番外編 旦那さまは過去を振り返る
番外編開始しました。しばらくの間お付き合いしていただけたら幸いです。
偉大な親を持つと、子は苦労するものだ。特にそこら辺の魔術師の親とは違い、アルヴィドの親は偉大すぎた。七大陸の一つを統治するほどの実力者なのだから尚更だ。
その昔――数えるのも莫迦らしくなるくらい昔のことだった。アルヴィドの父は人間だった。
本人を目の前にそんな昔話を聞いたところで、父自身はあまり覚えていないのか、まともに答えが返ってきたためしがなかった。
書物にはそこまで詳しい経緯は書かれていないため、結局人伝に聞いたのだ。
それも父が魔術師となるきっかけとなった大罪を司る憤怒の悪魔、イラから直接。
契約内容は機密のため教えてくれなかったが、何かを成しえたいことがあった父は、何かをやらかしてイラの興味を惹いたそうだ。
上位の悪魔と契約するにはそれ同等の実力がなければならないため、呼び出されたイラは最初父など歯牙にもかけなかったらしい。
まあ、イラは不思議なことに憤怒を司る悪魔にしては怒りっぽくなく、冷静沈着タイプの悪魔であった。
父のように直ぐに怒ると血が上るような激昂型だが、イラは静かに怒る。それも地の底に滞留するマグマのように、沸々と怒りを煮えたぎらせるのだからかなり怖い。
自分とは異なる怒りを持つ父に興味を惹かれたのか、それとも別の理由があったのかは分からない。
重要な部分ははぐらかされてしまったため分からないが、昔を懐かしむように語るイラは穏やかな表情を浮かべていた。
しかし、普段は温厚なイラが怒ると恐いことは良く知っている。
生まれてからこの四百年、一度だけイラが激怒した姿を見たことがあった。
当時は何が何だか分からなかったが、喧嘩の原因は父の嫉妬による理不尽な八つ当たりだったそうだ。
俺は両親に似ているというよりも、父と契約しているイラとよく似ていると周りからいわれた。
父と同じ大魔術師の連中は面白いものを見たように、アルヴィドを見たあと、隣にイラを態と立たせ、そっくりだと笑うこともそっちゅうだった。
確かに髪の色はよく似た赤髪だったが、瞳の色は違う。母親譲りの天藍石の瞳だ。
しかし、両親が揃いもそろって綺麗な銀髪だったため、そう言われてもしかたがなかった。
それ以外にも、今でもそうだがアルヴィドはイラを尊敬していたし、師匠とも呼んでいた。
幼き頃から魔術を教えてくれたのは両親ではなくイラだったからだ。悪魔の癖に何だかんだで面倒見の良いイラ。
アルヴィドのことなど全く興味を示さない両親などよりよっぽどイラの方が尊敬に値する人物だった。
そのせいか、喋り方も必然的にイラに似てしまい、ますます周りから「イラに似ている」と言われるようになったのだ。
最初は気にしていなかった父だったが、成長するにつれて自分たちよりも、むしろ契約した大悪魔のイラに瓜二つなものだから、父がイラと母の仲を疑ったほどであった。
そして、それがイラの怒った理由だった。
最初こそ聞き流していたイラであったらしいが、母とは反りが合わないらしく、仲を疑われたことに腹を立てたようだった。
母も母で、同じようなことを主張しながら父を笑顔で殴り倒したそうだからとても人には聞かせられない情けない話である。
イラには激怒され、愛する妻にはフルボッコ。
しばらくの間、父は精神的にも肉体的にも立ち直れなかったそうだ。自業自得である。
ちなみに母が父をぼこった理由は「わたくしのことを信じていると言っていたのに、舌の根も乾かぬうちにやっぱり浮気したんだって怒鳴りだすのだもの。わたくしが怒っても当然ですわ」だそうだ。
その当時の自分はわけも分からぬまま、怒り狂うイラを遠くから見ていることしか出来なかった。
それはまさに憤怒と呼ぶに相応しい光景であったことは否定できない。
イラの飛ばす怒りの炎によって、帝国が吹き飛ぶかと思ったほどだ。
実際近くにあった広大な森は全焼し、焼け野原となってしまった。
本当は、国にまで被害が及びそうになったのだが、そこは父が何とかその場を治めた。
まあ、イラを激怒させる原因を作ったのは父なのだからそのくらいやって当然である。
しかし、今度自分が大魔術師の称号を受け継ぐとなると、その役目も自動的に自分がすることになることに気づいた。
……怒り狂ったイラを止められるかどうかは謎だが、全力を尽くすつもりだ。
願わくは二度と激怒しないように気をつけたいところである。
その後、イラによって全焼した森を元に戻す依頼を受けたルチアーノであったが、その修正規模に激怒し、イラを容赦なく杖で容赦無く叩きのめしているのをよく覚えていた。
子供ながらにあの光景は中々にきつかった。
森が全焼した時よりも恐ろしい光景だったからだ。
自分に被害が及んだためか、鬼のような形相を浮かべながらイラを叩く美女の姿はかなり恐ろしい。
金髪のウェーブがかった髪の毛がまるで意思を持った蛇のようにうねっているように見えたせいか、金髪のウェーブがかった髪型の美女は今でも苦手である。
情けないからそんなこと誰にも言っていないが、態度で分かるのか親しい者には金髪の美女が嫌いと思われていた。
別に金髪でもウェーブがかってなければまだマシなのだが、苦手意識があることに変わりはないので、あえて訂正する気もなく今のままであった。
そんな幼い頃の恐怖体験のせいか、何処となく女性が苦手だった。
母の尻に引かれる父を見て育ったせいもあるが、自分の周りにいる女性は気の強い者が多いような気がする。
父は母しか眼中にないし、母も母でアルヴィドに対し教育らしいことをした事がなかった。
育児放棄とまではいかなくとも、その一歩手前というか、周りの者に任せきりだったのは否めなかった。
そのせいで、子供の頃は随分と捻くれた性格をしていたものだ。
他者を見下し、弱者をいたぶっては満足する毎日。そんな少年期の状態で今のまま成長していたら、間違いなくとんでもない阿呆になっていたと思う。
それを諌めてくれたのが、あろうことか、魔術師の中でも残虐非道と名高いアデェラードだったのだから驚きだ。
噂を鵜呑みにしていたことだけあり、想像と全く違うアデェラードのギャップには驚かされたものだ。
あの時も、いつものように弱者をいたぶっていたら、どうやらいたぶっていた相手はアデェラードの知り合いだったらしく、逆に自分が完膚なきまでに叩きのめされた。
最初は本当に驚いた。アデェラードなどと知らなくて、ただの小娘に手を出すことすら出来なかったのだから。
それから色々と成長してこられたのはアデェラードにこてんぱんにのされ、反省し、色々考えるようになったからだろう。
そのせいか、初恋の相手がアデェラードになるのはそれほど時間がかからなかった。
別にその当時は結婚してなかったし、気が強い女性に分類されるのかは分からないが、女性嫌いを克服出来そうな気がしたのだ。
だが、アデェラードには既に心に決まった人がいて、結局そいつと結婚した。
ああ、未だに何故アイツと結婚したのかは謎だ。
本当に。人間だとしても、あんな女好きを何故アデェラードは好きになったのだろうか。
正直、シリウスのことは嫌いだったのでアデェラードの所に行き、良く二人の邪魔をしたものだ。
アデェラードはほとんど気にしていない様子だったが、シリウスは心底嫌そうにしていたのを覚えている。
そしてその顔を見ながらほくそえんでいたのも事実だった。
そんな風にいつまでも初恋をずるずる引き摺っていたのが不味かったのだろうか。
ある日、突然母が驚くべきことを宣言したのだ。
珍しく朝食を一緒にしましょう、と告げてきた時点で嫌な予感はしていたのだが、ここで拒否すると後でとんでもない目に遭うのも事実だ。
渋々朝食を共にしたのだが、やはりというか、母は初っ端から爆弾をアルヴィドの頭上に投下して来た。
「今度ね、アルヴィドの記念すべき四百歳の誕生日でしょ?だからね、その時花嫁を決めることにしたの」
何だ、その宣言は。本人の同意を得る前に決める前提で進んでいるじゃないか。
ここでアルヴィドが全力で反対しても、母は余計に張り切って話を進めるだろう。人の嫌がることをするのが大好きなタイプだからだ。
だからあえて素知らぬ振りをし、皿に盛られたサラダを口に運んだ時だった。まるでタイミングを見計らったかのように母は微笑んだ。
「随分と古い選び方だけど、各大陸から花嫁候補を一人ずつ選出する花環選びにしたから誰も選ばないなんてこと、出来ないからね」
最悪だ。逃げ道を完全に潰しにきた母にアルヴィドはギリギリと咀嚼していたサラダをかみ締めながら睨みつけた。
花環選びとは、古い花嫁選びのやり方だ。七大陸から一人ずつ花嫁候補を選定し、この憤怒大陸に集める。
そして、一ヶ月間の期間をもって、一人の花嫁を選ぶのだ。誰も選ばないというのは礼儀に反するため、まずその選択肢だけはない。
むしろそんなことをした日には、各大陸の統治者たちを敵に回すことになるだろう。
さすがにそんなことは出来ないため、アルヴィドは考える。
前回行ったのは怠惰大陸だったらしいから、今回は他の大陸から選ぶのがいいだろう。
何故なら昔からそういう習わしだからだ。
古い習わしにこだわる必要もないが、別に好みじゃなければ選ばないにこしたことはないだろう。
各大陸代表ともなればそれ相応の貴族令嬢がやってくるに違いない。面倒という言葉が真っ先に頭に浮かんだ。
女はドレスだ、化粧だ、芝居だ、音楽だの、綺麗な物にしか興味がない。
政治のことについて対等に話し合えるような相手が存在するとは思えず、それだけで花嫁を選ぶ気力が失せた。
魔術の力もそれ相応の者が選ばれるのは当たり前だが、アデェラードは一体どんな娘を連れてくるのだろうか?
シリウスが連れてくる可能性もあったのに、現実逃避をするかのように頭の中はアデェラードのことばかりだった。
きっと花嫁を連れてきてもアデェラードの事ばかり気になってしまうだろう。
そんなことを思いながら久しぶりに再会するアデェラードのことを思いながら仕事をしていたというのに――何故か代表でやってきたのは見たくもない男だった。
シリウスを目の前にし、自然と表情が険しくなるのがわかる。睨みつけてやればシリウスはにっこり笑った。
「やあ、アルヴィド。久しぶりだね」
「一生貴様の顔なんぞ見たくなかった」
機嫌悪そうに低く吐き捨てれば、シリウスはまるでアルヴィドを挑発するような言葉を残していった。
「まあ、好きにすればいいさ。君は間違いなく僕が連れてきた花嫁候補を気にいるから」
どこからその根拠が出てくるのだ?そう問いかけたくなるような発言をアルヴィドは無視した。
絶対にシリウスが連れてきた花嫁候補だけは選ぶものか。そう意気込みながらいざ謁見した時の驚きといったらなかった。
最初、アデェラードとの子どもを連れてきたのかと錯覚したほどだ。
艶やかな紫がかった銀髪にパッチリと開いた蒲葡色の瞳がアルヴィドの足元を凝視していた。
まるで顔を合わせないように、必死俯かない程度に視線を合わせないようにしているのが分かった。
本当ならアルヴィドの顔を見ないというのは失礼に値するのに、相手はそれでも必死に視線を合わせようとしない。
その必死すぎる姿によほどじぶんの花嫁になりたくないようだと密かに思った。
あからさま過ぎるその態度はとても面白く無いが、自分とて同じようなものだ。
花嫁など捜す気も無いのに、こうした場を設けている方が悪質だろう。
無表情な所がそっくりだが、顔立ちはそれほど似ているとは思わなかった。髪や瞳の色が違うのもそうだが、仕草だって違う。
当たり前だ。アデェラードとは違う存在なのだから同じであったら困る。困るのに、同じ所を探し求めている自分がいて、戸惑った。
最悪だ。それを他人に求めるなんて……やってはならないことだと知りつつ、つい少女を見てしまう。
謁見のため、見下ろす形になってしまうが、少女は最初から最後までアルヴィドを拒んでいた。
視線を合わせなかった。体全身で拒絶していた。
はじめて会ったばかりの相手にそこまでされたのははじめてで、つい不機嫌になってしまう。
低い声で「勝手にしろ」と告げれば、シリウスが少女の手を握り謁見の間から退出するところだった。
遠ざかって行く後ろ姿がどことなく寂しげで、悲しく見える。
不思議だ。こんな小さな後ろ姿がアデェラードの後ろ姿に良く似ている。
彼女もよく一人で沈んでゆく夕陽を眺めていたものだ。茜色に染まるその後ろ姿が、ぽつんとしており、ひどく寂しげだった。
彼女の周りにはたくさんの仲間がいるのに、彼女はまるで孤独だと言わんばかりに一人沈む夕陽を見つめるのだ。
その後ろ姿と、何故か自分に背を向け、消える少女の後ろ姿が似ていて、驚いた。
もしかしたらこの時から何となく少女のことが気になっていたのかもしれない。
自分でそれを認めたくなかっただけで、はじめて見た時から何となく気にはなっていた。
少女と謁見してから心の角がもやもやするのが分かった。その感情が何なのかは分からない。
相談する相手もおらず、一人悩んでいたら、仕事をサボっていると勘違いしたオリエルダに頭を叩かれた。
ある意味オリエルダは今回の花環選びに対し、あまりいい感情を抱いているようではなかった。
彼女は随分と昔、花嫁選びにより結婚した両親から生まれた娘だ。だから、この結婚のいい所も悪い所も良く分かっているのだろう。
全てを否定するつもりはないようだが、あまり良くない所もあると口にした。
参考がてら聞いたが、古すぎて話にならなかった。時代は常に移ろい変わるものであり、一定ではない。
昔には昔の、今には今の事情がある。例えば、昔は処女がやってくるのは当たり前だったが、今回の花嫁たちは花婿に操をどれだけ立てる者がいるのだろうか。
バカバカしい考えに鼻で笑いながら仕事を片付けて行くアルヴィド。
そもそも、そう考えている時点で彼女たちのことなど最初から信用していないのだ。
失礼にもほどがあるだろう。そんな男でも花嫁になりたいとすり寄って来る花嫁候補はすでに存在する。
だが、やはりというかあの少女はアルヴィドの近くにすら寄ってこなかった。
まるでアルヴィドの視線から逃れているようにも思えた。
それが不愉快というわけではないが、何故か気に入らなかった。まるで子どもの癇癪のようだとひとり思う。
それだけ心の中を少女の存在が静かに占めはじめていることに初めて気づいた時でもあった。
そして、その気持ちが確信したのは、再会したリディアを見た時だった。
大量の仕事についに音を上げ、逃げ出したアルヴィドだったが、もちろん見逃してくれるオリエルダではない。
ある意味、生死に関わる逃走の最中に回廊を歩いていたリディアと打つかってしまったのだ。
予想以上に勢いが出ていた身体は、リディアの小さな身体を簡単に吹き飛ばした。
ゴロゴロと転がり、立つことも自分の力ではままならないリディアに言葉を失った。
散らばる銀色の髪の毛に、青白い肌。濡れた髪からは紅茶の香りがした。呻いたまま立ち上がれないリディアをココが助け起し、ようやく我に返った。
あのココがここまで誰かに執着するのをはじめて見た気がした。ましてや大魔術師の一人でありながら侍女の振りをするなど考えられない。
だが、ココがそれだけやる理由が目の前のリディアにはあるということなのだろう。
それから色々あった。他の花嫁候補のいらぬ恨みを買い、死に目にあったりもした。
リディアがこの世界の人間ではなく、異世界から無理やり連れてこられたこと、そして一度自分と会ったことがあること。
その全てを受け入れるのは難しいが、どうしても彼女が欲しくなってしまった。
シリウスのせいで元の世界に戻れなくなったリディアに情がわいたのか、といわれれば考えてしまうだろう。
実際その通りだったし、少なくとも花嫁候補の中から選ぶのであればリディアが絶対いいと思ったのだ。
誰がなんと言おうとも、これだけは覆すつもりはなかった。本当のリディアの姿を見るまでは。
シリウスがリディアを花嫁に連れてきた理由が漸く分かったからだ。両手で顔を覆い隠したくなるほど赤面した。
元の姿に戻れたことに感動しているのか、リディアが此方を見ていないのが唯一の救いに思えた。
見られる前にその華奢な身体を抱きしめれば小さな悲鳴が聞こえたが、構わずそのまま顔を伏せる。
好きだといえば、硬直したまま動かなかったリディアの手が小さくアルヴィドの衣服を掴んだ。
その仕草が可愛らしくて、自然と笑みを零す。いつか、彼女を自分の手で笑わせてあげたいと、心底望むようになった。
彼女が花嫁候補にいてくれて本当によかった。
彼女でなければ無理だと、本気で思ったのだ。どうやら、彼女の姿はアルヴィドの好みのど真ん中だったようだ。
あんな奴に自分の好みが見抜かれているのが非常に悔しいが、これは認めるしかない。
アルヴィドの世界観において、アデェラードを越える者などけしていないと思っていた理屈が根底から覆った。
それを上回る、むしろ……リディアの方が可愛かった。
こうして花嫁に決定した途端アルヴィドの態度が変わったものだからリディアがかなり困惑したのは言うまでもない。
そこからまた問題が発生するのはまた別の話。




