾燥して艶のある物が良い」など、

上杉は実物を手に取って見せ、あれこれ説明しながら食品売り場を歩いた。

そこはさすが「上杉会」の姐、毎日料理するだけある。

生鮮食品のひとつひとつ、その選び方を網羅している。


「お前細か過ぎやろ、男やろが」

「どうせカップ麺やコンビニ弁当のお前には言われたくないね。

大事な人には出来るだけ旨い物を食べさせてやりたい、当然の事だ」

「何その女らしさの極みみたいなのん」


いや、確かに上杉悠一はかつて女だった男なんだけど…。


「言ってろ」

「そういや上杉、お前のその身体さ…どこまで男なん?」

「全部はしてないよ、まだ胸を小さくしたのとホルモン注射ぐらいだね…。

女から男になるのは手術が難しいんだよ」


上杉は日用品コーナーに立寄り、生理用ナプキンを手にした。


「だいぶ軽くはなったけど、生理だってまだ毎月ちゃんと来る」

「ふうん? 戸籍もまだ女やし、男なんは通称と外見だけなんやな」

「俺はそれでもいいかなって思ってる、女なら上杉の妻でいられるし。

今から完全に男になってもちょっと大変じゃないかな…生粋の男ほどの力は出ないから」


本当に外見だけが男で、中身は女のままなのだ…きっと。

上杉はふふと笑うと、俺の耳に口を寄せた。


「…今の話、内緒だぞ? ヤクザがナメられたら終わりだ、男同士の秘密だぞ?」


男同士ねえ…そう言ってる割りに、寄せる身体の匂いが女そのものだ。

花のような、乳のような、女特有の甘く優しい匂いがする。


「あ、そういや上杉、シンレイて生理はどうしてるんやろか。

一緒におってん、あいつに生理来んのん見た事あらへん」

「さあ…そういや俺も見た事ないな、もしかして取られたかな?」

「取られたて…」


上杉はもう一度身体を寄せて、俺の耳元に唇を寄せた。

柔らかな匂いとは裏腹に、彼の声は硬かった。


「さらわれて集められた女たちの中には、避妊手術を強いられた者もいるって事…。

もちろん非合法の手術だ、その内容もずさんなもんだ。

…生理がないって事は、子宮も卵巣も全部摘出されてしまったんじゃないかな」


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