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第三七話 大魔術師の花嫁


 一ヶ月も長居すると離宮でも愛着のようなものが沸くのだから不思議だった。自分が一ヶ月お世話になった部屋を見渡しながら里愛は複雑な感情を抱く。

 ここに最初来た時は絶対花嫁などにならないと心に決めてきたと言うのに結局自分は元の世界に戻ることが出来ず、アルヴィドの花嫁に決まった。

 どうやらそこに愛情やら何やらが色々と含まれているらしいのだから驚きだ。

 未だにそのような自覚の薄い里愛は不思議な感覚だが、アルヴィドはこちらに歩み寄ろうとしているのが分かる。

 むしろ必死すぎで笑えるほどだ。仕事で忙しい筈なのにちゃんと朝と晩は一緒に食事を共にするし、昼間も時間が合えば一緒にお茶をする。

 あれから里愛自身もたくさんの侍女が付き、忙しい日々を送っている。

 結局、あの後ボロボロになったシリウスはアデェラードが連れて帰ったのだが、どうなったのかは知らない。むしろ知りたくない。

 怒っていないかといわれれば未だに理不尽だと思う部分はいっぱいあるし、不満もある。

 だが、逆に思えばそこまであちらの世界に戻りたい理由もないことに今更ながらに気づいたのだ。

 里愛には両親がいないし、それほど親しい共もいない。一番仲が良かった奈々美が実はシリウスだったのだから張り倒したくもなるが、つまり別にそれほど執着するものもなかったのだ。

 だから帰れないと分かればこちらの世界に順応するしかなかった。むしろ毎日色んなことを教わり、楽しい日々を送っているところだ。

 そんな里愛だったが、一つ気になるのはずっと専属で付いていてくれたココがいなくなってしまったことだった。

 花嫁と決まった途端やって来た侍女と交代するようにココが消えてしまったのだ。

 ずっと側にいてくれたためか、ココがいないというのは中々に寂しかった。

 確かに仕えてくれる侍女達はみんな優秀で気配りのできる者達だが、心を許せるかといえばそれは別問題である。

 そんな事を思いながら宮殿に移動する日がやって来た。普段以上に綺麗に着飾られた里愛は侍女に従われ、宮殿にやって来た時訪れた謁見の間に連れていかれる。

 相変わらず大きな扉は豪華だ。触れることなく勝手に開く扉を尻目に謁見の間に入って行くと、そこには見知った面子が並んでいた。

 最初来た時も同じような形で並んでいたのかもしれ無いが、気づかなかった。

 むしろ何でそんな場所にいるのかと思うほどだ。だが、あまり辺りをキョロキョロするのはよろしくないので前を見れば自然と口が開いた。


 なんと、豪華な椅子に座っていたのは何とフランチェスカ様だったからだ。

 艶やかな銀髪を後ろに一つに束ね、肩へと垂らしているが、その美しさは健在だった。

 さすがにドレスでは無く、礼服を着たその姿はさすがと言うべきか、良く似合っていた。長ったらしいマントを肩に羽織、王座に座っている。

 その隣には皇妃様が座り、反対側にはアルヴィドが座っている。……この場合間違いなく、ええっと……皇帝はフランチェスカ様で間違いないと、いうことですよね?

 困惑する里愛を他所にフランチェスカは綺麗な笑みを浮かべながらこちらを見下ろした。



「私が現皇帝フランチェスカ・A・オリフィエルよ」

「あの、質問ってしてもよろしいですか?」

「大丈夫よ。喧しい貴族はこの場にいないから」

「では、遠慮なく。フランチェスカ様は女性なのですか?それとも女装癖がある男性なのですか?」

「随分遠慮のない言葉ねぇ。さすが我が妻が選んだことだけはあるわ。最終的に決定したのはアルヴィドだけど、私もそれなりに貴女のことを気に入っているのよ」 

「ありがとうございます?」

「質問の答えだけど、私はれっきとした男よ。まあ、この姿は魔法で変えているだけ。最初に出会った姿が女性の姿だったから男性の姿で出会ったら混乱するでしょ?」



 既に混乱しています、という言葉を呑み込みながら里愛は瞳を瞬かせた。なるほど、魔法で姿を変えているのか。

 でも、何故そんなことをして態々花嫁候補として混じっていたのか心底謎だった。

 息子の花嫁候補が一人少なくなるということではないか。その疑問に答えるようにフランチェスカは笑った。



「大陸から花嫁を集める場合、花嫁は最低でも七人は必要なのよ。昔は九大陸あったけど今は七大陸しかないでしょ?自国から態々花嫁を選出出来るのなら態々大陸中から花嫁候補を集める必要は無いもの。だから本来開催する大陸から花嫁は基本出さないのが決まりなの」

「ああ、それで数合わせに……でもだからといって何故皇帝自ら女装……じゃなく、女性に化けて混じったのですか?」

「決まっているわ。妻と一緒にいる時間が増えるでしょ」



 おおう、見事にいいきったよ、この人。押し隠しもしない言葉に皇妃様の笑みが深くなり、長い銀髪を引っ張る。

 優しく引っ張っているのかと思えば、意外と強い力で引っ張っているようだった。

 痛いというフランチェスカ様に皇妃は笑みを深めたまま「これ以上恥ずかしい妄言は止めて下さいませ」と告げる。

 怒りを含んだ口調に背筋を伸ばし、フランチェスカ様は頷くと「そういうことだから」と話を無理やりまとめた。

 ……なんだろう、この世界の人って意外と尻に敷く光景が多いような気がする。まあ、その分気の強い女性が多いということなのだろうが。

 続いて両脇に控えていた人々が口を開いた。正式に花嫁に選ばれた里愛を祝福してくれるようだ。

 最初は右端に立っていたエレアノーラが告げた。



「この度は花嫁が決まり本当に喜ばしく思う。傲慢大陸プライド代表にして傲慢のレギナ、心より祝福しよう」

「レギナ?」

「ああ……レギナは私の魔術名だ。基本魔術師相手に自身の名を語ること自体が珍しい。親しい仲になる者にはフルネームで教えるのが普通だ。そして魔術名は基本ミドルネームとなる」

「だからエレアノーラ・R・アルトゥーロなのか。でも、レギナって大魔術師の名前じゃなかったっけ?」



 そうなのだ。傲慢のレギナといえば大魔術師の一人として名を知られる一人であった。

 勉強している最中なので間違えもあるが、今回は合っていたのか、エレアノーラは頷いた。



「アルヴィドは次期大魔術師の称号を受け継ぐ者だ。我々の仲間になるのだから同じ大魔術師が祝いの言葉を告げに来るのは何も珍しいことではない。ましてや自分勝手な輩が多い中、こういう機会でもなければ滅多に全員集まることは無いからな」



 まあ、一人いない奴もいるが。とぼやくが、そんな事を気にする余裕も無く、続いて隣に立っていたルチアーノが笑みを浮かべた。

 腕には人形の器に閉じ込められたグラトニーも一緒に参列している。



「今更だけど、暴食大陸グラトニー代表、ルチアーノ・V・マティアスだ。……まあ、いわんでも良いと思うが、暴食のヴァールとしてお前さんに加護があらんことを」

「ありがとうございます」



 ルチアーノは暴食の大魔術師だったのか。まあ、あれだけ大量の菓子を食いまくっていれば何となく察する事が出来たが、意外といえば意外だった。

 そのまま隣にバトンタッチされる。次はヴェルンヘルが微笑んでいた。



色欲大陸ラスト代表のヴェルンヘル・S・メイナードだ。色欲のシンという名の方が一般的には有名だけどね。良かったよ、無事アルヴィドの花嫁に選ばれて。幸せになるんだよ」

「はい」



 まあ、幸せになるかはアルヴィドにかかっているのだが、その辺は大丈夫だろう。

 浮気とか出来なさそうなタイプっぽいし。そんな事を思いながら今度は左側の列を見る。

 そこには赤髪が印象的なオリエルダが立っていた。瞳を瞬かせる里愛を他所にオリエルダは唇をつり上げながら口を開く。

 相変わらず男装しているが、隣に旦那であるアチェディアを連れているのだから女性には違いないのだろう。

 確かにこうやってみれば綺麗な人だと思う。暗闇の中だったし、俺と言っていたから勘違いしてしまったが列記とした女性だ。



「こうして名を名乗るのは始めてだったな。怠惰大陸スロウス代表のオリエルダ・M・ベリザリウスだ。魔術名は怠惰のモリガン。祝福している。幸せになれ」

「ありがとうございます」

「俺からも祝福するよ。色々大変だろうけど頑張ってね」

「はい」



 アチェディア人懐っこい表情で微笑まれ、里愛は頷く。今思えばある意味一番常識のありそうな人であったと思う。

 まあ、押しに弱い一面があったが、それも彼なりの優しさなのだろうと今では理解できた。

 続いて先日お世話になったアデェラードが立っていた。今回はちゃんとドレスを着ていた。



「この度は御迷惑を掛けた事をこの場を借りて謝罪させて頂きます。すみませんでした」

「あの、大丈夫ですから顔を上げてください」

「ありがとうございます。貴女の広い心に私は感謝します。今更ですが、私は虚飾大陸バインロリ代表のアデェラード・F・ジョーカーです。巷では虚飾のフェイタルと呼ばれております。以後お見知りおきを」



 ていねい過ぎる礼をされ、つられたように頭を下げる里愛。ふいにアデェラードは短杖を取り出すと里愛に向けて小さく振るった。



「そして――感謝と謝罪の意を込めてささやかながらですが祝福を送りましょう。大丈夫です。身体に害はありませんから。」

「はい」

「限りある小さく、ささやかな幸福を永遠に降り注ぐようにしただけですから。別に大きな幸福が常に舞い込んでくるわけではありません。ただ、不幸体質がちだったので、幸福な体質にしただけです」

「ありがとうございます?」



 それは礼を言うべきなのだろうが、そんなハッキリいわれるほど不幸体質だったのか、自分は。聞いているだけで落ち込みそうだが、真っ直ぐ前を見つめながら次の人を見た時、驚いたように目を見開いた。

 何故ならそこにココが立っていたからだ。普段の侍女としてのココでは無く、綺麗に着飾ったココが苦笑を浮かべながら里愛を見つめている。

 驚きのあまり言葉が上手く出ない里愛を他所にココは一礼した。



「お久しぶりです、リディア様。黙っていてすみません。私はかつて存在した憂鬱大陸サドネスの代表を勤めておりました。訳があって今はココ・ブラウンと名乗っております。魔術名は憂鬱のクシュリナです」

「ココ……」

「さすがに大魔術師が何時までも侍女の真似事をしていると悪い噂が立ってしまいますので出来ませんが、この一ヶ月とても楽しかったです」



 また一緒にお茶をしましょう。と告げるココに里愛は頷いた。まさかそんなに凄い人だとは思わなかったが、確かに他の大魔術師達と対等に話していたのを思いだし、納得する。

 最後にココに祝福され、その場は終わりを告げた。


 そしてそれから半年後、アルヴィドと里愛は無事結婚式を挙げ、名実共に夫婦となったのであった。





これにて完結です。今までありがとうございました。

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