第12話 軍神
第12話 軍神
「一般人やけど何か?」
くそ、痛い事を言いやがって…やっぱりこの男いちいちむかつく。
「お前のその様子はまるで裏社会の住人のようだ。
美映子のあの母親…吉富直政とも対等に渡り合えるらしいな」
「それはシンレイのおかんやからやないか」
「お前が美映子の彼氏だから言ってやるが、あの人は俺みたいな末端の者とは訳が違う。
絶対やばい、ちょっとでも何かあったらお前消されるぞ」
上杉悠一と言うかつて女だったヤクザは、たばこに火を点けようと何度も試みたが、
雨上がりの強風に諦めて、たばこをパックに戻そうとした。
俺は自分のターボライターに火を点け、彼に差し出してやった。
「あんな…うちで話さへんか? シンレイかていてるし」
「いや、美映子にはあまり聞かせたくない」
俺と上杉はマンションの少し横を走る商店街を抜け、駅前に出た。
駅前なら24時間営業の居酒屋がある。
俺も上杉も酒は飲めない質で、ソフトドリンクで適当に注文した肴をつまむだけだった。
何この組み合わせ。
何でこの俺が朝っぱらから、上杉悠一とかヤクザとサシ飲みしなきゃいけない。
「てかお前、こないだからシンレイの事『美映子』、『美映子』て何やのん」
「ああ…一緒にいた時そう呼ばれてたから」
「今は伊心麗、シンレイや」
「そのシンレイの母親の吉富直政はな、台湾黒社会の重鎮になるほどの人だ。
台湾伊家の角頭のただひとりの孫として生まれ、日本に生まれ育ち、
お前の歳で井上会の本部長を務め、祖父の死後は跡目を継いで今に至る。
つまり全世界の犯罪社会で通用する、血統バリバリなエリート中のエリートだ」
上杉は一気にまくしたてたせいか、ぜいぜいはあはあ息を切らせている。
見た目の割りになかなかアホなヤクザだな、上杉は。
「…ヤクザは実家帰ったらそこらにようさんいてるで」
「ほーん、そういう環境って事ですか。てかお前、ヤクザだけならいっけどさ。
実刑喰らうって警察とも相当やりあったんだろ?」
そう言いながら、上杉は細い目に笑みを含ませて視線を俺へと流した。
なんでわかるんだよ、そんな事まで。
「図星だ。警察にも負けないとかやるじゃんか、お前ほんとに声優?
俺ら日本のヤクザでも警察は怖い、取り調べで無駄な反抗なんかしない。
声優とかより最初からヤクザやればよかったんじゃね?」
ヤクザか…俺はシンレイのおかんを思い出した。
「実はな…今、そのヤクザに仕事を誘われている」
「やっぱり? ヤクザはお前みたいな人材を、喉から手が出るほど欲している。
普通は経験を積んで、だんだんに肝も座ってくるけどお前は違う。
始めから肝も座ってるし、公衆の面前で女を殴れるほどの冷たさもある。
それに口も立つ、おまけにその恵まれた身体だ」
「デブ言いたいだけちゃうんかい…てか、お前ほんま何しに来てん?」
俺は口を尖らせてぷいとそっぽを向いた。
「俺の主人…上杉がお前を見初めた、まさか先越されてたとは思ってもいなかったが。
で、どこの組だ? 上杉より先にお前を見初めたのは?」
こいつもスカウトだったのか…なんで俺がヤクザなんかに。
振り向くと上杉は嬉しそうに笑って、店員に唐揚げの追加注文をしていた。
唐揚げは作り置きなのか、驚くほどの早さでやって来た。
「…台湾伊家や」
「げっ、美映子のとこかよ。あそこは上杉の上部組織である井上会の顧問をしている。
さすがに美映子の母親も、お前は見過ごしに出来なかったか…うーん」
「シンレイが代表して俺をスカウトに来とる、まあそれがきっかけなんやけど…」
「まいったね…さすがに台湾伊家とは張り合えない。
上杉にはよく話しておいてやる、事情が事情だから主人も納得するだろう」
上杉はやって来た唐揚げをつまみながら、何か隠し味がしてあるなと言って、
酒か、味噌か、その材料をあれこれ推測していた。
「わかったぞ、コーラだな?」
「なんでわかんねや…グルメ漫画やあるまいし」
俺は上杉の味覚の鋭さに呆れかえった。
その時、ふっと思いついた。
「…なあ上杉悠一よ、お前って料理とかすんのん?」
「すっげえするぞ、なりは男でも戸籍上は正式な上杉の妻ぞ。上杉会の姐ぞ。
家では上杉や若いのにメシ作ってるし、大事な集まりの食事の用意も姐の仕事だ」
俺は思わず、3個目の唐揚げをつまむ上杉の手を握りしめてしまった。
「姐さん…!」
「お? 何だ?」
「俺に料理を…俺に料理を教えてくれへんか、お願いや! 頼むう!」
俺は泣き出しそうな顔で上杉にすがりついた。
「…むふう」
シンレイはにっこりと満面の笑みを浮かべた。
夜はバイトの前に、カップ麺か何かを食べてから出かける事にしている。
この日の夜は上杉に教わったパスタをさっそく出してみた。
「どや、旨いかシンレイ」
「旨あ〜。で、どこの冷凍なのさあ?」
「冷凍!」
俺の手作りきのこパスタが冷凍とか!
これが日ごろの素うどんや、1081キロカロリーカップ焼きそばのつけか…。
「これは手作り! 俺が作ったのん!」
「嘘だあ、言さんのデブ活にこんな凝ったメニューがある訳ない」
「ふん…どうにでも言うたらええわ、俺には軍神がついとる」
「何だ軍神とか…クックパッド先生か?
クックパッドはレシピサイトで軍神じゃないだろ、軍神ってのはだな…」
シンレイは鼻で笑って、ふんふん鼻を鳴らしながら食事を続けた。
上杉悠一よ、あんたシンレイに冷凍食品とか思われてるぞ…いい気味だ。
俺はそれからも料理を習いに上杉の家に通い続けた。
上杉は案外近所に住んでいる、最寄り駅が同じだった。
これならバイト上がりでも通える。
高い塀の内側の地味な和風住宅で、普段着にエプロン姿の上杉悠一が出迎えてくれる。
「馬鹿かお前! 一旦味を付けたら具にはもう火は通らねえんだよ!
それで美映子に旨いメシを食わせられると思ってんのか!」
上杉の罵声を浴びつつ、二人でぎゃあぎゃあ言いながら料理していると、
上杉のおやじさんが家にいる時は、必ず顔を出してくれる。
おやじさんはにこにこと嬉しそうに、俺たちの料理風景を眺める。
「お、今日はカレーか。よかったな悠一、お前が楽しそうで私も嬉しいよ。
スカウトは残念だったけれど、いい友達じゃないか」
「友達?」
友達、おやじさんのその言葉に俺と上杉はびしいと固まった。




