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猪可以飛  作者: ヨシトミ
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第10話 誰にも犯されない自由

第10話 誰にも犯されない自由


「シンレイ、ごめん…」


俺はシンレイの足許に泣き崩れた。

この右目が俺の犯した罪…!


「ごめん、シンレイ、俺は何ちゅ事…!」


シンレイは美しい女だった、芸能界でもここまでの女はいないだろう。

でもそれは彼女が右目を失うまでの話。

俺の作った白い目は、縁を斜めに走る大きな傷跡は、彼女から視力と美貌を奪ってしまった。

これでは仕事にも支障があるだろう。


「…言さん」


声をあげて泣き崩れる俺に、シンレイの白い手が伸びて来た。

シンレイが俺に覆い被さるようにして、俺を抱きしめる。


「私はそれでよかったと思ってる…私は右目を失ってやっと解放された。

もう誰にも攫われない自由、誰にも犯されない自由、そう思ってる。

あの時言さんが私を殴って、私を解放した…そう思う。

すっごく痛くて、たくさん血が流れて、右目が見えなくなっても、顔に傷が残っても、

少しも惜しくはないよ、この自由にはそれだけの価値があるんだから」

「シンレイ…」


シンレイの人生がなんとなくわかってしまった。

彼女はその美しさから、男たちに運命を翻弄され続けて来たのだろう。

攫われて、犯されて…。


「…でもね、やっと自由になれたのに今度は怖いんだよ。やっぱり顔は女の命だから。

仕事のためとは言え、再会した言さんをどんどん好きになって来ちゃってさ…困ったね。

言さんはかっこつけ大好きだから、女の好みもきっと派手だよ。

だからこの右目を見られたら言さんに嫌われちゃう、そう思ってどんどん怖くなって来たよ…」


シンレイの声が震える、俺の上から涙の雨がぽつりぽつり降り出した。


「そんな、シンレイ…!」

「言さんは…こんな女は嫌いか?  こんな…醜いおばさんは嫌いか?」


俺は下から手を伸ばしてシンレイの波打つ背中を抱き寄せた。


「大好きや、安心しい」


償いから出た言葉じゃない、贖罪のための言葉じゃない。

恋する乙女のように涙を流す、醜いおばさんでいい。

こんなに思える女はどこにもいない、醜いおばさんのシンレイしかいない。

俺もいい歳こいて恋なんかしてる、デブの不細工なおっさんだよ…。


朝日の射し込む眩しい部屋で、きつく抱きしめ合って、

俺とシンレイはお互いをついばむ小鳥になった。

かわりばんこに太陽になって、雲になって、雨の後に同じ虹を見る。


「言さん、私わかったよ…するってどういう事か、愛してるってどういう気持ちか」


狭いワンルームの散らかった部屋の、乱れた万年床で裸の肩をふとんから覗かせながら、

シンレイは俺の耳元に口づけるようにしてそう言った。


「…俺もやで」


俺は情けなく笑った。

女を、恋の、性の全てを知り尽くしたと思って来た。

それが嘘になって消え去って、俺はまるで童貞を失ったばかりの少年のようだった。

俺は女と寝る事の意味、愛し合う事の意味を、はじめてちゃんと理解したように思う。



「めんどくさあ〜」


そう言うシンレイの腕を無理矢理引っ張って、初めて二人で買い物に出かける。


「アホお、お前にパンツとか服とかももっと要るやんか…」

「むうう…」


シンレイの着ている服は最初に着ていた物以外は、みんな俺の服だったし、

下着だって俺が近所のスーパーの肌着コーナー買って来た、わずか3セットしかない。

てか俺の服がそんなにぶかぶかじゃないって、どういう事だよ。


繁華街まで足を伸ばし、デパートで適当な服をみつくろってレジに運ぶ。

シンレイの母親が持たせてくれたクレジットカードを、初めて出してみる。


「はい、一括支払いで承りました」


よかった、ちゃんと使える…。

シンレイの母とは言え、台湾のヤクザのクレジットカードなんてとは思っていたが。

これでシンレイにいろいろ揃えてやれる、感謝すんでシンレイ母。


「…あのカード、うちのママからだよな?」


支払いを終えるとシンレイが噛み付いて来た。


「言うたやん、シンレイんおかんからお前の生活費預かってるて」

「ごめん言さん…」

「何がや」

「ほんとなら私が、自分のお金を言さんに渡さなきゃいけないのに…」

「シンレイのおかんが言うとったで、シンレイはお金の管理が出来へんから、

俺にこんカードを預ける、これを使こてくれて…。

お前のお金はおかんが心配して、みんな管理してくれとんのやろ? …ええおかんやないか」


シンレイは恥ずかしそうに笑った。


「そのカードに限度額がないって知ってるのか?」

「知っとる、シンレイのおかんが自分で言うとった」

「数あるブラックカードの中でも利用額無制限ってのは、特別中の特別って事だよ?

普通はブラックカードでも限度額ってもんがあるんだよ?」


慌てふためくシンレイも可愛い、俺はくすりと笑って彼女の手を取った。


「…俺を信用してくれとんのやろ、シンレイのおかんは。

俺ならあのカードを必ず、シンレイのためにしか使わへんて。

俺が悪いやつやったらどないすんねや、ほんま…」


別の店も見たくて、デパートの外に出る。

霧のような小雨に春が煙っていた。


「シンレイ、俺はお前のおかんの気持ちに応えたいて思とる」

「それって仕事引き受けてくれるって事?」

「俺が仕事を引き受けるかどうかはともかく、使うた分はちゃんと返したいねん」

「なんだ…でもママはたぶん受け取らないよ?」


俺はつなぐ手にぎゅうと力を込めた。


「男ん気持ちがわからんのんか…好きんなった女は自分の金だけで養いたい。

それが男ん気持ちやし、プライドっちゅうもんや…」


最後まで言い切らないうちに、シンレイの手が俺の手からすり抜けていった。

振り向くと、シンレイが背の高い細身の男の胸にいた。


「やっと見つけたぞ、美映子…いや、伊心麗」


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