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番外編 2. 薄紅の花が 咲く丘で (後編)

 いよいよ、この『救夢士シリーズ』の 最終話です。

  古来より、その場所に咲いていたという、波打つ 八枚の花弁が特徴の、薄紅色の花。

  風になびく その姿は、たおやかな乙女を連想させ、いつしか 人々は その花を 『汚れなき魂≪ミスラ≫』と名付けた。

  ミスラが咲き乱れる、精霊に もっとも愛された場所……『汚れなき花園≪ミスロニーノ≫』―――― それが、ミソノと呼ばれる地域の 始まりである。


     ※       ※


  風の音が、聞こえた。

  風に舞っているであろう、ミスラの 花弁まで、見える気がした。

  気を失っていたリニサールは、ひどく 息苦しいのを感じて、本能的に 目を開く。

「ぐぅっ………!」

  声にらない、ひどく みっともない音が 漏れた。

  その音を、自分が発していた―――― と気付くのに、少し かかった。

「すまん、リニサール……!」

  何故か、涙に濡れた 父の顔が、目の前に見える。

  わずかに 視線をずらせば、扉の前で泣き崩れている 母の姿。

  ミスラの花が散っている音ではなく、母の 泣き声だったのだ…… と、リニサールは ぼんやりと悟った。

  何故、と。 ただ、それだけが知りたかった。

  何故、自分が 首を絞められなければ いけないのだ。

  もう一度、父に視線を戻すと、ほんの少し 父の手からは 力が抜けた。

「何故…… ですか?」

  声にならない声で、リニサールは問う。

  堅物で 融通がきかず、愛情の片鱗も見せない父だが、愚かな人間ではないと、ずっと思っていたのだ。

  それが……… 何だ、この状況は。

  実の息子―――― しかも、≪神童≫と 評判の高いリニサールを殺して、父に 何の徳があるというのか。 何もないではないか。

  それすらも、わからないというのか。

  領主としての手腕だけは、父のことを認めていた リニサールにとって、こんな暴挙に出たエディンバルの 『決断』が、何よりも衝撃だった。

「許せ……」

  謝罪の言葉だけで、父は 真相を話そうとはしない。

「みんな、一緒だから……… !」

  泣きながらでも 母の言葉の方が、リニサールの 知りたいことを教えてくれていた。

  おそらく、兄たちは すでに、こと切れているに違いない。

  ≪一家心中≫――――― その言葉が、脳裏に浮かんだ。

「愚かな父を、恨んでくれ………!」

  緩んでいた 父の手に、再び 力がこもる。

  このままいけば、間もなく 自分は息絶えるだろう。 小さな子供の体など、大人の力には 敵いっこない。

  ちょうど、良かったではないか。

  くだらない毎日に、飽き飽きしていたのだから。

  変えられない 世界の在り方に、もう 嘆くこともない。 言い換えれば、これは 父なりの『親切』なのかもしれない。 初めて見せた、愛情の一つかもしれない。

  事実、父は「すまない」と謝っているではないか…… あの、父が。

  すべてを諦め、すべてを捨てれば、自分は きっとラクになれる。 それは、心の片隅で ずっと望んでいたことではないか?

  自分にとって この世界は、必死に すがりつく価値など 何も無いではないか。

  心に響く 甘い悪魔のささやきに、抵抗から遠ざかろうとしていた、その時。


  冷たく 動かなくなっていく 己の指先が目に入った瞬間、腹の中心に ≪熱いモノ≫が宿った。

  何だろう…… どこか他人事のように、熱いモノに 意識が向く。

  どくん、どくん。 

  感じるのは、自分の心臓が 脈打つ音。

  普段、あまり耳にした事の無い その音が、リニサールには 一つの声に聞こえていた。

  …… 生きたい、生きたい、と。

  生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい。

  まだ こんなところで――――― 死にたくない!


  閉じかけていた瞳は開かれ、全身の血が 逆流するような、眩暈にも似た 感覚。

  突如 リニサールから放たれた 赤いモノが、自分以外のモノ 全てを包み込み、辺りは何も見えなくなる。

  何が起こったのか、わからなかった。  

  父と母の 悲鳴が、≪炎≫を挑発しながら唸る≪風≫に、かき消されていく。


  この日、生まれて初めて、リニサールは ≪炎≫と≪風≫の 魔法≪ザク≫を使った。

  精霊も信じていない彼にとっては、信じがたい光景でしかなくて。

  館ごと すべてが燃えて無くなるまで―――― リニサールは ただ茫然と、見ていることしかできなかった。


  領主エディンバルの館が 跡形も無く消えた頃、騒ぎを聞きつけた 虹城≪サハラ≫の連中が、駆けつけた。

  領主が死んだこと、これからの領地のこと、事件の処理や リニサール自身の今後のことまで、上層部は 勝手に話を推し進め――――― そして、二日後。

  リニサールは、正式に 虹城≪サハラ≫の住人として 迎えられていた。

  くしくも、その日は『生誕祝賀会』が行われる予定だった、リニサール十歳の 誕生日だった。


     ※       ※


  『ミソノ領主邸 全焼事件』

  結局、≪犯人不明≫のまま ≪生存者無し≫の 怪事件として、上層部は片付けた。

  リニサールの≪過去≫も 記録から抹消され、虹城≪サハラ≫内で知っているのは、自ら打ち明けた フレイズだけである。


  その後、父の領地であったミソノには 新しい領主が立てられ、住民は 普段と変わらぬ生活を送れているという。

  虹城≪サハラ≫の 極秘調査によると、事件の真相は ひどく単純なものだった。


  リニサールを陥れようとした 長兄と次兄が、≪議員≫を買収し、勝手に土地を売却したり、政策に必要な 金を横領したり、ほかの地域に戦を仕掛けると 嘘の情報を流し―――― それを全て リニサールが≪首謀者≫ だということにしたのだ。

  貴族社会というのは、情報が命。 リニサールとて、常に裏の情報は 把握しているつもりだったが、先に気付いたのは 父エディンバルの方だった。

  このままでは、領主としての地位も、ミソノという土地も 民も、築いてきたモノ すべてを失ってしまう。

  もはや、命をもって償うほかは、術がない――――― そう決断し、あの凶行に走った、という事だった。

  自分なら、自らにかけられた≪嫌疑≫を晴らし、事態の収拾に当たる事が 充分可能なのに。

  それ位の 能力はあるし、実際 できただろうと確信している。

  体面や体裁を重んじる 貴族の、思いつめた ≪愚かな選択≫―――― 両親には申し訳ないが、リニサールには そうとしか思えない。

  命で 償えるコトなんて、あってはいけないのだから。

  

  あれから、リニサールが 魔法≪ザク≫を使ったことは、一度もない。

  後輩シェリルのように 封じられていたのではなく、自ら 使う事を禁じたのだ。 

  希少な 魔法士≪ザクル≫を逃すまいと、上層部は 常に魔法≪ザク≫を強要してきたが、自慢の ≪剣術≫と ≪己の話術≫だけで、いつだって乗り切った。

  シェリルが来た時も、本来は リニサールに 担当教官をさせたかったらしいが、ガスパーの 英断によって、彼女は ≪剣士の卵≫として、フレイズが受け持った…… というのは、裏の話である。


   ※     ※


  『知りたいことの 答えなんて、わからないまま 終ることの方が 多いんじゃ』


  それは、七長老の一人・クラークに 初めて言われた言葉。


  『まだまだ ヒヨッ子のくせに、何もかも 知っているような顔を するでないわ』とか、

  『頭で 考え過ぎなんじゃ。 融通の利かない どこかのジジィか』とか。

  『世のすべてなど わからないからこそ、人は答えを求めて 生きるんじゃ、このアホたれが』とか。


  ≪神童≫と呼ばれた自分のことを、初めて ≪ただの少年≫として 見てくれた人。

  自分だけが 正しいと思っていた ≪傲慢な心≫を、粉々に 砕いてくれた人。

  馬鹿にされることが 大嫌いだったのに、決して 自分を≪特別扱いしない≫から…… 言葉のひとつひとつに 心が揺れた。


  何故 あの時 あんなにも必死に、生きたいと願ったのか。

  誰かの命を 奪ってまで、繋ぎ止めたいと思える人生では なかったはずなのに。

  十二年経った 今でも、答えなんか 少しも見えない。

  けれど、『それで いいんじゃよ』と クラークは言ってくれたから、リニサールは きっと 救夢士≪ロータス≫を 続けてこられたのだと思う。



  ミソノが一望できる、風狂う丘≪クルセド≫。

  眼下に広がる 町並みと同じく、ここにも ミスラの花が咲いている。


  ざあっという風に乗って、薄紅色の 花びらが舞う中―――― リニサールは目を閉じて、その音に聞き入っていた。

  ごめんなさい、ごめんなさい……… 泣き崩れていた 母の声に、それは よく似ていて。

  少しは、自分のことを 愛してくれていたのだろうか。

  今は まだ――――― リニサールには わからない。

  答えは ずっと、はるか彼方。



  記録に残らなくても、犯した≪罪は≫ 決して 消えない。

  炎に包まれた 両親の姿は、生涯 忘れることはない。

  

  それでも。

  わからない事が 多いから、人は ≪生きること≫を 許される。

  自分にとっての ≪償いのカタチ≫も、いつかは 見つけることができると 信じて。


  リニサールは 何度でも――――― この丘に 足を運び続ける。


  ≪終≫   

 『救夢士シリーズ』は これで終了致します。 お疲れ様でした。

 

 自分なりに、様々なメッセージを 込めたつもりですが…… 伝わったでしょうか。 何かを 感じて頂けたら 幸いです。


 ポイント評価や、お気に入り登録をして下さった方、感謝いたします。

 感想なども お待ちしております。 ぜひ、次回作の 参考にしたいので! (何話が良かったよ~ だけでもOKです)


 皆様の ≪心≫が、健やかでありますように…… 2012年 10月16日  水乃琥珀でした。 

 

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