粉雪と露、転生決定
休み明けの月曜日。
最初の授業である英語の時間、四方木ピッピ之助先生は「ベリーベリービューチフルガール」とエイミーを指名し、エイミーは流暢な喋りで英語の長文を朗読。しかし流暢過ぎて英語教師であるはずの四方木先生ですら、一瞬、一部よくわからなかった部分があった。
また、作者の能力では英文を描写することができないという、まことに残念な事実も明るみに出ることとなったのである。
閑話休題。
すべての授業の時をすっとばし、放課後──
部室に集まったかくれんぼ部一同(桃姫以外)がミーティングをしている。
部長である露が床に寝そべりエイミーのパンティを確認しようとしたが、そもそもエイミーはタイツを着用しているのでよく見えなかった。
「部長、起きれ」粉雪が注意する。
「エロイミーの下半身、エロイミー」
「変態行為はここだけにしろよな、部長。街中でやったらアウトやで」
粉雪のもっともな警告に対し、露は「わかりマッチョ」と素直に脳筋的に認めた。
「そんな部長に、わたしからお知らせがあります」唐突に、粉雪が言った。
「なんのお知らせ? お金ボーナス?」
「なんで働いてもいない部長にボーナスが支給されねばならない」
「あちき働いてるよ。部活とか、おつゆとか、フリキュアもやった。あちき、働きすぎ」
おつゆとは、月刊おつゆのことだ。露が雑誌を作っているわけではないが、毎月取材に対応しているので、確かに、働いているといえば働いてはいた。
「うぬぅ、では、エイミーちゃんからなんか貰え」エイミーになすりつける粉雪。
「それでは、これなどいかがでしょう」言って、エイミーはどこからともなく取り出した物体を手渡す。
「こ、これは……なに?」手渡された露は、なにを貰ったのかわからない。
その見慣れない物体は、手のひらサイズの多面体で、コンピュータの回路みたいな中身が透けて見える。表面はガラスともプラスチックともとれる、つるつるした硬質の素材だった。
「それは、モンスター捕獲ボールです」と、エイミー。
「いや、モンスター捕獲ボールって……その捕獲すべきモンスターはどこに?」粉雪が言う。まさかゲームの世界に行くわけじゃないよね、と。
「ゲームの世界には行きませんが、近い将来使える場面が必ず来ます。その時をお待ちくださーい」
などと、エイミーは言い切ったのだった。モンスター捕獲ボールを使える場面って、いったいどんな状況やねん。と、粉雪は内心疑問だらけだったし、間違いなくエイチシステム社が(というか水沢季瀬姫が)作った物ではあるのだろうが、とにもかくにも得体が知れない。
「ま、いっか。部長、モンスターに出会ったら使ってみれば?」適当にアドバイスする。
「わかた。モンスターに出会ったら、使う。使い方教えろ」エイミーに命令する露。
「モンスターに向かって、力一杯投げつけるだけでーす」
「そりゃ簡単だ。自分の身体の動かし方さえ危うい部長でもなんとか使えそうだね!」粉雪がウインクする。
「こな……サラダ油を塗りたくり湿らす」
「それはそうと、わたしのお知らせ。わたし、Dチューバーとしてデビューしまうま」
「なぬ? でえちゅっぱ?」
「そう、でえちゅっぱ。しかも大手のデジライブから。地獄極楽にゃんにゃんとか寂霊宿おんりょとか有名なDチューバーいっぱいいるとこ」
Dチューバーは美少女キャラクターモデルを使用して活動するので、声をあてている本人の姿が表に出ることはない。出さないで活躍ができるので、声や話術や魅力に優れていれば、比較的デビューしやすいアイドル業だった。とはいえ、身バレすることもなくはないので、そこらへんはけっこう気をつけなくてはいけない。バレたら終わりというわけではないが、バレないに越したことはないのだ。
「あちき知らね」アイドルに興味のなかった露は知らなかった。とてもよく知っているのはジェイソンだった。代表作『ジェイソンくんの夏休み ~自由研究は人間の中身を確認だ~』でおなじみの架空の殺人モンスター、身長二百三センチ体重百九十キロの地獄から舞い戻った小学生・ジェイソンくんのことなら誰よりも詳しかったのだが。
「名前はねぇ~、『氷河ゆきんこ』に決まったにょ。転生する身体も完成してんだけど、これがまあロリかわいくてねぇ、おっさんホイホイ間違いなしってデジライブの社長が嫌らしい笑顔をつくっていたほどさ」
デジライブ社長・ミッコリ御子柴の巨大な顔面を思い出す粉雪。あんまり思い出したくないなと思うほど、ふとした瞬間に思い出してしまう。顔デカ人間。
「Dチューバーに専念するのですか?」と、エイミーが訊ねた。
「うんにゃ、適当に気が向いた時にやるつもり。社長もそれでオッケーって言ってたし」
「お金貰える?」露の興味はその部分に集約される。
「貰える。歩合制みたいな感じだけど、けっこう貰える。登録者数とか必要だけど」
「あちきもできる?」
「お、おつゆ部長もやりまっか!」
「やりる……かも」でえちゅっぱ、と露。
「うみゅ、確かに部長の他に類を見ない唯一無二感はDチューバー向きかも知れない。話し方も独特で特徴あるし、意外に人気出るかもわからんねぇ」
「あちきキュアゾウリムシだから、人気はある。むちゃくちゃバズったから、ある」
「まあ、ゾウリムシは封印しなくちゃだし、Dチューバーになったらそのキャラクターになりきる必要があるんだけど、これもキュアゾウリムシを演じきった経験があるから問題なし。おし、そうと決まれば社長に連絡しておくよ」
というわけで、粉雪と露のDチューバーデビューが決定した。この時点では粉雪のみだが、後日、露のデビューも正式に発表される。
「ちなみに、なんでそういうことになったかってーと、フリキュア映画で共演した湯ノ原ぺちょちゃんと仲良くなって誘われたからなんだよねー」と、粉雪は説明する。
そもそも湯ノ原ぺちょは声優ではなくDチューバーだったので、そういう話になったらしい。一緒にやってみない? と誘われた粉雪が二つ返事でオーケーしたという次第だ。
「なんならエイミーちゃんも──」
「わたしはやりませーん」
一瞬で断られた。そしてエイミーの場合、おそらく転生先として用意する身体より、現在の生身のほうが上回ってしまうという逆転現象が起こるし、そもそも目立ち過ぎるのでまったく向いていなかった。声も声優さんより美しくかわいらしい声なので、やるのであれば転生先など用意せず、そのまま生身でやったほうが儲かるし人気も爆発するだろう。それこそ、恒星が爆発するくらいに……。
「確かに、エイミーちゃんは転生不要だったね。めんごめんご」
と、校内放送のぽんぺんぱんぴーんという変な音が鳴り、ミント先生の声で『粉雪ちゃん、お客さんが来てますので至急職員室まで来てください』と連絡があった。粉雪が特別扱いなのかなんなのか、「何年何組の~」という言い方ではなく、普通に名前だけで呼ばれた。
「お? また芸人でも来たか?」粉雪に来客といえば八割がたそれだったし、あんまり嬉しい来客なんて訪れない。ほぼ正解であろう粉雪の予想を、さらにエイミーが発言し百パーセントに確定させる。
「芸人さんでーす」と。
「いや、エイミーちゃんは何で見てないはずの来客がわかる。まさか超能力!」
「超能力でーす」超能力だった。
「エロイミー、エロ超能力者」
なんか大昔の映画にそんな感じの、超能力で女の子のスカートをめくるみたいなやつがあった気がするが、エイミーの能力はその比ではない。創造主たる粉雪母の友人により、元来持ち得る能力の百パーセントを発揮できる脳が備わっている上、そもそもの身体構造が異星のそれなので、地球人類とはかけ離れたレベルの能力を有しているのだった。
「スカートめくりもできまーす」言って、エイミーが右手をわずかに上げた瞬間、露のスカートがめくれてお気に入りの幼児的モコモコいなり寿司博士パンティがあらわになった。
「いなり寿司見られた……エロイミー、油で揚げてないポテチでヘルシーおいもチップる」
「どーゆー意味やねん」粉雪がつっこみ、次いで「やべ、わたし呼ばれてたんだった」と、あわてて部室を飛び出していく。
「エロイミー、なんで超能力使える? モンスターいつ出てくる? あちき背ぇ伸びる?」粉雪が開けっぱで去った開いたドアを見ながら、露が一度に三つの質問を投げた。
エイミーはわずかに下を向くと「宇宙人パワーとキセキの考えによるものです、三年後の今頃に現れます、あんまり伸びません」と、すべての問いに答えてみせた。
それを受け、レトロゲーム機並みの露の脳が処理を開始する。その処理にたっぷり数分の時間を有したあとで──露は「おなかすいた、あちき帰る」と言って帰宅してしまった。その右手にモンスター捕獲ボールを握りしめたまま。




