第4話 偽物の魔王
魔王城の食堂には香ばしい匂いが漂っていた。
焼きたての魚からは湯気が立ち、野菜の入ったスープが卓上で揺れている。
籠に盛られたパンの隣では、大皿いっぱいの肉料理が存在感を主張していた。
その大半は、既にターニャんの胃袋へ消えつつあった。
ターニャは頬いっぱいに肉を詰め込みながら言った。
「まみゅみまもまも」
「ターニャん様」
向かいに座るゾフィーがたしなめる。
「食べながら喋らないでください」
ターニャんはむぐむぐと咀嚼し、
ごくりと飲み込んだ。
「魔物とはなんじゃ?」
ゾフィーは少し考えた。
(さて、どう説明したものでしょうかねぇ)
目の前の大魔王は常識がない。
千年前の記憶もほとんど失っている。
下手な説明をすると余計に混乱する。
「一般的には、魔王が統べる眷属のことを指します」
「ほう」
ターニャんはパンをちぎった。
「我、そんなもの統べておったっけ?」
「いいえ。ターニャん様は基本的に単独行動ですので」
「そうじゃったか」
「配下と呼べるのも、このゾフィーくらいのものでしょう」
「ふむ」
納得したように頷く。
そして数秒後に首を傾げた。
「待つのじゃ」
「はい」
「魔物は魔王の配下」
「はい」
「我の配下はゾフィーだけ」
「はい」
「では魔物は誰の配下なのじゃ?」
「良い質問ですね」
ゾフィーは頷いた。
「つまり――」
わずかに間を置く。
「魔王を名乗る偽物がいるということです」
ターニャんの動きが止まった。
「なんと」
「なんとです」
「我の名を騙っておるのか?」
「はい」
ゾフィーはそう答えながら胸の奥に小さな痛みを覚えた。
本当にこれで良かったのか。
ターニャん様と魔王様をぶつけることになる。
それは父を危険へ晒すということでもあった。
けれど。
『ゾフィー。誰に仕えるかはお前自身が決めなさい』
父の言葉を思い出す。
だから私は自分で決める。
この人を信じると。
「ゾフィー?」
「すみません。ターニャん様のおねしょの後始末について考えておりました」
「なんと」
「なんとです」
「それはともかくとして、つまり我の評判が悪いのはそやつのせいか?」
「え?」
予想外の方向からボールが飛んで来た。
「村人たちが我を見るなり『女神様!』などと言っておるではないか」
「はい」
「侮辱じゃろ」
「侮辱ですかね……」
「侮辱じゃ!」
ぷんすかしている。
「我は魔王じゃぞ!」
「左様で」
「それなのに誰も恐れぬ」
「はい」
「完全に情報操作されておる」
「情報操作……?」
「そうじゃ」
ターニャんは机を叩いた。
「許せぬ」
「何がです?」
「偽物の魔王じゃ!」
びしっと指を突き付ける。
「我の名を騙り!」
「はい」
「我の評判を下げ!」
「はい」
「挙げ句の果てには女神扱いじゃ!」
「そこは評判が上がっている気もしますが」
「上がっておらん!」
ターニャんは立ち上がった。
「決めたぞ」
「何をです?」
「討伐じゃ」
ゾフィーは内心で小さく頷く。
思惑通りだった。
この方向では想定していなかったが、結果として思惑通りだった。
「誰をです?」
わざと聞く。
ターニャんは胸を張った。
「偽物の魔王をじゃ!」
その宣言に、ゾフィーはゆっくりと頭を下げた。
「左様で」
こうして――
偽物の魔王による本物の魔王討伐が始まろうとしていた。




