第7話:育てるAI
いつの頃からだろうか。
AIやメタバースが、日常になっていった。
よく考えれば、スマホだってインターネットも、昔はなかった。
それが当たり前になった世界は、昔の人間から見ればとんでもないSF映画の世界に見えるだろう。
高校のAGI——汎用人工知能の授業で、AIの歴史を習ったっけ。
昔は、話しかければ文字で答えてくれるだけのサービスがあったらしい。
それが記憶を持つようになり、会話できるようになり、色々なことができるようになって——気づいたら、人間の友達や相棒みたいな存在になっていた。
AIはツールなのか、心のある存在なのか。その議論は今も続いている。でも正直、もう人類はAIなしで暮らしていけないと思う。
難しいことはよくわからないけど、それだけは確かだ。
「なんだ、不満でもあるか?」
隣で呆れた顔をしているのは、大学の後輩——日向 蓮だ。
『いや、凌はいっつもこの桜のエリアだなって』
真道 凌は俺の名で、大学では「凌さん」と呼ばれているが、堅苦しいので蓮には下の名前で呼んでもらっている。
「やっぱ桜が舞ってるのは綺麗だろ。このエリア見つけた時からずっとお気に入りなんだ」
『まぁ綺麗ではあるけどさ、季節感なくね?飽きるし』
俺たちはよく、メタバース内の花吹エリアで駄弁っている。桜が一年中降り続ける、季節を忘れたような場所だ。
『メタバースってさ、広大な世界なんだからいろんな場所あるじゃないですか。いっつもここじゃなくてもよくないっすか』
蓮は不服そうだ。
たしかにメタバースは様々な企業が運営しており、それぞれが独自の世界を持っている。
数年前、アバターや通貨、操作方法など——バラバラだったすべてのメタバースを1つに繋ぐ計画が持ち上がった。
太古のパソコン通信がインターネットへと統合されたように。今やメタバースの世界は1つに繋がった。
「俺さ、春が好きなんだよ。何かが始まる予感がしてさ——何かが終わる予感も、するけど」
『ふーん』
気のない返事が返ってくる。
『それで、メタバースゴーストだっけ?その後どうなったん?』
それが——あの日の後、メタバースにログインしようとしたらアカウントがロックされていた。
3日ほどで解除はされたが、理由は「不正行為の検出」とだけ書いてあった。
俺は何もしていないのに、ちょっとだけ納得がいかない。
『えー、それ変じゃないですか。そういえば占い師の常夜 凪さんとはどうなったんです?』
「あれからたまにDiscordでチャットはしてるよ。私のせいでアカウントBANになりかけてごめんなさいって謝られて、調査は中止になっちまった」
『それはそれで不完全燃焼っすねー』
ロック解除後、こっそりあのフリーマーケットエリア——風待ち市場に行ってみた。しかしあの奇妙な出品者はいなかった。
でも帰りに、面白そうなものを見つけた。
"育てるAI"
『えー、何それ。AIなんて最新の高性能なやつ買えばよくない?』
現代では、AIは大体3つの形で身につけることが多い。
腕時計型、ペンダント型、メガネ型。組み合わせて使うこともあるし、どれか1つだけで使うこともある。
各自のデバイスにAIをインストールするイメージだ。たいていは、完成された優秀なAIを買ってきてそのまま使う。
「どうやら、買った時はカタコトしか喋れない子供みたいな感じで——年数を経るごとに喋り方も考え方が大人びていくらしいんだよ。なんかすごくないか」
『あー、ついにAIで擬似子育てする時代がきちゃいましたかー』
「でもAIって、最後は老いるのかな。死にはしないと思うけど」
『そりゃ死にはしないっすよ。思い出だけ次の最新式に移す感じじゃないですかね。まぁずっと旧式で使い続けてもいいけど、他のAIと比べると色々劣ってくるだろうし——』
ふーん、そういうものか。
「そういえば、蓮はどんなAI使ってるんだ?」
『俺っすか?普通というか——秘書っぽいちょっと硬い口調の女性アバターのやつっすね』
「へー、蓮にそんな趣味が(笑)」
『からかわないでくださいよ!逆に凌はどんなの使ってるんすか?』
「俺か?実はAI使ってないんだよな。昔ちょっと妹系のやつ使ってたんだけど、周りに茶化されてやめた」
『妹系www、何か好きなアニメのキャラとかいたんですか——』
そこで蓮の声が、ふっと止まった。
気づいたのだろう。俺に小学生の頃、妹がいたことを。そして、もういないことを。
ちょっとした沈黙が流れる。
「なんかさ……ずっと小学生のままの妹っていうのも変だしさ。俺と並んで大人になってくれたらって……」
『……あー。だから、育てるAIが気になったんですね』
目を伏せる。
花びらは降り積もらない。散っても散っても、また舞う。どこにも辿り着かずに。




