第4話 名もなき武器
森の奥は、妙に静かだった。
「……おかしいですね」
リリが足を止める。
「魔物の気配が、薄すぎます」
「逃げたんじゃない?」
「いえ——」
リリが先の言葉を紡ぐより早く――
空気が裂けた。
地面が抉れ、見えない衝撃が走る。
「っ——!」
ターニャは即座に後退した。
「見えない……!?」
次の一撃が来る。
だが——
リリが前に出た。
「——来ます」
“視えている”ように。
正確に回避し、手をかざす。
「守護障壁」
透明な壁が展開される。
衝撃がぶつかり、弾けた。
「厄介だねぇ」
ターニャが笑う。
「見ない敵、ターニャ好きじゃない」
だが、その目は楽しげだった。
「なら——見えるようにすればいいだけだよね」
ターニャは腰に手をやる。
だが、そこには何もない。
武器は——ないはずだった。
なのに。
“何か”を握った。
空間が、軋む。
光でも闇でもない、“歪み”が収束する。
それは形を成し——
剣になる。
「……それは……?」
リリの声がわずかに揺れる。
ターニャは答えない。
ただ、構える。
腕がわずかにブレたと思った次の瞬間。
見えないはずの敵が——
“斬られた”。
空間ごと断ち切られたかのように。
音もなく、気配が裂ける。
「なるほどね」
ターニャは軽く肩を回す。
「“そこにいる”のはわかる」
戦闘は、一方的だった。
不可視の攻撃。
不可視の敵。
だがそのすべてを——
“断ち切る”。
「うぐぐ‥‥」
何もない空間から声が聞こえてきた。
「貴様の…存在は危険だ……」
「ほん?」
「残念だが、ここはひかせてもらう‥‥」
地を蹴る音がした。
すぐに近くの木の枝が揺れていく。
不可視の敵は木々を飛び移り、上へ。
しかし―――
「ぎゃっ!」
何かにぶつかったようですぐに落下をした。
「なっ、なにが!?」
リリが一歩前に進み出る。
「包囲結界です」
「なにっ」
通常結界は”貼られている”とわかるように空間のゆがみや魔力の残滓が存在する。
不可視の魔物はそれがまったくないことに驚愕した。
それだけではない、なぜ――
「なぜ、俺が逃げていく方向がわかった!?」
聖女が静かに息を吐く。
「わかったわけではありません。ただ、この領域から半径50メートルに結界を貼っただけです」
こともなげに言う。
「‥‥‥化け物め」
「まさか魔物に化け物扱いされるとは思ってもいませんでした。そんなことより、良いのですか?」
「‥‥‥??」
「そこはもう射程距離ですよ?」
「しまっ…」
魔物が振り返り切る前に
「遅い」
ターニャの不可視の武器がそれを両断した。
なにか体液のようなものが飛び散り、ターニャは顔をしかめる。
やがて。
静寂が戻った。
「終わったね」
ターニャは剣を軽く振る。
するとそれは、霧のように消えた。
「リリちゃんを放っておいたことがこの子の敗因だね」
そう言うターニャをリリは、無言で見つめた。
「……今の武器は」
「さあね」
ターニャは笑う。
「昔から使ってるだけだよ」
突然、
リリの視界が揺れた。
——血の匂い。
——焼け落ちた街。
——同じ剣。
誰かが、それを振るっている。
無数の何かを、斬り伏せている。
「っ……!」
リリは我に返る。
「……今のは……?」
「どうした?」
「いえ……何でもありません」
ターニャは気づいていない。
だがリリは、確信していた。
あの武器は——
“ただの剣”ではない。
(聖教会の記録にも……なかったはず)
静かに、警戒が深まる。
この時点では名前を出していませんが、不可視の敵にもちゃんと名前はあります。




