第一話
中途半端なとこで切れてますが、とりあえず投稿しました。
―――お父様、なぜ私を殴るのですか。
お母様、なぜ私をその手に持つ包丁で切り裂くのですか。
ああ、昨日まで私たちは笑いあっていたではありませんか。私に向かって「ありがとう」と、「よくやった」と言ってくださったではありませんか。
私はあなた方に言われるように聖人であろうとしました。欲のない、聖なる人であるようにしました。
けれど、無理なのです。私にはできないのです。
欲のない人間など、聖なる人など存在しえないのです。
人間は欲で動きます。私のこの「お父様方に、皆さんに褒められたい」という矮小な思いも、生まれ落ちた赤子の「生きたい」という本能も、あなた方の「血筋を守る」、「遂行な一族でありたい」という高潔な願いでさえも、皆等しく欲であるのです。
命乞いではありません。私が死ねば世界が、皆さまが救われるのであれば、私は喜んで身を投げます。ですが、私はただの人間です。神でもなければ御仏などでもない、人間なのです。
わかってください、私めなどを殺したところで、何も変わりはしないのです。
あなた方の手が、私の汚らしい血で濡れて、それで終わりなのです。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいご、めんな、さ―――
それはある時代から唐突に、穴から這い出す蟻のように各地に沸いて出た。
ヒトのように息をして、神のようにあがめられ、獣のように荒れ狂い、天災のようにおそれられ、利益を与える者もいれば死を与える者もいた。まさに十人十色、霞のように移ろう彼らを人々は暫定的に『妖』と呼び、妖に対抗しうる異能を持った忌子たちを『生け贄』と呼んで祭り上げた。
その後幾年か経って、贄の質と量を上げるためにある天才は一つの熟成庫を作り上げた。それが世界に冠する生け贄養成学園兼総合施設、人呼んで瞑想園である。
瞑想園は15歳から18歳の子供で構成され、年齢ではなく実力順でクラス分けされ、上からS、A、B、C、D、の計5つに分けられる。特にSクラスは既に実践の場に立ち、戦前で戦う者が集められる特設クラスで、そこにいるのはそれぞれが強力な力を持つ成績優秀者―――ではあるが、それ故にというべきか。各々にクセの強い者たちばかりであるために、他の生徒からはひそかにこう呼ばれる。
『人外魔境』、と。
時刻は午前7時ちょうど、朝早い教室には本来まだ生徒はいないはずであったが、今日は違った。整然と並べられた机の中央に、机に突っ伏して静かに寝息を立てている少女―――灯の姿があった。
シミの一つもない白いセーラー服に身を包み、膝くらいまでの丈の白のソックスとSクラスであることを示す青のラインが入ったローファーを履いている。
時折華奢な肩が上下し、わずかに唸りながらもよほど深い眠りにあるのか目を開けることはなかった。
それから秒針が何周かしたころに、不意に教室の前方にあるドアがからりと開いた。
入ってきたのは背の高い男子生徒だった。青みがかった長髪を高く結び、白いブレザーに均整の取れた体を包んでいる。整った顔立ちをしているが、その雰囲気のせいで美人というよりもどこか人形めいたように感じられた。そして腰には日本刀と、そしてなぜか犬用のものであると思われる赤い皮でできた首輪とリードとを仲良くベルトにぶらさげている。
町中に出ればいい意味でも悪い意味でも目立ってしまうであろう男は灯を視界に収めると、迷うことなく足を進め、寝ている灯の後ろへとくると、勢いよくその華奢な背中へと飛びついた。
「ぐふっつ!?」
つい数瞬まで眠っていた灯は何が起こったのかわからず軽いパニックに陥り、なすすべなく抱きしめられる。そんな灯の様子に構うことなく、男は大型犬が飼い主にするようにぐりぐりと頭を灯の首元に押し付ける。それが原因で強制的に灯の首が圧迫され、灯には状況がますますわからなくなるという悪循環。
それでもだんだんと頭がさえ、ようやく状況を把握し、いまだにぎゅうぎゅうと抱きしめてくる男に灯は大きく溜息を吐いた。
「もうちょっと起こし方考えてくれないかな・・・ねぇハチ?」
少し咎めるように語調を強めるも、ハチと呼ばれた男はかわいらしく小首をかしげただけだった。