第14話 愛山護法
第14話 愛山護法
「えっ…何?」
呆気に取られている俺をよそに、パチンコ屋の客たちが表裏の出入り口に殺到した。
そのたくさんの手にはそれぞれ、拳銃や刃物などの武器が握られていた…。
「何っ、応援がすでに潜伏していたとは…!」
上杉のおやじさんもこれには驚きを隠せなかった。
表から拳銃の発砲音が聞こえる、客たちの怒号が聞こえる。
俺は店内からガラス越しに表の様子を覗いた。
「うっそやろ…何やのこれ」
客たちが俺たちを追いかけていたヤクザたちを、集団で攻撃している。
殴る蹴るどころの喧嘩じゃない、これは銃撃戦もありの抗争だ。
ヤクザたちは客たちに囲まれ、集中攻撃を受け、情けなく悲鳴をあげていた。
女の客まで参戦かよ、しかも客たちの中でも圧倒的な強さだ。
素早い上に完全にヤクザらの動きを読んでいる、ほらもう彼女の銃口が敵のこめかみだ。
女はかぶっていたパーカーのフードを外した。
隻眼の女…俺はそれを見て、思わず外へ飛び出してしまった。
「シンレイ…!」
女はシンレイだった。
シンレイは敵のこめかみを撃った、敵が血を噴いてばたりと倒れる。
「お前ら、他人の浮気調査の邪魔するな…あとちょっとだったのにさあ」
「ちょっ…シンレイ!」
「あ、言さん」
シンレイは俺の声に振り向くと、ぱあと笑顔になった。
「何しとんねや…しかもヤクザ相手に無双すんなや、ファンタジーん世界やないねんで」
「浮気調査ついでに、言さんについてた護衛に合流しただけだよ…キラッ☆」
とまどう俺の腹にシンレイは腕を回し、太い太いと喜んだ。
ポケットの中でスマホが鳴る。
「私どものショーはお楽しみいただけましたか、高岡さま」
「伊さん…」
「いかがでしたか、日本の極道とはまたひと味違うでしょう。
私どもはいつでも高岡さまをお迎えする用意が出来ております。
返事はゆっくり待ちます、どうかご一考くださいまし」
シンレイのおかんはふふと笑って、それではまたと通話を終了した。
見ると、先ほどまで戦っていたパチンコ屋の客たちは店へと戻り、
殺したヤクザの死体に別の集団が群がった。
彼らは急いで死体を運び、てきぱきと片付けて行った。
「何や…? 片付け専門班でもあんのか?」
「あるよ。台湾伊家はまず組織力が違うし、日本の極道とも深くつながっている。
殺しは殺し、片付けは片付け、何から何まで全てをひとりでする必要がないんだよ」
「すごいね…うちじゃここまでの事はとても出来やしない」
片付けの様子を見ていた上杉のおやじさんも、これには感心していた。
俺はシンレイにおやじさんを紹介した。
「シンレイ、上杉んおやじさんや。今日は彼らと一緒やった」
「…あ、とし姉ちゃんの? でもなんで?」
「秘密…その方がいいかな、お楽しみだ」
上杉のおやじさんは俺に目配せして笑った。
そうやね、俺も微笑み返した。
「何い? やっぱり言さん浮気? しかもとし姉ちゃんのだんなさんと?
だめだぞBLとか、言さんBL嫌いって言ってたじゃん」
シンレイは口を尖らせ、俺の出っ張った腹の肉をぎゅうとつまんだ。
上杉のおやじさんは「それじゃまた明日」と、運転手の若いのと一緒に帰って行った。
「えー? 言さん最近、毎日のようにどっか行ってるな、浮気かなって思ってたら…。
とし姉ちゃん家に通ってたのか…!」
「帰ろ、今夜は軍神直伝カレーにすんで。スーパー寄って買い物せんと…」
俺はシンレイの手を取って歩き出した。
「軍神て…あ、まさか!」
「言うたが、俺には軍神がついとるて」
シンレイはたぶん知らないだろうな。
昔、戦国の世に上杉謙信と言う武将がいた事も。
軍神と呼ばれていた事も。
そして、彼が女かも知れないって事も。
家に帰ってすぐに風呂を沸かし、シンレイを風呂に入れてやる。
初めはびっくりしたけれど、もう慣れた。
シンレイが一緒に入ろうよと言うので、今では一緒に入って彼女を洗ってやっている。
「なあシンレイ、お前強かったんやな…びっくりしたで」
狭い浴槽の中でシンレイを後ろから抱きかかえるようにして、今日を振り返った。
シンレイはふふんと鼻を鳴らして笑った。
「…なんで、殺し屋なんかしとるん? お前ならもっと手の汚れんきれいな仕事もあるはずや」
「それは私がそう望んだから…」
そう言いながらシンレイはうつむき、白い乳房を揺れて横切る水面を見つめた。
額にひと筋流れる後れ毛から、ぽたりぽたりと雫が滴り落ちる。
「ママとパパの娘になってすぐ、こっそり家の者に訓練を頼んだんだ。
初めて人を殺したのはママが襲われた時…平気だったよ、全然。
台湾伊家はヤクザの家だから、人の道ってのにすっごくうるさくてね、
私はいっぱい見たよ、人が人を思ってするいろんな事を…」
シンレイは俺の手を取って、自分の胸に当てた。
「それが殺しか」
「…それが殺しであっても、私は家を愛してるから。
だって初めてのちゃんとした家庭なんだもん、愛さない訳がないよ。
ママとパパはこんな私でも、娘に迎えて大事にしてくれてる。
その思いに応えたい、家が教えてくれた事を守りたいのさ」
シンレイの過去を考えると、それも仕方の無い事か。
彼女をこの上なく可愛く思う、愛おしく思う。
でも結婚はまだ考えた事がなかった。
現実が重くのしかかって来る。
「ヤクザの家は血縁じゃなくて、心でつながってるんだ。
だから私も家を思うからこそ、家の人たちの心を思うからこそ、
平気で殺せるし、いくらでも強くなれる…」
「…まるで仏教で言う『愛山護法』の心みたいやな」
俺は笑った、でも内心笑えなかった。
愛した女は身も心も台湾黒社会の娘、この現実を俺はどうしたらいいのだろう。




