ザ・肩幅
「ほーい、ミントちゃん来たよ~ん。あなたの粉雪があなたのためだけにやって来たよ~ん」などとほざきながら、粉雪が職員室へと到着。
「寿々木ちゃん、わたしのためはいーから、はい、こちらの方がお客さんです」
眠兎先生が紹介する。と、異様に肩幅の広い大男が座っていた椅子から立ち上がった──立ち上がった……のか?
立ち上がったはずだ。うん、確かに立ち上がった。立った。座っていた状態から、立った状態へと移行した……はずだ。
「あっはぁ~、え~っ、座ってるのと立ってるので、高さあんまし変わんないねぇ。えっへっ」粉雪がいやらしく笑う。
「うるさ~い! 誰が異常に胴体の長いイケメンだってー。オレは胴体が長いんじゃない、足が短いんだ!」
男は言う。誰もそこまでは言っていないのに。そして、どちらかといえば胴が長いことにしておくといいのではなかろうか、と横にいた名取眠兎は思っていた。
「で、あんた誰?」粉雪が本題に入る。テレビでよく見るから、人となりは知っていたが、初対面なので知らないふり。
「はい、よくぞ訊いてくださいました──なにを隠そう、このわたくしが隠密家第八代目当主にして新日本かくれんぼ協会会長・隠密アタルだーっ!」
「声でか……てか、あんた芸人じゃなかった?」
「あ、芸人ではあります。つるっぱげシナモンローラーっていうコンビの隠密です」
「つる……あ、そう、ね。で、なんの用?」
「はい、よくぞ訊いてくださいました──」
「なんなんだ、そのテンプレ……」
「この度わたくし考えました、もうそろそろどっちが本物のかくれんぼ協会なのか、決めちゃってもいいんじゃないですかねーって。これ、長年ずっとあった問題でして、わたくしの親父・七代目隠密イタルも言ってたんですが、結局実行に移すことのなかった話──そう、我々新日本と全日本、どちらのかくれんぼ協会が本物かってゆう話ですよ!」
「いや、普通に全日本だろ……新日本って、あれテレビの企画だよね?」粉雪は冷静に指摘した。「全日本のほうは、ちゃんとした本当のかくれんぼの協会でしょ」と。
だが男──隠密は譲らない。
「我々だってちゃんとしたほんとのかくれんぼですぅ! 発祥は確かにテレビ番組の企画ですけど、もう長年続けてきて、うちらはうちらで『本当の』かくれんぼになったんですぅ」
隠密はなんだか子供じみたしゃべり方になってはいたが、確かにそれも一理あるか、と粉雪は思った。
「まあいいや、なんでも。で、本当にどーでもいいんだけど、どっちも本物ならどっちも本物でいーじゃん。はい解決。おつかれー」粉雪は帰ろうとしたが、隠密の声が逃がさなかった。
「よくありませーん! この日本に二つのかくれんぼ協会がある以上、そこはいっかい勝負しとくのが作法ってなもんでしょーよ? え、違いマスか?」
「え……違いますよ? そんな作法は存じ上げませんにょ」
粉雪の言葉など聞かず、隠密はつづける。
「それでですね、わたくし決心しまして全日本協会のほうに出向いたわけなんですよ。いっかいうちらと勝負して、どっちが上か決めましょうや、ってね。そしたらあちらの会長さん、えっと、山籠万寿夫さんだっけ? その人が言うんすよ『いやぁ、あたくしらのかくれんぼ協会はそういう勝負なんというものはやってないのんすよぉ、あくまでもかくれんぼという文化の保存とか普及というところで貢献しとる協会でのんしてぇ』って、のんしてぇって。言うんすよ。で、そのあとで『あ、でも中高生協会のほうでしたら、近々競技大会も予定されてのんすし、そうのんすなぁ、中学高校かくれんぼ協会の会長・寿々木粉雪さまにゆうてみたらいいのんすでありのんすか?』って、言うんすよぉ。言ったんすよぉ、ゆうてみたらいいのんすでありのんすって、言ったんすよぉ!」
「おーわ……中学高校かくれんぼ協会会長……寿々木粉雪……のんす……」あれ、わたしって会長だっけ? と粉雪は思い返してみる。でも、そんな役職に就任したという記憶はなく、もちろん協会長としての自覚もない。
確かに大会が予定されていることと、中学高校かくれんぼ協会が設立されたという事実はある。けれど、そこの会長って誰だったか。誰かはわからない。山籠会長からも、母親からも聞いていない。訊かなかったから、か。いや、周りが教えてくれなかっただけか。いやいや、だとしてもわたしやるなんて一言も……と、粉雪はやや混乱気味に思考を巡らせた。
「というわけで、わたくし今日ここに来たわけなんですよ。お分かりいただけましたでしょうか?」
隠密がやってきた理由はわかった。しかし、わかりたくもなかった。
「わたし、かくれんぼ部の副部長だけかと思ってたら、中学高校かくれんぼ協会の会長でもあったのか。知らんかった……」
「寿々木ちゃん、なんか大変そうね……」
それまで黙って聞いていたミント先生も、思わず声をかけてしまった。
「で、どうですか? わたくしら新日本かくれんぼ協会と寿々木さんたちの中学高校かくれんぼ協会とでガチのバトル、やりませんか!」
鼻息荒く、興奮した様子の隠密が言う。肩幅がありすぎるせいで上半身の圧がすごい。ものすごい。でも逆に下半身の存在感が薄い。一歩引いたような印象を受ける。引いていないのに。そして全体的に背丈はさほど高くないので、実際あんまり圧力はない。ないのに、上半身の圧がすごい。どうなってるの?
「なんかあれだね、受けないと帰りそうにないし──」
「はい、受けてもらうまで帰りません!」
「帰れよ──まあ、どうせかくれんぼ大会もやるわけだし、いいよ、勝負したる。ただ、いろいろ準備とか打ち合わせとかもあるだろうし……詳細は後々ってことで。それでいい?」
粉雪から期待した答えが返った瞬間、隠密は本当に嬉しそうに右腕を突き上げると「よっしゃーっ!」とバカでかい歓声をあげた。
「ちょ……お静かに願います!」ミント先生が注意する。
「あ、すんません、嬉しくてつい」
念願叶ったということで、反射的に声を上げてしまったらしい。隠密はその後、連絡のため粉雪とスマホIDを交換した際には「やったー、美少女女子中学生のIDゲットぉ!」と喜んでいた。
ちなみに粉雪は「美少女」の部分が気に入ったらしく、悪い気はしていなかった。
こうして、新日本かくれんぼ協会と中学高校かくれんぼ協会の対戦が決定した。
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さらに翌日の放課後、部室に集ったかくれんぼ部のメンバーたち。
副部長より連絡事項が伝えられる。
「ってゆーわけで、隠密アタルたちとの対戦が決定しました。昨日ちょこっと確認した感じだと、やっぱりテレビ番組として収録と放送もしたいってことだったから、みんなそのつもりでいてね」
「て、てててテレベに出るんですかっ!」桃姫がまさに晴天の霹靂に会った少女そのものの驚きをみせ、テレベとか言っている。
「あちき、ついに俳優への扉が開いた」と、露。しかし残念ながら扉は閉じたまま、現れてさえいない。
「ほら、やってんじゃんブシテレビの目新しい火器って番組。見たことない?」
「いえ、それはありますし、知ってるけど」
中高生に人気の番組なので、全員見たことがあった。
「いっつもは応募した生徒の学校に行って、美術チームが作った隠れ場所に隠れた隠密たちを見つけたらクオカードくれるっていうやつなんだけど、それを応募してないわたしらのところに来て、それぞれのチームが隠れる側と見つける側いっかいずつ交代でやって、それで勝ち負けを決めるとかなんとか、あの肩幅が言ってたにょ」
「特別ルールです。詳細は決まっていませんが、ルールによっては勝率百パーセントです」エイミーが言う。
「どっちのチームの?」
「もちろん、わたしたちの勝率がです」
それを聞いて、粉雪はうんうんと頷く。
「まあねぇ、そりゃあ勝っちゃうかぁ。わたしらマジのかくれんぼ部だし。日頃から練習してるからねぇ。成果でちゃうよね~」
「隠者に愛されたあちきの隠れスキルは、げいのぉ人よりすごい。すごいあちき、げいのぉ人よりすごいから、もうあちきげいのぉ人。だから俳優。あちき、大女優いっぽ手前」
露がなにやらグラビアもどきみたいなポーズをとったが、粉雪の目にはハニワポーズにしか見えなかった。
「スケールこそ違うものの、部長と肩幅の足の長さって似てるよね?」
『???』
「肩幅って、なに?」露が問う。
「ああ、隠密アタルのアダ名。肩幅めっちゃすごかったから。足と同じくらい長い」
「それはさすがに化け──」言いかけて、桃姫は言葉を飲み込んだ。「バランスが悪すぎると思う」
「うん、なんか奇妙なバランスのやつだった」そして女子中学生が好きそうだった、と心の中だけで告げる。「それでなんだけど──」
粉雪がスマホをいじり、なにやら確認。見たのはスケジュール帳だ。
「肩幅たちと戦う前に、中学高校かくれんぼ協会主催の大会が決まっちゃってて──」またスマホをいじる。「大会やるのはいいんだけど、まだ普及しきれてなくて……つまり、全国的にうちらみたいな部活やってるとこがなくって、二~三人くらいの同好会みたいなのはあるらしいんだけど、今回の大会に出場可能な五人以上の部活動ってのがね、わたしら以外だと全国にまだもう一校しかないらしくてさ」
「え、それって……中止ですか?」桃姫が訊く。それでは大会にならないのでは、と。
「いんや、決行するみたい」
「やるんですか? でも──」
「そう、大会は一試合のみ! 初戦が決勝、いっかい勝てばチャンピオン!」粉雪がピースサインにウインクひとつ。ゆるんだ手からスマホがするりと抜け落ち落下。
だいじなスマホを拾いつつ、改めて話しはじめる。
「寂れたスポーツ少年団的なとこの空手大会女子の部なんかじゃ、ある話みたいだけど、まあ、そんな感じだね」
「寂れたスポーツ少年団的かくれんぼ大会」露が的確に表現する。
「やってもやらなくても変わらないようなかくれんぼ大会」なぜかエイミーまでもがそんなことを言う。すぐ言う。
「じゃあやらなくてもいいんじゃ……」桃姫はやらないならやらないで嬉しい人なので、意見を述べてみた。
「なに言ってんのさ姫ちゃん、こんなチャンスは一度きりだにょ。普及が進んで出場校が増えれば、当然それだけ優勝するのが難しくなるわけだし、なにより勝てば箔がつく。それよりなによりそれよりそもそもあれよりもうちらがかくれんぼ部の先駆者なわけなんだからさ、初代チャンピオンにならなくてどーすのってことですよん!」
「チャンピヨンになって、げいのぉ界はいる」入れない。
再三スマホでスケジュールを確認した粉雪が、その日程を発表する。エイミー以外のメンバーは、どうせ来月とかだろって思ってたら、全然すぐ近日だった。
「明後日の日曜日にやるから」と。
「なぜそんな急に!」桃姫が絶望の声を上げる。「もっと早くに知りたかったです」
「いんや~、めんごめんご。なんか向こうさんの都合で、来月とかイベント目白押しらしくてさ、ほんじゃ今月中にやっちゃおうか、それなら日曜日とかどうですか? みたいな感じで昨晩決まった的な……ほんと、すいません」粉雪があやまる。
「決まったものは仕方ない……あちきの伝説がはじまった」やる気の露は目に炎を宿らせ、来るべき大女優への道へ踏み出そうとしている。が、彼女の前にある道は、ただの遊歩道に近しいものだった。
「部長の伝説はともかく、そういうわけだから今日はちょっと対策会議やろっか」
粉雪の発案で、本日の活動内容が決定。いっかいきりの勝負で、中高生の全国ナンバーワンが決まる。そんな大一番を前に、否が応にも士気が高まる部員たち。
いや、桃姫はそうでもなかったらしい……。




