第三五話 誤解を解くために必要なこと
テラスには既にアルヴィドが座って待っていた。流れるような赤い髪は春風を受け、揺れている。相変わらず不機嫌そうな横顔だが、美男子である事に変わりはなかった。
何時から待っているのか知らないが、不機嫌そうに宙を睨んでいたアルヴィドだったが、テラスにやってきた里愛を見つめると僅かに瞳を細めた。
普段と違い幾分か装飾が減り、ラフな姿だが、その美観を損ねることはない。
どうすれば良いのか分からず、突っ立っている里愛にアルヴィドは立ち上がると、対面にある椅子を引き里愛を座らせる。
給仕係がいないため、本当に誰にも話を聞かれないようにしているようでもあった。
ポットが独りでに動き、勝手に紅茶を淹れる光景を不思議そうに眺めていると、淹れ終わった紅茶が目の前に置かれる。
紅茶をぼうっと眺めていた里愛だったが、視線を感じた里愛が顔を上げればこれでもかと言うほどこちらを見つめるアルヴィドがいた。
思わず身体を引けば、何故かアルヴィドが頭を下げたから吃驚した。
一体何が起こった!?そう叫びそうになる里愛を他所にアルヴィドの口から出たのは謝罪の言葉だった。
「すまない。シリウスが原因とは言え、無理やり異世界から連れて来られた事実を聞いた。……この花嫁選びのために連れてこられこと、詫びなければならない」
「……は、はあ……」
「それと――、この世界に連れてこられてきた時、俺が殺しかけた娘……あれがお前だったと聞いた」
そのとおりだ。だからアルヴィドの顔を見れば今でも身体が反射的に強張るし、怖い事に変わりはない。
その事実を知りながらアルヴィドは自分を花嫁にすると言ったのだろうか?
でも、あれ?アルヴィドってロリコンでマザコンでホモじゃなかったっけ?
不思議そうな顔をしながら里愛はアルヴィドに聞く事にした。
「失礼を承知して聞きますが、アルヴィド様はロリコンじゃないんですか?」
「……どこからそういう発想が出て来るのだ」
「今の私は何処からどう見ても十歳前後の幼女です。対するアルヴィド様は四百歳になられる偉大な魔術師とお聞きしていますし、どう考えてもロリ「俺はロリコンじゃないから安心しろ」……そうですか?」
何とも納得出来ない言葉が返ってきたが、里愛は瞳を瞬かせながら頷く。まあ、本人がロリコン疑惑を払拭したいのならそれでもいいだろう。
「ですが、マザコンである事は変わりがないかと思うのですが」
「……何処からそのマザコン疑惑が出てきたんだ」
「ココから聞きました。皇妃様が紅茶をかけたから私は花嫁に選ばれる可能性が大になったと」
「それは……」
珍しくアルヴィドが迷っているのが分かった。気難しい表情を浮かべながら答えるべきか考えあぐねている。
別にそんな難しいことを聞いているわけではないのだが。そんなことを思いながら見つめる里愛にアルヴィドは言葉を選びながら告げた。
「このヴァレファル帝国を表向き治めているのは皇帝である父だが、影で支配しているのは皇妃である母だ」
「どういうことですか?」
「皇帝である父はこのヴァレファル帝国を守る要であり、市民を守る存在だが、他国との外交は皇妃である母の仕事だ。横繋がりが多いためもあるが、何せ父は母にベタぼれでな……一時仕事が手に付かぬほど凄かったらしい」
「は?」
「そのため、母が決めた事は大抵何でも叶ってしまうのが現状だ」
「……なんですかそれ」
つまり、最高決定権が皇妃にあるから息子のアルヴィドが拒否しても皇妃が認めれば決定してしまうと言うことなのだろう。
どんな父親だ、それは。思わずドン引きしてしまいそうになる里愛。だってねぇ……自分の中の予想ではアルヴィドそっくりな父親なのに、皇妃にベタぼれって。
まあ、私からは何も言えないんだけどさ。
「だから皇妃が気に入ったお前が花嫁候補の中で有力視されていた理由だ」
「じゃあ別にアルヴィド様は私のことは好きじゃないんですね」
「何故そうなる」
「だって皇妃様が選んだから私が花嫁候補の中で有力視されたんですよね?だとしたらそこに恋愛感情はないと思うのですが」
「……まあ、それが切欠であったことは確かだが、俺自身もお前のことを気に入っている」
いやいやいや、それは絶対ありえないだろう。しかも若干不機嫌そうになるのが意味分からないし。
もっと分かりやすく説明して欲しいところだ、全く……。
「じゃあ、これで最後なんですけど……アルヴィド様はホモじゃなかったんですか?」
突拍子もない科白にアルヴィドが盛大に噴き出すのが分かった。多分ロリコンやマザコンよりもダメージ大だったのではないだろうか。
そんなことを思う里愛を他所にアルヴィドの表情はひどく真剣だ。詰め寄るように里愛を見つめると、口を開いた。
「何処からそのホモ疑惑が出てきた?」
「先日見ました。執務室の仮眠室で赤髪の男性と一緒に寝台にいる所を」
「違う。あれは……オリエルダは女だ」
「では愛人ということですか?」
「違うといっているだろう!オリエルダは怠惰の大悪魔と契約している怠惰の大魔術師だ。アチェディアの嫁だし、逆にそんなことしたら俺が確実に殺される」
じゃあ何であんな怪しげな状況になっていたのだとも思うが、偶々オリエルダが仮眠していたアルヴィドを起こしに来た時に里愛が来てしまったようだ。
そこでオリエルダが遊び半分で里愛をからかったようだ。
「オリエルダは怠惰の大悪魔と契約しているくせに仕事に関しては凄く出来るからこの一ヶ月レクチャーを受けていた。まあ、嫌になって逃げ出した時にお前とぶつかった事もあったが……」
「あの時のあれはオリエルダ様から逃げていたんですか」
なるほど。だからあんなに必死な様子だったのか。本当にアルヴィド様と関わるとろくなことが起きないと考える里愛。
だが、これから逃れる事が出来ないのだからしょうがないともいえるだろう。諦めたくはない。
だが、元の世界に戻れないのならこちらの世界に慣れるしかないのだろう。
「ですが、私はこの世界のことを何も知りませんし、花嫁にしても全く役に立ちませんよ?」
「関係ない。それにお前の場合は無知ではなく、知らないだけだ。現にこの世界のことを自ら知ろうとして図書館に通っていたじゃないか。その勤勉さは尊敬に値するし、他の奴等にも見習って欲しいくらいだ」
何だ、この褒め殺し。アルヴィド様から褒められる日がくるとは思っていなかっただけにどう反応すれば良いのか分からない里愛。
困ったようにアルヴィドを見つめながら口を開いた。
「でも、私はアルヴィド様のことを何も知りません」
「俺もお前のことを何も知らない」
「何の魅力もない小娘です」
「そんなことない。十分魅力的だ」
「……やっぱりロリコ――」
「違うからそれ以上言うな」
未だに信じられない里愛だったが、一つお願いをすることにした。
「元の姿に戻してください。それでも好きだというのであれば……ロリコン疑惑だけは撤回しましょう」
分かった、と頷くアルヴィド。指を弾く音が響くと同時に視界が高くなったのに気づいた。
自分の手を広げながら確認する。持ち上げた髪は見慣れた銀髪ではなく、黒に戻っていた。
感動したように体中ペタペタ触っていたら何時の間にかアルヴィドが側に立っていて驚いた。
思わず後退りそうになる里愛だったが、次の瞬間アルヴィドに抱きしめられ、身体を強張らせた。
小さな姿になってからは持ち上げられる事が多々あったが、このように抱きしめられるのは久しぶりだ。
そっと耳元で「好きだ」と囁かれ、柄にもなく真っ赤になる里愛。まあ、今直ぐに好きになるのは無理かもしれ無いが、時間が経てば少しずつ好きになれるかもしれない。
そんなことを思いながら優しく抱きしめる未来の旦那様の背中にそっと手を回したのであった。




