近すぎると意外に分からない
自分に起きた事が分からなかった。
何でキスをされたのか。さっちゃんにこうして抱きしめられているのか……。戸惑う中で、続け様に言われたのは……彼の、告白だ。
「何で泣いてるの?」
「う、うぅ……だって、だってぇ……」
力がふっと抜ける。でも、さっちゃんは器用に私を抱えた。いわゆるお姫様だっこだ。こうしてみると男の子だって、意識せざる負えない。
力強い体に、簡単に抱っこしちゃうのを見ると……ドキドキしない方が、難しい……。
「それで何で泣いちゃったの? もしかして、僕が泣かせてた?」
声を出したくても、情けない声だからブンブンと首を振る。そうしている間に彼が座ったのは、読書用に設けられた大きなソファーだ。でも、私の事は下ろしてくれない……代わりに、何故だかギュッとされたけど。
「距離が近いのも問題だね」
昔からさっちゃんに隠し事なんて出来ない。
何というか、見透かされてるんだよね。要領が良いから、勉強だって出来るのに何でか私と同じ高校を選ぶんだよ。
もっと上に行けるのにって、先生も残念がってたから本当に不思議だ。
でも、それも全部私といたいからって……そう思っていたら、いきなりの告白だ。
しかも……今までアピールをしてきたのに、気付かない私が悪いって?
「でももう我慢しない。気付いてくれないなら、分かってもらうまで……分かったって言わせるし」
「ん? 何でそうなるの!!」
「気付かない、星夜が悪い」
告白を断る時点で、既に気付けと言わんばかりにずっと抱きしめられる。いつになったら下ろしてくれるのだろうか……。下ろして欲しいと言うと、笑顔で却下された。
……酷くない?
「あ、もう時間になっちゃうね。じゃ、あとは僕の家で良いよね?」
「へ……。あ、え……」
時計の針を見ると18時を指していた。
その後、普通に鍵を職員室に戻し下駄箱に向かう。その際に、手はしっかりと握られている上に凄く上機嫌だ。
こういう時のさっちゃんには、何を言っても無駄なのは分かっている。こう、逆らったら駄目な気がするんです。
……なんだろう。この、逃げ場がない感じは。
「それで、さ。そろそろ結果を聞きたいんだけど」
「んん!?」
結果……。それは、その……告白の件だろうか。
家に近付くから、そっと振りほどきたいのに。えぇ、そうですね。逃がしてくれる訳ない。ニコッと向けられる笑顔が、いつもの明るさもなく寒気がするって……どういうことなの?
「あ、あの~~」
「そう言えば、明日は開校記念日だから休みだよ」
「……そう、だっけ?」
「え、普通に学校あると思ったの?」
う、いつも曜日を見て行動してたから日付で何の日とかなんて覚えてないし。いや、さっちゃんと会った日は覚えてるよ? 転校初日で、泥だらけにしちゃったし……思い切りお母さんに怒られたし。
「そうそう。両親は今日いないし、何でかお泊りセットもあるんだよね」
「え!?」
彼の家のリビングに行けばそこにあるのは……幼い頃に使っていたお泊りセット、だ。いや、確かにお互いの家に泊まったりしたよ? しかも両親がいないって……2人きりじゃん。
そこに、私のスマホの音が鳴る。連絡する時に使うメールアプリを開き、送り主はお母さんだ。
【頑張ってね♪ あ、私達の事なんて気にしないで良いよ。聡君のご両親とも仲良く泊まる事になっているから】
「は!?」
文面の内容に思わず声が出る。
いやいやいや!!! この状況作ったの私達の両親なの!? 心の中で焦っている私に、さっちゃんは気にした様子もなく告げる。
「悪いけど、僕の両親はとっくに僕の気持ちに気付いてるよ。頑張って射止めてねって応援されてるから」
え、さっちゃんの両親は止める気もないの!? 何で応援しちゃうかな……。
「あと、これから愛称呼びは禁止ね。それが無理なら2人きりの時だけでも……あぁ、今もそうか。ね、名前呼びしてくれたら離れるよ」
そう言って正面から抱きしめてくるからビックリした。拒めない時点で、嬉しいと思うんだから現金だと思う。でも、いきなりの名前呼びはハードルが高い。
さっちゃんは慣れてるのかもだけど、私は……ずっと呼んでない訳だし。
名前はちゃんと覚えてるけど、呼ぶ機会がないだけでってこれも言い訳になるか。
「なに考えてるの、星夜」
「うえっ……」
今まで触れて来なかったのに、ペタッと彼の手が私の頬に触れる。優しく見つめられてると、嬉しくなる……大事にされていると思うから。
「呼んでくれる? 星夜」
「……さ、聡」
「……」
恥ずかし過ぎて、顔を合わせたくないから固く瞼を閉じる。でも、同時に気になる気持ちも出て来て……そっと目を開けると彼の顔も真っ赤。お互いに真っ赤な顔で、どれだけの時間が経ったか分からない。
先に動いたのは聡の方だ。
「もう、ダメ。なにそれ……可愛すぎるんだけど」
「うっ……な、何その言い方っ」
これ以上の醜態をさらしたくなくて、ジタバタしているとほっぺにキスを落とされる。ピタっと止まっている間に彼は軽々と私を持ち上げて、彼の部屋に直行。
見覚えのある本棚を見て、誰の部屋かだなんてすぐに気付く。
「ね、もう一回呼んで? 僕の名前、もう一回呼んで欲しいんだけど」
「う、もう無理……。急に恥ずかしくなった」
な、何でこうも嬉しそうなんだ。
私はもう恥ずかし過ぎてて色々と無理なのに。何でそんなに余裕なの!!!
「ヤダよ。だってちゃんと言ったじゃない。分かってもらうまで、分からせるって」
「それは脅迫って言うんだよ!?」
「僕のお願いを聞いてくれるだけで良いのに、恥ずかしがるのがいけないんだよ」
「さ、さっきまで真っ赤だった人に言われたくない!!!」
このまま責められるのは嫌だからと、反撃にでた。あれと思ってそっと見つめると、一瞬で寒気がした。地雷を踏んだのだと気付いた時にはもう遅い。
肉食獣に狙われたら、こうも体が動かないんだ……。
涙目な私に安心させる為なのか、涙を拭きあやす様な手付きでポンポンと頭を撫でられる。ちゃっかり抱き着いたままだから、逃げるに逃げられない。背がベットな時点で、もう覚悟を決めるしかないんだと思った。
「……今日が何の日か分かる?」
「さ、聡と……会った日」
思わず愛称で呼びそうになるのを我慢し、名前を言う。心の中で繰り返し言っておいて良かった。呼ばなかったら……あとが怖い。
「ふーん。僕と会った日は覚えてるんだ」
「あれを忘れろって……無理だと思う。一杯怒られたし、疲れさせたし」
そうだ。今思えば転校初日の彼にした事は、おかしいのだと思う。が、あの時の私は楽しい場所だと教えたくてつい……いつも帰るルートを教えた。泥だらけになったのは、暗い顔を少しでも明るくしたい為。
それを察してくれたのは聡のお母さんだ。何かと協力的で暗い顔をしている彼を見ると、私に元気づけて欲しいのだとお願いしてきたんだ。幼い私は、それを鵜呑みにして……笑顔になって欲しいからと、彼を連れまわした。
……うん。行動がおかしな子ですね。でも、聡はそれで助けられたから良いんだと言った。ね、念の為に聞いた。私でいいのかって。
「星夜以外は要らない。僕の想い人は君だけなんだから」
「……ス、ストレートすぎる」
「ちゃんと言わなかった結果がこれだよ? そうでなくても、鈍感なんだから。見ていて怖いもん」
「ごめんなさい……?」
なんとなく謝ると、彼は笑って「そのままの君でいてね」だなんて言うんだ。恥ずかしがらない方法があるなら、誰か私に教えて欲しいな……心臓が持ちそうにないです。
「ね、もう一回……名前呼んで?」
「ま、また!?」
「うん。実感がないし、慣れないだろうから練習」
そう言って軽くキスをしてくる。戸惑っていたのに、今は少しだけ慣れて来たけど……真っ赤になる。見られたくないのに、その顔が見たいだなんていう彼は本当に意地悪だ。
彼のペースになったらもう止まらない。
でも、幼馴染として好きでいたのに……異性として見ていたのは、いつごろからだろうか。聡……に、聞いても多分はぐらかされそうで怖い。
早く、名前呼びに慣れないとあとが怖い。
◇◇◇◇◇◇◇◇
その翌日、終始ニコニコの聡……と、彼の両親。そして、当たり前のように居る私の両親もいる。
「うぅ、娘の事よろしくね」
「はい。絶対に幸せにしますから、安心して下さい」
「……聡君、なら……仕方ない」
「ありがとうございます♪ やったね、星夜。ご両親から許可がでたよ」
悔しそうにする父さんに、もうボロボロに泣いている母さん。あの、気が早すぎるんだけど……?
月曜日になって登校の準備をする。制服の汚れがないか確認をして、家を出れば既に家の前にいる聡。……ずっと幼馴染みで終わると思っていた。でも、もう……そうじゃなくて良いんだって、思うと不思議と体が軽くなった。
意外に独占したかったんだと思い、自分の気持ちに戸惑う。
「おはよう、星夜」
「うん……。おはよう、聡」
まだ名前呼びには慣れないけど、どうにか形にはなっただろうか。自然と手を出されて、しっかりと握るまでには成長したの、かな?
「これからも、ずっと星夜が好きだよ♪」
いつも以上にストレートに告げる彼を止めて欲しい。気持ち的には嬉しいけど、こ、これは耐えるのに時間がかかる……!!!